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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
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戦闘機・ランチ

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 珍獣園「エリア:ステップ」。

 辺り一面に広がる草原が、訪れる人に開放感を与える。

 こんな場所で居眠りできたら、すごく気持ちが良いのだろう。


 昼下がりにもかかわらず、(すず)しげなこの広々とした草原には、今、僕含めて人が200人余りいる。全員、これからレンジャー師団の戦士研修へと向かうアカデミー生だ。

 そして、その場の200人ほぼ全員が、草原の上空を見上げていた。


「大きい……」

 珍獣園の上空を見て、その存在感に圧倒された。

 周りの生徒たちも僕と同じだ。空を見上げたまま固まっている。


「ねえねえ、ソラト! あれに乗れるの!? メーちゃんたち、あれに乗れるの!?」

 隣のメンコは大はしゃぎだ。よほど楽しみらしい。


「あれで行くのかよ、宙海。なんか、いろいろとスケールがデカいぜ!」

 タツゾウも口元に笑みを浮かべている。

 二人とも好奇心が旺盛だ。心躍る出来事を前に、ワクワクが抑えられないのだろう。


「楽しみだねっ。研修の行き先が、四人一緒で良かったよっ」

 サニ君が、僕とタツゾウ、メンコの方を見て微笑みを(こぼ)す。

 彼の言うとおり、皆と行き先が同じで良かった。


 僕らの上空、アカデミー生の視線を奪っているのは、八併軍の所有する巨大戦闘機だ。

 通称「ランチ」。前日の戦士研修説明会で辻さんという戦士が話していた。


 そのサイズは、同じ八併軍の戦闘機「ファスト」の何十倍もあり、機動力は落ちるものの、それゆえより多くの戦士を運ぶことができるそうだ。

 また、戦士を戦場へと送り出す輸送的な側面や相対する敵を討伐する攻撃機能を持つ他、戦士たちの宿泊施設としての働きもあるという。

 まさに、飛ぶ巨大要塞と言ったところだ。


 ギュオオオン。

 大きな音と共に、戦闘機「ランチ」は草原に降下してくる。


 ここにいる約200名は、この機体に乗って宙海へと出発する。

 おそらく、ほぼ全員が宙海への初航行となるだろう。周囲のざわつきからも、皆、期待感で浮足立っているのが伝わってくる。


 僕も同じだ。これから向かう新天地に胸が高鳴っている。そして、(わず)かに緊張と不安も混じっている。

 新しい場所へ行く時のいつもの感覚。


 ただこの日は、一つだけ違った。

 この旅は、ただでは終わらない。そんな勘のようなものがあった。


 ここ最近の僕は、悪い勘に限って言えば、思いのほかよく当たる。

 旅の無事を祈るばかりだ。


「どうもっす、全員、自分について来てください」

 ランチの出入り口らしき大きな扉が自動で開き、中から辻さんが現れる。

 彼の言葉に従って、その場のアカデミー生が続々とランチの方へ歩み出す。


