失望
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
潜水艇特攻直後、ランチ内コックピットエリア、会議室にて―――
想定外の事態に、会議室はざわつきを見せる。
すでに、海賊本艦突撃作戦の準備を整えていた戦士達も、部隊長・辻の様子から、作戦に関する何かしらの変更があることを感じ取っていた。
「あー、注目。作戦は変えないが、敵艦襲撃組と待機組の構成を変える。待機組の人員を増やしたい」
辻は尚も冷静に、作戦を練り直す。冷汗一つかいていなかった。
報告は、1階のトラブル対処に赴いた待機組からであった。
内容は、ランチ内に2名の侵入者が確認されたとのこと。ただの海賊が2名入ってきた程度の事であれば、そこまで大きな問題にはならない。
しかし、今起きているのは大問題であった。
想定外にも侵入したのは、シンビオシスメンバー・ガチキチ、及び半人半骸の男・山葵間正。実力と悪行、共に申し分のない大悪党であった。
八併軍は、内部で起きているこの大問題に対処しながら、敵艦攻略に臨まなくてはならなくなった。
「戦況を有利に持っていくために、戦力を補強することにした。ま、やむを得ないんで」
辻は面倒くさそうに「はあぁ」と大きめのため息を漏らすと、濃い緑の制服の胸ポケットから、持ち手が正方形の鍵を取り出す。
ペールオレンジの本体に、大きな青い瞳が描画された、個性的なデザインの物である。
「珍獣装備『サモンミーアキャット』」
辻は空中で鍵を捻った。そして、異能発動を唱える。
『戦士召喚』
辻が唱えた後、一人の戦士が、突如どこからともなく会議室にフェードインしてきて、その姿を現す。
「おお! スゲーなこれ! 早速使いこなしてるじゃんかよ!」
茶髪に金メッシュが所々入った髪。ゴールドのネックレス。
チャラ男を主張するその男は、十奇人であった。
「ダリオスさん、ぶっちゃけピンチっす」
「ははっ! だろーな!」
◇
「あいつは、骸骨男!? なんであいつが!? 海賊と戦ってたんじゃねーのかよ!?」
「山葵間正。レイア様に最大の不敬を働いた、愚の権化」
「ど、ど、ど、どうしよう……!? こ、こっち見てるよ!!」
「ソラト、落ち着いて下さい。あの時とは違い、ここでの彼は完全にアウェーです」
2階のフェンスから身を乗り出すタツゾウ、静かな睨みを利かせるファナさん、みっともなく慌てふためく僕に、それをなだめるレイアさん。
1階の大食堂は、ハプニングにハプニングが重なり、さらなる混沌を極める。
「ぐおおお!! なんだここ、めちゃくちゃ臭えぞう!?」
「これは、俺たちが来る前にも何かあったな。獣漢、話し合った通りお前が先に行け。この場は俺が収める」
突然大食堂に現れた二つの影は、作戦なのか、すぐさま二手に分かれる。
食堂で起こっているトラブルに、彼らは一瞬戸惑った様子も見せたが、特段取り乱しもせず、ランチ内部への侵攻を開始した。
悪魔の影はその場に留まり、両手を天井に向かって大きく広げる。
大きな獣の方は鼻を押さえながら、階段から離れた位置にいるにもかかわらず、1階から2階へ、階段をすっ飛ばしての超跳躍をした。
この大きな空間を対角線上に切り裂くような特大ジャンプで、階段手前にいた僕たちの眼前まで、一気に到達する。
「おい、そいつらは俺の獲物だ。シカトして進め」
「うがー! はいはい、了解だよう」
間近で見て気付いたのだが、遠目で猛獣に見えたその獣は、実は獣ではなく人、……なのかもしれない。
人間であることを疑うほどに大きな肉体と、毛むくじゃらの野蛮な風貌。しかし、その顔は人間の特徴を持っていた。
人か獣か、はっきりと区別はつかない。
僕たちのことを、超が付くほど威圧的な眼差しで睨んだ後、彼は連れの悪魔の言葉に従い、さらに上への階段を駆け上がる。
彼に睨まれていた間、僕たちは誰一人として、言葉を発することも身動きを取ることもできなかった。
「…………、はぁ、はぁ」
呼吸が止まっていた。
大男が去って後、僕は水中から水面に上がった時のように、必死で酸素を取り入れる。
「クソッ、動けなかったぜ」
「……私もです」
タツゾウとレイアさんは、珍獣装備を強く握り締め、悔しさを露わにした。
今の男を前にして、僕にはそんな感情を抱くことはできない。
たぶん、僕は今、彼が殺そうと思えば殺されていたのだと思う。その事実は、僕に圧倒的な恐怖以外の何も与えることは無い。
「まずい、二手に分かれるぞ! 俺は奴を追う。5人ほどついて来い!」
ガスマスクを装着した戦士の一人が、他の戦士たち全員に呼び掛け、大男が向かった上階目掛けて階段を駆け上がる。それに続く形で、数名がその戦士の後を追った。
「ここには俺の武器がたくさんあるな。何があったかは知らねえが、助かるぜ」
