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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
113/117

四腕の怪力、嵐獣の爪牙

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 海賊艦にて―――


 ドゴーン!! ドゴーン!! ドゴーン!!

 三発の魚雷が、海賊艦「オーシャンスケール・サブマリン」に容赦なく撃ち込まれる。


 艦体に大穴が開き、結界によって浸水こそしないものの、八併軍戦士たちにとって格好の侵入口となった。

 そこから水中戦闘服を身に着けた戦士たちが、ファストから泳いで、攻略対象である敵本艦に乗り込んでくる。


「あー、心苦しいけど、皆殺しで構わないっす」

「「「了解!!」」」


 敵艦襲撃組の隊長・辻二軍が、気の抜けるような声で敵の殲滅(せんめつ)を言い渡す。

 戦士たちは隊長の指示に威勢よく返答した。


「ヤロウどもおおお!! やっちめえええ!!」

「「「う! う! ファイ!!」」」


 頭にバンダナを巻いた海賊が、湾曲(わんきょく)した刀を突き上げ、防衛戦開始の合図とともに景気づけの雄叫びを上げた。

 海賊団の他クルーは、民族舞踏に似た音頭を取ると、士気を高めて侵入者たちへと襲い掛かる。


 ガキン! ガキン! パアン! ガキン! パアン!

 激しい銃声音と刃の交わる音が、艦内中に響き渡る。

 戦士も海賊も、その場で戦う全員が吠え声を上げ、己を奮い立たせた。


「どうも、艦長トリトンの居場所を教えてくれると助かるんすけど」

「へっへっへ、悪いなニーチャン。お断りだぜ。ついでにお死になされや!」


 バンダナの海賊の刀と、辻の鉄剣が鍔迫(つばぜ)り合う。二本の刃を挟んで、その使い手二人の視線が火花を散らした。

 互いに一度、手に持つ刃で相手を押し出すような動作を入れると、距離を置いて再び睨み合う。


 難儀そうにため息をつく辻と、下品な笑みを浮かべる海賊。

 刃を交えたことによって相手の力量がある程度見えた二人は、迂闊(うかつ)に動き出せず、出だしを探るように様子見を続ける。


「来ねえのか、チキン野郎?」

「その挑発、乗ってやってもいい。後悔するなよ」

 人差し指でクイクイと挑発してきた海賊に、辻は剣の先端を差し向け、その挑発に応じる。

 自身のマナを剣に流し、鉄剣をより頑強で高威力な武器へと変化させた。


『麗宮司流剣技・雪貫(せっかん)

 雪の結晶をも貫き通すような、繊細(せんさい)な突き攻撃が繰り出される。


「肉を切らせて骨を断つ! ……ヌオッ!?」

 海賊は負傷覚悟で、辻と同じ突きの構えを取り、敵大将に深手を負わせようとする。

 しかし、曲刀の先端という限りなく小さな的を、辻の『雪貫』は寸分の狂いなく完璧に捉えた。


 ヒュンヒュンヒュン、グサッ。

 海賊の刀は回転して宙を踊る。やがて、刃先が床に潜り込んで静止した。


 辻は、バンダナの海賊に剣を突き付ける。

「勝負ありだな。案内してもらおうか、お前たちの大将の元まで」



 光の射し込まぬ暗がりの中で、少年は膝を抱えて震える。様々な不安と恐怖が彼の心を追い詰めていた。

 その震えが、空気の冷え込みから来るのか、はたまた恐怖の感情から来るのか、それは彼自身にも分からない。


「いつまで、ここにいたら良いんだろう……」

 今の少年には、ただ座り込んで両の二の腕を擦ることしかできない。

 狭い上に肌寒く、おまけに退屈な牢の中では、気を紛らわせるようなこともできず、余計な考えばかりが彼の脳内を覆っていた。


「で、でも、次ここを出る時は、たぶん奴隷として売られる時なんだ……。きっとそうなんだ……」

 暗闇と寒さと閉塞感(へいそくかん)が、雨森ソラトの心を(むしば)む。


 マイナス思考に囚われた彼は、視線を目の前にある牢屋に向けた。

(緑色に光る眼は見えない……。眠っちゃったのかな……?)


