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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
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トップ・ジーニアス

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 この世界を生きる上で、最も重要なものは何か。

 金? 愛? それとも夢?

 私の答えはどれも違う。


 この世で最も価値のあるものは『能力』だ。

 何をどの程度できるのか。これの有無で、その人間の価値が左右されると言っても過言ではない。

 これが私の短い生で出した、人の世の結論だ。



 欲しいものがある。

 私は『輝き』を手に入れたい。


 幼い頃、父親と母親に手を引かれる同年代の子を、子供ながらに複雑な感情で見つめていた。

 私には、親も身寄りもいなかった。「クロハ」という名前も、町長がつけてくれたものだ。

 ドラミデ町の親切な大人たちが、代わる代わる孤独な私の面倒を見てくれた。そのことには一応感謝している。


 それでも私は、どうしようもなく独りだった。

 あの頃の私は、親子連れが町の通りを歩いている姿を見るたび、寂寥感(せきりょうかん)や、(ねた)み、(ひが)みなど、おおよそ普通の子供が抱くことの無い感情に支配されていた。


 両親に手を引かれ、笑顔を浮かべる少年の姿は、私にはとてつもなく輝いて見えた。

 父親と母親が彼に向ける笑顔は、普段私が受けている、同情や慈悲(じひ)の眼差しとはまるで違うものだった。

 少年と自分を見比べてみて、嫌でも悟るのだ。


 私は「輝いていない」と。


 でも後になって、それも別にどうでもよく思えた。

 私は、私にだけ与えられた「圧倒的な才能」で、誰よりも輝けば良いのだから。


 町の人達は私のことを、「不幸な女の子だ」と陰で言っていた。

 でも、私は自分のことをそうは思わない。


 私は凄い奴だ。自分でそう言い切ってしまえるほどに。

 他の凡人共とは次元が違う。あらゆる分野で一番だし、勝負ごとにだって負けない。

 全てにおいて、誰かに劣ったことなど記憶にない。


 世間一般に言う、超天才という奴だ。

 私を知る他の誰に聞いたとしても、そのことを肯定するだろう。私のこれまで生きてきた軌跡が、彼らにそうさせるのだ。

 前に、そんな私に嫉妬(しっと)して嫌がらせをしてきた奴らがいたが、返り討ちにしてやった。


 私が天才と呼ばれる所以(ゆえん)は、人並外れた「吸収力」にある。

 物心ついた頃から、私は他の子たちよりも物覚えが良く、様々な分野で成長が早かった。何倍も。


 文字が読めるようになったのは3才頃で、書けるようになったのもそのすぐ後。さらに、ドラミデ校に入学する前に、6年次までの算数の内容をすべて理解していた。

 運動神経に至っては同年代どころか、一つ二つ、下手したら三つ上の上級生と比較しても、ダントツに飛び抜けていただろう。

 これまでも、天下の八併軍アカデミーに入った今も、この感じは変わらない。


「輝き」が欲しいと言っても、普通の人が普通に得られる「輝き」では、満足するつもりはさらさらない。してなるものか。


 天から(たまわ)った『圧倒的な能力』で、『最上級の輝き』を、私は手に入れる。


    ◇


 窓から海中の景色を臨む。

 ただ青が広がっているだけで、私のところからは何も確認できないが、さっきからやけに外が騒がしい。揺れたり、大きな音が響いたりと、睡眠の邪魔ばかりしてくる。


 腹立たしい。

 大騒ぎしているやつらは、私の自由を奪っているのだ。


「お腹空いたな。……食堂行くか」

 ベッドから降りて部屋着を脱衣し、白い制服を着用する。

 外には出るなと言われたが、私の行動を真の意味で制限できる人間なんて、この世に一人だっていない。好きなようにさせてもらう。


 この部屋は4階だ。物音があったのは下の方。

 どんなはしゃぎ方をしたらここまで振動が伝わってくるのか。どいつもこいつも、黙って正座でもしてればいい。

 近頃気が立っているせいか、いろんなことにイライラする。


「なんだ、みんな出てるじゃん」

