水と油
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
場所を変えての第二ラウンドが始まる。
今回先攻に出たのは、ガチキチだった。
四つの腕を真っ直ぐ伸ばした状態で、右足を軸に回転し始める。
徐々に回転速度を上げていき、その勢いは、触れたもの全てを木っ端微塵に砕いてしまえる程になった。
『破壊車輪!!』
風を切る音が絶え間なく聞こえ、回転速度が上がるごとに、高く激しい音へと変わっていく。
やがて回転が空気を巻き込み、回るガチキチを中心に大きな旋風が発生した。
破壊の権化たる独楽は、勢いそのままに、中央の厨房に接近していく。
『大気の刃!!』
ダリオスは鉤爪から風の刃を繰り出す。しかし、刃は旋風に飲み込まれ、回転の勢いをさらに加速させるだけだった。
ダリオスの顔に笑みが浮かぶ。
「俺に風で挑もうってか。臨むところだ、大馬鹿野郎が!」
右手の鉤爪を高く上げ、そこにマナの流れを集中させる。ガチキチが起こした旋風と似たような巻き風が、ダリオスの周囲に発生する。
風の使い手としてのプライドが、ガチキチに対しての対抗心を燃やした。
『竜巻射撃!!』
暴風とも呼べる猛烈な巻き風が、ダリオスの掲げる鉤爪を取り囲む。
天井に突き上げた鉤爪を下ろし、迫りくる破壊の独楽に爪の先端を差し向けた。旋風目掛け、暴風の矢が放たれる。
ビュオオオオオオ!! ブオンブオンブオン!!
『竜巻射撃』と『破壊車輪』が激突する。
その衝撃は、椅子やテーブルを全て吹き飛ばし、1階の壁に叩きつけて破壊した上、床のタイルをものすごい勢いで削り取っていく。
多くの瓦礫が生じ、フロアの真ん中にあった厨房は跡形も無くなっていた。
「1階に人が残っていなくて良かったぜ。おかげで思う存分やれるもんな」
ガチキチの回転の勢いが落ちる。ダリオス本気の一射は、『破壊車輪』の旋風を、それを上回る勢いの暴風によってかき消した。
しかし、それでも破壊の独楽は止まらない。
厨房が崩れ、位置的優位を取れなくなったダリオスに、回転する猛威が襲い掛かる。
『嵐獣の大牙!!』
風の使い手は、両方の鉤爪を重ね合わせると、その周りに旋風を起こす。
討つべき敵に向かって飛び、二つの鉤爪、そして自身の身も合わせて、再び嵐の穿孔機と化した。
「はあああっ!!」
「ぬぐおおおっ!!」
ドドドドドド!! ガガガガガガ!!
破壊の独楽に対して、暴風の矢に続き、ダリオスの大技が迎え撃つ。
回転する二者が触れ合った瞬間、轟音と共に、強烈な突風がフロア中に吹き荒れた。
威力は両者ともに互角。
続けざまに起こった衝撃波は、2階へと続く広い階段二つを粉々に砕き、元の大食堂の面影を一切残さない。
激突後、ガチキチもダリオスも後方に大きく退く。
「聞いても良いか?」
「おう、なんだよう?」
双方攻撃の手を止め、構えていた珍獣装備の鉤爪と屈強な四つ腕を下ろした。
「意外だな。敵である俺の質問に答えてくれるのか? 問答無用な暴漢タイプかと思ったぜ」
「がう! 人を見た目で判断すんじゃねえ! 俺は、建設的で理性的な男だ!」
若干驚いたような様子のダリオスに、ガチキチは不満を顔に出す。
「トリトン海賊団は、この超大型戦闘機ランチの燃料と食料を狙ってるそうだな。てっきり、相手は海賊たちだけなのかと思ってたぜ。なんでシンビオシスのお前がここにいるんだ?」
「そいつは、諸事情ってやつだぜ……」
ダリオスの問いかけに、ガチキチは歯切れ悪く答えた。瞳をオロオロと動かし、あからさまに隠し事をしている様子を見せる。
しかし、ダリオスには彼の事情は見え透いていた。