「宙海、どんなところだろう……」

 悪い勘染みたものを頭の隅にしまい、まだ見ぬ神秘の海に思いを()せる。


 その存在はこの世界の常識だ。

 ただ、大半の人間は、その景色を一度も見ることなく一生を終える。

 僕はラッキーだ。普通では体験できないことを体験できる機会に出会えた。


『俺もいつか行ってみたいなー! そして、宙海の謎を解明して、すっごい有名人になるんだ!』

 いつの日か、故郷の幼い少年が語った夢。

 帰ったら、今回の土産話を持って行こう。きっと喜んでくれるはずだ。



「すごいねっ。500人まで入るらしいよ、この戦闘機」

「500人も……」

 アカデミー指定の肩掛けカバンを持ち、珍獣装備「カブ太」を背中に背負う。

 その状態で、大きく頑丈そうな自動扉から機内へと入る。


 外と内を(へだ)てる入り口の扉を潜り抜けた先には、緩やかな上り坂になっている廊下が、真っ直ぐに伸びている。

 機体の中央部へと続くのであろうその廊下の奥、そこに今通り過ぎた出入り口の重厚な扉と、同じような自動扉が目に入った。


「二重の分厚い扉……。なんっていうか、すごい厳重だよね……」

 まるで、今から何かが襲って来るかのように厳戒な防衛設備に、僕は漠然とした不安感を覚える。


「戦闘機『ランチ』は普段、戦場へ赴くための機体だからね。敵からの攻撃を跳ね返すくらいはしないと、八併軍の戦士を運ぶことなんてできないよっ。宙海の水圧に耐えられるほど装甲は厚いから、この世にランチの中ほど安全な空間は存在しない、とも言われてるのさ」


「へ~っ、さすがサニ君、物知りだね!」

 彼は本当に博識だ。こんな彼だからこそ、日頃の赤点を連発する筆記の成績が信じられない。


「ああー、ここをランチに滞在する間の集会場とするんで、召集が掛かったら全員ここに来るようにお願いしゃっす」

 廊下を抜けた先には、広々とした大食堂が待ち受けていた。

 辻さんは、全員が中に入ったのを確認してから話し始める。


「食事は各自、好きなタイミングで適当に取って構わないっす。メニューから適当に選んで適当に注文してください」

 適当過ぎない? と心の中で突っ込む。


 広い大食堂の中央には、円形の厨房があり、それを取り囲むようにしてイスとテーブルが配置されていた。

 食堂の奥側には、エレベーターの乗り口が二箇所見える。

 手前側には、2階へと続く大きな階段が同じく二つ備わっていた。


「これから研修参加者全員をそれぞれの個室へと案内するんで、案内人の戦士の指示に従ってください」


 僕は案内役の戦士さんに連れられ、彼が足を止めたのと同時に、3階のある一室の前で立ち止まる。

「イプシロン・クラス、雨森ソラト君、君の部屋はここね」

「はい! ありがとうございます!」


 ランチ滞在時における僕のプライベート空間、そのドアを開ける。

 寝泊まり可能な部屋は、1階の食堂を除けば、2階から5階まであるらしい。


 部屋の内装は、ベッドに小さな棚、クローゼットと基本的には簡素なものだった。

 ただ唯一目を引くポイントとして、ベッドの置かれている箇所とは反対側の壁に、その壁面いっぱいの巨大なモニターが設置されていることがある。一体何のために使うのだろうか。


