逃げる理由に非ず
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
ランチ内、3階にて―――
「ぐあああっ!!」
戦士の体が派手に吹き飛び、壁に強く撃ち付けられる。
彼は意識が朦朧とする中、仲間の戦士たちに通信を入れた。
「逃げろ。撤退だ。俺たちでは、こいつを抑えられない……」
頭部からの流血が、顔の輪郭を伝って床に滴り落ちた。戦士は運命を受け入れる覚悟を決める。
「ぐるあ! 追ってくる割には、弱っちいじゃねえかよう。追うほどにもねえ」
ガチキチはとどめを刺すべく、廊下に座り込み、うな垂れる戦士に近寄っていく。
正面に立つと、拳を振り上げ、垂直に振り下ろそうとした。
ズドーン!!
その瞬間、階段の方から、ものすごい衝撃と爆音にも似た轟音が響き、ガチキチの気を引いた。
彼が階段の方を振り返ると、4階へ駆け上がったはずの操られた研修生たちが、土砂崩れのように積み重なって倒れていた。
その人の山を掻い潜るようにして、3階に二人の少女が降り立つ。
山葵間の操るアカデミー生たちと風体は変わらないものの、ガチキチは、その二人が正気であることに気付くと、異能発動者本人に一報を入れた。
「がう! 4階から下りてくる娘二人を発見! どうするよう?」
『うるせえ、今取り込み中だ。てめえで何とかしろ。生かすも殺すも、お前の裁量次第だ』
「ふむふむ……。オーケイ!」
ガチキチは、廊下の真ん中で立ち尽くす二人の少女に視線を合わせると、その大きな体躯に相応しいよく通る声で語り掛ける。
「おい! 俺はこう見えて理性的で建設的な男だ。見た目で判断するんじゃねえよう、お嬢さん方。がう! 我らが軍門に下るというのなら、痛い思いはさせないぜ。なんたって俺は、理性的で建設的な男だからな!」
頭に響く大声の後、その場には少しの沈黙が落ちた。
「死体になれば、理性的だろうと建設的だろうと、クソも残らないけどな」
「ぐるあ!! 食いもん決定!!」
片方の少女の恐れ知らずな発言により、ガチキチは理性的な思考を捨て、心の内に宿る闘争本能に従った。
「来るよ、みやびん」
「分かっているわ。あんまり舐めないで」
クロハと雅は、目の前から殺気を感じ身構える。
『シンプル・メテオ!!』
ガチキチの拳が、巨体と共に二人に迫る。
クロハも雅も、その殴打攻撃をいとも容易く躱して見せた。
「うがあ! まだまだあっ!!」
勢い余った肉体は、彼女たちを素通りして廊下の奥へ飛んでいくかに思えた。
しかし、ガチキチは逞しい両脚を開き、両サイドの壁について勢いを殺す。
それだけに留まらず、両の壁を同時に蹴って、再びクロハと雅の元へ舞い戻った。
彼の特別大きな肉体だからこそ為せる、ダイナミックな方向転換である。
まさかの連撃に、二人の少女は面食らった。
(しまった!)
一瞬気を緩めた雅は、その急速な方向転換に反応できない。両腕を体の前に構えて防御体勢を取るも、それはガチキチの打撃を防ぐにはあまりにも弱弱しい。
雅もそんなことは百も承知であるが、それ以外の術を選択できなかった。
ヒュン。
そこにあったはずの雅の体が忽然と消え、ガチキチの拳は空を切る。
「ありがとう、クロハ。助かったわ」
ガチキチの背後に降り立ったクロハは、両腕に抱えた雅を無言で降ろすと、大男の方を振り返り、澄ました笑みを見せる。
「聞いて、クロハ。多分彼、シンビオシスのガチキチよ。私たちじゃ相手にならないわ。ここは逃げましょう」
「真のオアシスだか、ガチチキンだか知らないけど、名前は私の逃げる理由にならねえな」
雅の忠告を、クロハは全くもって聞き入れない。
「みやびん、行くよ。今度は私のでやる」
「でも!」
「早く!」
雅は怯みながらも、クロハの声と目に圧倒され、珍獣装備の異能を発動する。
クロハが差し出した手を右手で握り、グローブを嵌めた左手で、そこに流れるマナを具現化した。
雅の手のひらに、雷色の球体が音を立てて現れる。
「まさか、今の俺の連撃が躱されるとは思わなかったぜ」
いくらか冷静さを取り戻したガチキチは、目を細め、金髪の少女を睨みつけた。
「悪かったな。考え無しに突っ込んでもよう、勝てると思い込んでいたよう」
「ちっ、強敵ってのはマジだな」
理性的な表情を見せるガチキチに、クロハは舌打ちした。
『シンプル・メテオ!!』
ガチキチは正拳を作り、大きな両足で床を蹴る。
『主役への軌道「迅」』
雅は手のひらの球体を宙に放り、クロハは跳躍した。
空中で縦に半回転し、上下逆さになったクロハは、右足を後ろに大きく振りかぶる。
クロハの足の最高到達打点に、雅はマナの球体を収めた。
『逆翼の蹴球「迅」!!』
敵を撃ち破るべく、クロハは鞭のように右足をしならせ、足の甲で球体を思い切り叩く。
ズッドーーーン!! バリバリバリ!!