「大方、闇組織同士で交流を深める宴会でもしてたんじゃねえの?」
「ホッ……」
「……っていうのは嘘で、俺たちとの戦争に備えて、戦力を集めていたってところか?」
「なにい!!」
ダリオスの的外れな推測に一度は安堵したガチキチだったが、直後に図星を突かれ、言い逃れ出来ないほどのリアクションを見せてしまう。
「人はホッとした後に図星を突かれると、反応を隠せないらしいぜ。同僚が言ってたんだ」
「……や、やるじゃねえか。なんて建設的な男なんだ……」
「建設的関係ねえよ!」
ダリオスの巧みな詰問術にまんまと嵌められたガチキチは、そのスキルに感嘆の声を漏らす。
ダリオスによるガチキチへの詰問は続いた。
「そうだとしても、わざわざお前が命を張ってまで、ここに乗り込んでくる必要はあるのか? そこまでトリトンに協力する理由はなんだ?」
「ぐるあ? そんなこと、お前らが八併軍だからに決まってるだろう。トリトンの奴に協力したつもりはねえよう。お前らはシンビオシスの敵だ。敵の戦力はできる限り減らしておく。CGWも始まることだしよう」
ランチを侵略してきたことについて、ガチキチは大した理由を持ってはいなかった。
彼は山葵間の目的に付き添う形でやってきた、ただただ戦士を攻撃するだけの暴れ獅子に他ならない。
「和解のルートもあり得ると思ったけど、その感じだと無さそうだな」
「がう! お前が八併軍の戦士で、俺がシンビオシスの一員である限り、戦う運命なんだよう!」
ダリオスは一対の鉤爪を顔の前で構える。対するガチキチも四つの拳を握り締めた。
言葉による解決の選択肢は棄却され、二人は、武力による原始的で最も確実な解決手段を選ぶ。
「俺は、|シンビオシス(俺たち)の理想のために、お前を潰す!」
「なら俺は、|八併軍(俺たち)の正義のために、お前を殺すぜ!」
停戦は何の前触れもなく、唐突に明けた。
ガチキチの四つの拳が同時に十奇人を襲う。
迫力ある殴打攻撃を、ダリオスは高速で回避した。
今度はダリオスの鉤爪が、シンビオシスの暴漢に爪を突き立てる。素早い身のこなしで、一瞬にしてガチキチの肉体に迫ると、爪を前に突き出した。
しかし、浅い傷は入るものの、その屈強で強靭な肉体は、十奇人の攻撃を以てしてもそう簡単に深手は負わない。
『大気の刃!!』
『シンプル・メテオ!!』
しばらく攻防が続いた。互いに譲らず、床と壁のヒビ割れだけがあっという間に増えていく。
『嵐獣の大牙!!』
『破壊車輪!!』
強者同士の技のぶつかり合いは、ランチ全体を強く揺らした。
揺れと音だけで、その場にいない者たちにも、戦いの激しさを知らしめる。
嵐刃狩人と獣漢は、自身の持つ武力で、己が正義と理想を語った。
彼らは、それがこの不安定な世界において、掲げる正義と理想を成す唯一の手段であることを知っていた。
「シンビオシスは、お前ら八併軍から、必ず世界を救ってみせるぜ」
拳と刃が交わる最中、ガチキチはダリオスに語り掛ける。
「ぶっちゃけ俺はよ、正義に厚い男じゃないぜ。戦士やってるのも、人気が出るからっていう浅い理由さ。正義の在処なんてのもよく知らねえし、正直言うと興味もない」
ダリオスは戦いの中で、目の前の巨漢の強さを実感していた。
これまで戦ってきた中でも、間違いなくトップクラスの実力者である。彼の中のバトルセンサーが、ガチキチについてそう告げていた。
そしてその強さが、理想への思いの強さから来ていることを、ダリオスは知っている。
しかし、風の十奇人は、その熱さに似たものを持ち合わせていなかった。
それでも、彼は武器を手に戦う。八併軍を代表し、その正義を掲げて敵を穿つ。
