トップ・ジーニアス
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
この世界を生きる上で、最も重要なものは何か。
金? 愛? それとも夢?
私の答えはどれも違う。
この世で最も価値のあるものは『能力』だ。
何をどの程度できるのか。これの有無で、その人間の価値が左右されると言っても過言ではない。
これが私の短い生で出した、人の世の結論だ。
欲しいものがある。
私は『輝き』を手に入れたい。
幼い頃、父親と母親に手を引かれる同年代の子を、子供ながらに複雑な感情で見つめていた。
私には、親も身寄りもいなかった。「クロハ」という名前も、町長がつけてくれたものだ。
ドラミデ町の親切な大人たちが、代わる代わる孤独な私の面倒を見てくれた。そのことには一応感謝している。
それでも私は、どうしようもなく独りだった。
あの頃の私は、親子連れが町の通りを歩いている姿を見るたび、寂寥感や、妬み、僻みなど、おおよそ普通の子供が抱くことの無い感情に支配されていた。
両親に手を引かれ、笑顔を浮かべる少年の姿は、私にはとてつもなく輝いて見えた。
父親と母親が彼に向ける笑顔は、普段私が受けている、同情や慈悲の眼差しとはまるで違うものだった。
少年と自分を見比べてみて、嫌でも悟るのだ。
私は「輝いていない」と。
でも後になって、それも別にどうでもよく思えた。
私は、私にだけ与えられた「圧倒的な才能」で、誰よりも輝けば良いのだから。
町の人達は私のことを、「不幸な女の子だ」と陰で言っていた。
でも、私は自分のことをそうは思わない。
私は凄い奴だ。自分でそう言い切ってしまえるほどに。
他の凡人共とは次元が違う。あらゆる分野で一番だし、勝負ごとにだって負けない。
全てにおいて、誰かに劣ったことなど記憶にない。
世間一般に言う、超天才という奴だ。
私を知る他の誰に聞いたとしても、そのことを肯定するだろう。私のこれまで生きてきた軌跡が、彼らにそうさせるのだ。
前に、そんな私に嫉妬して嫌がらせをしてきた奴らがいたが、返り討ちにしてやった。
私が天才と呼ばれる所以は、人並外れた「吸収力」にある。
物心ついた頃から、私は他の子たちよりも物覚えが良く、様々な分野で成長が早かった。何倍も。
文字が読めるようになったのは3才頃で、書けるようになったのもそのすぐ後。さらに、ドラミデ校に入学する前に、6年次までの算数の内容をすべて理解していた。
運動神経に至っては同年代どころか、一つ二つ、下手したら三つ上の上級生と比較しても、ダントツに飛び抜けていただろう。
これまでも、天下の八併軍アカデミーに入った今も、この感じは変わらない。
「輝き」が欲しいと言っても、普通の人が普通に得られる「輝き」では、満足するつもりはさらさらない。してなるものか。
天から賜った『圧倒的な能力』で、『最上級の輝き』を、私は手に入れる。
◇
窓から海中の景色を臨む。
ただ青が広がっているだけで、私のところからは何も確認できないが、さっきからやけに外が騒がしい。揺れたり、大きな音が響いたりと、睡眠の邪魔ばかりしてくる。
腹立たしい。
大騒ぎしているやつらは、私の自由を奪っているのだ。
「お腹空いたな。……食堂行くか」
ベッドから降りて部屋着を脱衣し、白い制服を着用する。
外には出るなと言われたが、私の行動を真の意味で制限できる人間なんて、この世に一人だっていない。好きなようにさせてもらう。
この部屋は4階だ。物音があったのは下の方。
どんなはしゃぎ方をしたらここまで振動が伝わってくるのか。どいつもこいつも、黙って正座でもしてればいい。
近頃気が立っているせいか、いろんなことにイライラする。
「なんだ、みんな出てるじゃん」
扉を開けて廊下に出ると、多くの研修生の姿が目に入ってきた。少なくとも、10人以上は部屋から出ている。
しかし、一瞬で違和感に気付いた。
「あぁ……、あぁ……」
全員様子がおかしい。
会話を交わすわけでもなく、「あぁ、あぁ」と同じ言葉を繰り返し呟きながら、辺りを徘徊している。
極めつけには、その全員が白目を剥いていた。
白目を剥いているような奴は、そこにたとえどんな事情があろうと、正気ではない。
目視して、次に彼らの体を流れるマナに注目する。
その流れは不自然にして歪だった。おそらく、何者かに異能等で操られている状態だ。
こんな事態が起こるケースを整理して、不確定ではあるが答えを導き出す。
「敵、中にいるっぽいな」
放送で言っていた、海賊の一味が攻め入ってきたのだろう。
食堂までの道のりは、少しだけ面倒になりそうだ。
「あぁ……?」
正気でない者たちのうち、私に一番近かった奴が、こちらの方を向いて首を傾げる。
「あああっ!!」
私のことを数秒見た後、白目を剥いた状態で真っ白な歯を見せびらかしながら、突然襲い掛かってきた。
舌打ちをしながら、素早くみぞおちに拳を入れ、沈黙に沈める。
騒ぎを大きくしないよう、一瞬でケリをつけたつもりだったが、異変に感づかれたらしい。廊下にいる全員がこちらを向いている。
「見られることには慣れっこだけど、白目は初めてかもな」
行く手を阻む気味の悪い白目集団は、一人目が為す術なく倒されたのを見て学習したのか、速度を落とし追い込むように迫ってくる。正気を失っている割には賢い。
「はっ、まあ、カンケーねーけど」
様子を窺いながら寄ってくる集団を、私は嘲笑う。先頭にいる少女目掛けて駆け出した。
「私の動きについて来れるなら、ついて来てみろよ。無理だろーけど」
自慢のスピードで一瞬にして迫り、先頭の少女のみぞおちに一撃を入れる。
反応できず攻撃をもろに受けた少女は、そのまま床に倒れ込んだ。
先手を取った私に、集団が攻撃の体勢に入り襲い掛かって来る。
だが遅い。そのテンポでは、私に届くはずもない。
ヒュン、ヒュン、ドカン! ヒュン、ヒュン、ボカン!
