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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
107/117

失望

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 潜水艇特攻直後、ランチ内コックピットエリア、会議室にて―――


 想定外の事態に、会議室はざわつきを見せる。

 すでに、海賊本艦突撃作戦の準備を整えていた戦士達も、部隊長・辻の様子から、作戦に関する何かしらの変更があることを感じ取っていた。


「あー、注目。作戦は変えないが、敵艦襲撃組と待機組の構成を変える。待機組の人員を増やしたい」

 辻は尚も冷静に、作戦を練り直す。冷汗一つかいていなかった。


 報告は、1階のトラブル対処に赴いた待機組からであった。

 内容は、ランチ内に2名の侵入者が確認されたとのこと。ただの海賊が2名入ってきた程度の事であれば、そこまで大きな問題にはならない。


 しかし、今起きているのは大問題であった。

 想定外にも侵入したのは、シンビオシスメンバー・ガチキチ、及び半人半骸の男・山葵間正。実力と悪行、共に申し分のない大悪党であった。

 八併軍は、内部で起きているこの大問題に対処しながら、敵艦攻略に臨まなくてはならなくなった。


「戦況を有利に持っていくために、戦力を補強することにした。ま、やむを得ないんで」


 辻は面倒くさそうに「はあぁ」と大きめのため息を漏らすと、濃い緑の制服の胸ポケットから、持ち手が正方形の鍵を取り出す。

 ペールオレンジの本体に、大きな青い瞳が描画された、個性的なデザインの物である。


「珍獣装備『サモンミーアキャット』」

 辻は空中で鍵を(ひね)った。そして、異能発動を唱える。


戦士召喚(サモン・ウォーリアー)

