避けられぬ抗争
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
「かふう……」
僕たちの焦りが伝わってしまったのだろうか。カブ太が右肩から、心配そうな鳴き声を漏らす。
「や、ヤバいよ……、見つからないよ!!」
「クソッ、残るは4階と5階か。急ぐぜ、ソラト!」
「待って、手分けしよう。タツゾウは4階をお願い、僕は5階を探すよ!」
「おうよ、こっちは任せとけ!」
僕とタツゾウは階段を駆け上がり、4階で一旦分かれる。僕だけさらに上階を目指して段差に足をかける。
ここまで2階から3階を捜索したのだが、辻さんのいると思われる部屋は見当たらない。
それどころか、最初の部屋案内時にはいたはずの戦士さんたちも、ここに来るまでまるっきり姿を見掛けなかった。なんだか、空回っている気がしてならない。
戦士研修に来たアカデミー生の部屋には、扉に、それぞれのクラスと名前を示すネームプレートが提げられてある。
僕の推測に過ぎないのだが、戦士の部屋には、名前があってもクラスは示されていないはずなのだ。
その違和感を見つけるべく走り回っているのだが、今のところ成果はなし。
一体どこにいるんですか、辻さん……。
このままでは、本当に大変なことになってしまいます!
自分たちの行動を信じ切れないまま、僕は5階に辿り着く。
そして、5階の円形の廊下を一周するも、やはり戦士の部屋などどこにもない。
しかし、アカデミー生の部屋ではあるものの、違和感を探して走り回っていた僕の目を引く部屋が、一室だけあった。
質素な他の部屋の扉とは違い、亀の甲羅を模したデザインが彫られた、どことなくゴージャスなその扉。
その前に提げられたネームプレートには、僕のよく知る、いや誰もがよく知る名前が書かれてあった。
『アルファ・クラス、麗宮司レイア』
もう、この人に頼るしかない。そう思った。
ドアをノックしようとした直後、階段から騒がしい足音が聞こえてくる。
「ソラト! ダメだぜ、4階にはいねえ」
タツゾウだ。
4階にも5階にもいない。つまり、戦士たちは全員、宿泊エリアにはいないということになる。
「ナイスタイミングだよ、タツゾウ。今から、レイアさんに聞いてみようと思うんだ。何か知ってるかもしれない」
タツゾウは僕の言葉を聞いて近寄ってくると、ゴージャスなドアに目を向け、渋い表情をしてみせた。
「あいつに……、頼んなきゃなんねえのか……?」
「今はそれしかないよ! 僕たちだけじゃ見つけられないし!」
苦虫を噛み潰すように歯を食いしばると、タツゾウは「はぁ」と小さくため息をつき、渋々了承する。
「しょうがねえか……、わかったぜ……」
「うん! それじゃ―――」
「人の部屋の前で、どれだけ騒がしくすれば気が済むんですか? この救えないボンクラども」
僕がノックをしようとした途端、目の前のドアが勢いよく内側に開いた。
ドアの先に立っていたのは、桃色の前髪の下から陰のある視線を向ける、レイアさん専属メイドのファナさんだった。
相変わらずの口の悪さ、どうやら彼女も元気にアカデミー生活を送っているようだ。
「救えない、ボンクラだと……?」
タツゾウは、浴びせられた暴言に震えて堪える。すでに彼の右手には、正拳が作られていた。
「お久しぶりです、ファナさん。あの、レイアさんと話がしたくて……」
ファナさんとは、会うのはアカデミー試験以来になる。
なにかと僕を毛嫌いする彼女のことだ。簡単には通してくれないだろう。
「お久しぶりですね、雨森ソラト。それでは、さようなら」
「あっ、ちょっとま―――」
バタン!
