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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
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秩序を守らば

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「か、かふう……」

「……無理もありませんね。私はあなたを殺そうとしましたから」

 カブ太はレイアさんに会ってから、その小さな体を細かく震わせ、さっきまでよりも力を込めて僕の制服にしがみついている。


 生物的な本能というやつだろうか。きっと、カブ太も気付いていたんだと思う。

 アカデミー試験の時に、本来、自分がどのような運命を辿るはずだったのか。

 メンコに懐き、レイアさんに懐かないのは、多分そういうことだろう。


 部屋から出ないように。僕とタツゾウは、辻さんの残した言葉に従い、レイアさんの広々とした部屋に留まっていた。

 ファナさんは、僕たちが入室してからというもの、ずっと表情筋を動かすことなく目だけで圧を送り続けている。


『これより、「トリトン海賊団」との抗争が始まります。研修生諸君は、身の安全の確保を第一に考え、滅多なことがない限り部屋の外に出ないように』


 辻さんが、僕たちとの画面通話を終えた後に、研修生全体に向けて送ったメッセージ。

 突然の出来事に驚いた人も多いはずだ。


「海賊……。もし、もしもですよ……、辻さんたちが負けてしまったら、僕たちって……」

捕虜(ほりょ)にされて闇社会の奴隷市場に売り飛ばされる、といったところでしょうか」

「ひいっ! そんな……」

 レイアさんの推察に、僕は頭を抱えて嘆く。


 海賊、これまで生きてきて関わりのない人種だ。ランチの燃料と食料を狙っているらしい。

 何を考え、なにゆえに略奪をするのか。もしかすると、そこに(はな)から理由なんてものは無いのかもしれない。

 怖い人達、それだけ理解していれば十分な気がしてきた。


「レイア様、ご安心を。このファナが、命に代えてもその身をお守りいたします」

「ファナ、私はそもそも心配なんてしてないわ。たかが海賊に、私は負けない」

 レイアさんとファナさんの瞳に、怯えや不安の色は無い。僕も、この人たちくらい堂々としていたいものだ。


「俺、部屋に珍獣装備忘れたから、ちょっと取ってくるぜ」

 壁にもたれ掛かっていたタツゾウが、突然身を起こし、部屋のドアに向けて歩き出す。


 その言動に、レイアさんがピクリと反応し、鋭く冷ややかな眼差しをタツゾウに向けた。

「辻さんの話を聞いていましたか? 滅多なことがない限り部屋から出るな。この程度の言いつけも守れないのですか? 戦士を目指す以前の問題では?」


「はあ? 身の安全の確保を第一に考えろ、って言ってただろ! 手元に珍獣装備が無くて何が身の安全だよ! どうやって自分の身を守れってんだよ!」

 レイアさんの氷の視線に対して、タツゾウは眉間に(しわ)を作り、喧嘩腰に睨み返した。


「この抗争で、海賊がランチ内部に侵入してくる可能性もあります。あなた一人の勝手な行動で、戦士たちに迷惑が掛かるかもしれません。この状況で、部屋から出るべきではありません」

「海賊が攻めて来るなら、尚更武器は必要だろ!」


 ドッゴーン!!