『無慈悲な弾丸』の時より数段激しい衝撃が、雷を伴って波及する。
廊下に走った電撃は3階中に行き渡り、操られた研修生たちを痺れさせ、その動きを止めた。
「あぁ、あぁ、……あれ、俺何してんだ?」
徘徊していた者たちが、次々に正気へと戻る。3階は戸惑いの声で溢れかえった。
「良い一撃じゃねえかよう。だが、俺の背を床に付けるには、あと少し足りねえ!」
クロハの放った強烈な一撃を受けてなお、ガチキチの進撃は止まらない。
変わらず拳に勢いを乗せたまま、クロハと雅に迫る。
ヒュン、ヒュン。ブオン!!
二人は先程と同じように、破壊的な威力の正拳突きを、ひらりと鮮やかに躱す。
そして、続け様に来る連撃に対応できるよう、通り過ぎたガチキチの体を目で追った。
突っ込んできたガチキチの体が、彼女たちのちょうど真横に来た時、二人は視界の端に、なにやら太くて大きな丸太のようなものを捉える。
しかし、気付いた時には、反射神経を強みとするクロハでさえ成す術が無かった。
ガチキチは、肩から伸びた両腕とは別に、両脇腹からもう一本ずつ、着ているタンクトップを突き破って屈強なる腕を追加していた。
正拳突きからの、脇腹から生えた腕によるラリアットという、予想だにしない初見殺しの攻撃に、クロハと雅はともに体の正面で両腕をクロスさせる。回避は間に合わず、ガードで対処するしかない。
ボッゴーン!!
空中を少女の体が二つ、床に対して水平に吹き飛ぶ。
廊下の奥まで吹き飛ばされた彼女たち二人は、互いの安否を確認し合った。
「……みやびん、無事か?」
「ケホケホ……、なんとかね……」
クロハは、チカチカと白黒に点滅する視界に、隣で仰向けに倒れている雅を映す。
二人の側には、ヒビが入り壊れかけた小型の盾が、役割を終えたように転がっていた。
「がう! 邪魔が入ったかよう!」
もはや人とは呼べぬ形態へと変容した、四本腕の大男は、自身の背後に小さな気配を感じ横目で睨みつける。
「クロハ、みやびん。あたしとクレネっち抜きで、な~にはっちゃけてんの!」
クロハと雅のピンチに駆けつけたリリィは、シルバーに輝く鎧を身に纏っている。
その鎧の一部は不自然に欠けており、ガチキチはその欠損が意味するところを理解した。
「便利な鎧だなあ。そこに転がってる小さな盾は、お前の鎧の一部ってわけだ」
「まさかね~、破壊されるなんて思わなかった」
リリィ・コーン。マナ系譜「鎧」。
珍獣装備「ネオアーマー・アルマジロ」。異能「変幻堅守」。
鎧形状の珍獣装備は、ファナ・ガーディンの使用する珍獣装備「オリハルコン・トリケラトプス」と並び、アカデミーでも最高峰の守備力を誇る。
その硬さに加え、装備の形状を変えたり、分離して自在に遠隔操作したりなど、場面に応じて柔軟な戦い方ができることも特徴である。
「二人とも、あたしがいなかったら死んでたんだから、感謝してよね!」
「別に、あれくらいで死なねえよ」
「クロハ、こんなところで意地張らない。リリィ、ありがとう、本当に助かったわ」
敵を挟んで、三人は緊張感のない会話をする。
「がう! ただのアカデミー生と思ってたら、痛い目見ることは分かったよう!」
ガチキチは四つ腕を体に巻き付け、右足を軸にしてクルクルと回り始めた。
徐々に回転速度を上げていき、その高速スピンはガチキチを中心に旋風を起こす。
ブンブンブン! ビュオオオ!
