四腕の怪力、嵐獣の爪牙
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
海賊艦にて―――
ドゴーン!! ドゴーン!! ドゴーン!!
三発の魚雷が、海賊艦「オーシャンスケール・サブマリン」に容赦なく撃ち込まれる。
艦体に大穴が開き、結界によって浸水こそしないものの、八併軍戦士たちにとって格好の侵入口となった。
そこから水中戦闘服を身に着けた戦士たちが、ファストから泳いで、攻略対象である敵本艦に乗り込んでくる。
「あー、心苦しいけど、皆殺しで構わないっす」
「「「了解!!」」」
敵艦襲撃組の隊長・辻二軍が、気の抜けるような声で敵の殲滅を言い渡す。
戦士たちは隊長の指示に威勢よく返答した。
「ヤロウどもおおお!! やっちめえええ!!」
「「「う! う! ファイ!!」」」
頭にバンダナを巻いた海賊が、湾曲した刀を突き上げ、防衛戦開始の合図とともに景気づけの雄叫びを上げた。
海賊団の他クルーは、民族舞踏に似た音頭を取ると、士気を高めて侵入者たちへと襲い掛かる。
ガキン! ガキン! パアン! ガキン! パアン!
激しい銃声音と刃の交わる音が、艦内中に響き渡る。
戦士も海賊も、その場で戦う全員が吠え声を上げ、己を奮い立たせた。
「どうも、艦長トリトンの居場所を教えてくれると助かるんすけど」
「へっへっへ、悪いなニーチャン。お断りだぜ。ついでにお死になされや!」
バンダナの海賊の刀と、辻の鉄剣が鍔迫り合う。二本の刃を挟んで、その使い手二人の視線が火花を散らした。
互いに一度、手に持つ刃で相手を押し出すような動作を入れると、距離を置いて再び睨み合う。
難儀そうにため息をつく辻と、下品な笑みを浮かべる海賊。
刃を交えたことによって相手の力量がある程度見えた二人は、迂闊に動き出せず、出だしを探るように様子見を続ける。
「来ねえのか、チキン野郎?」
「その挑発、乗ってやってもいい。後悔するなよ」
人差し指でクイクイと挑発してきた海賊に、辻は剣の先端を差し向け、その挑発に応じる。
自身のマナを剣に流し、鉄剣をより頑強で高威力な武器へと変化させた。
『麗宮司流剣技・雪貫』
雪の結晶をも貫き通すような、繊細な突き攻撃が繰り出される。
「肉を切らせて骨を断つ! ……ヌオッ!?」
海賊は負傷覚悟で、辻と同じ突きの構えを取り、敵大将に深手を負わせようとする。
しかし、曲刀の先端という限りなく小さな的を、辻の『雪貫』は寸分の狂いなく完璧に捉えた。
ヒュンヒュンヒュン、グサッ。
海賊の刀は回転して宙を踊る。やがて、刃先が床に潜り込んで静止した。
辻は、バンダナの海賊に剣を突き付ける。
「勝負ありだな。案内してもらおうか、お前たちの大将の元まで」
光の射し込まぬ暗がりの中で、少年は膝を抱えて震える。様々な不安と恐怖が彼の心を追い詰めていた。
その震えが、空気の冷え込みから来るのか、はたまた恐怖の感情から来るのか、それは彼自身にも分からない。
「いつまで、ここにいたら良いんだろう……」
今の少年には、ただ座り込んで両の二の腕を擦ることしかできない。
狭い上に肌寒く、おまけに退屈な牢の中では、気を紛らわせるようなこともできず、余計な考えばかりが彼の脳内を覆っていた。
「で、でも、次ここを出る時は、たぶん奴隷として売られる時なんだ……。きっとそうなんだ……」
暗闇と寒さと閉塞感が、雨森ソラトの心を蝕む。
マイナス思考に囚われた彼は、視線を目の前にある牢屋に向けた。
(緑色に光る眼は見えない……。眠っちゃったのかな……?)