 辻が唱えた後、一人の戦士が、突如どこからともなく会議室にフェードインしてきて、その姿を現す。


「おお! スゲーなこれ! 早速使いこなしてるじゃんかよ!」

 茶髪に金メッシュが所々入った髪。ゴールドのネックレス。

 チャラ男を主張するその男は、十奇人であった。


「ダリオスさん、ぶっちゃけピンチっす」

「ははっ! だろーな!」


    ◇


「あいつは、骸骨男!? なんであいつが!? 海賊と戦ってたんじゃねーのかよ!?」

「山葵間正。レイア様に最大の不敬を働いた、愚の権化」

「ど、ど、ど、どうしよう……!? こ、こっち見てるよ!!」

「ソラト、落ち着いて下さい。あの時とは違い、ここでの彼は完全にアウェーです」


 2階のフェンスから身を乗り出すタツゾウ、静かな睨みを利かせるファナさん、みっともなく慌てふためく僕に、それをなだめるレイアさん。

 1階の大食堂は、ハプニングにハプニングが重なり、さらなる混沌を極める。


「ぐおおお!! なんだここ、めちゃくちゃ臭えぞう!?」

「これは、俺たちが来る前にも何かあったな。獣漢(けものおとこ)、話し合った通りお前が先に行け。この場は俺が収める」


 突然大食堂に現れた二つの影は、作戦なのか、すぐさま二手に分かれる。

 食堂で起こっているトラブルに、彼らは一瞬戸惑った様子も見せたが、特段取り乱しもせず、ランチ内部への侵攻を開始した。

 悪魔の影はその場に留まり、両手を天井に向かって大きく広げる。


 大きな獣の方は鼻を押さえながら、階段から離れた位置にいるにもかかわらず、1階から2階へ、階段をすっ飛ばしての超跳躍をした。

 この大きな空間を対角線上に切り裂くような特大ジャンプで、階段手前にいた僕たちの眼前まで、一気に到達する。


「おい、そいつらは俺の獲物だ。シカトして進め」

「うがー! はいはい、了解だよう」


 間近で見て気付いたのだが、遠目で猛獣に見えたその獣は、実は獣ではなく人、……なのかもしれない。

 人間であることを疑うほどに大きな肉体と、毛むくじゃらの野蛮な風貌。しかし、その顔は人間の特徴を持っていた。

 人か獣か、はっきりと区別はつかない。


 僕たちのことを、超が付くほど威圧的な眼差しで睨んだ後、彼は連れの悪魔の言葉に従い、さらに上への階段を駆け上がる。

 彼に睨まれていた間、僕たちは誰一人として、言葉を発することも身動きを取ることもできなかった。


「…………、はぁ、はぁ」

 呼吸が止まっていた。

 大男が去って後、僕は水中から水面に上がった時のように、必死で酸素を取り入れる。


「クソッ、動けなかったぜ」

「……私もです」

 タツゾウとレイアさんは、珍獣装備を強く握り締め、悔しさを露わにした。


 今の男を前にして、僕にはそんな感情を抱くことはできない。

 たぶん、僕は今、彼が殺そうと思えば殺されていたのだと思う。その事実は、僕に圧倒的な恐怖以外の何も与えることは無い。


「まずい、二手に分かれるぞ! 俺は奴を追う。5人ほどついて来い!」

 ガスマスクを装着した戦士の一人が、他の戦士たち全員に呼び掛け、大男が向かった上階目掛けて階段を駆け上がる。それに続く形で、数名がその戦士の後を追った。


「ここには俺の武器がたくさんあるな。何があったかは知らねえが、助かるぜ」

 掠れた声で、半人半骸の男・山葵間正は告げる。

 残った戦士たちは、手に抱えた武器を目の前の標的に据えた。


「ふっ、まあ、まずは異能を解かねえとな」

 山葵間は、攻撃準備の完了した戦士たちを一瞥すると、小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 ニヤリと怪しげな笑みを零すと、天を仰いだ両手を体の左右に伸ばした。


 瞬間、食堂内に発砲音が数回響き渡る。

 怪しげな動きを見せた山葵間に、戦士たちは躊躇うことなく攻撃した。

 しかし、致命傷になるはずの攻撃を浴びてなお、山葵間は不敵な笑みを止めない。


「残念、効かねえよ。最近のお前らはいつも後手だな、八併軍!」

 山葵間が、カッと目を大きく見開くと、メンコの凶悪な異能によって気絶していたはずの研修生たちが、ヨロヨロとその身を起こしだす。

 立ち上がると、武器を構えた戦士たちに向かって一斉に襲い掛かり出した。


「な、なんだ!?」

「こいつら、操られてる!?」

「半人半骸の異能だ! 研修生には、絶対に手を上げるな!」


 戦士たちは混乱している。

 迫りくる正気を失った研修生たちに、むやみに攻撃することができないでいる。


 異能の発動者であるメンコも、例に漏れず山葵間によって操られているのか、起き上がると珍獣装備による異能を解除した。

 ローブから放たれている紫煙が、徐々に薄く(かす)んで消えていく。


 山葵間正の異能は、死者を操るといったものだった。

 でも、それならどうして。どうして気絶しかしていないメンコたちが、彼の操り人形になってしまうのだろう。


「やべえ、こっちに向かって来るぜ!」

「レイア様、ここを離れましょう」

 異変を察知して、僕たちは階段から離れた。


 操られた研修生たちの内、半分は2階への大きな階段を、そのスペースいっぱいに埋め尽くしながら駆け上がってくる。白い眼と白い歯を光らせ、波のように押し寄せてきた。

 彼らは2階に到達すると、このフロアの奥に進む者や、さらに上階に進出する者など、集団で固まっていた状態から散開して散り散りになる。


「くそっ! 離れろ!」

「ダメだ!」

 もう半分は、主のために戦士たちからくっついて離れようとしない。大勢のアカデミー生たちに、戦士たちは手を上げることもできずに押し倒される。

 その様子を嘲笑いながら、山葵間はゆっくりと1階から2階への階段を上がり、僕たちの方へ近づいてきた。


「この機会を、待ちわびていました」

 レイアさんが、腰に添えていた美しき白の珍獣装備を、迫りくる山葵間に向け構える。


「山葵間正、我が麗宮司家を侮辱(ぶじょく)したこと、忘れたとは言わせません。あなたの罪深き悪行の数々、私がその身を後悔の念が生まれるまで切り刻み、断罪いたします。地獄に送って差し上げましょう」