「ぎゃあああ!!」
突然終わる会話。突然閉まるドア。突然生じた鼻頭の痛み。
前のめりになったところを、開かれた時と同様勢いよく閉じられたドアにぶつかり、強打した鼻を押さえて激しく悶える。
「かふう!」
僕が後ろに転げたことで、カブ太は振り落とされないよう肩にしがみつきながら、唐突な出来事に驚いたような声を上げた。
「おい! テメー出てきやがれ!」
地面に転がり痛みを逃がす僕を見て、タツゾウは握っていた拳をそのままに、乱暴にドアを叩く。このままでは扉を殴り壊してしまいそうだ。
一方的に暴言だけを吐かれ、相手にもされず扉を閉じられてしまったことに、我慢ならなかったのだろう。
ドアを叩きつける鈍い音が三、四度廊下に響いた後、扉は再び開き出す。
今度は先程とは違い、丁寧なゆっくりとした開扉だった。
タツゾウは、ドアが動き出したことに気づくと、殴る手を止めた。
「……紅茶会ぶりですね」
「はい……」
開けてくれたのは、この部屋の主であるレイアさんだった。
彼女は床を転がっていた僕を見下ろすと、柔らかく微笑む。
「紅茶会での死闘、最後までしかと見届けました」
「あはは……、お恥ずかしいところを……」
「いえ、私も心を動かされました。素晴らしい試合でした」
レイアさんに褒められると、なんだか照れ臭い。
でも、凄くうれしい。僕の頑張りが肯定されているような、そんな気分になる。
「…………」
「なんだよ?」
レイアさんは、僕から隣にいたタツゾウに視線を移すと、しばらく無言で凝視した。
タツゾウも、普段あまり見せない気まずそうな表情をして、ただただ沈黙に身を委ねる。
タツゾウとレイアさんは、二人ともコミュニケーション能力は高い方だと思う。
タツゾウはクラスで人気者だし、友達も多い。レイアさんにしても、紅茶会での姿を見る限り、皆に慕われている高嶺の花、といった感じだ。
彼と彼女の周りは、基本的に明るい人の声で溢れている。
しかし、双方ともお互いを相手にするとなると、途端にらしくない気まずい空気が流れるのだ。
「あなたが、私のところに意味もなく来るとは考えにくいです。何かただならぬ事態が起こったのですか?」
「察しの通りだぜ。取り敢えず、急いでんだ」
決して仲が良いわけではない、ただ、お互いがお互いを認め合っている。
僕には、そんな二人の関係性がちょっとだけ大人びて見え、それがカッコよく、少しだけうらやましかった。
「あの! 実は大変なんです! えっと、煙がモワッとして、メンコが、臭くて、それで……」
「落ち着いてゆっくり話してください。何を言っているのかさっぱりです」
下の階で起きた惨劇を思い出し、慌てて話したために、説明がしどろもどろになってしまった。
「す、すいません。実は今、1階の食堂が大変なことになっていて、そのことを辻さんに報告したいんです。レイアさん、辻さんがどこにいるか知りませんか?」
今必要なことのみを聞き出すために、自分たちの目的を簡単にまとめて説明する。
「おそらく、戦士の皆さんは全員、6階のコックピットエリアにいると思われます」
やはり彼女に聞いて正解だった。そうと分かれば、早速6階に……。
「……あれ? 6階ってどうやって行くんですか? 階段も5階までしかありませんでしたよ」
「6階に繋がる階段はありませんから、エレベーターを利用するしかありませんね」
エレベーターというと、たしか、大食堂の奥に二台備えられていたはずだ。
なるほど、あれでなら6階まで上がれるというわけだ。
「ありがとうございます、レイアさん! 本当に助かりました!」
「よし、そんじゃ行くか!」
進むべき道筋が見え、僕とタツゾウは顔を合わせて頷くと、この階のエレベーターのある箇所まで一直線に駆け出そうとした。
しかしその前に、レイアさんが僕たちを呼び止める。
「待ってください。報告するだけなら、なにも直接会いに行くことはないのですよ?」
「えっ?」
「どういうことだよ?」
二人で同時に振り返り、レイアさんの言葉に耳を傾ける。
「部屋にあるモニターを使って、辻さんと画面通話できれば、トラブルを報告するには事足ります」
レイアさんの宿泊部屋。
今この部屋には人が四人いる。他の部屋と比較してゆとりのある部屋面積は、中に四人いても窮屈さを感じさせない。
そんな部屋の、壁一面に設置されたモニターには、現在、辻さんの顔が映っている。僕たちは彼と遠隔で対談しているところである。
1階の大食堂でメンコが起こしたハプニングについて、彼女が暴走した原因やその場の状況、持っている特殊装備とその異能など、僕たちが見たことや知っていることを事細かに説明した。
『……話は大体わかった。報告ご苦労』
「その、すみません……」
『ま、トラブルは想定済みだし、そういうこともあるでしょ』
クラスメイトの破天荒な行動について、てっきり叱責されるものだと身構えていたのだが、辻さんは思いのほか冷静沈着で慌てた様子もなく、僕の報告を聞き終えた。
『あー、けど、実はこっちにもドでかいハプニングが舞い込んできていて、そっちの対応に追われると思う。残念だけど、今すぐには対処できそうにない』
「ええっ!?」
そんな状況で、よく冷静に話を聞いていられたものだ。
普通、対処できないほど立て込んでいたなら、苛立ちや焦りをもっと表に出しても良いはずだ。なぜこうも落ち着いていられるのか、秘訣が知りたい。
『今から少ししたら抗争が始まる。あとで全体放送でも言うけど、念のため、今いる部屋から出ないように』
抗争? なんだか物騒な話になってきた。
それが辻さんの言っていた「ドでかいハプニング」というやつだろうか。
「抗争って、一体誰と戦うのですか? それに、敵が私たちを襲う目的は?」
レイアさんが横から話に入ってきた。
黙って聞いているには、あまりにも気になり過ぎる話題だ。
今から戦士たちが誰と戦うのか、敵の目的は何なのか。
知ったところで僕にはどうすることも、何の助けになることもできないが、もちろん気になることは気になる。
『宙海に巣食う海賊だ。先程、こちらの燃料や食料を要求してきた。もちろん要求に応じる気はない。つまり、戦闘は避けられない』
◇
研修先の「宙海生態研究所」を目的地とする、ランチの優雅な旅は、けたたましい警戒アラームによって壊される。
ピューイ、ピューイ、ピューイ!