 扉を開けて廊下に出ると、多くの研修生の姿が目に入ってきた。少なくとも、10人以上は部屋から出ている。

 しかし、一瞬で違和感に気付いた。


「あぁ……、あぁ……」

 全員様子がおかしい。

 会話を交わすわけでもなく、「あぁ、あぁ」と同じ言葉を繰り返し呟きながら、辺りを徘徊(はいかい)している。


 極めつけには、その全員が白目を剥いていた。

 白目を剥いているような奴は、そこにたとえどんな事情があろうと、正気ではない。


 目視して、次に彼らの体を流れるマナに注目する。

 その流れは不自然にして(いびつ)だった。おそらく、何者かに異能等で操られている状態だ。

 こんな事態が起こるケースを整理して、不確定ではあるが答えを導き出す。


「敵、中にいるっぽいな」

 放送で言っていた、海賊の一味が攻め入ってきたのだろう。

 食堂までの道のりは、少しだけ面倒になりそうだ。


「あぁ……?」

 正気でない者たちのうち、私に一番近かった奴が、こちらの方を向いて首を傾げる。

「あああっ!!」

 私のことを数秒見た後、白目を剥いた状態で真っ白な歯を見せびらかしながら、突然襲い掛かってきた。


 舌打ちをしながら、素早くみぞおちに拳を入れ、沈黙に沈める。

 騒ぎを大きくしないよう、一瞬でケリをつけたつもりだったが、異変に感づかれたらしい。廊下にいる全員がこちらを向いている。


「見られることには慣れっこだけど、白目は初めてかもな」

 行く手を阻む気味の悪い白目集団は、一人目が為す術なく倒されたのを見て学習したのか、速度を落とし追い込むように迫ってくる。正気を失っている割には賢い。


「はっ、まあ、カンケーねーけど」

 様子を窺いながら寄ってくる集団を、私は嘲笑う。先頭にいる少女目掛けて駆け出した。

「私の動きについて来れるなら、ついて来てみろよ。無理だろーけど」


 自慢のスピードで一瞬にして迫り、先頭の少女のみぞおちに一撃を入れる。

 反応できず攻撃をもろに受けた少女は、そのまま床に倒れ込んだ。


 先手を取った私に、集団が攻撃の体勢に入り襲い掛かって来る。

 だが遅い。そのテンポでは、私に届くはずもない。


 ヒュン、ヒュン、ドカン! ヒュン、ヒュン、ボカン!

 正気を失った研修生たちの攻撃を躱し、素早くパンチや蹴りを打ち込む。

 一人につき一撃で、確実にノックダウンさせる。


 コンコン。

「はーい」

 白目の群れを潜り抜け、同じ階にある友人の部屋を訪れる。

 ドアを軽くノックすると、奥から大人びた雰囲気の声が聞こえてきた。


「クロハ!? どうしたの!? 外は出ちゃダメだって……」

 ドアを開けた雅スミレは、私の顔を見るなり驚きを顔に出す。


「みやびん、私について来て」

「なんで!? どこ行くの!?」

「お腹空いたから食堂に行きたいんだけど、邪魔が多い。手を貸して欲しい」


 戸惑う雅に、私は背後に倒れたアカデミー生たちを、振り返らずに親指で指し示す。

 雅は異変を感じ取ったように目を細め、倒れた人たちを数秒黙視した後、再び困惑したような表情に戻った。


「なに、あれ? クロハがやったの?」

「ついて来れば分かる」


 雅を部屋から連れ出そうとしたその時、振り返った視界に、いくつかの(うごめ)く人影が目に入った。

 先程片づけたはずのアカデミー生達だ。


 倒しても起き上がる。なるほど、結構厄介な異能だな。



 全身を躍動させ、次々に襲い来るアカデミー生達をなぎ倒していく。

 彼らの目は、倒した後も白目を剥いたままだった。そして、時間が経つとゆらりと起き上がり復活する。

 おそらく、彼らを操っている異能が解除されない限り、この現象に終わりは来ない。


 私は、キリがないことをいつまでも続けるほど阿呆(あほう)ではない。

 取り敢えず、邪魔立てする者たち全員を相手するのではなく、下の階への道を切り開くことに専念する。


「どうなってるの!?」

「こうなってる」

「分からないわよ!!」


 無慈悲に攻撃を打ち込み続ける私を、雅は後からつけてくる。

 彼女は恐る恐る周囲を確認しながら、この異様な事態に動揺を吐露した。


「ねえ、クロハ。こんな異常事態に、あなたはどうして部屋の外に出ているの? 辻さんの言いつけもあったでしょ? まさか、ホントのホントに、ただお腹を満たしに行くわけじゃあ……」

