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珍獣インストール  作者: 喜納コナユキ
第一章・ドラミデの悲劇編
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志の国の少年

小説家になろうデビュー作です。

よろしくお願いします。

 数多の無機質な絶望が、夕日に焼けた町の空を覆いつくす。


 その瞬間まで行われていた人々の営みが、その日常が、大きく変わってしまう。それを確信できてしまうほど、その光景は圧倒的だった。

 人々は、無数の未知なる機械生命体によって、この町に死がもたらされたことに気付く。

 この町は死の概念を忘れていた。それほどまでに平和だったのだ。


 踏みにじられる。人の夢が。


 この景色こそ、捻じ曲げられし運命の始まりを意味する。


    ◇


 人が生きていくには夢が必要だ。大小関係なく人は何かしら夢を抱くだろう。それが、叶うか否かは別として。


 幼いころから動物や昆虫、魚、そして「珍獣」が大好きだった。

 図鑑などを夢中になって読んだり、虫取りに行き朝から夕方まで帰ってこなかったりなど、どこにでもいる元気な子供だっただろう。さなぎがかえるまで一日中同じ場所にうずくまっていたこともあったらしい。


 生き物に囲まれて暮らしたい。

 5歳のころ、僕が初めて抱いた夢だ。

 なんということはない。小さな子供が考えそうなことである。


 大抵の少年は成長とともにそれらへの興味が薄れ、一流のスポーツ選手になりたい、立派な政治家になりたい、「英雄になりたい」、などの大きな夢を抱く子もいるだろう。

 そうして大人たちから賞賛と応援を貰い、夢に向かってひた走ることになる。


 しかし困ったことに僕の夢はここから変化しなかった。大きな夢を持つことはなく、この小さな夢への憧れだけが僕の中に残っていた。

 ゆえに、大人たちから向けられる視線には厳しいものがあった。

 少年は、大志を抱かなくてはならないのである。



「ワン、ワンワン」

 コワンが鳴く。我が家のペットの小型犬である。

「よしよし、まだいっぱいあるからゆっくり食べるんだぞ。のどに詰まらせちゃだめだぞ」

 この僕、雨森(あまもり)ソラトは学校に行く前にコワンに(えさ)をやり、(たわむ)れることが日課である。

 とてもかわいく(いや)される。この時間が永遠に続けばいいのに。


 しかし、時間は残酷にも流れてしまう。学校に行くために準備しなければならない。

「ソラト~、そろそろ準備しないと遅刻するよ~?」

 姉が呼びに来た。彼女、雨森ウミはしっかり者だ。母よりもちゃんとしている。

 このように自分のことだけでなく、僕や弟のリクトのことなども気にかけてくれる。(弟は最近この姉を鬱陶(うっとう)しく思っているようだが)