「お供いたします」


 レイアさんの静かなる憤怒(ふんぬ)の声に、ファナさんが共鳴する。

 レイアさんの前方に立ったファナさんは、珍獣装備の大盾を構えて立ち塞がった。


「珍獣装備『オリハルコン・トリケラトプス』、『不破の大盾(オリハルコン・アスピーダ)』」


 黄金に輝く大盾に反応することもなく、山葵間は僕たちの元へと歩き続ける。

 僕たちと目が合ってからというもの、彼は生身である顔左側の口角を上げたままだ。


 あの笑みは、やっぱり僕にプラスの感情を与えない。

 植え付けられた不安、恐怖、そういったマイナスの感情だけを掘り起こしてくる。


「あなたを殺します、今ここで」

「そいつはもう無理だな。麗宮司の姫」

「騙そうとしても、そうはいきません」

「なら、試してみたらどうだ?」


 言うが早いか、レイアさんは剣を手に飛び出し、ファナさんを通り越して、山葵間の首元目掛け斬りかかる。

 しかし、その手は悪魔に到達する前に止まってしまった。


「……くっ、この、なんて卑劣(ひれつ)な」

「卑劣ねー。俺を戦士と勘違いしてるのか?」


 山葵間はレイアさんの攻撃に対し、操っている女子アカデミー生を盾にして身を守った。

 レイアさんは、苦悶(くもん)の表情で数歩後方に退く。


 レイアさんが下がったのを確認すると、山葵間は、自分のコントロール下に置いたアカデミー生を抱き寄せた。

 そして、黒のロングコートの内ポケットから、先端が鋭く尖ったアイスピックを取り出すと、そのアカデミー生の首に突き立てる。


「雨森ソラト、俺が話したいのはお前だけだ。ついて来い。他の連中は動くな。妙な動きを見せれば、こいつを殺す」


 女子生徒を人質に取られ、動こうにも動けない。

 山葵間は僕と目を合わせると、顎でクイッとついてくるよう促した。


「ちょ、ちょっと……、行ってくるよ……」

「おい待てよ! 危険すぎるぜ」

 タツゾウが僕の身を案じて止めてくれるが、山葵間は、有無を言わせずといった様子だ。

「……今は、行くしかないよ」


 殺されるかもしれない。

 もちろん不安はあった。恐怖もあった。


 でも、僕の中には晴れぬ疑念がある。

 山葵間正という男は、僕の欲しているその答えについて、何かしら知っているような気がした。


 聞きたいことなら、僕にもある。

 逆に、彼でなければ聞けないかもしれない。たぶん、八併軍の戦士では答えてくれないだろうし、相手にされないような気がした。


「何とかして助けます、……必ず」

 レイアさんが、噛みしめるようにしてそう言った。僕は会釈(えしゃく)してコクリと頷く。


「ちょっと行ってきます、サイコサウルスさん。カブ太のこと、お願いしても良いですか?」

「分かった、任せるさね」

 肩のカブ太をサイコサウルスの頭の上に乗せ、僕がいない間の面倒見役を任せる。


「かふっ……」

「……ごめんね、待っててね」

 不安げな鳴き声を上げるカブ太を残し、僕は山葵間の元へ急ぐ。


 タツゾウたちが見えなくなるまで、山葵間は女生徒を片腕に抱え、アイスピックを突き立てながら、後ろ歩きで遠ざかっていく。

 最後まで、妙な動きを見せないか見張っているのだろう。抜け目がない。


「契約している珍獣、あっちに残しても良いのか?」

「はい、聞かれたくない話もありますから……」

「はっ、まだまだ甘えな。良かったな、俺にお前を殺す気が無くて」

 鼻で笑いながら、山葵間は先程上ってきた階段を後ろ向きに下り出す。


 1階では、未だ戦士たちが大勢の研修生たちに苦戦を強いられていた。そんなことは気にも留めず、彼はその横を何事も無いかのようにあっさりと素通りする。

