表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第六章・宙海の恩寵編(前編)
100/117

遥かなる神秘の海

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 戦士研修前日。

 レンジャー師団の戦士研修に参加するアカデミー生、その全員が、アカデミー中央の大きな実技演習場に集められる。

 全体で500名のアカデミー生の内、約200名が今回の参加人数だ。


「あー、もう伝わっているとは思うっすけど、レンジャー師団の研修先は、宙海です」

 レンジャー師団で行われる戦士研修について、その担当者である戦士が、後頭部をポリポリと掻きながら面倒臭そうに説明する。


「自分は、レンジャー師団第2部隊隊長、(つじ)二軍(にぐん)っす。これから研修における重要事項を三つほど話します。めんどくさい、疲れる、研修の意義を見出せない、そういった人もいるでしょうが、まあ適当に聞き流してください」


 そこは聞き流しちゃだめでしょ、と心の中でツッコむ。

 辻さんという戦士は、ずいぶんと気の抜けたような雰囲気の人だった。

 部隊長にまで上り詰めるには、こういった大勢の人の前でも、余裕の表情ができなければならないのだろうか。


「一つ目、具体的な行き先は、宙海にある八併軍の研究施設『宙海生態研究所』。研修参加者の約200名は、戦闘機『ランチ』に搭乗してそこまで向かうっす。研修一日目はランチで過ごし、残りの三日は研究所で過ごすんで、研修期間は計四日あることになります」


 戦闘機「ランチ」。初めて聞く機体名だ。

「ファスト」なら、搭乗するどころか操縦したこともあるので、よく知っているのだが……。


「二つ目、特殊装備の使用は原則禁止。しかし、許可が出た場合は使用できるので、持ち込みは可能」

 ということは、必要に迫られた場合に備えて、自分が契約している珍獣を連れていた方が良いだろう。


「三つ目、これ重要だけど、まあ聞き流してくれて構わないっす。研修期間内において、参加者が達成しなければならない目標について―――」

 絶対に聞き逃しちゃだめだ。

 僕はクロハに、今から説明される達成目標の内容で、強引に勝負を持ちかけられたのだから。


「研修参加者諸君が達成すべき目標、それは……、『恩寵(おんちょう)痕跡(こんせき)』を探し出すこと。一人一つは必ず見つけること。一応これ、戦士研修の評価点に関わるんで」