つい先程ソラトの前に姿を現し、彼を一瞥しただけで牢屋の奥の方へと戻って行った緑目の少年は、今はその存在を再び闇の中へと隠していた。
己が身に降りかかった不幸を嘆き、喚き散らしていたソラトは、緑目の少年の存在を認識してからというもの、できる限り彼の気を荒立てないよう努めている。
「やぁやぁ、元気かい、囚わぁれの身の諸君? とは言っても、ひとぉりは自主的にだぁけど……」
突然、海賊艦の下部に位置する監禁室に、艦長トリトンが勢いよく扉を開けて階段を下りてきた。明かりの乏しい牢屋の中に、海賊艦内の照明が僅かに漏れ入る。
トリトンは、ソラトの牢屋の前まで来ると、片目を細めて不思議そうな表情を作った。
「俺様には、この少年の価値がまぁるで分からない。半人半骸は何を考えてぇいるのやら……」
それだけ言うと、トリトンはソラトのいる牢屋とは反対の方を向く。対面の牢屋の暗がりに向け、彼はその訛り口調で呼び掛けた。
「タァイタン、力を貸してもらぉう。うるさい蝿どもを、その力を以てして黙らぁせておくれ。敵にも味方にも、容赦はひぃつようない」
トリトンの呼び掛けに応じ、緑色の瞳が闇に浮かび上がる。
瞳孔の開き切ったその瞳は、さながら獲物を狩る前の猛獣の眼差しであった。
海賊艦長の言葉の後、巨大な潜水艦全体を覆うような強い、否、言葉では言い表せぬほど強力な、計り知れないマナのエネルギーが発生する。
「あ……、う……」
ソラトの言葉は意味を為さずに潰える。
間もなく意識は途切れ、そのまま横に倒れた。ピクピクと体を小刻みに痙攣させる。
「さすが……、と言ったとぉころかな。こぉんなところに居合わせるなぁんて、この少年は随分不幸な星の下に生まぁれてきたようだ」
トリトンは膝をつき、片手を床に置いて体を支える。大きく揺れる視界と、自身の肉体の重心が定まるまで堪えた。
「これで侵入者どぉもは、一網打尽のはずだ。ひとぉり以外は……」
彼は立ち上がると、不敵な笑みを浮かべながら牢屋を後にした。
戦士と海賊の戦場は静まり返っていた。
海賊艦内は、強烈なマナの流れに当てられ気絶した人間と、使用していた武器が散らばっている。
「はあぁ、今のは、……ありえないなー」
辻は壁に手をつき、崩れ落ちそうな体を支える。
この場で唯一意識を保っていられたのは、辻だけだった。
残りは敵味方関係なく巨大艦艇の床に倒れ、戦闘不可の状態となっている。
「異能でも何でもなかった。今のは単なるマナの流れ。それを浴びただけで、俺がこうも動けなくなるとは……。こんな芸当ができるのは、世界でそう何人もいるもんじゃない」
辻はこの攻撃を仕掛けた人物について心当たりがあった。
辛うじて剣を片手に握りしめ、壁にもたれながら、ゆっくり一歩一歩を踏みしめる。
「もしもここに奴がいるなら、話は大分変わってくるな。ランチだけでも逃がした方が良いかもしれない……」
部隊長である辻は、危機感を募らせる。彼は珍しく焦りを顔に滲ませていた。
「これはもしかすると、敵の戦力を見誤った俺の判断ミスか? 戦うべきではなかったのか?」
自問自答を繰り返すも、今となってはもう遅い。
思考を切り替え、彼は己が果たすべき責任を全うすべく、敵艦内の廊下を進んだ。
◇
『ランチだけでも、宙海ステーションに向かってください。トリトン海賊団の足止めは、俺に任せて欲しいっす』
「オーケー。安心しろ、ガキどもは責任をもって、この俺が送り届けてやるよ。……おい、ランチを今すぐに発進させろ、行き先は宙海ステーションだ」
敵艦から届いた通信を受け、ダリオスは自分の側にいた待機組の戦士に、ランチを本来の目的地に向かわせるよう指令を出した。
「辻、一応聞いておくが、お前はどうやって帰るつもりなんだ?」