「はぁーーー」

 深く息を吸い込み大きなため息をつく。憂鬱(ゆううつ)だ。学校に行きたくない。


 自慢ではないが、僕は勉強も運動も苦手である。

 これらの分野で誰かに勝ったことはない。常にビリである。

 運動の分野でも女子にさえ劣る。劣等感を突き付けられるところには誰だって行きたくないものだろう。


 リビングに行くと、台所で母・佳月(かづき)が朝ご飯を作っており、父・コスモと弟・リクトがすでに席に着き、朝食を食べているところだった。

「遅かったじゃないか。先、食べてるぞ」

 新聞を読みながら父が僕に向かって話す。全然いいよ、と答える。

 姉は母の手伝いをしていたのだろう、台所へ向かっていった。


「じゃ、俺先出るんで」

 食べ終わったリクトが、そそくさと家を出ていこうとする。

「あら、お兄ちゃんと一緒には行かないの?」

 母がゆったりとした口調で答える。


「なんでこんな奴と一緒に行かなきゃなんねーんだよ」

 吐き捨てるようにリクトは言った。

 この通り、出来損ないの僕は弟に軽蔑(けいべつ)される存在なのだ。

 兄として言い返すべきなのだが、リクト本人が優秀であるためあまり何も言えないでいる。


「ちょっとリクト、食べ終わったものくらい片付けなさい!」

 姉がリクトを呼び止めようとしたが、聞く耳を持たずに出ていってしまった。まったく、と肩を落とす。


「良いのよ、母さんが片付けるから」

 母・佳月は温厚でとてもやさしい人だ。彼女が子供たちに怒ったのは見たことがなく、出来の悪い僕も怒られたことはない。まあ前に何かしらはあったらしいが……。

 とにかく、ゆったりとしていて温厚でどこか抜けているところはあるが、とても良い母親である。


「母さんがそんなんだから、リクトがあんな自分勝手になるんだよ!」

 姉は少し怒っていた。

 確かに最近リクトは勝手な行動が多い。反抗期という奴だろうか。僕にはなかったのであまりわからないが……。


「ごちそうさま。俺もそろそろ出るとするよ」

 父が立ち上がる。リクトとは違い、食べ終わった後の食器を台所まで運ぶと、玄関から外へ出ていった。

 雨森家の大黒柱である雨森コスモは「珍獣医」である。

 珍しい職業であるため人々のニーズも集中する。給料も高いため雨森家はいわゆる裕福な家庭と言えるだろう。


 一度父の仕事現場を見たことがあるが、当時は衝撃を受けたものだ。

 幼かった僕は「珍獣」が存在することを知らなかった。

 その時僕の目に映ったのは「ツチノコ」を治療する父の姿だった。ガラス越しだったのでもっと近くで見たかったが、研究員の人に止められ、しばらくして外に出されてしまった。


 珍獣はその名の通り希少な生物だ。事実、僕はあれ以来珍獣を目にしていない。

 あれから珍獣について図鑑などでもいろいろと調べてみたが、情報は少なく、また珍獣についての生態は未だ多くが謎に包まれた状態でもあるらしい。


 さらにこの世には、珍獣よりもさらに(まれ)な存在「幻獣」なるものもいるらしい。

 胸の高鳴りが止まらないものだ。



 僕の住む町・ドラミデ町は志の国の角の方に位置している。「三角錐湖(さんかくすいこ)」以外特に有名どころはない自然豊かな田舎町である。

 人口も少なく、若者の多くが「中心球」の方に流出してしまい、過疎化(かそか)の傾向が顕著(けんちょ)に表れている。

 望んではいないが、僕もその中心球に行くことになりそうだ。


「よくもまあ毎日()りずに登校できるもんだね」

 登校中の僕に対し、そのような心ない言葉を投げかけてくるのは大体決まっている。

 美しい金髪に整った顔立ち、透き通った青き瞳の美少女、クロハだ。


 彼女とは家が近所ということもあり幼馴染である。町でも評判の美少女だが、肝心の性格はというと最悪である。

 彼女は学問においても、運動や武術においても常に国内トップクラスの成績を誇る天才少女だ。ハッキリ言って、田舎のこんな小さな町に収まる器じゃない。

 それ故か人を見下したような態度が多く見受けられる。万年ビリの僕のことなどは(さげす)む対象以外の何物でもない。

 昔は一緒に遊んだりもしたが、今ではそのようなことは一切ない。


「今からでも引き返したら? 目障り」

 彼女はかなり口が悪い。このことでよく先生に叱られたりするのだが、全く反省の色を見せず今日に至っている。

 根本的な考えに、成績さえ良ければ何をやっても許されるといったものがあるタイプだ。

 事実、先生たちも彼女の優秀さに目をつむっているのか、彼女の態度についてあまりきつく注意はしない。


「いや、でも、学校の勉強に付いていけなくなっちゃうし……」

 僕はそんな彼女に対していつも弱腰だ。歯向かったりなんてしたら何されるかわかったもんじゃない。

「はっ、もう付いて来られてないのにな。きっしょ」

 そう言うと速足で先に学校の方へ向かってしまった。

 朝から出くわすとは災難だ。

お読みいただきありがとうございました。

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