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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
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トラブル発生!

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 戦闘機「ランチ」1階、大食堂。

 夕食の時刻となり、厨房にはシェフらしき人影が数人で食事の支度をしている。

 周囲のテーブルに着く人もちらほら出てくると、広々とした空間は賑わいを見せ始めた。


 僕とタツゾウ、メンコの三人は、これから同じように食堂へ向かう集団の一員となり、その集団の流れに従って大食堂へと繋がる階段を下りる。そして、僕たち三人もその場の賑わいに加わった。


「腹減ったぜー」

「でも、すごい混んでるよ。食事を取る時間は自由って言ってたけど、やっぱりたくさんの人と被っちゃったね」

「うわー、やだー、人間渋滞(じゅうたい)だー。すぐ食べたいのにー」


 見ると、厨房で注文するために列が作られてある。それも結構長い。

 座って食事にありつけるまで、これは少し時間が掛かりそうだ。

 訓練を数時間みっちり行った後で、僕も他二人同様にお腹が空いている。そのため、この光景には多少くるものがあった。


 カブ太とサイコサウルスに訓練を手伝ってもらったのだが、成果はイマイチだ。

 マナコントロールの成功率も相変わらず低い上に、結局、一度も剣を振り下ろすことはできなかった。


「クッソー、なんとかなんねーのかよ? サニが席を取ってくれてるとかよ」

「それはないよ。サニ君、まだ用事があるからって部屋にいるよ」


 サニ君の部屋に呼び出しに行った際、彼は部屋の大きなモニター越しに誰かと話をしているようだった。

 僕の呼び出しに応じた彼は、「悪いけど、今は行けないから、先に食べてきていいよ」と告げて、ニコリと微笑みながらドアを閉じた。


 タツゾウの腹の虫は、彼が宿泊している2階の部屋から階段を降り、この大食堂に至るまで鳴りっぱなしだ。

 もう我慢ならないのだろう。表情に空腹から来る苛立ちが出ている。


「メーちゃんもお腹すいたー。ねえソラト、列って守らないといけないの?」

「マナーだからね。マナーを守ることはすごく大事なことなんだよ」


 メンコは時々、このようなぶっ飛んだことを聞いてくるのだが、彼女は決して冗談などではなく本気で尋ねている。

 目を離せば、何をしでかすか分からない。そのような恐怖が、彼女の言動には常にある。


「かーふっ」

 僕の肩に乗るカブ太が、メンコの方を向いてなだめるように、愛嬌(あいきょう)のある鳴き声を上げた。

 カブ太の声を聞いたメンコが、俯いていた顔を上げる。


「がわいい~、カブ太、食べちゃいたい……」

「ひいいい!」

 よだれを垂らしながらそう発言するメンコに、僕の体は反射的に彼女から一歩退いた。

 さ、さすがにこれは冗談だよね……。


「かーふっ!」

「よ~しよし、お前は可愛いな~」

 メンコが、カブ太の頭部の葉を優しく擦る。カブ太も嬉しそうに身をよじらせた。


 珍獣「巨人カブ」のカブ太は、僕たちが受けたアカデミー試験の会場でもある、首長(くびなが)列島・第一島の生まれだ。元々はその島に置いてくるつもりが、愛着が沸いてしまったメンコは、カブ太を中心球まで連れて来てしまった。

 しかし、その行動はカブ太にとって良かったらしく、今でもこうしてメンコに懐いているのだ。


 十分後、僕らはまだ列の中にいた。

 タツゾウとメンコの止まない腹の虫に感化されてか、僕も徐々に空腹が我慢できなくなってきた。


「カツ丼、カツ丼を寄こせえ」

 ミイラのように(うめ)くタツゾウは、メニュー表にある彼の好物、カツ丼を所望する。


「…………、列ってさ、あるから並ばないといけないんだよね?」

「へっ? メンコ?」


 今、何か彼女が恐ろしいことを口走っていたような気がしたが、僕にはそれの意味するところが理解できなかった。だから、次の瞬間に彼女が取る行動を防止することができなかったのだ。