掠れた声で、半人半骸の男・山葵間正は告げる。
残った戦士たちは、手に抱えた武器を目の前の標的に据えた。
「ふっ、まあ、まずは異能を解かねえとな」
山葵間は、攻撃準備の完了した戦士たちを一瞥すると、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
ニヤリと怪しげな笑みを零すと、天を仰いだ両手を体の左右に伸ばした。
瞬間、食堂内に発砲音が数回響き渡る。
怪しげな動きを見せた山葵間に、戦士たちは躊躇うことなく攻撃した。
しかし、致命傷になるはずの攻撃を浴びてなお、山葵間は不敵な笑みを止めない。
「残念、効かねえよ。最近のお前らはいつも後手だな、八併軍!」
山葵間が、カッと目を大きく見開くと、メンコの凶悪な異能によって気絶していたはずの研修生たちが、ヨロヨロとその身を起こしだす。
立ち上がると、武器を構えた戦士たちに向かって一斉に襲い掛かり出した。
「な、なんだ!?」
「こいつら、操られてる!?」
「半人半骸の異能だ! 研修生には、絶対に手を上げるな!」
戦士たちは混乱している。
迫りくる正気を失った研修生たちに、むやみに攻撃することができないでいる。
異能の発動者であるメンコも、例に漏れず山葵間によって操られているのか、起き上がると珍獣装備による異能を解除した。
ローブから放たれている紫煙が、徐々に薄く霞んで消えていく。
山葵間正の異能は、死者を操るといったものだった。
でも、それならどうして。どうして気絶しかしていないメンコたちが、彼の操り人形になってしまうのだろう。
「やべえ、こっちに向かって来るぜ!」
「レイア様、ここを離れましょう」
異変を察知して、僕たちは階段から離れた。
操られた研修生たちの内、半分は2階への大きな階段を、そのスペースいっぱいに埋め尽くしながら駆け上がってくる。白い眼と白い歯を光らせ、波のように押し寄せてきた。
彼らは2階に到達すると、このフロアの奥に進む者や、さらに上階に進出する者など、集団で固まっていた状態から散開して散り散りになる。
「くそっ! 離れろ!」
「ダメだ!」
もう半分は、主のために戦士たちからくっついて離れようとしない。大勢のアカデミー生たちに、戦士たちは手を上げることもできずに押し倒される。
その様子を嘲笑いながら、山葵間はゆっくりと1階から2階への階段を上がり、僕たちの方へ近づいてきた。
「この機会を、待ちわびていました」
レイアさんが、腰に添えていた美しき白の珍獣装備を、迫りくる山葵間に向け構える。
「山葵間正、我が麗宮司家を侮辱したこと、忘れたとは言わせません。あなたの罪深き悪行の数々、私がその身を後悔の念が生まれるまで切り刻み、断罪いたします。地獄に送って差し上げましょう」
「お供いたします」
レイアさんの静かなる憤怒の声に、ファナさんが共鳴する。
レイアさんの前方に立ったファナさんは、珍獣装備の大盾を構えて立ち塞がった。
「珍獣装備『オリハルコン・トリケラトプス』、『不破の大盾』」
黄金に輝く大盾に反応することもなく、山葵間は僕たちの元へと歩き続ける。
僕たちと目が合ってからというもの、彼は生身である顔左側の口角を上げたままだ。
あの笑みは、やっぱり僕にプラスの感情を与えない。
植え付けられた不安、恐怖、そういったマイナスの感情だけを掘り起こしてくる。
「あなたを殺します、今ここで」
「そいつはもう無理だな。麗宮司の姫」
「騙そうとしても、そうはいきません」
「なら、試してみたらどうだ?」
言うが早いか、レイアさんは剣を手に飛び出し、ファナさんを通り越して、山葵間の首元目掛け斬りかかる。
しかし、その手は悪魔に到達する前に止まってしまった。
「……くっ、この、なんて卑劣な」
「卑劣ねー。俺を戦士と勘違いしてるのか?」
山葵間はレイアさんの攻撃に対し、操っている女子アカデミー生を盾にして身を守った。
レイアさんは、苦悶の表情で数歩後方に退く。
レイアさんが下がったのを確認すると、山葵間は、自分のコントロール下に置いたアカデミー生を抱き寄せた。
そして、黒のロングコートの内ポケットから、先端が鋭く尖ったアイスピックを取り出すと、そのアカデミー生の首に突き立てる。
「雨森ソラト、俺が話したいのはお前だけだ。ついて来い。他の連中は動くな。妙な動きを見せれば、こいつを殺す」
女子生徒を人質に取られ、動こうにも動けない。
山葵間は僕と目を合わせると、顎でクイッとついてくるよう促した。
「ちょ、ちょっと……、行ってくるよ……」
「おい待てよ! 危険すぎるぜ」
タツゾウが僕の身を案じて止めてくれるが、山葵間は、有無を言わせずといった様子だ。
「……今は、行くしかないよ」
殺されるかもしれない。
もちろん不安はあった。恐怖もあった。
でも、僕の中には晴れぬ疑念がある。
