遥かなる神秘の海
小説家になろうデビュー作です。
よろしくお願いします。
戦士研修前日。
レンジャー師団の戦士研修に参加するアカデミー生、その全員が、アカデミー中央の大きな実技演習場に集められる。
全体で500名のアカデミー生の内、約200名が今回の参加人数だ。
「あー、もう伝わっているとは思うっすけど、レンジャー師団の研修先は、宙海です」
レンジャー師団で行われる戦士研修について、その担当者である戦士が、後頭部をポリポリと掻きながら面倒臭そうに説明する。
「自分は、レンジャー師団第2部隊隊長、辻二軍っす。これから研修における重要事項を三つほど話します。めんどくさい、疲れる、研修の意義を見出せない、そういった人もいるでしょうが、まあ適当に聞き流してください」
そこは聞き流しちゃだめでしょ、と心の中でツッコむ。
辻さんという戦士は、ずいぶんと気の抜けたような雰囲気の人だった。
部隊長にまで上り詰めるには、こういった大勢の人の前でも、余裕の表情ができなければならないのだろうか。
「一つ目、具体的な行き先は、宙海にある八併軍の研究施設『宙海生態研究所』。研修参加者の約200名は、戦闘機『ランチ』に搭乗してそこまで向かうっす。研修一日目はランチで過ごし、残りの三日は研究所で過ごすんで、研修期間は計四日あることになります」
戦闘機「ランチ」。初めて聞く機体名だ。
「ファスト」なら、搭乗するどころか操縦したこともあるので、よく知っているのだが……。
「二つ目、特殊装備の使用は原則禁止。しかし、許可が出た場合は使用できるので、持ち込みは可能」
ということは、必要に迫られた場合に備えて、自分が契約している珍獣を連れていた方が良いだろう。
「三つ目、これ重要だけど、まあ聞き流してくれて構わないっす。研修期間内において、参加者が達成しなければならない目標について―――」
絶対に聞き逃しちゃだめだ。
僕はクロハに、今から説明される達成目標の内容で、強引に勝負を持ちかけられたのだから。
「研修参加者諸君が達成すべき目標、それは……、『恩寵の痕跡』を探し出すこと。一人一つは必ず見つけること。一応これ、戦士研修の評価点に関わるんで」
説明会が終わり、戦士研修参加者約200名の集いは解散する。
大勢の人が散り散りになっていく中で、僕の元に一つの足音が近寄ってくる。
「勝負の内容は、どちらがより多くの『恩寵の痕跡』を見つけられるか」
クロハは僕の目の前まで来ると、有無を言わさぬ口調と視線の圧で、保留していた勝負の内容を唐突に告げてきた。
「お前が負けたら、アカデミーを辞めろ。万が一、私が負けるようなことがあれば……」
一拍空け、彼女は不敵な笑みを浮かべると、余裕たっぷりに言い放つ。
「その時は、私が辞めてやるよ、アカデミー」
「えっ!?」
クロハは、互いのアカデミー在籍を懸けた勝負を持ち掛けてきた。
片目を細めたままで僕のことを見据えている。その表情は、彼女の中にある余裕が、圧倒的なものであることを映し出していた。
「なあ、その勝負よ、俺たちが間違ってソラトに手を貸しちまっても、しょうがねえよな?」
「メーちゃんの力添えは、百人力だよ!」
「大事な友人を、黙ったまま失うわけにもいかないからね」
タツゾウとメンコ、サニ君の三人が、僕とクロハの元にやってくる。
好き勝手に物事を決めていくクロハに、三人は不満げな表情で詰め寄っていく。
「それなら、うちらが同じようなことしても良いってことだよな?」
「文句はねえよな?」
「ちょっと、喧嘩はダメよ」
つけ麺屋で出会ったアルファ・クラスのクロハ一味も登場し、複数人対複数人の小競り合いの様相を呈する。
チラチラと周りの視線も集め始めているため、僕としては早めに解散したいところだ。
「じゃあ、いっその事こうするか。四人対四人の団体戦で、より多くの『恩寵の痕跡』を見つけられたグループの勝利」
「えっ、でも……、退学って、ちょっとやり過ぎなんじゃ……。それに、僕やるなんて言ってな―――」
「決定。以上。解散」
お前の意見など求めていない、と言いたげな威圧感ある眼差しを向けられ、僕は一瞬にして肩を丸め小さく縮こまる。
「とっとと勝負決めて、私のいるこのアカデミーから追い出してやるよ、ポンコツ」
「そんな、困るよ、クロハ……」
僕とクロハの関係は、あの町にいた頃から変わらない。
遠く離れた中心球に来たって、これまで積み上げてきた時間が無くなるわけじゃない。
きっとクロハは、町随一の出来損ないであった僕が、自分と同じ場所にいることが許せないんだと思う。
彼女のプライドが、僕のアカデミー在籍という事実を受け入れられないのだ。
◇
宙海。
広く、深く、遥かなる神秘の領域。