「いや、夕飯がまだだから。そんだけ」

「……ホントに?」

「ホントに」


 雅は冷静さを取り戻そうとしているのか、落ち着いた声で私の目的を再確認してきた。

 しかし、彼女の上品な語り口調は、私の返答ですぐに荒れ声に変わる。


「こんなことが起こっているのに、私は今から、あなたの食事に付き合わないといけないの!?」

「みやびんも飯まだだったでしょ? クレネっちとリリィもこれから呼びに行く。食堂まで行くのに、私一人だと面倒だし」


 私がここまでの自分の行動を解説すると、雅は一つため息をついて、諦めたような表情を私に向けた。耳に掛けた長髪がサラリと垂れ落ちる。


「今じゃなきゃダメなの? 戦士たちが事を収めてからじゃ……」

「私が今行きたいと思ったんだから、今行くんだよ」

「だよね……、あなたってそんな感じだもんね……」


 私は、私がしたいと思ったことを、他の誰かや環境によって妨げられるのが我慢ならない。

 腹を空かせたのなら、たとえ海賊が攻め込んで来ようとも、その横で食事を平らげてやるのだ。


「それに、もうすでに戦士たちはあてにならない」

「えっ?」

 私の言葉が理解できない様子で、雅はポカンと口を開けている。


「たぶん、私たちを襲って来る研修生たちは、異能で操られている。ランチ内にいる敵によって」

「中に、敵が……」

「つまり、戦士たちは海賊に侵入されたってこと。防がなきゃならなかった、中への侵入を許した」


 そうだ。誰かに守ってもらおうなんて甘い。

 最後に信じられるのは自分自身の「能力」だけだ。


「……友人だから付き合うけど、私、死ぬの嫌だからね」

「みやびん、私が近くにいながら、海賊ごときに殺されると思うか? そんなに私の力が信じられない?」

「……ううん、一番信じられる。だから、こんな我儘にも付き合うの」

 私の問いかけに、雅は肩を竦め薄く微笑んだ。


 戦士たちのことは、最初から信頼していない。

 ドラミデ町で起こったあの悲劇の日、私は八併軍の戦士たちの実力を目の当たりにした。

 彼らは私より弱かった。訓練も何も積んでいない私が、その場に居た戦士たちの動きを凌駕(りょうが)していた。


 今、私たちの身を海賊から守っている戦士だって、きっと同じだ。

 私は、自分よりも弱い人間を頼ることはしない。危機が迫れば、自分で解決する。私にはそれができるのだから。



 4階から3階へ下りる階段の踊り場で、私と雅は行き先を白目の集団に(さえぎ)られる。

 20数名いるだろうか。ズラッと踊り場から下の階にまで列が続いている。


「一気にいくけど、用意は?」

「いつでも」

 私の呼び掛けに、雅は端的に答えた。


 制服のポケットから薄手のグローブを取り出し、慣れた手つきで左手に装着する。

 装着したのが左手のみで、右手は素手なのが、アンバランスで違和感がある。


「珍獣装備『フロウアシカ』」

 左手に嵌めたグローブは、黒を基調としているため、三日月を(かたど)った白の紋様が際立つ。

 雅は左手の甲の部位に当たる、その三日月紋様を擦り、異能発動を唱えた。


流力凝縮弾(マナ・ボール)

 雅が左の手のひらを上に向けると、そこに白く輝く球状の物体が出現する。


 この世のありとあらゆるマナの流れを凝縮し、そのエネルギーを顕現させる異能「流力凝縮」。

 今、雅の手のひらにある球体は、彼女のマナ系譜「贈」、その流れが具現化されたものだ。


「いくわよ、クロハ」

「来い」


 雅の合図を聞き、私は大きく跳び上がる。

 攻撃対象の集団を、その眼下に捉えることができた。全部吹き飛ばしてやる。


主役への軌道(メインアタック・トス)「贈」』


 雅はそう唱えた後、球体を自らの頭上に放り、両の手のひらで三角形を作った。

 球体をその三角形に収めると、瞬時に押し出し、空中にいる私の方へ送り届ける。


無慈悲の弾丸(クルーエル・スパイク)「贈」』


 顔の正面よりやや上に飛んできた正確なトスを、私は右腕を振りかぶり、眼下の集団目掛け思い切り打ち込んだ。


 ズドーン!!

 斜め上方からの激しい衝撃が、白目集団を吹き飛ばす。


 その一撃によって生じた強風が、打ち込んだ方向ではない、攻撃側の雅の元まで僅かながら届く。

 彼女は風に飛ばされぬよう、両腕の中に顔を沈め、スラっと長い足を肩幅以上に開いて持ち堪えた。


「ちょっと、クロハ? 私がいること忘れてる?」

「ごめん、強く打ち過ぎた」

「しっかりしてよ!」

 着地した私に、雅は文句を垂れてくる。


「そこそこの知性があるなら、私には勝てないって学習して欲しいけどな」

「でも、この人たちもかわいそうね……。正気なら、クロハに向かって来るなんて絶対にしないはずなのに」


 開けた階段を下り、3階へ向かいながら、私と雅は倒れた研修生たちに対しそんなことを呟く。

 もし、戦士たちが、研修生たちを操っている敵を討ち倒すことができなければ、彼らはこのまま何度でも蘇り、苦しみ続けることになるだろう。


「がう! 4階から下りてくる娘二人を発見! どうするよう?」


 3階の廊下に降り立った直後、赤茶色の逆巻く体毛に覆われた、3メートルほどある獣人もどきの男が声を上げる。

 存在感のある容姿を見て、隣にいた雅は本能的に後ずさりをした。


「ふむふむ……。オーケイ!」

 右手に持つ黒いトランシーバーが、そのデカい図体も相まって小さく見える。

 口元からその通信機器を離し、私たちに語り掛けてきた。


「おい! 俺はこう見えて理性的で建設的な男だ。見た目で判断するんじゃねえよう、お嬢さん方」

 彼の身体的特徴から、アカデミー試験で出くわした大男を想起したが、意外にも血気盛んで見境なくといったタイプではないらしい。


「がう! 我らが軍門に下るというのなら、痛い思いはさせないぜ。なんたって俺は、理性的で建設的な男だからな!」

「「…………」」

 無意味な沈黙の時間を少しばかり経て、私は答える。


「死体になれば、理性的だろうと建設的だろうと、クソも残らないけどな」

「ぐるあ!! 食いもん決定!!」

お読みいただきありがとうございました。

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