回転の勢いをそのままに、ガチキチは四つの腕を振るう。
その拍子に、旋風が周囲に広がっていった。
『フラワーデザイン「壁」』
その場に追加された新たな声とともに、ガチキチとクロハたちとの空間を遮る、花の集合体が現れる。
花の壁とも呼べるそれは、クロハと雅、リリィの三人を、迫りくる旋風から守った。
「うちも、仲間外れはヤダよ」
「クレネっち!?」
リリィに続いて颯爽と登場したクレネットに、雅は目を丸くする。
花の壁に向け突き付けられた人差し指には、ピンクや黄色、赤やオレンジなど、目が痛くなるような色合いの指装具が装着されている。
クレネット・ガーベラ。マナ系譜「飾」。
珍獣装備「デコレフォックス」。異能「空間装飾」。
彼女が指をさした特定の空間において、その空間を自在にデザインすることが可能。
想像力を活かし、有利な戦況を生み出す。契約者のクリエイティブな応用力が求められる異能である。
『フラワーデザイン「封」』
クレネットの脳内で思い描かれた景色が、その詞によって現実と成す。
両側を花の壁に塞がれ、行き場を失ったガチキチの元に、さらなる創造的攻撃が襲い掛かる。
花の壁に挟まれた空間の、床、壁、天井の全てが花に覆われ、ガチキチはクレネットの生み出したフラワーガーデンに囚われた。
直方体形状の捕縛空間は、ゆっくりと球体状に形を変え、収縮していく。
「うがあああっ!!」
自慢の腕力で突き破ろうとするも、花の壁はぐにゃりと凹むだけで、衝撃を全て吸収する。
ガチキチは、自力脱出の術を失った。
「なんじゃそりゃあ!? 万能すぎねえかよう!? うぐおおおおおおっ!!」
赤、黄、オレンジ、桃。暖色で構成された花の庭に、似つかわしくない野獣の如き咆哮が反響した。
花の球体が廊下中央にポツリと佇む。クレネットはガクリと膝を折った。
「大丈夫!?」
「クレネっち、最高にイカしてた」
雅はクレネットの身を案じ急いで駆け寄る。リリィは床に座り込んだ彼女の肩を、ポンポンと軽く叩いた。
「はぁ、はぁ、あんまり長く持たないから、取り敢えずここから離れるっしょ。うちが異能を使える回数、あと一回くらいだし」
強力な異能には、多量のマナ消費が付き物である。クレネットはすでに限界に近かった。
「けど、これじゃあいつ、倒せないな」
「逃げるのよ!!」
一息ついて安堵した雅は、未だ戦う気でいたクロハの正気を疑う。
しかし、クロハは「なぜ?」と言いたげな表情で、雅の方を振り向いた。
「何言ってんだよ、みやびん。こいつが私たちの優雅な食事の邪魔したら、どうすんだよ?」
「……そんなにお腹空いてるの? 少しも我慢できない?」
「我慢する気が、さらさら無い」
クロハの答えを聞き、雅は肺いっぱいに空気をため込むと、深いため息を落とす。
「なら、あとはこの俺に任せてみないかい、お嬢さん方?」
「「「……!?」」」
キザなセリフと共に現れたダリオスは、クロハグループ四人全員に、気配を悟られることなく姿を現した。
銀の小手から金の鉤爪が生えた一対の珍獣装備を、その両手に装着している。
「そいつの始末は、君らのようなカワイ子ちゃんたちには荷が重い」
ダリオスは、少女たちに甘く微笑みかける。
その笑みは、十奇人であることによる余裕が生むのか、はたまたその余裕が十奇人たる所以なのか。
なり得たものだけが、その答えを知ることができる。
お読みいただきありがとうございました。