 つい先程ソラトの前に姿を現し、彼を一瞥(いちべつ)しただけで牢屋の奥の方へと戻って行った緑目の少年は、今はその存在を再び闇の中へと隠していた。

 己が身に降りかかった不幸を嘆き、喚き散らしていたソラトは、緑目の少年の存在を認識してからというもの、できる限り彼の気を荒立てないよう努めている。


「やぁやぁ、元気かい、囚わぁれの身の諸君? とは言っても、ひとぉりは自主的にだぁけど……」


 突然、海賊艦の下部に位置する監禁室に、艦長トリトンが勢いよく扉を開けて階段を下りてきた。明かりの乏しい牢屋の中に、海賊艦内の照明が僅かに漏れ入る。

 トリトンは、ソラトの牢屋の前まで来ると、片目を細めて不思議そうな表情を作った。


「俺様には、この少年の価値がまぁるで分からない。半人半骸は何を考えてぇいるのやら……」

 それだけ言うと、トリトンはソラトのいる牢屋とは反対の方を向く。対面の牢屋の暗がりに向け、彼はその(なま)り口調で呼び掛けた。


「タァイタン、力を貸してもらぉう。うるさい(はえ)どもを、その力を以てして黙らぁせておくれ。敵にも味方にも、容赦はひぃつようない」


 トリトンの呼び掛けに応じ、緑色の瞳が闇に浮かび上がる。

 瞳孔の開き切ったその瞳は、さながら獲物を狩る前の猛獣の眼差しであった。


 海賊艦長の言葉の後、巨大な潜水艦全体を覆うような強い、否、言葉では言い表せぬほど強力な、計り知れないマナのエネルギーが発生する。


「あ……、う……」

 ソラトの言葉は意味を為さずに(つい)える。

 間もなく意識は途切れ、そのまま横に倒れた。ピクピクと体を小刻みに痙攣(けいれん)させる。


「さすが……、と言ったとぉころかな。こぉんなところに居合わせるなぁんて、この少年は随分不幸な星の下に生まぁれてきたようだ」

 トリトンは膝をつき、片手を床に置いて体を支える。大きく揺れる視界と、自身の肉体の重心が定まるまで堪えた。


「これで侵入者どぉもは、一網打尽(いちもうだじん)のはずだ。ひとぉり以外は……」

 彼は立ち上がると、不敵な笑みを浮かべながら牢屋を後にした。



 戦士と海賊の戦場は静まり返っていた。

 海賊艦内は、強烈なマナの流れに当てられ気絶した人間と、使用していた武器が散らばっている。


「はあぁ、今のは、……ありえないなー」

 辻は壁に手をつき、崩れ落ちそうな体を支える。


 この場で唯一意識を保っていられたのは、辻だけだった。

 残りは敵味方関係なく巨大艦艇の床に倒れ、戦闘不可の状態となっている。


「異能でも何でもなかった。今のは単なるマナの流れ。それを浴びただけで、俺がこうも動けなくなるとは……。こんな芸当ができるのは、世界でそう何人もいるもんじゃない」


 辻はこの攻撃を仕掛けた人物について心当たりがあった。

 辛うじて剣を片手に握りしめ、壁にもたれながら、ゆっくり一歩一歩を踏みしめる。


「もしもここに奴がいるなら、話は大分変わってくるな。ランチだけでも逃がした方が良いかもしれない……」

 部隊長である辻は、危機感を募らせる。彼は珍しく焦りを顔に滲ませていた。


「これはもしかすると、敵の戦力を見誤った俺の判断ミスか? 戦うべきではなかったのか?」

 自問自答を繰り返すも、今となってはもう遅い。

 思考を切り替え、彼は己が果たすべき責任を全うすべく、敵艦内の廊下を進んだ。


    ◇


『ランチだけでも、宙海ステーションに向かってください。トリトン海賊団の足止めは、俺に任せて欲しいっす』

「オーケー。安心しろ、ガキどもは責任をもって、この俺が送り届けてやるよ。……おい、ランチを今すぐに発進させろ、行き先は宙海ステーションだ」


