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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
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避けられぬ抗争

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

「かふう……」

 僕たちの焦りが伝わってしまったのだろうか。カブ太が右肩から、心配そうな鳴き声を漏らす。


「や、ヤバいよ……、見つからないよ!!」

「クソッ、残るは4階と5階か。急ぐぜ、ソラト!」

「待って、手分けしよう。タツゾウは4階をお願い、僕は5階を探すよ!」

「おうよ、こっちは任せとけ!」

 僕とタツゾウは階段を駆け上がり、4階で一旦分かれる。僕だけさらに上階を目指して段差に足をかける。


 ここまで2階から3階を捜索したのだが、辻さんのいると思われる部屋は見当たらない。

 それどころか、最初の部屋案内時にはいたはずの戦士さんたちも、ここに来るまでまるっきり姿を見掛けなかった。なんだか、空回っている気がしてならない。


 戦士研修に来たアカデミー生の部屋には、扉に、それぞれのクラスと名前を示すネームプレートが()げられてある。

 僕の推測に過ぎないのだが、戦士の部屋には、名前があってもクラスは示されていないはずなのだ。

 その違和感を見つけるべく走り回っているのだが、今のところ成果はなし。


 一体どこにいるんですか、辻さん……。

 このままでは、本当に大変なことになってしまいます!


 自分たちの行動を信じ切れないまま、僕は5階に辿り着く。

 そして、5階の円形の廊下を一周するも、やはり戦士の部屋などどこにもない。


 しかし、アカデミー生の部屋ではあるものの、違和感を探して走り回っていた僕の目を引く部屋が、一室だけあった。


 質素な他の部屋の扉とは違い、亀の甲羅(こうら)を模したデザインが彫られた、どことなくゴージャスなその扉。

 その前に提げられたネームプレートには、僕のよく知る、いや誰もがよく知る名前が書かれてあった。


『アルファ・クラス、麗宮司レイア』

 もう、この人に頼るしかない。そう思った。

 ドアをノックしようとした直後、階段から騒がしい足音が聞こえてくる。


「ソラト! ダメだぜ、4階にはいねえ」

 タツゾウだ。

 4階にも5階にもいない。つまり、戦士たちは全員、宿泊エリアにはいないということになる。


「ナイスタイミングだよ、タツゾウ。今から、レイアさんに聞いてみようと思うんだ。何か知ってるかもしれない」

 タツゾウは僕の言葉を聞いて近寄ってくると、ゴージャスなドアに目を向け、渋い表情をしてみせた。


「あいつに……、頼んなきゃなんねえのか……?」

「今はそれしかないよ! 僕たちだけじゃ見つけられないし!」

 苦虫を噛み潰すように歯を食いしばると、タツゾウは「はぁ」と小さくため息をつき、渋々了承する。


「しょうがねえか……、わかったぜ……」

「うん! それじゃ―――」


「人の部屋の前で、どれだけ騒がしくすれば気が済むんですか? この救えないボンクラども」


 僕がノックをしようとした途端、目の前のドアが勢いよく内側に開いた。

 ドアの先に立っていたのは、桃色の前髪の下から陰のある視線を向ける、レイアさん専属メイドのファナさんだった。

 相変わらずの口の悪さ、どうやら彼女も元気にアカデミー生活を送っているようだ。


「救えない、ボンクラだと……?」

 タツゾウは、浴びせられた暴言に震えて堪える。すでに彼の右手には、正拳が作られていた。


「お久しぶりです、ファナさん。あの、レイアさんと話がしたくて……」

 ファナさんとは、会うのはアカデミー試験以来になる。

 なにかと僕を毛嫌いする彼女のことだ。簡単には通してくれないだろう。


「お久しぶりですね、雨森ソラト。それでは、さようなら」

「あっ、ちょっとま―――」

 バタン!