「お前らの理想がどれほど崇高だろうと、俺には分かる。お前らにキューブの覇権を握らせるわけにはいかないってな! だから、お前らの邪魔をすることが、今の俺の正義だぜ!」
ダリオスは距離を取ると、天井へ向けて珍獣装備を高く突き上げる。
『竜巻射撃!!』
彼の周囲を渦巻いた暴風は、その手が振り下ろされると同時に放たれた。
攻撃対象であるガチキチを、烈風が叩きつける。
猛烈に吹き付ける風によって、四つ腕でガードする獣漢の体が高く浮かび上がった。
「なにっ!?」
ガチキチは、生半可な重量ではない自分の体が軽々しく吹き飛ばされたことに、若干の驚きを声に出す。
『嵐獣の大牙!!』
空中で身動きの取れないガチキチに、ダリオスの高速の一撃が畳み掛けてくる。
一瞬でガチキチの眼前にまで迫ったダリオスは、敵が反応するよりも早く、嵐の穿孔機を屈強な肉体に届かせた。
「ぐおおおおおおっ!」
腹に二発目となる『嵐獣の大牙』を食らったガチキチは、苦悶の叫びを上げた。
割れた美しいシックスパックの合間から、大量の血がとめどなく溢れてくる。硬き皮膚の装甲がついに破れた。
ドッゴーン!
ダリオスの攻撃が、ガチキチを壁に叩きつける。
高威力の回転突撃は、敵の巨躯を、頑強な耐久性能を持つランチの壁に、大きくめり込ませた。
『大気の刃!!』
怒涛の連撃。攻撃に間を置かず、ダリオスはガチキチを仕留めに掛かる。
『シンプル・メテオ!!』
ガチキチは四つの拳の殴打で、迫りくる幾多の風刃を捌く。
全て捌き切れたかに思われたが、最後に残った取りこぼしが、四つの拳の間をすり抜け、ガチキチの顔に被弾する。
「うごおおおおおおっ!!」
悲痛な叫びが1階中に響く。
風の刃は、ガチキチの視界の片方を奪った。閉じた左瞼の下から、赤い血潮が頬を伝う。
『嵐獣の大牙』
めり込んだ壁に埋もれたままのガチキチに、風の使い手は冷酷に告げる。
彼は、殺しでの決着を望んでいた。
対の鉤爪を上下に重ね合わせると、その周囲に嵐を起こす。
そして、無慈悲にも手負いの獣漢目掛けて飛んだ。
「ぐう……。シヴィ、悪い、出番だよう」
ガチキチはボソリとそう呟いた直後、自身の胸の中央辺りをクシャリと掴む。
すると、その3メートルほどある大柄な体躯が、メキメキと音を立ててさらに巨大化していった。
「ウウウ……、ガアアアアアア!!」
巨人とも呼べる大きな体格に、野生生物のように全身に生えた逆巻く長い体毛。元々あった二本と両脇腹から生えた二本、合わせて四本の腕。
すでに人間離れした容姿をしていたガチキチは、爪や牙が猛獣のように鋭利なものになり、そのうち牙については、左右に二本ずつ、下顎からはみ出るほど太く大きくなった。
その変化に加え、体のサイズのさらなる巨大化、二足歩行から四足歩行ならぬ六足歩行への移行を経て、理性なき怪獣の姿へと変貌を遂げる。
ビュオオオオオオ!!
『嵐獣の大牙』に、怪獣は前脚を振り上げ、その大きな足のひらで叩き落とす。
ズドーン!
怪獣の足元に撃ち落とされたダリオスは、すぐさまその場を離れようとするも、片脚が床にめり込み思うように脱出できない。
「やべっ!」
「ウウウ……」
焦るダリオスの真上で、怪獣は唸る。
威圧感のある鋭い眼差しを十奇人に向け、物理的に鋭い大きな牙を近づけた。
(珍獣『シヴァレオネス』、破壊の権化たる珍獣。こいつが、ガチキチが体の内で飼っていた珍獣か……)
ダリオスは、外見から珍獣の種類を判別した。
その間に、彼は鉤爪にマナの流れを送り込む。絶体絶命の危機を脱すべく、「エアロジャガー」の異能を発動した。
『大気の刃!!』
「ガアアアウ!!」
バチーン!