 敵艦から届いた通信を受け、ダリオスは自分の側にいた待機組の戦士に、ランチを本来の目的地に向かわせるよう指令を出した。


「辻、一応聞いておくが、お前はどうやって帰るつもりなんだ?」

『まあ、そん時考えるんで、こっちのことは心配しなくて良いっすよ』

「……何があった? ただごとじゃないんだろ?」

 ダリオスは辻の異変を察知すると、現地の状況についてストレートに尋ねる。


『……艦内に、タイタンがいると思われます』

 十奇人の問いかけに対して、辻は素直に答えた。ダリオスは目を大きく見開く。


「……なるほど、事情は分かった。死ぬなよ」

『うす』


 辻との通信の後、ダリオスは、待機組の戦士たちの中で隊長に指名されていた戦士と向き合う。彼はガチキチとの戦闘によって、浅からぬ傷を負っていた。

 戦士はダリオスに、現在の被害状況を伝える。


「戦士、研修生ともに負傷者は多数出ています。しかし、犠牲者はゼロです」

「シンビオシスと半人半骸に侵入されたにしちゃあ、上出来だな」


 被害が思いの外小さいという事実を知り、ダリオスは安堵する。

 そして同時に、目の前にある花の球体を睨みつけた。


「じゃあ、俺がこいつを()()微塵(みじん)に切り刻めば、それで取り敢えずは解決ってことな」


 ダリオスの自信に溢れた声に反応してか、色彩豊かな牢獄は、その役割を果たしたかのようにボロボロと崩れ始めた。

 球体の上部から順に花弁が舞い落ち、地に落ちた瞬間土色に変色して消滅する。


「離れてろ。ここから先は俺の出番ってやつさ。お前たちは、部屋の外に出ている研修生たちを頼む。戦場に誰も近づけさせるな」

「「「了解!」」」

 ランチ内の現最高責任者からの指示を受け、戦士たちは、言い渡された任を全うするために急いでその場を離れる。


「ありがとな、カワイ子ちゃんたち。君らのおかげで、戦場が整った」


 クレネット・ガーベラの残した花の檻が解除され、内側から四つ腕の巨漢が出現する。

 うな垂れたような体勢で出てきたガチキチは、待ち侘びていた解放の瞬間に、体を天井に仰け反るようにして、獣の咆哮とも呼べる叫びを上げた。


「うごおおおおおおおおおっ!!」

 四つの腕で分厚い胸を過剰に叩く。並の人間であれば決して生み出すことのできない音の波長が、3階中に響き渡る。

 反響が収まったところで、ガチキチは前方で珍獣装備を構えるダリオスを正視した。


「十奇人ダリオス・アンドレアティ。いきなりの顔合わせで悪いけどよう、殺し合いスタートってことで良いか?」

「ああ、元よりこっちもそのつもりだぜ」


 ダリオスが答えた後、二人の間に沈黙が落ちた。

 静けさの中に、敵対心と闘争心が入り混じる。


 先に仕掛けたのは、ダリオスだった。

 両手に装着した鉤爪(かぎづめ)を、胸辺りで前方に差し向けながら、ガチキチに高速で接近する。

「嵐刃狩人」の異名は、戦場を嵐の如く走り回り、敵陣形を大きくかき乱す様から付けられた。


大気の刃(アルティーリョ・デ・アリア)!!』

 ダリオスが大気をひっかくと、切れ味鋭い風刃が獣漢へと襲い掛かる。


 ガチキチは、マナの流れによって強靭(きょうじん)な拳を作り出すと、風の刃を難なく捌いてみせた。軌道の変わった刃は、廊下の角壁に大きな斬撃痕を残す。


「並の戦士なら一撃で真っ二つなんだけどな。おまけに、相当な動体視力じゃねえと視認できないはずだぜ」

「俺は建設的で理性的な男だぜ? それぐらい見えるに決まってるだろうが!」

「メチャクチャ関係ないだろ!」

 ダリオスは、ガチキチの筋立っていない発言に思わずツッコミを入れる。