 メンコは両手をだらりとぶら下げ、ユラユラとよろめきながら列から離脱する。


「メンコ? どこに行くの?」

 戸惑いながらも呼び掛ける。


 しかし、メンコの耳には届いていないようだった。

 彼女は列から離れ、ある程度のところまで来ると立ち止まる。


 ギュルルル。

 メンコの腹が大きく鳴る。離れているにもかかわらず、その音ははっきりと聞こえてきた。

 正気を失ったような表情で厨房に続く列を眺めると、突然、大食堂全体に響くような大声で叫び出す。


「おーなーかー!! すーいーたーよー!!」

 子供が駄々をこねるような声に、食堂にいた人達が、一斉にその声の主の方を振り向いた。


「なんだ? なにごと?」

「女子が叫んでるぞ? どこのクラスの奴だ?」

「バッジが青だから、イプシロンの子よ」

 さっきまでざわざわと賑わっていた食堂が、メンコの叫びを皮切りに、ヒソヒソ声が飛び交う空間へと様変わりする。


「もうお腹ペコペコで我慢できないから!! 皆どいてよ!!」

 自分勝手なその言い草に、当然反発の声が多く上がる。


「何言ってんだ? 順番は守れよ!」

「そんな我儘(わがまま)が通るわけないだろ!」

「俺たちだって腹は減ってるけど、列の順番は守ってるんだぜ?」

 メンコに浴びせられる至極真っ当な意見の数々。僕は恥ずかしくなってしまい、顔を両手で覆った。


「あいつ……、何する気だ?」

 タツゾウが、何かを察したようにボソリと呟く。

 その声にトラブル発生の予感を覚え、僕は指と指の隙間からメンコの方を覗き見た。


 これはまずい。

 きっと、その時の僕とタツゾウは同じことを考えていたはずだ。


 メンコが白い制服の上を脱ぎ出す。

 どうやって収納していたのか、中から丈が膝下まであるローブが現れた。紫の生地に、稲妻の模様が縞状(しまじょう)に描かれている。


 メンコの珍獣装備「ビリビリスカンク」。

 イプシロン・クラスの生徒であれば、授業で彼女の珍獣装備を見る機会もあるため、その悪質かつ凶悪な異能を知っている。


「に、逃げよう……」

「だな」


 僕の提案に、タツゾウは二つ返事で頷いた。

 僕たち二人は列から離れ、階段に向かって脇目も振らずに全力疾走する。

 あの異能が発動したら最後、人間であればその力に抗えず、あえなく気絶してしまうのがオチだ。


理不尽な紫煙(アンリーゾナブル・スモッグ)!!』


 メンコがそう唱えた後、ローブから淡い紫の煙が発生し、食堂全体にやんわりと広がっていく。

 見た目はやんわりだが、その広がるスピードは意外にも早く、どんどん空間に侵食していく。


「な、んだ、これ……!?」

「体が、動かない!?」

「おい! た、助けてくれ!」


 煙が侵食した場にいた生徒たちが、体の動きを硬直させ始める。

 煙の範囲が拡大していくにつれて、被害も徐々に増えていく。大食堂はパニックに陥った。


「俺の体動かねえ!? ……あれ?」

「私の体、どうなっちゃったの!? ……ん?」

「なんか……、くんくん」

 そして、体の自由が失われたという異変に気付いた直後、被害生徒たちはその真の恐ろしさに全員が顔を青ざめる。


「「「ヴオゥエッ!! くっせー!!」」」


 その場で表情を歪めながら嗚咽(おえつ)する。しかし、その臭いから逃げることはできない。

 まさに生き地獄だ。あまりの臭さに固まったまま嘔吐(おうと)し、早くも気絶してしまう者まで現れた。悪魔の珍獣装備である。

 大食堂は、間もなくそこにいた大勢を巻き込んで悪臭の牢獄へと変容する。


「ぜぇ、はぁ……」

「あいつ、やりやがった!」


 僕とタツゾウは何とか逃げ(おお)せる。