雲が漂う大空のさらなる高み、キューブを覆うように存在する、空の果ての大海原。
その天の海中にて、一隻の潜水艦が優雅に飛行する。
人間を数百人と収容できる黒の大艦艇は、その巨大な艦体に、白いドクロのマークが描かれている。
潜水艦は特段行く当てもなく、ただ、青の中を漂っていた。
「うがああああああ!! 話の通じねえやっちゃな! だからよう、俺たちに協力すれば、相応の見返りが貰えるわけでよう」
「うわーっはっはっは! 俺様たちが欲しいのは、宙海の秘宝たぁだ一つ! 地上で何が起ころぉうが興味ない!」
静かなる大海とは対照的に、艦内は騒がしい。
艦長室で、二人の男が声を抑えることなく言い争っていた。
「がう! 俺たちシンビオシスは、CGWを制するんだぞ! 勝利した暁にゃー、お前は生まれ変わったキューブにおいて、新人類を導く中核を担える! 金だってたくさん手に入る。好きだろう、金?」
全身を覆う、獣のようにゴワゴワと逆巻く毛並み。獅子のたてがみのように盛り上げた、赤茶色の髪の毛。闘争のためだけに生きている、そう主張するような人間離れした野性味あふれる肉体。
珍獣と言われても違和感の無いその男は、れっきとした人間であった。
シンビオシス、DF職、ガチキチ。
キャプテン・エデンの指令によって宙海へ赴いており、この潜水艦においては客人に当たる。
「はっはっはっ! お前たちの下について、首を垂れながらもらぉうお金なんか、嬉しくもなぁんともない! シンビオシスのキャプテン・エィデンだかなんだか知らないが、俺様にだって、海賊団のキャプテンとしてのプラァイドがあんだよ!」
もう一人の男は、この大艦艇の主であった。
灰色の髪の上に黒のキャプテンハットをかぶり、表に描かれたドクロが怪しげに笑っている。左目は黒い眼帯に隠されているため、右目の琥珀色の瞳だけで、対面に座る大漢を睨みつける。
宙海の海賊、「トリトン海賊団」艦長、キャプテン・トリトン。
男は、シンビオシスからの勧誘を数時間に渡って断り続けていた。
「ぐるぁ! しょうがないぜ、今は退くが、まだ話が終わった訳じゃねえからな!」
ガチキチは、首を縦に振る気配が全くないトリトンに、説得しかねて部屋を出ていく。
「何度来ても、答えは変わぁらない」
艦長室に一人取り残されたトリトンは、肩を竦め、ガチキチが出ていった扉を見つめた。
「クソが!! ぐるおおおおおお!!」
艦長室から出た廊下に、ガチキチの獣人のごとき唸りが響く。ストレスを、大きな声量に変えて発散していた。
「良い返事は貰えなかったってか?」
廊下に響く大きな足音は、そのかすれた声によって止められる。
「ぐるぁ! まるで手応えなしだ!」
「正直に言わせてもらうが、お前とあの海賊艦長じゃ、建設的な話し合いにはならねえだろ? お前には知性が、向こうには敬意が感じられないぜ」
「ぐあああん? なんだと? あんたは外部の人間だから知らねえだろうけどよ、俺はすこぶる理性的で知性溢れる男なんだぜ。見た目で判断すんじゃねえ!」
廊下の陰から現れた山葵間正は、怪しげな微笑みを苛立つ大漢へ向ける。
彼もガチキチ同様、エデンの指令を受けてこの潜水艦を訪れていた。
「そりゃ悪かった。だが、次は俺も行くぜ。交渉ってのは、なにも一方的にメリットを押し付けるだけじゃない。俺がそれを教えてやる」
「ぐるううう、癪だが勉強になりそうだぜ……」
山葵間の話を受け、ガチキチは首を傾げて考え込んだ。
「まあ……、話し合いに参加するくらいは許してやらんでもない」
「悪い方には持っていかねえよ。俺は一応、お前らシンビオシスに勝って欲しいからな、CGW」
一方の艦長室では、艦長席の椅子に腰かけたトリトンが、部屋の扉に背を向け、窓から水中の青景色を臨む。
「うわーっはっはっは! 俺様たちは、地上の奴らになぁんか左右されない! なぜなら、天空の海を渡り行く海賊だぁから! そうだろ、レヴィア?」
トリトンは軽快に笑い飛ばすと、いつの間にか部屋に入り、自分の背後に立っていた副艦長レヴィア・青瀧に、ところどころ巻き舌になりながら問いかける。
「はい、トリトンさん」
ドレッドヘアに黒い肌のレヴィアは、その中性的な顔立ちを艦長に向け端的に答えた。
そして、トリトンから指令が下るまで、一言も発さずにじっとその場に佇み続ける。
「レヴィア、クルー全員に通達。近い内、宙海に客人があらわぁれる。俺様たちは海賊、そいつらから船の燃料と食料、そして金目の物をうばぁう!」
「承知しました」
レヴィアは艦長に対してビシッと敬礼すると、そそくさと部屋を出ていった。
「宙海の秘宝は、俺様たちのもの。誰にも邪魔はさぁせない」
お読みいただきありがとうございました。