「これ……、何のためにあるんだろう?」

「そりゃーあんたさん、作戦会議さね」


 棚の上に置いてあった腕輪が、突然(まばゆ)い光を帯びてその輪郭(りんかく)の形を変える。

 狂暴な肉食の獣に変わった後、僕の発言にその大きな口で応答する。


「うぎゃあああ!! サイコサウルスさん! おどかさないで下さいよ!」

「一度、偉そうな人間どもが、これを使って話し合いをしているのを見たことがあるのさ」

 サイコサウルスは僕の発言を無視して、過去に自分が見た経験について話す。


 彼女をここまで連れてきたのは僕の意思だ。

 管理者の君嶋さんに頼み込んで、仮契約を結び、腕輪状の珍獣装備に変形させて機内に持ち込んだのだ。戦士研修の行き先が宙海だとわかった時点で、このことは考えていた。


『宙海になあ、村があるさね』

『珍獣だけの楽園さね。言い伝えだから実在するかは分からん、でも、あるなら見てみたいねえ……』

『それが、あたしゃの夢さね』


 サイコサウルスの言葉が、ずっと頭から離れなかった。

 僕は、彼女の珍獣園脱走を妨げてしまった。彼女の夢を奪う権利なんて僕にはない。

 罪悪感があった。だから一緒に連れてきたのだ。


 もちろん、彼女の言う「宙海にある珍獣の村」が、この研修中に見つかる保証はない。それどころか、実在するかどうかですら怪しい。

 それでも、夢の手助けをしたかった。


「このモニターを見たことがあるってことは、以前、ランチに乗ったことがあるんですか?」

「あの檻の中に連れて来られた時さね」

 サイコサウルスの言う檻とは、おそらく珍獣園の事だろう。

 彼女は八併軍の戦士に捕えられた後、ランチによって珍獣園まで送られたのだ。


 ピッ。

「ひいっ!」


 おもむろに、壁に張り付いたモニターの画面が点灯した。

 ボンヤリと眺めていたところ、突然視界に光が入り込んできたため、一瞬目を瞑ると同時に情けない声を上げる。

 ゆっくりと目を開くと、画面の中の人影が、その目線を真っ直ぐに僕の方へと向けていた。


『あー、あー。研修参加者全員へ通達。それぞれ個室が割り当てられたと思うんで、これからの流れを簡単に説明するっす』

 人影の正体は辻さんだった。

 初めて見た時から変わらない、精気の抜けたような表情で語り掛けてくる。


『まず、一日目はなんもないんで、機内にてゆっくりくつろいでください』

 宙海にある八併軍の研究所、そこへ着くまでの間は研修を行えない訳だ。何の時間に充てようか。


『二日目からは、こちらの組んだ研修のスケジュール通り動いてもらうんで、そのつもりでお願いしゃっす』

 どんなことをするのだろうか。不安だけど、少し楽しみでもある。


『それじゃ、これから宙海へ向けてランチが離陸するんで、飛び立つ際の揺れには注意してください』

 彼の言葉の直後、僕の立つ床が大きく揺れてバランスを崩す。


 揺れているのは床だけではない。僕の部屋全体が、いや、おそらく機体全部が大きな揺れを伴いながら離陸しているのだ。

 これだけ大きな戦闘機を動かすためには、一体どれくらいのエネルギーを要するのだろうか。


 ギュオオオン。

 ランチから発せられる大きな音が、部屋の中にいても聞こえてくる。

 今まさに、中心球を飛び立ったのだ。


「グギャアアアア!」

 珍獣園の「エリア:ステップ」上空、一羽の珍鳥「カルーラ」が窓の外に見えた。

 真っ黒な体に禍々(まがまが)しい赤い翼は、なぜだか、それを見た人に不吉な予感を感じさせる。


「…………」

 なんとなく。本当になんとなくだが、嫌な感じだ。


 一日目の何もない自由時間を、何の時間に充てるか。

 そこまで悩むことではない。やるべき事ならいくらでもある。


「いくよ!」

「かーふっ!」

 両手のひらにカブ太を乗せ、唱える。

「珍獣装備『巨人カブ』」


 僕は、夕食までの空白の時間を、マナコントロールの鍛錬に充てることにした。

 日々の積み重ねを怠るな、と畠中先生にも言いつけられている。僕には、時間がいくらあっても足りないのだから。


 手の中に出現した剣の柄を、両手でがっしりと掴み、体の前に構える。

 深呼吸をし、第六感に意識を集中させる。


「僕のマナを、剣の中に、流す……」

 手に持つ武器にマナを流し、それを持続させる。

 僕の苦手分野。早く克服しなければ。


「暇だし、手伝ってやろうかい?」

 外から見るとかなり地味な鍛錬を行う僕に、サイコサウルスが欠伸をしながら尋ねてくる。


「良いんですか!?」

「あんたさんは、いつも通りに剣を振り下ろせ。わたしゃは異能でその動きを封じる。わたしゃの異能、打ち破ってみな」


 なるほど、異能を使った訓練というわけだ。

 僕はマナコントロールで強化した剣を、強度を保ちながら振り下ろす。その際、サイコサウルスの異能「念動馬力」による強制力も乗り越えなくてはならない。

 なかなかハードなトレーニングになりそうだ。


 意識を散らさず集中して修練を行っていたため、窓から見える景色がいつの間にか、眼下一面に広がる雲から群青へと移り変わっていることに気が付かなかった。

 どうやらその間に、研修生約200名と戦士たちを乗せた戦闘機は、大気圏から宙海の圏内へと、境界を跨いでいたらしい。

 神秘と混沌の海に、僕らは飲み込まれた。

お読みいただきありがとうございました。

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