秩序を守らば
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「か、かふう……」
「……無理もありませんね。私はあなたを殺そうとしましたから」
カブ太はレイアさんに会ってから、その小さな体を細かく震わせ、さっきまでよりも力を込めて僕の制服にしがみついている。
生物的な本能というやつだろうか。きっと、カブ太も気付いていたんだと思う。
アカデミー試験の時に、本来、自分がどのような運命を辿るはずだったのか。
メンコに懐き、レイアさんに懐かないのは、多分そういうことだろう。
部屋から出ないように。僕とタツゾウは、辻さんの残した言葉に従い、レイアさんの広々とした部屋に留まっていた。
ファナさんは、僕たちが入室してからというもの、ずっと表情筋を動かすことなく目だけで圧を送り続けている。
『これより、「トリトン海賊団」との抗争が始まります。研修生諸君は、身の安全の確保を第一に考え、滅多なことがない限り部屋の外に出ないように』
辻さんが、僕たちとの画面通話を終えた後に、研修生全体に向けて送ったメッセージ。
突然の出来事に驚いた人も多いはずだ。
「海賊……。もし、もしもですよ……、辻さんたちが負けてしまったら、僕たちって……」
「捕虜にされて闇社会の奴隷市場に売り飛ばされる、といったところでしょうか」
「ひいっ! そんな……」
レイアさんの推察に、僕は頭を抱えて嘆く。
海賊、これまで生きてきて関わりのない人種だ。ランチの燃料と食料を狙っているらしい。
何を考え、なにゆえに略奪をするのか。もしかすると、そこに端から理由なんてものは無いのかもしれない。
怖い人達、それだけ理解していれば十分な気がしてきた。
「レイア様、ご安心を。このファナが、命に代えてもその身をお守りいたします」
「ファナ、私はそもそも心配なんてしてないわ。たかが海賊に、私は負けない」
レイアさんとファナさんの瞳に、怯えや不安の色は無い。僕も、この人たちくらい堂々としていたいものだ。
「俺、部屋に珍獣装備忘れたから、ちょっと取ってくるぜ」
壁にもたれ掛かっていたタツゾウが、突然身を起こし、部屋のドアに向けて歩き出す。
その言動に、レイアさんがピクリと反応し、鋭く冷ややかな眼差しをタツゾウに向けた。
「辻さんの話を聞いていましたか? 滅多なことがない限り部屋から出るな。この程度の言いつけも守れないのですか? 戦士を目指す以前の問題では?」
「はあ? 身の安全の確保を第一に考えろ、って言ってただろ! 手元に珍獣装備が無くて何が身の安全だよ! どうやって自分の身を守れってんだよ!」
レイアさんの氷の視線に対して、タツゾウは眉間に皺を作り、喧嘩腰に睨み返した。
「この抗争で、海賊がランチ内部に侵入してくる可能性もあります。あなた一人の勝手な行動で、戦士たちに迷惑が掛かるかもしれません。この状況で、部屋から出るべきではありません」
「海賊が攻めて来るなら、尚更武器は必要だろ!」
ドッゴーン!!