「ぎゃあああ!!」


 突然終わる会話。突然閉まるドア。突然生じた鼻頭の痛み。

 前のめりになったところを、開かれた時と同様勢いよく閉じられたドアにぶつかり、強打した鼻を押さえて激しく(もだ)える。


「かふう!」

 僕が後ろに転げたことで、カブ太は振り落とされないよう肩にしがみつきながら、唐突な出来事に驚いたような声を上げた。


「おい! テメー出てきやがれ!」

 地面に転がり痛みを逃がす僕を見て、タツゾウは握っていた拳をそのままに、乱暴にドアを叩く。このままでは扉を殴り壊してしまいそうだ。

 一方的に暴言だけを吐かれ、相手にもされず扉を閉じられてしまったことに、我慢ならなかったのだろう。


 ドアを叩きつける鈍い音が三、四度廊下に響いた後、扉は再び開き出す。

 今度は先程とは違い、丁寧なゆっくりとした開扉(かいひ)だった。

 タツゾウは、ドアが動き出したことに気づくと、殴る手を止めた。


「……紅茶会ぶりですね」

「はい……」


 開けてくれたのは、この部屋の主であるレイアさんだった。

 彼女は床を転がっていた僕を見下ろすと、柔らかく微笑む。


「紅茶会での死闘、最後までしかと見届けました」

「あはは……、お恥ずかしいところを……」

「いえ、私も心を動かされました。素晴らしい試合でした」


 レイアさんに褒められると、なんだか照れ臭い。

 でも、凄くうれしい。僕の頑張りが肯定されているような、そんな気分になる。


「…………」

「なんだよ?」

 レイアさんは、僕から隣にいたタツゾウに視線を移すと、しばらく無言で凝視した。

 タツゾウも、普段あまり見せない気まずそうな表情をして、ただただ沈黙に身を委ねる。


 タツゾウとレイアさんは、二人ともコミュニケーション能力は高い方だと思う。

 タツゾウはクラスで人気者だし、友達も多い。レイアさんにしても、紅茶会での姿を見る限り、皆に(した)われている高嶺の花、といった感じだ。


 彼と彼女の周りは、基本的に明るい人の声で溢れている。

 しかし、双方ともお互いを相手にするとなると、途端にらしくない気まずい空気が流れるのだ。


「あなたが、私のところに意味もなく来るとは考えにくいです。何かただならぬ事態が起こったのですか?」

「察しの通りだぜ。取り敢えず、急いでんだ」


 決して仲が良いわけではない、ただ、お互いがお互いを認め合っている。

 僕には、そんな二人の関係性がちょっとだけ大人びて見え、それがカッコよく、少しだけうらやましかった。


「あの! 実は大変なんです! えっと、煙がモワッとして、メンコが、臭くて、それで……」

「落ち着いてゆっくり話してください。何を言っているのかさっぱりです」

 下の階で起きた惨劇を思い出し、慌てて話したために、説明がしどろもどろになってしまった。


「す、すいません。実は今、1階の食堂が大変なことになっていて、そのことを辻さんに報告したいんです。レイアさん、辻さんがどこにいるか知りませんか?」

 今必要なことのみを聞き出すために、自分たちの目的を簡単にまとめて説明する。


「おそらく、戦士の皆さんは全員、6階のコックピットエリアにいると思われます」

 やはり彼女に聞いて正解だった。そうと分かれば、早速6階に……。


「……あれ? 6階ってどうやって行くんですか? 階段も5階までしかありませんでしたよ」

「6階に繋がる階段はありませんから、エレベーターを利用するしかありませんね」


 エレベーターというと、たしか、大食堂の奥に二台備えられていたはずだ。

 なるほど、あれでなら6階まで上がれるというわけだ。


「ありがとうございます、レイアさん! 本当に助かりました!」

「よし、そんじゃ行くか!」


 進むべき道筋が見え、僕とタツゾウは顔を合わせて頷くと、この階のエレベーターのある箇所まで一直線に駆け出そうとした。

 しかしその前に、レイアさんが僕たちを呼び止める。


「待ってください。報告するだけなら、なにも直接会いに行くことはないのですよ?」

「えっ?」

「どういうことだよ?」

 二人で同時に振り返り、レイアさんの言葉に耳を傾ける。


「部屋にあるモニターを使って、辻さんと画面通話できれば、トラブルを報告するには事足ります」



 レイアさんの宿泊部屋。

 今この部屋には人が四人いる。他の部屋と比較してゆとりのある部屋面積は、中に四人いても窮屈(きゅうくつ)さを感じさせない。


 そんな部屋の、壁一面に設置されたモニターには、現在、辻さんの顔が映っている。僕たちは彼と遠隔で対談しているところである。

 1階の大食堂でメンコが起こしたハプニングについて、彼女が暴走した原因やその場の状況、持っている特殊装備とその異能など、僕たちが見たことや知っていることを事細かに説明した。


『……話は大体わかった。報告ご苦労』

「その、すみません……」

『ま、トラブルは想定済みだし、そういうこともあるでしょ』


 クラスメイトの破天荒な行動について、てっきり叱責(しっせき)されるものだと身構えていたのだが、辻さんは思いのほか冷静沈着で慌てた様子もなく、僕の報告を聞き終えた。


『あー、けど、実はこっちにもドでかいハプニングが舞い込んできていて、そっちの対応に追われると思う。残念だけど、今すぐには対処できそうにない』

「ええっ!?」


 そんな状況で、よく冷静に話を聞いていられたものだ。

 普通、対処できないほど立て込んでいたなら、苛立ちや焦りをもっと表に出しても良いはずだ。なぜこうも落ち着いていられるのか、秘訣が知りたい。


『今から少ししたら抗争が始まる。あとで全体放送でも言うけど、念のため、今いる部屋から出ないように』


 抗争? なんだか物騒な話になってきた。

 それが辻さんの言っていた「ドでかいハプニング」というやつだろうか。


「抗争って、一体誰と戦うのですか? それに、敵が私たちを襲う目的は?」

 レイアさんが横から話に入ってきた。

 黙って聞いているには、あまりにも気になり過ぎる話題だ。


 今から戦士たちが誰と戦うのか、敵の目的は何なのか。

 知ったところで僕にはどうすることも、何の助けになることもできないが、もちろん気になることは気になる。


『宙海に巣食う海賊だ。先程、こちらの燃料や食料を要求してきた。もちろん要求に応じる気はない。つまり、戦闘は避けられない』


    ◇


 研修先の「宙海生態研究所」を目的地とする、ランチの優雅な旅は、けたたましい警戒アラームによって壊される。


 ピューイ、ピューイ、ピューイ!