 口喧嘩の最中、突如、何かが爆発したような物音と共に、部屋全体が激しく揺れる。

 ランチが離陸した時の縦揺れとは異なる、横の揺れだった。


「ひいいいっ!」

 情けない叫び声を上げ、バランスを崩して床に尻餅(しりもち)をついた。

 僕以外の三人は、体幹のバランスを保ったまま、突然の事態に身構えている。


「始まったようね。相手は宙海最強の海賊、トリトン海賊団」

「もはや戦士研修どころではありませんね」


 今の衝撃が、八併軍とトリトン海賊団の抗争が始まった合図なのだろう。

 この状況が異常事態であるとは思えないほどに、レイアさんもファナさんも至って冷静だ。


 海賊が攻め入ってくる。辻さんたちが戦ってくれているとはいえ、その可能性はゼロではない。

 そう考えると、僕の中で怯みの感情とともに、とある不安が芽生え始めた。


「俺は何を言われようと、この部屋を出るぜ。自分の身は自分で守る。他力本願じゃいられねえからな!」

 タツゾウが再び扉に向けて歩き出す。

 揺れが収まり、僕は床に手をついて立ち上がった。


「待って、タツゾウ。僕も行くよ」

「ソラト!? あなたまで何を考えているんです?」

 タツゾウの背中を追う僕の挙動に、レイアさんは珍しく目を丸くして、驚いたような表情を作った。


「ごめんなさい、レイアさん。1階にいる、メンコと他の人達のことが気になるんです。辻さんたちができないなら、僕たちが何とかして助けなきゃ」


 僕の抱いた不安感。それは、今なお1階の食堂に残っている、メンコとその他大勢の研修生、厨房にいたシェフたちに対するものだ。

 もし、海賊たちが中に攻め入ってきたら、彼らに何をするか分からない。戦士達の助けを、悠長に待っているわけにはいかないだろう。


「…………」

 レイアさんは目を細めて不服そうに僕を見つめる。今日の彼女は、なんだか表情の変化が激しい。


「んじゃ、行こうぜソラト! お堅いお嬢様なんか放っといてよ」

 タツゾウの言葉に、レイアさんは細めた目に陰りを加え、再度鋭利な眼差しを発言した本人へ向けた。

 あっけらかんとしているタツゾウは、まだ失言したことに気付いていないようだ。


「前にも言ったはずです。『お嬢様』はやめてくださいと」

「レイア様に同じ言葉を二度言わせるとは……。不敬です。首をお跳ねいたします」

 レイアさんの静かな怒りの声に連動して、ファナさんも光の無い瞳をタツゾウに向ける。


「なんだよ! 呼び方ぐらいでゴチャゴチャ言いやがって!」

「ぐらい? 私にとっては大事なことです。おバカなあなたには一生分からないでしょうが」


 タツゾウが上から見下ろし、レイアさんが下から見上げ、その二つの視線が交差する。

 誰かが介入しなければ、お互いにこのままずっと睨み合っていることだろう。


「タツゾウ、畠中先生も呼び方は大事だって言ってたよ。レイアさんも嫌だって言ってるわけだし、もうやめようよ」

「ソラトまで……、分かったぜ……」

 肩をだらりと下げ、タツゾウは少し落ち込んだような表情をすると、そのままトボトボと歩き出す。内開きのドアへと向かって行った。


 レイアさんは、部屋を出ていくタツゾウを目で追った後、僕の方に振り返った。

「どうしても、外に出ると言うのですか?」

「はい……、全部終わってから、ちゃんと怒られます」


「1階の事件を解決する算段は付いているのですか?」

「それは……、今から考えます……」

 彼女は僕の回答に呆れたような顔をすると、頭を数度横に振った。


「私がどれだけ止めようと、行くのですか?」

「……はい」


 少し間をおいて言い切る。メンコや他の人達を放ってはおけない。

 それに、きちんとした算段は付いていないが、救出するための考えが全くないわけではない。成功を保証することはできない、しかしアイデアなら浮かんでいる。


「こういう時あなたは、意外にも人の制止を聞かないようですね」

 たしかに……。思えば僕は、ドラミデ町で起こった悲劇の時も、ススム君の忠告を無視してコワンを探しに行った。

 さらに、イアでレイアさんが(さら)われた時にも、キコリ君やマータギ君の制止を無視して飛び出していった。

 弱いくせに、自分から危機に赴いてばっかりだ。


「秩序を守らば、勇気を生まず」

「……?」

 レイアさんの急な発言に、僕は呆けてしまう。

 そんな僕の顔を見て、彼女は僅かに微笑んだ。


「『炎の英雄譚』に出てくるフレーズです。ルールや規則、風潮を守ることに徹すれば、そこから勇気の心が生まれることはない。もしかすると、あなたは少しだけ似ているのかもしれませんね」