『まあ、そん時考えるんで、こっちのことは心配しなくて良いっすよ』
「……何があった? ただごとじゃないんだろ?」
ダリオスは辻の異変を察知すると、現地の状況についてストレートに尋ねる。
『……艦内に、タイタンがいると思われます』
十奇人の問いかけに対して、辻は素直に答えた。ダリオスは目を大きく見開く。
「……なるほど、事情は分かった。死ぬなよ」
『うす』
辻との通信の後、ダリオスは、待機組の戦士たちの中で隊長に指名されていた戦士と向き合う。彼はガチキチとの戦闘によって、浅からぬ傷を負っていた。
戦士はダリオスに、現在の被害状況を伝える。
「戦士、研修生ともに負傷者は多数出ています。しかし、犠牲者はゼロです」
「シンビオシスと半人半骸に侵入されたにしちゃあ、上出来だな」
被害が思いの外小さいという事実を知り、ダリオスは安堵する。
そして同時に、目の前にある花の球体を睨みつけた。
「じゃあ、俺がこいつを木っ端微塵に切り刻めば、それで取り敢えずは解決ってことな」
ダリオスの自信に溢れた声に反応してか、色彩豊かな牢獄は、その役割を果たしたかのようにボロボロと崩れ始めた。
球体の上部から順に花弁が舞い落ち、地に落ちた瞬間土色に変色して消滅する。
「離れてろ。ここから先は俺の出番ってやつさ。お前たちは、部屋の外に出ている研修生たちを頼む。戦場に誰も近づけさせるな」
「「「了解!」」」
ランチ内の現最高責任者からの指示を受け、戦士たちは、言い渡された任を全うするために急いでその場を離れる。
「ありがとな、カワイ子ちゃんたち。君らのおかげで、戦場が整った」
クレネット・ガーベラの残した花の檻が解除され、内側から四つ腕の巨漢が出現する。
うな垂れたような体勢で出てきたガチキチは、待ち侘びていた解放の瞬間に、体を天井に仰け反るようにして、獣の咆哮とも呼べる叫びを上げた。
「うごおおおおおおおおおっ!!」
四つの腕で分厚い胸を過剰に叩く。並の人間であれば決して生み出すことのできない音の波長が、3階中に響き渡る。
反響が収まったところで、ガチキチは前方で珍獣装備を構えるダリオスを正視した。
「十奇人ダリオス・アンドレアティ。いきなりの顔合わせで悪いけどよう、殺し合いスタートってことで良いか?」
「ああ、元よりこっちもそのつもりだぜ」
ダリオスが答えた後、二人の間に沈黙が落ちた。
静けさの中に、敵対心と闘争心が入り混じる。
先に仕掛けたのは、ダリオスだった。
両手に装着した鉤爪を、胸辺りで前方に差し向けながら、ガチキチに高速で接近する。
「嵐刃狩人」の異名は、戦場を嵐の如く走り回り、敵陣形を大きくかき乱す様から付けられた。
『大気の刃!!』
ダリオスが大気をひっかくと、切れ味鋭い風刃が獣漢へと襲い掛かる。
ガチキチは、マナの流れによって強靭な拳を作り出すと、風の刃を難なく捌いてみせた。軌道の変わった刃は、廊下の角壁に大きな斬撃痕を残す。
「並の戦士なら一撃で真っ二つなんだけどな。おまけに、相当な動体視力じゃねえと視認できないはずだぜ」
「俺は建設的で理性的な男だぜ? それぐらい見えるに決まってるだろうが!」
「メチャクチャ関係ないだろ!」
ダリオスは、ガチキチの筋立っていない発言に思わずツッコミを入れる。
「今度は俺の反撃ターンだぜ」
「いいや……」
ガチキチは片足を後ろに踏み込んで、反撃開始の構えを取る。
しかし、そんな彼の元に早くもダリオスの二撃目が到達した。それどころか三撃目、四撃目と次々に高速の風の刃が送り届けられる。
「『大気の刃』は乱発技なんでね。俺の手数戦法と、お前の四つ腕による防御。どっちが勝つか勝負しようぜ!」
「ぬがう! こんなそよ風如き、楽々切り抜けてやるよう!」
ヒュン、ヒュン! バチン、バチン!