 説明会が終わり、戦士研修参加者約200名の集いは解散する。

 大勢の人が散り散りになっていく中で、僕の元に一つの足音が近寄ってくる。


「勝負の内容は、どちらがより多くの『恩寵の痕跡』を見つけられるか」

 クロハは僕の目の前まで来ると、有無を言わさぬ口調と視線の圧で、保留していた勝負の内容を唐突に告げてきた。

「お前が負けたら、アカデミーを辞めろ。万が一、私が負けるようなことがあれば……」


 一拍空け、彼女は不敵な笑みを浮かべると、余裕たっぷりに言い放つ。

「その時は、私が辞めてやるよ、アカデミー」

「えっ!?」


 クロハは、互いのアカデミー在籍を懸けた勝負を持ち掛けてきた。

 片目を細めたままで僕のことを見据えている。その表情は、彼女の中にある余裕が、圧倒的なものであることを映し出していた。


「なあ、その勝負よ、俺たちが間違ってソラトに手を貸しちまっても、しょうがねえよな?」

「メーちゃんの力添えは、百人力だよ!」

「大事な友人を、黙ったまま失うわけにもいかないからね」


 タツゾウとメンコ、サニ君の三人が、僕とクロハの元にやってくる。

 好き勝手に物事を決めていくクロハに、三人は不満げな表情で詰め寄っていく。


「それなら、うちらが同じようなことしても良いってことだよな?」

「文句はねえよな?」

「ちょっと、喧嘩はダメよ」


 つけ麺屋で出会ったアルファ・クラスのクロハ一味も登場し、複数人対複数人の小競り合いの様相を(てい)する。

 チラチラと周りの視線も集め始めているため、僕としては早めに解散したいところだ。


「じゃあ、いっその事こうするか。四人対四人の団体戦で、より多くの『恩寵の痕跡』を見つけられたグループの勝利」

「えっ、でも……、退学って、ちょっとやり過ぎなんじゃ……。それに、僕やるなんて言ってな―――」

「決定。以上。解散」

 お前の意見など求めていない、と言いたげな威圧感ある眼差しを向けられ、僕は一瞬にして肩を丸め小さく縮こまる。


「とっとと勝負決めて、私のいるこのアカデミーから追い出してやるよ、ポンコツ」

「そんな、困るよ、クロハ……」


 僕とクロハの関係は、あの町にいた頃から変わらない。

 遠く離れた中心球に来たって、これまで積み上げてきた時間が無くなるわけじゃない。


 きっとクロハは、町随一の出来損ないであった僕が、自分と同じ場所にいることが許せないんだと思う。

 彼女のプライドが、僕のアカデミー在籍という事実を受け入れられないのだ。


    ◇


 宙海。

 広く、深く、遥かなる神秘の領域。

 雲が漂う大空のさらなる高み、キューブを覆うように存在する、空の果ての大海原。


 その天の海中にて、一隻(いっせき)の潜水艦が優雅に飛行する。

 人間を数百人と収容できる黒の大艦艇(だいかんてい)は、その巨大な艦体に、白いドクロのマークが描かれている。

 潜水艦は特段行く当てもなく、ただ、青の中を漂っていた。


「うがああああああ!! 話の通じねえやっちゃな! だからよう、俺たちに協力すれば、相応の見返りが(もら)えるわけでよう」

「うわーっはっはっは! 俺様たちが欲しいのは、宙海の秘宝たぁだ一つ! 地上で何が起ころぉうが興味ない!」


 静かなる大海とは対照的に、艦内は騒がしい。

 艦長室で、二人の男が声を抑えることなく言い争っていた。


「がう! 俺たちシンビオシスは、CGWを制するんだぞ! 勝利した(あかつき)にゃー、お前は生まれ変わったキューブにおいて、新人類を導く中核を担える! 金だってたくさん手に入る。好きだろう、金?」


 全身を覆う、獣のようにゴワゴワと逆巻く毛並み。獅子のたてがみのように盛り上げた、赤茶色の髪の毛。闘争のためだけに生きている、そう主張するような人間離れした野性味あふれる肉体。

 珍獣と言われても違和感の無いその男は、れっきとした人間であった。


 シンビオシス、DF職、ガチキチ。

 キャプテン・エデンの指令によって宙海へ赴いており、この潜水艦においては客人に当たる。


「はっはっはっ! お前たちの下について、(こうべ)を垂れながらもらぉうお金なんか、嬉しくもなぁんともない! シンビオシスのキャプテン・エィデンだかなんだか知らないが、俺様にだって、海賊団のキャプテンとしてのプラァイドがあんだよ!」


 もう一人の男は、この大艦艇の主であった。

 灰色の髪の上に黒のキャプテンハットをかぶり、表に描かれたドクロが怪しげに笑っている。左目は黒い眼帯に隠されているため、右目の琥珀(こはく)色の瞳だけで、対面に座る大漢(おおおとこ)を睨みつける。


 宙海の海賊、「トリトン海賊団」艦長、キャプテン・トリトン。

 男は、シンビオシスからの勧誘を数時間に渡って断り続けていた。


「ぐるぁ! しょうがないぜ、今は退くが、まだ話が終わった訳じゃねえからな!」

 ガチキチは、首を縦に振る気配が全くないトリトンに、説得しかねて部屋を出ていく。


「何度来ても、答えは変わぁらない」

 艦長室に一人取り残されたトリトンは、肩を(すく)め、ガチキチが出ていった扉を見つめた。



「クソが!! ぐるおおおおおお!!」

 艦長室から出た廊下に、ガチキチの獣人のごとき唸りが響く。ストレスを、大きな声量に変えて発散していた。


「良い返事は貰えなかったってか?」

 廊下に響く大きな足音は、そのかすれた声によって止められる。


「ぐるぁ! まるで手応えなしだ!」

「正直に言わせてもらうが、お前とあの海賊艦長じゃ、建設的な話し合いにはならねえだろ? お前には知性が、向こうには敬意(リスペクト)が感じられないぜ」

「ぐあああん? なんだと? あんたは外部の人間だから知らねえだろうけどよ、俺はすこぶる理性的で知性(あふ)れる男なんだぜ。見た目で判断すんじゃねえ!」


 廊下の陰から現れた山葵間正は、怪しげな微笑みを苛立つ大漢へ向ける。

 彼もガチキチ同様、エデンの指令を受けてこの潜水艦を訪れていた。


「そりゃ悪かった。だが、次は俺も行くぜ。交渉ってのは、なにも一方的にメリットを押し付けるだけじゃない。俺がそれを教えてやる」

「ぐるううう、(しゃく)だが勉強になりそうだぜ……」

 山葵間の話を受け、ガチキチは首を傾げて考え込んだ。


「まあ……、話し合いに参加するくらいは許してやらんでもない」

「悪い方には持っていかねえよ。俺は一応、お前らシンビオシスに勝って欲しいからな、CGW」



 一方の艦長室では、艦長席の椅子に腰かけたトリトンが、部屋の扉に背を向け、窓から水中の青景色を(のぞ)む。


「うわーっはっはっは! 俺様たちは、地上の奴らになぁんか左右されない! なぜなら、天空の海を渡り行く海賊だぁから! そうだろ、レヴィア?」

 トリトンは軽快に笑い飛ばすと、いつの間にか部屋に入り、自分の背後に立っていた副艦長レヴィア・青瀧(あおたき)に、ところどころ巻き舌になりながら問いかける。


「はい、トリトンさん」

 ドレッドヘアに黒い肌のレヴィアは、その中性的な顔立ちを艦長に向け端的に答えた。

 そして、トリトンから指令が下るまで、一言も発さずにじっとその場に(たたず)み続ける。


「レヴィア、クルー全員に通達。近い内、宙海に客人があらわぁれる。俺様たちは海賊、そいつらから船の燃料と食料、そして金目の物をうばぁう!」

「承知しました」

 レヴィアは艦長に対してビシッと敬礼すると、そそくさと部屋を出ていった。


「宙海の秘宝は、俺様たちのもの。誰にも邪魔はさぁせない」

お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