「似ている? 僕が? 誰にですか?」

 レイアさんは、僕に向ける微笑みを崩さずに告げる。


「炎の英雄です」

 英雄に似ている、なんて言われるとなんだか照れ臭い。僕はそんなに大層な人間じゃない。


「ソラト、あなたも英雄を志してアカデミーへ?」

「いやいや、僕なんかが英雄だなんて……! ただ、そうなれるくらい、強くなりたいです」

 質問したレイアさんは、僕の答えを聞きながら、先ほどタツゾウが出ていったドアの方へと歩いていく。


「レイア様……!?」

 ずっと黙ったままで、僕とレイアさんの会話を傍聴していたファナさんが、ここで久しぶりに声を発する。声色に「驚き」の感情が籠っていた。


「後で怒られる時、私も横にいてあげます」


    ◇


 海賊艦にて―――


 先程まで静寂(せいじゃく)が塗り広げられていた天の海に、祭囃子(まつりばやし)が奏でられ始める。

 祭りの気配を感じ取り、男は一人、客室から出る。廊下にある窓の外を見て、ニヤリと口角を持ち上げた。


「楽しそうなことしてるじゃねえか」

「うおわっ! 半人半骸!?」

 退屈していた山葵間は、慌ただしく右往左往している海賊艦のクルーを一人捕まえ、肩を組みながら掠れ声で絡む。


「俺も混ぜてくれよー。相手は誰だ?」

「八併軍だよ! 忙しいんだから邪魔するな!」

「ほう……。なあ、良いだろ? 力になれるって」

「そんなこと、一クルーの俺に言うなよ! 艦長に言えよな!」


 その言葉を聞いて、山葵間はすぐに絡めた腕を離した。

 そして、顔半分に不気味な笑みを浮かべたまま、すぐさま艦長室へと向かう。


「まだ交渉は終わってねえってのに、戦をおっ始めるとはな……。とんだ祭り好きがいたもんだ」


 バタン!

 勢いよく艦長室の扉が押し開けられる。

「俺も参戦させてくれ」

 部屋に入ると同時に、山葵間は中の様子も確認せず言い放った。


「うるさぁいね、客人。俺様たちは今、作戦のかぁくにん中なのさ」

「だからよお、俺の戦力もその作戦に組み込んでくれよー」

 室内では艦長・トリトンと副艦長・レヴィアが、八併軍専用戦闘機ランチ攻略のための作戦を練っていた。


「じゃあ、敵陣に風穴をあぁけろ。一番危険なやぁくわりだが」

「良いぜ」

 不敵な笑みを零してそう投げかけたトリトンの顔が、山葵間の予想外の二つ返事に、一瞬で面食らったような表情に変わる。


「本当に? 命にかかぁわるけど?」

「何すりゃいいんだ?」

 変わらずキョトンとした顔で問いかけるトリトンに、山葵間はすでに作戦に加わった気で話を進める。


「ふぅむ、なら君には、この潜水艦に備えらぁれた小型潜水艇に乗って、敵の大型戦闘機ランチに突撃してもらぁう。いわぁゆる特攻ってやつ」


 トリトンは陽気な声で冷徹に、命がけの役割を山葵間に持ちかけた。

 そんなことには動じず、半身の死んでいる男は平然とした態度でその役割を引き受ける。


「特攻後は俺の好きにして構わないか?」

「その時、君が生きていれば、心のおもぉむくままに動くと良い」

「おーけー、攻め込むきっかけ作りは俺に任せろ」


 山葵間はそう告げ、艦長室から出るべく扉のリング状の取手に手を掛ける。

 彼が取手を引いて扉を開けると、そこには大きな影が入り口を塞いでいた。


「ぐるあああっ! 楽しそうな話をよう、俺抜きで進めてんじゃねえよう!」


 獣のような雄叫びを上げると、ガチキチは大きな体を屈めて、開いた扉を潜り抜ける。

「なんだよ、聞いてたのか」

「がう! まあな!」


 山葵間は、巨漢(おおおとこ)の突然の登場に驚くわけでもなく、淡々と尋ねた。

「一緒に来るか、特攻?」

「俺の度胸を試そうってか? 良いぜ! 乗ってやるよう!」

 ガチキチは、興奮した様子でゴリラのように胸をドラミングする。


「よろしいのですか?」

「はっはっはっ! まあ、祭りは人が多い方がぁ、盛り上がぁる」

 不安げなレヴィアの隣で、トリトンは声高らかに笑ってみせた。

 この場に八併軍の名を聞いて、「退却」の二文字を頭に浮かべる者は誰一人としていなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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