 100人もいるイプシロン・クラスの中から、今回レンジャー師団の研修に来ているのは、僕とタツゾウ、メンコとサニ君のなんと4人だけ。

 つまり、あの場でメンコの珍獣装備のことを知っていたのは、僕たち二人だけだった。


「どうするよ、ソラト?」

「と、と、とりあえず、報告した方が良いよね……。辻さんに……」


 タツゾウの問いかけに、僕は今の最優先事項を考えて答える。

 気が重い。同じクラスの人間が、これだけ大きな騒ぎを起こしたとなると、連帯責任で僕たちの処分も相当重いものになるだろう。


「んじゃ、行くか! その人どこにいるんだ?」

「それが、僕にも分からないんだよね……」


 一人の少女の空腹が、まさかここまでの大問題に発展するとは思わなかった。

 煙は今も広がり続けている。今はとにかく、急いで辻さんを見つけなければ。


    ◇


 戦闘機「ランチ」、5階のとある一室―――


 他の宿泊部屋と比べ、幾分か広い部屋。

 そこには、大きなベッドに椅子やテーブルなど、質素ではあるものの、明らかに他とは違う備え付けが成されており、そこに泊まる者の特別待遇具合が窺える。


 ブオン!

 少女は手に持つ木刀で、部屋の空気を横に一閃する。

 備え付けを加味してなお余裕のあるスペースは、派手な動きをするにも困らない。


 コンコンコン。

 空を切る音しかない部屋に、ノックの音が加わった。少女はドアの方を振り返る。


「レイア様、失礼してもよろしいでしょうか?」

「良いわよ、入ってきてファナ」


 桃髪の少女は入り口で丁寧にお辞儀をすると、一人分の食事を乗せたカートを引いて、上品な足取りで部屋に上がり込む。

 片手に木刀を携えた少女は、黒と青の長髪を掻き上げながら、入室してきた少女を見据えた。


「本日のご夕食ですが、向かう先が宙海ということもありまして、珍獣『男腕魚(だんわんぎょ)』のソテーでございます」

「男腕魚? 初めて聞くわね」


 ファナが提示した料理を、レイアはまじまじと見つめる。

 博識な彼女ではあるが、その珍獣の名を耳にしたのは初めてだった。


「宙海に生息している、珍獣もとい珍魚『男腕魚』は、屈強な男性の腕のような見た目から、そう名付けられたそうです。宙海に棲むユニークな珍獣の中でも、稀な部類に入るのだとか。炒めて食べると、その旨味が引き立ちます」

 ファナは自身の主に、調理された目の前の魚について、つらつらとその詳細を述べる。


「よく調べてあるのね」

「得体の知れないものを、レイア様の前にお出しするわけにはいきませんので」


 レイアの食事は、他の生徒の動向に左右されず、シェフが優先して作る決まりになっている。

 ファナは、調理を担当するシェフに作る料理を聞き込み、その具材のリサーチと、作り終えて後の毒味を省かなかった。

 全ては、主の安全かつ健康な旅のために。


「それにしても良かったのですか、レイア様? 希望はナイト師団ですのに……。そちらの研修に参加なさった方が良かったのでは?」

 ファナは唐突に話題を変えた。

 戦士研修の行き先について、自身の希望とは異なる選択をしたレイアに、その心を尋ねる。


「アカデミー入学前に、一度だけナイト師団の研修に参加したことがあるのだけど、覚えているかしら?」

「ええ、その時は私もご一緒しましたので」

「今回は、別の師団の研修に参加してみたかったのよ」

「そうですか……」


 レイアの言葉を受け、ファナは納得したようにコクリと頷く。

 しかしその実、彼女の心には疑念があった。


「むむう……」

 ファナは棚の上に置かれた木刀に視線を移す。先程までレイアが振るっていたものである。


(あれは、アカデミー試験時に使用していた木刀。まだ持っていらしたのですね)