『コックピットエリア全体に通達、巨大な潜水艦の接近を確認! 見たところ、宙海を活動域とする海賊団かと思われます!』
コックピットエリアは、ランチを操縦するための広い操縦室と、作戦会議等を行う複数の会議室で構成されている。
現在、操縦室では、5人のパイロットがランチの安定運航という職務を全うしており、本来会議のために使用される各会議室は、レンジャー師団所属戦士50人のための控え室となっていた。
ランチの稼働に関わる大掛かりな機材を、5人のパイロットがそれぞれ役割分担して扱う。
今、操縦室にて異常検知を担う一人のパイロットが、潜水艦の接近を確認した後、戦士たち全員に、ランチ周辺の異常を知らせる警鐘を鳴らしたのだ。
レンジャー師団第2部隊隊長・辻二軍は、操縦室に急ぐ。
こういう時、諸々の判断を下すのは、責任者である彼の仕事である。
「海賊かー、碌なことにはならなさそうだな……」
エレベーターと操縦室を一直線に繋ぐ廊下を、脇の会議室から現れた辻は憂鬱な面持ちで走る。
アラームを聞き、驚いてその他の部屋から飛び出てきた戦士たちは、廊下を駆ける部隊長の姿を見るや否や、慌ててその進路を譲った。
「奴らさえいなければ、宙海の探索がここまで滞ることも無いのにな」
未だ多くの未知を含む神秘の海には、各国の研究機関が総出で探索に乗り出しているのだが、そのほとんどが航海の途中で海賊行為に遭遇し、未知の究明を断念せざるを得ない現状にある。
海賊たちは燃料や食料を奪う他、金目の物を強奪し、時折地上に降りては、入手した品を闇市で売り捌いている。
彼らはこうして日々を食いつなぎ、宙海に蔓延っているのだ。
「状況は?」
操縦室に辿り着いた辻は、異常検知担当パイロットに、事態を把握すべく問いかける。
「レーダーが、我々の進路を妨げる潜水艦を捉えました。徐々に接近してきます」
パイロットは答える。辻が取るであろう対応を予測し、彼はその準備に取り掛かった。
「向こうさんと話がしたい。通信の準備」
「はい、もうすぐ完了します」
話をすると言っても、海賊を相手に穏便な話し合いが成立するケースはほぼない。
もちろん、辻もそのことをよく理解していた。
「電波を発信、応答を待ちます」
交信電波を発信し、反応があるまで待つ。
操縦室に緊張の時間が流れる。唾を飲む音がいくつか聞こえた。
『ハァ~イ! 俺様は、キャプテ~ン、トォ~リトン!』
発信に対して返ってきたのは、一般的な人間の話す言語とはリズムが異なる、独特の訛りを持った陽気な声だった。
「こちら、八併軍レンジャー師団、第2部隊隊長、辻二軍。今すぐ、こちらに接近してくる動きを止めていただきたいが、交渉の余地は?」
『はっはっはっ! 貴様らが船の燃料と食料を、おとぉなしく渡せば、それ以上の損害は与ぁえない。約束はでぇきないが……』
「そうか。つまり、ここでの問答に意味は無い、ということだな」
元々要求なぞ飲む気は無いが、飲んだところで約束は守られない。
問答無用、全て奪い、宙海から追い返す。
辻は、相手の発した言葉の真意を汲み取り、海賊側に交渉の意思が無いことを悟った。
「はあぁ、まさかのトリトン海賊団かー」
宙海最強の大海賊団『トリトン海賊団』。相手の正体が判明し、辻は敵の行動に合点がいった。
八併軍に対して、このような強気な行動が取れるのは、宙海の海賊の中では彼らくらいである。
向こうのかなり好戦的な声を聞き、辻は大きくため息をついた。
一般的な海賊は、八併軍に対して喧嘩を吹っ掛けたりはしない。
世界最大の軍事組織である八併軍の名を聞けば、大抵の海賊は尻込みしたのち潔く退散するのだが、今回遭遇した敵はそのような小物ではなかった。
『イエェ~ス! レッツ、エンジョイ、命のやりトォ~リトン!』
「やかましいな」
お読みいただきありがとうございました。




