侵入者
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
ランチ6階「コックピットエリア」、操縦室にて―――
ドッゴーン!!
放たれた魚雷同士がぶつかり合い、激しい轟音を立てて辺りを震撼させる。
ランチの外では、戦闘機「ファスト」3機が敵潜水艇同数と水中戦を繰り広げていた。
母艦としての働きも持つランチは、その機内に5機の戦闘機を収容できる。その内の3機が、現在出動中である。
「今のところ戦況は五分、か……。まあ、じきに捲られるんだろうな……」
「そうですね、敵の潜水艇操縦者もかなりの手練れかと……」
ランチの操縦に当たっていたパイロット5人の内、3人が戦場に出払ったため、先程よりも操縦室は静かになった。
「やっぱり、水中戦じゃこっちの分が悪い。なんとか地上戦に持っていきたいな」
辻は顎に手を添えながら、次の動きを模索する。
「では、ランチ内におびき寄せると?」
「いや、わざわざこっちから研修生を危険に晒すことは無い。理想は、向こうに乗り込んで艦長の首を取ることだ」
「それには攻め手が必要ですね」
操縦室に残ったパイロットとの問答の中で、辻は次の打つべき策を整理した。
そして考えがまとまった後、決断を声に出す。
「うん、最高戦闘機『ディナー』を出そう。操縦者は君ね。ここに残るパイロットは一人で良い。目標は、敵潜水艇の全破壊」
重要な決断をしたとは思えぬほど張りの無い声で、それでもテキパキと指示を出す。
「了解です!」
辻に最高戦闘機の操縦者に指名されたパイロットは、対照的なよく通る声で、その任を引き受けた。彼は急いで操縦室を後にする。
パイロットが向かったのを確認すると、辻はコックピットにある操作パネルの内、一番端の方にある小さな黄色のボタンを押した。ボタンの脇から、全体放送用のマイクが出てくる。
「あー、あー。コックピットエリアの戦士全員に通達。第一会議室に集まるように。これより、作戦会議を始める」
放送域をコックピットエリアのみに絞り、いつも通り力なくそう告げた辻は、操縦室の出入り口へ歩き出す。
「ここは任せる。何かあれば、通信で知らせてくれ」
「わかりました」
操縦室の管理を最後に残ったパイロットに一任し、辻はコックピットを出た。
第一会議室に辿り着くころには、全ての戦士が席に着き、部隊長の言葉を聞く準備を整えていた。
その場にいる50人の前に立つと、辻は前置きもなく話し始める。
「あー、『ディナー』1機と『ファスト』3機で、敵潜水艇をすべて破壊した後に、敵本艦に乗り込んで、そこを制圧することにしたんで」
辻は大まかな作戦を説明した後、詳細について言及する。
「作戦決行の際、俺を含む敵艦襲撃組と、待機組の二手に分かれる。敵艦襲撃組の任務はただ一つ、海賊艦の制圧」
戦士達は、説明する辻の方を見ながら、コクコクと首を縦に振る。
「そして待機組だが、1階で起きている事件の解決に当たってくれ。事件の詳細は後ほど説明する。しかし、あくまでメインは海賊との抗争だ。こちらの要求があれば、いつでも援護に向かえるよう、臨機応変に動いて欲しい。……じゃ、これからメンバーの割り振りを伝える」
戦士たちは頷き続ける。自身がどの組に加わるのか、それを聞き逃さぬよう身構える戦士たちに対し、辻は思い出したように告げた。
「言い忘れていたけど、これは戦だ。八併軍の戦士なら当然心に留めているはずだが……」
そこまで言いかけて、辻は言葉を止めた。
彼は、戦士たちの眼差しに気付いた。
『皆まで言うな』
彼らの眼差しはそう告げていた。
「……いや、忘れてくれ。これより、敵艦襲撃組と待機組のメンバー構成について伝える」
その身その心、戦士の運命と共に。
◇
「あたしゃには無理さね」
「えーっ! そんな……」
2階から1階へと下りる広い階段の手前で、僕はへたり込んだ。
僕の思いついたアイデアは、試すまでもなく失敗に終わった。
紫煙は1階全体を覆っていて、もう間もなく2階へ進出しようというところだった。
それぞれ自室から特殊装備を持ち出した、僕、タツゾウ、レイアさん、ファナさんは、その光景を目の当たりにして息を飲む。
煙に覆われたエリアにいる人たちは、皆例外なく白目を剥いて気絶していた。これは、早急に何とかしなければならない。
「珍獣『ビリビリスカンク』の異能『紫煙吐露』。煙の範囲がここまで広がるとは、メンコのポテンシャルの高さには驚かされますね」
レイアさんは、メンコが特殊装備を使用し、その異能の効果範囲を拡大させていることについて、感嘆の声を漏らす。
「ヤバいぜ! このままじゃ、ランチ全体があの煙に―――」
「そんなことは分かっています。今欲しいのは解決策です」
「はあ!? 随分棘のある言い方じゃねえか!」
いつか聞いたようなやり取りに、僕は自然とため息を落とす。
僕のアイデアは、サイコサウルスの異能「念動馬力」を用いてのものだった。