ガチキチは硬き拳で、迫る風刃の軌道を逸らし続ける。
両の爪で『大気の刃』を放ち続けていたダリオスだったが、途中で片手のみでの攻撃にシフトし、空いた方の鉤爪でエネルギーを溜め始めた。
マナが片方の鉤爪に凝縮されていき、ガチキチに大技の予感を抱かせる。
『嵐獣の大牙!!』
大技にしては、比較的早い段階で発動の声が掛かった。
ダリオスは、『大気の刃』を繰り出している爪を一度止め、もう片方の爪と上下に重ね合わせる。
渦巻く旋風の牙が、重ね合わせた一対の鉤爪の周囲を取り巻いた。
鉤爪を前に突き出し、十奇人は嵐牙の穿孔機と化して飛ぶ。
高速回転、高速飛行。大技は、ワンテンポ前に放った『大気の刃』に追いつく。
ただ速いと言ってしまうには、あまりにも桁違いな速攻。
ガチキチは敵を見失う。
前例と同様にして風刃を防いだ彼に、嵐牙は襲い掛かった。
ビュオオオオオオ!! ガガガガガガ!!
「うがああああああ!?」
『嵐獣の大牙』は、ガチキチの硬い皮膚を削り取る音を奏でる。
腹に直撃した大技を引き剥がすべく、両手で掴みかかろうとするも、強風の渦がガチキチの両手を大きく弾き、手のひらに獣のひっかき傷のような跡をつけた。
「ぬあああ!! んなら、これでどうよ!!」
ガチキチは高く拳を振り上げ、マナを込めた一撃を思い切り振り下ろす。
『シンプル・メテオオオ!!』
拳は強風の渦を打ち破り、その中の肉体にまで到達した。
必然的に回転は止まり、ダリオスは3階の床に叩きつけられる。
「なん……、だとっ!?」
拳はさらに床をめり込ませ、瓦礫を生み出しながら穴を開ける。
2階の天井まで到達すると、ダリオスの体を勢いよく、1階の大食堂広間まで叩き落とした。
「うがああああああっ!!」
ガチキチは3階から1階まで躊躇うことなく飛び降りる。
瓦礫が転がり、塵の立ち込めるダリオスの落下地点に狙いを定め、再び拳を振り下ろした。
ズッドーーーン!!
空中からの壮絶な一撃が打ち込まれ、地響きにも似た揺れがランチを襲う。
「手応えねえな……、どこ行ったんだよう!」
粉塵が晴れ、今の一撃が敵に命中していないことを知ると、ガチキチは顔を上げて周囲を見渡す。
索敵する彼の視線は、フロアの中央辺りで止まった。
大食堂の中央、調理が途中で投げ出されてある厨房のその上で、ダリオスは持参していた手鏡を覗き込んでいる。
落下による衝撃でヒビが入ってはいるが、まだ持ち主の顔を映し出すことはできた。
「あっちゃー、お前のせいでセットした髪が台無しじゃねーか」
「がう! 本番といこうぜ、十奇人!」
戦場は、狭い廊下から広々とした大食堂へと移った。
二人の強者のマナが、広い空間に開放され、ぶつかり合う。
互いに己の勝利という決着を求めて、四つの拳と一対の鉤爪を向け合った。
お読みいただきありがとうございました。