口喧嘩の最中、突如、何かが爆発したような物音と共に、部屋全体が激しく揺れる。
ランチが離陸した時の縦揺れとは異なる、横の揺れだった。
「ひいいいっ!」
情けない叫び声を上げ、バランスを崩して床に尻餅をついた。
僕以外の三人は、体幹のバランスを保ったまま、突然の事態に身構えている。
「始まったようね。相手は宙海最強の海賊、トリトン海賊団」
「もはや戦士研修どころではありませんね」
今の衝撃が、八併軍とトリトン海賊団の抗争が始まった合図なのだろう。
この状況が異常事態であるとは思えないほどに、レイアさんもファナさんも至って冷静だ。
海賊が攻め入ってくる。辻さんたちが戦ってくれているとはいえ、その可能性はゼロではない。
そう考えると、僕の中で怯みの感情とともに、とある不安が芽生え始めた。
「俺は何を言われようと、この部屋を出るぜ。自分の身は自分で守る。他力本願じゃいられねえからな!」
タツゾウが再び扉に向けて歩き出す。
揺れが収まり、僕は床に手をついて立ち上がった。
「待って、タツゾウ。僕も行くよ」
「ソラト!? あなたまで何を考えているんです?」
タツゾウの背中を追う僕の挙動に、レイアさんは珍しく目を丸くして、驚いたような表情を作った。
「ごめんなさい、レイアさん。1階にいる、メンコと他の人達のことが気になるんです。辻さんたちができないなら、僕たちが何とかして助けなきゃ」
僕の抱いた不安感。それは、今なお1階の食堂に残っている、メンコとその他大勢の研修生、厨房にいたシェフたちに対するものだ。
もし、海賊たちが中に攻め入ってきたら、彼らに何をするか分からない。戦士達の助けを、悠長に待っているわけにはいかないだろう。
「…………」
レイアさんは目を細めて不服そうに僕を見つめる。今日の彼女は、なんだか表情の変化が激しい。
「んじゃ、行こうぜソラト! お堅いお嬢様なんか放っといてよ」
タツゾウの言葉に、レイアさんは細めた目に陰りを加え、再度鋭利な眼差しを発言した本人へ向けた。
あっけらかんとしているタツゾウは、まだ失言したことに気付いていないようだ。
「前にも言ったはずです。『お嬢様』はやめてくださいと」
「レイア様に同じ言葉を二度言わせるとは……。不敬です。首をお跳ねいたします」
レイアさんの静かな怒りの声に連動して、ファナさんも光の無い瞳をタツゾウに向ける。
「なんだよ! 呼び方ぐらいでゴチャゴチャ言いやがって!」
「ぐらい? 私にとっては大事なことです。おバカなあなたには一生分からないでしょうが」
タツゾウが上から見下ろし、レイアさんが下から見上げ、その二つの視線が交差する。
誰かが介入しなければ、お互いにこのままずっと睨み合っていることだろう。
「タツゾウ、畠中先生も呼び方は大事だって言ってたよ。レイアさんも嫌だって言ってるわけだし、もうやめようよ」
「ソラトまで……、分かったぜ……」
肩をだらりと下げ、タツゾウは少し落ち込んだような表情をすると、そのままトボトボと歩き出す。内開きのドアへと向かって行った。
レイアさんは、部屋を出ていくタツゾウを目で追った後、僕の方に振り返った。
「どうしても、外に出ると言うのですか?」
「はい……、全部終わってから、ちゃんと怒られます」
「1階の事件を解決する算段は付いているのですか?」
「それは……、今から考えます……」
彼女は僕の回答に呆れたような顔をすると、頭を数度横に振った。
「私がどれだけ止めようと、行くのですか?」
「……はい」
少し間をおいて言い切る。メンコや他の人達を放ってはおけない。
それに、きちんとした算段は付いていないが、救出するための考えが全くないわけではない。成功を保証することはできない、しかしアイデアなら浮かんでいる。
「こういう時あなたは、意外にも人の制止を聞かないようですね」
たしかに……。思えば僕は、ドラミデ町で起こった悲劇の時も、ススム君の忠告を無視してコワンを探しに行った。
さらに、イアでレイアさんが攫われた時にも、キコリ君やマータギ君の制止を無視して飛び出していった。
弱いくせに、自分から危機に赴いてばっかりだ。
「秩序を守らば、勇気を生まず」
「……?」
レイアさんの急な発言に、僕は呆けてしまう。