正気を失った研修生たちの攻撃を躱し、素早くパンチや蹴りを打ち込む。
一人につき一撃で、確実にノックダウンさせる。
コンコン。
「はーい」
白目の群れを潜り抜け、同じ階にある友人の部屋を訪れる。
ドアを軽くノックすると、奥から大人びた雰囲気の声が聞こえてきた。
「クロハ!? どうしたの!? 外は出ちゃダメだって……」
ドアを開けた雅スミレは、私の顔を見るなり驚きを顔に出す。
「みやびん、私について来て」
「なんで!? どこ行くの!?」
「お腹空いたから食堂に行きたいんだけど、邪魔が多い。手を貸して欲しい」
戸惑う雅に、私は背後に倒れたアカデミー生たちを、振り返らずに親指で指し示す。
雅は異変を感じ取ったように目を細め、倒れた人たちを数秒黙視した後、再び困惑したような表情に戻った。
「なに、あれ? クロハがやったの?」
「ついて来れば分かる」
雅を部屋から連れ出そうとしたその時、振り返った視界に、いくつかの蠢く人影が目に入った。
先程片づけたはずのアカデミー生達だ。
倒しても起き上がる。なるほど、結構厄介な異能だな。
全身を躍動させ、次々に襲い来るアカデミー生達をなぎ倒していく。
彼らの目は、倒した後も白目を剥いたままだった。そして、時間が経つとゆらりと起き上がり復活する。
おそらく、彼らを操っている異能が解除されない限り、この現象に終わりは来ない。
私は、キリがないことをいつまでも続けるほど阿呆ではない。
取り敢えず、邪魔立てする者たち全員を相手するのではなく、下の階への道を切り開くことに専念する。
「どうなってるの!?」
「こうなってる」
「分からないわよ!!」
無慈悲に攻撃を打ち込み続ける私を、雅は後からつけてくる。
彼女は恐る恐る周囲を確認しながら、この異様な事態に動揺を吐露した。
「ねえ、クロハ。こんな異常事態に、あなたはどうして部屋の外に出ているの? 辻さんの言いつけもあったでしょ? まさか、ホントのホントに、ただお腹を満たしに行くわけじゃあ……」
「いや、夕飯がまだだから。そんだけ」
「……ホントに?」
「ホントに」
雅は冷静さを取り戻そうとしているのか、落ち着いた声で私の目的を再確認してきた。
しかし、彼女の上品な語り口調は、私の返答ですぐに荒れ声に変わる。
「こんなことが起こっているのに、私は今から、あなたの食事に付き合わないといけないの!?」
「みやびんも飯まだだったでしょ? クレネっちとリリィもこれから呼びに行く。食堂まで行くのに、私一人だと面倒だし」
私がここまでの自分の行動を解説すると、雅は一つため息をついて、諦めたような表情を私に向けた。耳に掛けた長髪がサラリと垂れ落ちる。
「今じゃなきゃダメなの? 戦士たちが事を収めてからじゃ……」
「私が今行きたいと思ったんだから、今行くんだよ」
「だよね……、あなたってそんな感じだもんね……」
私は、私がしたいと思ったことを、他の誰かや環境によって妨げられるのが我慢ならない。
腹を空かせたのなら、たとえ海賊が攻め込んで来ようとも、その横で食事を平らげてやるのだ。
「それに、もうすでに戦士たちはあてにならない」
「えっ?」
私の言葉が理解できない様子で、雅はポカンと口を開けている。
「たぶん、私たちを襲って来る研修生たちは、異能で操られている。ランチ内にいる敵によって」
「中に、敵が……」
「つまり、戦士たちは海賊に侵入されたってこと。防がなきゃならなかった、中への侵入を許した」
そうだ。誰かに守ってもらおうなんて甘い。
最後に信じられるのは自分自身の「能力」だけだ。
「……友人だから付き合うけど、私、死ぬの嫌だからね」
「みやびん、私が近くにいながら、海賊ごときに殺されると思うか? そんなに私の力が信じられない?」
「……ううん、一番信じられる。だから、こんな我儘にも付き合うの」
私の問いかけに、雅は肩を竦め薄く微笑んだ。
戦士たちのことは、最初から信頼していない。