山葵間正という男は、僕の欲しているその答えについて、何かしら知っているような気がした。
聞きたいことなら、僕にもある。
逆に、彼でなければ聞けないかもしれない。たぶん、八併軍の戦士では答えてくれないだろうし、相手にされないような気がした。
「何とかして助けます、……必ず」
レイアさんが、噛みしめるようにしてそう言った。僕は会釈してコクリと頷く。
「ちょっと行ってきます、サイコサウルスさん。カブ太のこと、お願いしても良いですか?」
「分かった、任せるさね」
肩のカブ太をサイコサウルスの頭の上に乗せ、僕がいない間の面倒見役を任せる。
「かふっ……」
「……ごめんね、待っててね」
不安げな鳴き声を上げるカブ太を残し、僕は山葵間の元へ急ぐ。
タツゾウたちが見えなくなるまで、山葵間は女生徒を片腕に抱え、アイスピックを突き立てながら、後ろ歩きで遠ざかっていく。
最後まで、妙な動きを見せないか見張っているのだろう。抜け目がない。
「契約している珍獣、あっちに残しても良いのか?」
「はい、聞かれたくない話もありますから……」
「はっ、まだまだ甘えな。良かったな、俺にお前を殺す気が無くて」
鼻で笑いながら、山葵間は先程上ってきた階段を後ろ向きに下り出す。
1階では、未だ戦士たちが大勢の研修生たちに苦戦を強いられていた。そんなことは気にも留めず、彼はその横を何事も無いかのようにあっさりと素通りする。
山葵間の向かう先は、ランチに衝突してきた鉄の塊のある方向だった。
鉄の塊の中には、前後に二つの席が並べられてあった。
山葵間は人質の女生徒を開放すると、今度は僕が人質だ、と分かりやすくアイスピックを突き付けてくる。
僕は前方の席に座らされ、後方の席を山葵間が占有した。
「あの、話の前に、異能を解除してくれませんか? アカデミー生を全員開放して欲しいんです」
「ははっ、お前が俺の質問にきちんと答えてくれたなら、考えてやる」
掴みどころのない乾いた笑いをした後、山葵間は検討の余地があることを示した。
「聞きたいことがあるんだろ? まずは、そいつから聞いてやるぜ」
「分かりました……」
前の席に座った僕は、後ろの山葵間の動きを見ることができない。
対して山葵間は、後方から僕の動きを常に監視できる。妙な動きはするな。ここでも彼はそう言っているのだ。
「僕が聞きたいことは……、人と珍獣について、です」
「八併軍が保有する珍獣園、それがお前に疑念を抱かせた。そうだろ?」
見透かしたように話す山葵間は、その顔を見ずとも、ニヤリと怪しく笑っているのが分かった。
「……はい。僕はあの珍獣園のことを、珍獣を保護するための場所だと聞いていました。でも、アカデミーで過ごしていくうちに、薄々ですけど、なんか変だなって思うようになったんです」
「俺の予想だと、お前のその疑念は、ほとんど確信に変わっているんじゃねえか?」
すごい。まるでエスパーだ。
サイコサウルスと出会ったあの一件で、八併軍に対するある疑念が顕現し、整理していく中でほぼ確信に変わった。
僕は無知で世間知らずだ。答えが、真実が知りたい。
知った後どうするのかなんて分からないし、僕にどうにかできるようなものでもないと思うけど、それでも知りたい。
「人にとって、戦士にとって、八併軍にとって、珍獣って一体何なんでしょうか?」
「ただの道具だ。お前が思っていたであろう、友達や相棒といった輝かしい関係じゃねえ」
「そう、ですか……」
最初の違和感は、アカデミー試験だった。
一次試験の巨人カブの幼体に対する扱い。あの試験からは、なんだか人間の冷酷な心を感じたような気がした。
「現に珍獣は、武器として戦士に利用されている。お前だって例外じゃねえ。奴らの命とその生涯は、崇高なる人間様のためにあるってこった」
国際的な大犯罪者の言葉だ。普通、信じられない。
でも、今の僕の耳には、彼の言葉はどうしようもなく真実にしか聞こえなかった。
「珍獣園は、そんな武器どもを収納し管理する檻。八併軍の武器庫ってやつさ」
珍獣園にいた珍獣たちが、僕たち人間を襲ってこない理由が分かった。
あれは多分、どんなやり方かは分からないが、八併軍の「管理」が行き届いていた証拠なのだ。
「人が使いたい時に使い、使えなくなったら処分する。道具に自由なんて無いのさ」
そうであって欲しくない。僕の抱いていたそんな希望は、ものの見事に打ち砕かれた。
残酷な真実だと、それでいて傲慢なことだと、八併軍に所属していながらもそう思った。
失望の中で、僕の脳裏には、ある景色が浮かび上がる。
珍獣「聖ツチノコ」を抱えた父の姿だ。
「もしかして、父さんも……」
その後に言葉を紡がなかったために、発した言葉は意味を為さず、空中に溶けて消えていった。
お読みいただきありがとうございました。