『コックピットエリア全体に通達、巨大な潜水艦の接近を確認! 見たところ、宙海を活動域とする海賊団かと思われます!』


 コックピットエリアは、ランチを操縦するための広い操縦室(コックピットルーム)と、作戦会議等を行う複数の会議室(カンファレンスルーム)で構成されている。

 現在、操縦室では、5人のパイロットがランチの安定運航という職務を全うしており、本来会議のために使用される各会議室は、レンジャー師団所属戦士50人のための控え室となっていた。


 ランチの稼働(かどう)に関わる大掛かりな機材を、5人のパイロットがそれぞれ役割分担して扱う。

 今、操縦室にて異常検知を担う一人のパイロットが、潜水艦の接近を確認した後、戦士たち全員に、ランチ周辺の異常を知らせる警鐘を鳴らしたのだ。


 レンジャー師団第2部隊隊長・辻二軍は、操縦室に急ぐ。

 こういう時、諸々の判断を下すのは、責任者である彼の仕事である。


「海賊かー、(ろく)なことにはならなさそうだな……」

 エレベーターと操縦室を一直線に繋ぐ廊下を、脇の会議室から現れた辻は憂鬱(ゆううつ)な面持ちで走る。

 アラームを聞き、驚いてその他の部屋から飛び出てきた戦士たちは、廊下を駆ける部隊長の姿を見るや否や、慌ててその進路を譲った。


「奴らさえいなければ、宙海の探索がここまで(とどこお)ることも無いのにな」

 未だ多くの未知を含む神秘の海には、各国の研究機関が総出で探索に乗り出しているのだが、そのほとんどが航海の途中で海賊行為に遭遇(そうぐう)し、未知の究明を断念せざるを得ない現状にある。


 海賊たちは燃料や食料を奪う他、金目の物を強奪し、時折地上に降りては、入手した品を闇市で売り(さば)いている。

 彼らはこうして日々を食いつなぎ、宙海に蔓延(はびこ)っているのだ。


「状況は?」

 操縦室に辿り着いた辻は、異常検知担当パイロットに、事態を把握(はあく)すべく問いかける。


「レーダーが、我々の進路を妨げる潜水艦を捉えました。徐々に接近してきます」

 パイロットは答える。辻が取るであろう対応を予測し、彼はその準備に取り掛かった。


「向こうさんと話がしたい。通信の準備」

「はい、もうすぐ完了します」

 話をすると言っても、海賊を相手に穏便(おんびん)な話し合いが成立するケースはほぼない。

 もちろん、辻もそのことをよく理解していた。


「電波を発信、応答を待ちます」

 交信電波を発信し、反応があるまで待つ。

 操縦室に緊張の時間が流れる。(つば)を飲む音がいくつか聞こえた。


『ハァ~イ! 俺様は、キャプテ~ン、トォ~リトン!』

 発信に対して返ってきたのは、一般的な人間の話す言語とはリズムが異なる、独特の(なま)りを持った陽気な声だった。


「こちら、八併軍レンジャー師団、第2部隊隊長、辻二軍。今すぐ、こちらに接近してくる動きを止めていただきたいが、交渉の余地は?」

『はっはっはっ! 貴様らが船の燃料と食料を、おとぉなしく渡せば、それ以上の損害は与ぁえない。約束はでぇきないが……』

「そうか。つまり、ここでの問答に意味は無い、ということだな」


 元々要求なぞ飲む気は無いが、飲んだところで約束は守られない。

 問答無用、全て奪い、宙海から追い返す。

 辻は、相手の発した言葉の真意を汲み取り、海賊側に交渉の意思が無いことを悟った。


「はあぁ、まさかのトリトン海賊団かー」

 宙海最強の大海賊団『トリトン海賊団』。相手の正体が判明し、辻は敵の行動に合点がいった。

 八併軍に対して、このような強気な行動が取れるのは、宙海の海賊の中では彼らくらいである。

 向こうのかなり好戦的な声を聞き、辻は大きくため息をついた。


 一般的な海賊は、八併軍に対して喧嘩を吹っ掛けたりはしない。

 世界最大の軍事組織である八併軍の名を聞けば、大抵の海賊は尻込みしたのち潔く退散するのだが、今回遭遇した敵はそのような小物ではなかった。


『イエェ~ス! レッツ、エンジョイ、命のやりトォ~リトン!』

「やかましいな」

お読みいただきありがとうございました。

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