 ところどころ傷や切れ込みが入ったその木刀は、アカデミー試験の本試験にて、レイアが使用していた武器である。

 ファナは何度も買い替えを打診したが、レイアは頑なに首を縦に振らなかった。素振りの訓練の際は、決まってあの木刀を握り締めている。


「あの木刀、まだお使いになられているのですね。ボロボロですし、そろそろ買い替え時なのでは?」

「いいえ、あれが良いわ。握っていると、不思議と勇気が湧いてきて、鍛錬への気概を与えてくれるのよ」

 涼しげに微笑むレイアに、ファナは言葉を返すことができなかった。



 戦闘機「ランチ」、4階の廊下にて―――


「アルファ・クラスのクロハさん、聞きたいことがあるんだけど、今良いかいっ?」

「お前、誰?」

「ソラトのクラスメイトさっ。君が彼に持ちかけた勝負、僕も参加するんだ」

「ふーん」


 人気のない廊下に、男子生徒と女子生徒の影が一つずつ。

 白い制服であることに変わりはないが、胸につけるバッジの色は、女子生徒が金、男子生徒が青と異なっている。

 二人のすれ違い際、男子生徒の爽やかな声が、去り行く女子生徒に向けられた。


「ソラトに退学を持ちかけた理由、聞いても良いかなっ?」

「理由? 別に大した理由はねえよ。あいつがここにいるのが気に入らない。そんだけ」


「アカデミーで首席の君が、どうしてソラトを目の敵にするんだい? 彼のことが気に入らないのはどうしてだい?」

「お前には、カンケーねーだろ?」

 クロハは振り向きざまに片目だけ細め、サニ・フレワーに鋭い睨みを利かせる。


 サニには、クロハが雨森ソラトにアカデミー退学を促したことについて、その動機がまるで分からなかった。

 彼らはクラスもアルファとイプシロンとで離れている。絡みの生まれなさそうな二人の関係性について問い詰め続ける。


「君とソラトは一体どういう関係なのかな? 気に入らない、そう言っているけど、人が人を気に入らなくなるには、そこに至るまでのストーリーがあるはずさっ」

「だーかーらー、テメーにはカンケーねーって言ってんだろ?」

 クロハは僅かに声を荒げ、サニにこれ以上踏み込ませぬよう警鐘(けいしょう)を鳴らす。


「分かった、ここまでにしておくよっ。人に歴史あり、そういうことだね?」

「ふん」

 彼女の殺気立った視線と声色に、サニは詰問をやめざるを得なかった。


 鼻を鳴らした後、クロハは自身の進行方向に向き直り、廊下にサニ一人を取り残して歩みを進める。

 しかし、途中で止まって、再び爽やかな美少年の方を振り返った。


「お前、誰かに似てるな……」

「似てる? 僕が?」

 サニの前まで戻ってくると、クロハは(いぶか)しむような表情で彼の顔を覗き込む。その真っ白な美顔をしばらく凝視(ぎょうし)した。


「あんまり見つめられると、恥ずかしいなっ」

「私の知る誰かに……」

「そうかい? 気のせいじゃないかなっ?」

 顎に手を添え、ジロジロと自分の顔を見つめながら、何かを考えているクロハに、サニも微笑みながら見つめ返す。


「私と会ったこと、あるか?」

「まったくないよ」

 質問に、サニは間を置かずキッパリと答える。


「……わからん。まあ、良いか」

 クロハは、自分勝手に事を完結させてその場から立ち去ると、今度こそ振り返らない。

 それゆえ立ち去った後、サニが爽やかな微笑みの口角を微かに下げたことなど、気付くわけもなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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