 山葵間の向かう先は、ランチに衝突してきた鉄の塊のある方向だった。



 鉄の塊の中には、前後に二つの席が並べられてあった。

 山葵間は人質の女生徒を開放すると、今度は僕が人質だ、と分かりやすくアイスピックを突き付けてくる。

 僕は前方の席に座らされ、後方の席を山葵間が占有した。


「あの、話の前に、異能を解除してくれませんか? アカデミー生を全員開放して欲しいんです」

「ははっ、お前が俺の質問にきちんと答えてくれたなら、考えてやる」

 掴みどころのない乾いた笑いをした後、山葵間は検討の余地があることを示した。


「聞きたいことがあるんだろ? まずは、そいつから聞いてやるぜ」

「分かりました……」


 前の席に座った僕は、後ろの山葵間の動きを見ることができない。

 対して山葵間は、後方から僕の動きを常に監視できる。妙な動きはするな。ここでも彼はそう言っているのだ。


「僕が聞きたいことは……、人と珍獣について、です」

「八併軍が保有する珍獣園、それがお前に疑念を抱かせた。そうだろ?」

 見透かしたように話す山葵間は、その顔を見ずとも、ニヤリと怪しく笑っているのが分かった。


「……はい。僕はあの珍獣園のことを、珍獣を保護するための場所だと聞いていました。でも、アカデミーで過ごしていくうちに、薄々ですけど、なんか変だなって思うようになったんです」

「俺の予想だと、お前のその疑念は、ほとんど確信に変わっているんじゃねえか?」


 すごい。まるでエスパーだ。

 サイコサウルスと出会ったあの一件で、八併軍に対するある疑念が顕現し、整理していく中でほぼ確信に変わった。


 僕は無知で世間知らずだ。答えが、真実が知りたい。

 知った後どうするのかなんて分からないし、僕にどうにかできるようなものでもないと思うけど、それでも知りたい。


「人にとって、戦士にとって、八併軍にとって、珍獣って一体何なんでしょうか?」

「ただの道具だ。お前が思っていたであろう、友達や相棒といった輝かしい関係じゃねえ」

「そう、ですか……」


 最初の違和感は、アカデミー試験だった。

 一次試験の巨人カブの幼体に対する扱い。あの試験からは、なんだか人間の冷酷な心を感じたような気がした。


「現に珍獣は、武器として戦士に利用されている。お前だって例外じゃねえ。奴らの命とその生涯は、崇高(すうこう)なる人間様のためにあるってこった」


 国際的な大犯罪者の言葉だ。普通、信じられない。

 でも、今の僕の耳には、彼の言葉はどうしようもなく真実にしか聞こえなかった。


「珍獣園は、そんな武器どもを収納し管理する檻。八併軍の武器庫ってやつさ」


 珍獣園にいた珍獣たちが、僕たち人間を襲ってこない理由が分かった。

 あれは多分、どんなやり方かは分からないが、八併軍の「管理」が行き届いていた証拠なのだ。


「人が使いたい時に使い、使えなくなったら処分する。道具に自由なんて無いのさ」


 そうであって欲しくない。僕の抱いていたそんな希望は、ものの見事に打ち砕かれた。

 残酷な真実だと、それでいて傲慢(ごうまん)なことだと、八併軍に所属していながらもそう思った。


 失望の中で、僕の脳裏には、ある景色が浮かび上がる。

 珍獣「聖ツチノコ」を抱えた父の姿だ。


「もしかして、父さんも……」

 その後に言葉を(つむ)がなかったために、発した言葉は意味を為さず、空中に溶けて消えていった。

お読みいただきありがとうございました。

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