風の刃は難なく弾かれる。
シヴァレオネスは、弾いた方とは逆の前脚を振り上げ、ダリオスを頭から叩き潰そうとした。
そこで、破壊の珍獣は動きを止める。
攻撃の制止は珍獣の意思ではなかった。意思とは異なる別の力が、珍獣の肉体を縛り付けた。
手を振り上げたままピクピクと痙攣し、痺れたように固まっている。
「な、なんだ……?」
両手の鉤爪でガードの構えを取ったダリオスは、突然動きを止めた敵に困惑する。
「……そうか、効果が遅れて出たのか」
しばらくして、ダリオスはこの不可解な事態に答えを見出した。
自分を召喚した辻から受けた報告の中で、今のこの事態を引き起こすことのできる要素を整理した結果、彼の中で一つの結論が導き出されたのだ。
先程まで1階の大食堂は、いかにも人体にとって有毒そうな、紫色の煙で満たされていた。
それは、アカデミー生であるメンコ・メンゴが、珍獣装備「ビリビリスカンク」の異能「紫煙吐露」によって生み出したものである。
その煙の効果は、生物にとって意識を保てない程の強烈な匂いを嗅覚に与えることと、それを体内に取り入れた生物の神経を麻痺させ、臭いの充満する場に留めるというものだった。
ガチキチと山葵間がランチに侵入した当時、煙はまだ大食堂中に充満していた。
「特攻してきたときに、お前もあの煙を吸ったんだな」
本来、その異能による麻痺は、煙を吸って体内に取り入れた直後に起こる。
しかし、ガチキチの並外れた免疫力は、煙による侵食を抑え続けていた。
そして、彼の免疫が敗れた今この瞬間、全身の硬直反応が起こったのである。
「じゃあな。運も味方につけた、俺の勝ちってことだ」
「ウウウ……、ガアアアアアア!!」
ドッゴーーーン!!
ダリオスが勝利宣言と共に、シヴァレオネスに鉤爪を差し向けたところで、大食堂の壁にめり込んでいた潜水艇が、ランチ内部に押し出された。
1階の広い空間を飛ぶ潜水艇は、その軌道の終着点であるダリオスの元へ、弧を描いて落下していく。
「クソッ!」
ダリオスは囚われた足を、珍獣装備で床を破壊して脱出する。後方へ大きく跳び、間一髪で危機を免れた。
「何だってんだ!?」
彼は潜水艇が飛んできた方向である、大食堂に開いた壁の穴に目を向ける。
結界の外、宙海の水中。
そこには、巨大な青い龍が、光る黄色い目でこちらを臨んでいた。
珍獣「レヴィアタン」。
宙海に生息する海竜だが、この個体は通常の個体とは少し異なる。ダリオスは、こちらを見つめるその海竜の異変を感じ取った。
そして、体の自由が利かないシヴァレオネスの方に視線を戻す。
「なるほど、こいつと一緒か」
レヴィアタンとシヴァレオネスを見比べ、ボソリと一言呟いた。
「キギャオオオン!!」
海竜は高い鳴き声を上げながら、開いた穴からランチ内に突入してきた。
牙の生え揃った口を大きく開けると、固まったまま動かない破壊の珍獣の方へと真っ直ぐに突き進む。
レヴィアタンは、シヴァレオネスに近づき、その巨体を凌駕するほど大きな口で喰らう。
口を閉じて牙を噛み合わせると、ダリオスには一瞥もくれずに水中へと帰って行った。
「どうやら、ついていたのはお互い様らしいな」
ダリオスは、荒れたフロアに座り込む。
十奇人とシンビオシスの戦いは、決着を持ち越す形で幕を閉じた。
お読みいただきありがとうございました。