ドラミデ町で起こったあの悲劇の日、私は八併軍の戦士たちの実力を目の当たりにした。
彼らは私より弱かった。訓練も何も積んでいない私が、その場に居た戦士たちの動きを凌駕していた。
今、私たちの身を海賊から守っている戦士だって、きっと同じだ。
私は、自分よりも弱い人間を頼ることはしない。危機が迫れば、自分で解決する。私にはそれができるのだから。
4階から3階へ下りる階段の踊り場で、私と雅は行き先を白目の集団に遮られる。
20数名いるだろうか。ズラッと踊り場から下の階にまで列が続いている。
「一気にいくけど、用意は?」
「いつでも」
私の呼び掛けに、雅は端的に答えた。
制服のポケットから薄手のグローブを取り出し、慣れた手つきで左手に装着する。
装着したのが左手のみで、右手は素手なのが、アンバランスで違和感がある。
「珍獣装備『フロウアシカ』」
左手に嵌めたグローブは、黒を基調としているため、三日月を模った白の紋様が際立つ。
雅は左手の甲の部位に当たる、その三日月紋様を擦り、異能発動を唱えた。
『流力凝縮弾』
雅が左の手のひらを上に向けると、そこに白く輝く球状の物体が出現する。
この世のありとあらゆるマナの流れを凝縮し、そのエネルギーを顕現させる異能「流力凝縮」。
今、雅の手のひらにある球体は、彼女のマナ系譜「贈」、その流れが具現化されたものだ。
「いくわよ、クロハ」
「来い」
雅の合図を聞き、私は大きく跳び上がる。
攻撃対象の集団を、その眼下に捉えることができた。全部吹き飛ばしてやる。
『主役への軌道「贈」』
雅はそう唱えた後、球体を自らの頭上に放り、両の手のひらで三角形を作った。
球体をその三角形に収めると、瞬時に押し出し、空中にいる私の方へ送り届ける。
『無慈悲の弾丸「贈」』
顔の正面よりやや上に飛んできた正確なトスを、私は右腕を振りかぶり、眼下の集団目掛け思い切り打ち込んだ。
ズドーン!!
斜め上方からの激しい衝撃が、白目集団を吹き飛ばす。
その一撃によって生じた強風が、打ち込んだ方向ではない、攻撃側の雅の元まで僅かながら届く。
彼女は風に飛ばされぬよう、両腕の中に顔を沈め、スラっと長い足を肩幅以上に開いて持ち堪えた。
「ちょっと、クロハ? 私がいること忘れてる?」
「ごめん、強く打ち過ぎた」
「しっかりしてよ!」
着地した私に、雅は文句を垂れてくる。
「そこそこの知性があるなら、私には勝てないって学習して欲しいけどな」
「でも、この人たちもかわいそうね……。正気なら、クロハに向かって来るなんて絶対にしないはずなのに」
開けた階段を下り、3階へ向かいながら、私と雅は倒れた研修生たちに対しそんなことを呟く。
もし、戦士たちが、研修生たちを操っている敵を討ち倒すことができなければ、彼らはこのまま何度でも蘇り、苦しみ続けることになるだろう。
「がう! 4階から下りてくる娘二人を発見! どうするよう?」
3階の廊下に降り立った直後、赤茶色の逆巻く体毛に覆われた、3メートルほどある獣人もどきの男が声を上げる。
存在感のある容姿を見て、隣にいた雅は本能的に後ずさりをした。
「ふむふむ……。オーケイ!」
右手に持つ黒いトランシーバーが、そのデカい図体も相まって小さく見える。
口元からその通信機器を離し、私たちに語り掛けてきた。
「おい! 俺はこう見えて理性的で建設的な男だ。見た目で判断するんじゃねえよう、お嬢さん方」
彼の身体的特徴から、アカデミー試験で出くわした大男を想起したが、意外にも血気盛んで見境なくといったタイプではないらしい。
「がう! 我らが軍門に下るというのなら、痛い思いはさせないぜ。なんたって俺は、理性的で建設的な男だからな!」
「「…………」」
無意味な沈黙の時間を少しばかり経て、私は答える。
「死体になれば、理性的だろうと建設的だろうと、クソも残らないけどな」
「ぐるあ!! 食いもん決定!!」
お読みいただきありがとうございました。