「今度は俺の反撃ターンだぜ」

「いいや……」


 ガチキチは片足を後ろに踏み込んで、反撃開始の構えを取る。

 しかし、そんな彼の元に早くもダリオスの二撃目が到達した。それどころか三撃目、四撃目と次々に高速の風の刃が送り届けられる。


「『大気の刃』は乱発技なんでね。俺の手数戦法と、お前の四つ腕による防御。どっちが勝つか勝負しようぜ!」

「ぬがう! こんなそよ風如き、楽々切り抜けてやるよう!」


 ヒュン、ヒュン! バチン、バチン!

 ガチキチは硬き拳で、迫る風刃の軌道を()らし続ける。


 両の爪で『大気の刃』を放ち続けていたダリオスだったが、途中で片手のみでの攻撃にシフトし、空いた方の鉤爪でエネルギーを溜め始めた。

 マナが片方の鉤爪に凝縮されていき、ガチキチに大技の予感を抱かせる。


嵐獣の大牙(ザンナ・デル・テンペスタ)!!』


 大技にしては、比較的早い段階で発動の声が掛かった。

 ダリオスは、『大気の刃』を繰り出している爪を一度止め、もう片方の爪と上下に重ね合わせる。

 渦巻く旋風の牙が、重ね合わせた一対の鉤爪の周囲を取り巻いた。


 鉤爪を前に突き出し、十奇人は嵐牙の穿孔機(ドリル)と化して飛ぶ。

 高速回転、高速飛行。大技は、ワンテンポ前に放った『大気の刃』に追いつく。

 ただ速いと言ってしまうには、あまりにも桁違いな速攻。


 ガチキチは敵を見失う。

 前例と同様にして風刃を防いだ彼に、嵐牙は襲い掛かった。


 ビュオオオオオオ!! ガガガガガガ!!

「うがああああああ!?」


『嵐獣の大牙』は、ガチキチの硬い皮膚を削り取る音を奏でる。

 腹に直撃した大技を引き剥がすべく、両手で掴みかかろうとするも、強風の渦がガチキチの両手を大きく弾き、手のひらに獣のひっかき傷のような跡をつけた。


「ぬあああ!! んなら、これでどうよ!!」

 ガチキチは高く拳を振り上げ、マナを込めた一撃を思い切り振り下ろす。


『シンプル・メテオオオ!!』

 拳は強風の渦を打ち破り、その中の肉体にまで到達した。

 必然的に回転は止まり、ダリオスは3階の床に叩きつけられる。


「なん……、だとっ!?」

 拳はさらに床をめり込ませ、瓦礫を生み出しながら穴を開ける。

 2階の天井まで到達すると、ダリオスの体を勢いよく、1階の大食堂広間まで叩き落とした。


「うがああああああっ!!」

 ガチキチは3階から1階まで躊躇うことなく飛び降りる。

 瓦礫が転がり、塵の立ち込めるダリオスの落下地点に狙いを定め、再び拳を振り下ろした。


 ズッドーーーン!!

 空中からの壮絶な一撃が打ち込まれ、地響きにも似た揺れがランチを襲う。


「手応えねえな……、どこ行ったんだよう!」

 粉塵(ふんじん)が晴れ、今の一撃が敵に命中していないことを知ると、ガチキチは顔を上げて周囲を見渡す。

 索敵する彼の視線は、フロアの中央辺りで止まった。


 大食堂の中央、調理が途中で投げ出されてある厨房のその上で、ダリオスは持参していた手鏡を覗き込んでいる。

 落下による衝撃でヒビが入ってはいるが、まだ持ち主の顔を映し出すことはできた。


「あっちゃー、お前のせいでセットした髪が台無しじゃねーか」

「がう! 本番といこうぜ、十奇人!」


 戦場は、狭い廊下から広々とした大食堂へと移った。

 二人の強者のマナが、広い空間に開放され、ぶつかり合う。

 互いに己の勝利という決着を求めて、四つの拳と一対の鉤爪を向け合った。

お読みいただきありがとうございました。

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