念動力で広がった煙を縮め込むことができれば、下の階にいる人たちを救出できるのでは、と考えたのだ。
しかし、異能を司る本人、いや本獣に不可能だと言われてしまった。
「あたしゃの異能は、輪郭を捉えられなければ発動しない。液体なら頑張ればいけるかもしれんが、気体は無理さね」
サイコサウルスは切迫感なくそう言った。
万策尽きてしまった。まあ、一つしかなかったのだが。
「異能を消す方法はもう一つあります。それが可能ならの話ですが……」
「えっ!?」
「あるならもっと早く言えよな!」
レイアさんの不意を突くような切り出しに、僕は間の抜けた声を上げ、タツゾウは噛みつくように怒鳴る。
「契約者自身に異能を解いてもらうことです。見たところ、メンコは気絶している様子なので難しそうですが」
多大な量のマナを消費してしまったのだろう。メンコは大食堂中央の厨房付近で、うつ伏せに倒れていた。
特殊装備の異能は、契約者が気絶してしまうことで、その効果は消える場合がほとんどだ。
しかし、メンコの珍獣装備はその例に含まれない。彼女が気絶したとしても、解除されない限り煙はその場に残り続ける。
「なあ、カブ太の異能は無理なのか? 根っこで引っ叩いて、あいつを起こすんだよ」
「あそこまでは届かないよ……」
タツゾウは僕の肩に乗るカブ太を指さし、そう告げたのだが、生憎距離が遠すぎる。
「では、それこそ『念動馬力』を使ってみては? 念力でメンコを床に叩きつけ、無理やり覚醒させるのです」
「それならできそうさね」
レイアさんの発案に、サイコサウルスは三本指のうち一本を突き立て、グッドサインを作る。
メンコには少し酷なアイデアだけど、光明が見えた。
「さすがはレイア様。目くそ鼻くそ共とは、頭の出来が違います」
「あはは……」
いきなり口を開いたファナさんに突然罵られ、僕は苦笑いを浮かべてしまう。
その間に、サイコサウルスは細い腕を前方に真っ直ぐ伸ばし、気を溜め始めていた。
『念動馬力』
異能が発動し、メンコの周囲が、煙の紫よりもややピンク掛かった、念動馬力特有のオーラに包まれる。
メンコの肉体は僅かに宙に浮かぶと、そのまま床に数度叩きつけられた。
(ごめんねメンコ。でも、君には起きてもらわないと困るんだ)
しかし、彼女は起きなかった。何度やっても起きなかった。
一向に目覚めないメンコに痺れを切らし、僕たちはこの方法を諦めて、別の手法を全員で思案する。
「俺のタツゴンにだって、何かできるわけじゃないしなー」
「私のユキメでも、解決策は思い浮かびませんね」
「レイア様、お力になれず申し訳ございません」
全員の案が出尽くして、徐々に諦めのムードが漂ってくる。
そろそろ僕たちの身が危ないというところまで、煙は迫っていた。
そんな折、救いの手は差し伸べられた。
いつだって、僕たちのピンチを救ってくれるのは彼らだ。
「事情は聴いている。あとは我々に任せてくれ」
八併軍の戦士達だった。レンジャー師団の軍服を身に纏った彼らは、顔にガスマスクを着けている。
「辻さんの言いつけを破ったことについては、黙っておいてやる。今は自分の部屋に戻り、指示があるまで待機していろ。ここも戦場になる可能性があるんだ」
十数名の戦士たちは、躊躇なく階段を下りていく。
僕たちの身の安全を第一に考えてくれる彼らを見て、僕はドラミデ町で起こった悲劇を思い出していた。あの時の戦士たちも、こんなふうに勇ましかった。
僕は、十奇人になる前に、ちゃんと戦士にならなければいけない。そう思った。
ドッゴーーーン!!
僕が決意の思考を巡らせた直後、身の危険を感じるほどの揺れと爆音が、戦士と僕たちを突如襲った。
「ひいいいっ! あわわわっ!」
「おい、なんだよこれ!?」
「私に聞かないで下さい」
僕は揺れに耐えられず、すっころんで床を転がった。
タツゾウは背中の大太刀に手を添えながら、周囲を警戒している。
ファナさんは、レイアさんを庇うようにして辺りを見回した。
「おい! 何かがランチに衝突したぞ!」
階段を下りて行った戦士の一人がそう叫んだ。
敵の攻撃が、ランチに命中してしまったのだろうか。
揺れが収まり、視線を1階の大食堂に向ける。
先程来た時と同じように、僕はその光景を見て息を飲んだ。
紫煙に紛れて、何か鉄の塊が、食堂の壁を打ち破っていた。大きな破片が床に散らばっている。
衝突してきたのであろう、壁にめり込んだ見覚えのない鉄の塊。その装甲の一部が剥がれ落ち、バタンと音を立てて床に倒れる。
鉄の塊の剥がれ落ちた部位から、影が二つ現れた。
「がう! てめえ、ヒョロっちいのに生きてるとはよう、驚かされたぜ!」
「一度死んだ奴が、もういっぺん死ぬわけねえだろ」
一つは、大きな獣の影。
もう一つは、印象深い悪魔の影だった。
「よう、雨森ソラトとその仲間たち。喜べよ、遊びに来てやったぜ」
その掠れたおぞましい声を聞いて、僕の体は震えだし、奥歯をガタガタと鳴らし始める。
植え付けられた恐怖が、僕の中で再び芽吹いた。
お読みいただきありがとうございました。