そんな僕の顔を見て、彼女は僅かに微笑んだ。
「『炎の英雄譚』に出てくるフレーズです。ルールや規則、風潮を守ることに徹すれば、そこから勇気の心が生まれることはない。もしかすると、あなたは少しだけ似ているのかもしれませんね」
「似ている? 僕が? 誰にですか?」
レイアさんは、僕に向ける微笑みを崩さずに告げる。
「炎の英雄です」
英雄に似ている、なんて言われるとなんだか照れ臭い。僕はそんなに大層な人間じゃない。
「ソラト、あなたも英雄を志してアカデミーへ?」
「いやいや、僕なんかが英雄だなんて……! ただ、そうなれるくらい、強くなりたいです」
質問したレイアさんは、僕の答えを聞きながら、先ほどタツゾウが出ていったドアの方へと歩いていく。
「レイア様……!?」
ずっと黙ったままで、僕とレイアさんの会話を傍聴していたファナさんが、ここで久しぶりに声を発する。声色に「驚き」の感情が籠っていた。
「後で怒られる時、私も横にいてあげます」
◇
海賊艦にて―――
先程まで静寂が塗り広げられていた天の海に、祭囃子が奏でられ始める。
祭りの気配を感じ取り、男は一人、客室から出る。廊下にある窓の外を見て、ニヤリと口角を持ち上げた。
「楽しそうなことしてるじゃねえか」
「うおわっ! 半人半骸!?」
退屈していた山葵間は、慌ただしく右往左往している海賊艦のクルーを一人捕まえ、肩を組みながら掠れ声で絡む。
「俺も混ぜてくれよー。相手は誰だ?」
「八併軍だよ! 忙しいんだから邪魔するな!」
「ほう……。なあ、良いだろ? 力になれるって」
「そんなこと、一クルーの俺に言うなよ! 艦長に言えよな!」
その言葉を聞いて、山葵間はすぐに絡めた腕を離した。
そして、顔半分に不気味な笑みを浮かべたまま、すぐさま艦長室へと向かう。
「まだ交渉は終わってねえってのに、戦をおっ始めるとはな……。とんだ祭り好きがいたもんだ」
バタン!
勢いよく艦長室の扉が押し開けられる。
「俺も参戦させてくれ」
部屋に入ると同時に、山葵間は中の様子も確認せず言い放った。
「うるさぁいね、客人。俺様たちは今、作戦のかぁくにん中なのさ」
「だからよお、俺の戦力もその作戦に組み込んでくれよー」
室内では艦長・トリトンと副艦長・レヴィアが、八併軍専用戦闘機ランチ攻略のための作戦を練っていた。
「じゃあ、敵陣に風穴をあぁけろ。一番危険なやぁくわりだが」
「良いぜ」
不敵な笑みを零してそう投げかけたトリトンの顔が、山葵間の予想外の二つ返事に、一瞬で面食らったような表情に変わる。
「本当に? 命にかかぁわるけど?」
「何すりゃいいんだ?」
変わらずキョトンとした顔で問いかけるトリトンに、山葵間はすでに作戦に加わった気で話を進める。
「ふぅむ、なら君には、この潜水艦に備えらぁれた小型潜水艇に乗って、敵の大型戦闘機ランチに突撃してもらぁう。いわぁゆる特攻ってやつ」
トリトンは陽気な声で冷徹に、命がけの役割を山葵間に持ちかけた。
そんなことには動じず、半身の死んでいる男は平然とした態度でその役割を引き受ける。
「特攻後は俺の好きにして構わないか?」
「その時、君が生きていれば、心のおもぉむくままに動くと良い」
「おーけー、攻め込むきっかけ作りは俺に任せろ」
山葵間はそう告げ、艦長室から出るべく扉のリング状の取手に手を掛ける。
彼が取手を引いて扉を開けると、そこには大きな影が入り口を塞いでいた。
「ぐるあああっ! 楽しそうな話をよう、俺抜きで進めてんじゃねえよう!」
獣のような雄叫びを上げると、ガチキチは大きな体を屈めて、開いた扉を潜り抜ける。
「なんだよ、聞いてたのか」
「がう! まあな!」
山葵間は、巨漢の突然の登場に驚くわけでもなく、淡々と尋ねた。
「一緒に来るか、特攻?」
「俺の度胸を試そうってか? 良いぜ! 乗ってやるよう!」
ガチキチは、興奮した様子でゴリラのように胸をドラミングする。
「よろしいのですか?」
「はっはっはっ! まあ、祭りは人が多い方がぁ、盛り上がぁる」
不安げなレヴィアの隣で、トリトンは声高らかに笑ってみせた。
この場に八併軍の名を聞いて、「退却」の二文字を頭に浮かべる者は誰一人としていなかった。
お読みいただきありがとうございました。




