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清楚で天然の母が昔はギャルだった件~おしどり夫婦の馴れ初め物語  作者: アサギリナオト
転 二人の修羅場
8/11

「トキヤ君。私もうすぐ誕生日なんだ~」



 職員室から戻ったトキヤとミツキは、食べかけだった弁当を口にしながら、二人で恋人らしい会話を始めた。


 二人は昨日、正式に結ばれた間柄だが、ミツキの好き好きアピールは今も続いていた。



「それって、いつ?」



「来月の二十八日」



 本日が十五日。


 そしてアルバイトの給料日が大体、二十五日。


 トキヤが新しくバイトを探し、誕生日プレゼントの資金を集めるには程よい頃合いだ。



「何か欲しい物でもあんのか?」



 ミツキが、このタイミングで誕生日の話題を持ち出したのは、トキヤからのプレゼントを期待しているからだ。


 ミツキは、ごく自然な笑顔で当たり前のように〝それ〟を要求した。



「二人の婚約指輪」



「「「ぶーっ⁉」」」



 トキヤを含む、二人の会話に耳を傾けていたクラスメイトたちが、一斉に口の中身を噴き出した。


 皆が揃って机の掃除を始める。



「お前……、さすがにそれは気が早すぎるだろう?」



 クラスメイトたちが彼の意見に同調し、「「「うんうん……」」」と頷く。


 しかし、ここで引き下がらないのがミツキの怖いところだ。



「トキヤ君。トキヤ君が十八になるまで結婚は無理だけど、婚約はいつでも出来るんだよ?」



 ミツキが彼にグイグイ迫った。



「私はトキヤ君なら良いと思ってるよ。でもトキヤ君は、そうじゃないの?」



「……」



(んなこと学校の教室で言えるか‼)



 トキヤは周囲の目が気になり、クラスメイトたちを一瞥した。


 すると夫婦漫才の見学者だった生徒たちがサッと視線を逸らした。


 しかし耳だけは二人の方に、しっかりと向けられている。



「その、あれだ……。こういう大事なことは二人っきりのときにゆっくり話し合おう。……なっ?」



 トキヤは正論で逃げ切りを目指した。


 するとミツキは、ふんと鼻を鳴らし、トキヤから顔を背けた。



「良いも~ん。トキヤ君より良い人が見付かったら、私そっちに乗り換えちゃうから」



「なっ――⁉」



「この前も駅前でスカウトされちゃったし、今ならまだ間に合うかも……な~んて」



 今のうちに既成事実を作っておかないと危ないぞ……と、ミツキは警告する。


 ミツキがトキヤ以外の男に目移りする可能性は低い。


 しかし彼に構ってもらうために危ない橋を渡る可能性は大だ。


 中学時代は最強の不良少年と恐れられたトキヤが、今は一人の女子高生に弄ばれていた。



「……わかった。指輪は買ってやる」



 顔を背けていたミツキが「ホントに?」と言って、彼の言葉に食い付いた。



「……けど、それはあくまで仮の指輪だ。卒業したら、ちゃんと本物を買ってやるから、今はカップルが身に付けるお揃いのペアリングで我慢しろ」



 トキヤの意見は、キチンと筋が通っている。


 そしてミツキも、ここが落としどころだと理解した。



「トキヤ君」



「ん?」



「だ~い好きっ!」



「「「っ――⁉」」」



「お礼にトキヤ君の誕生日には、私の〝初めて〟を全部あげるね」



 ミツキは随分と上機嫌な様子で自分の席に戻った。


 クラスメイトの何人かが机に顔を突っ伏し、机をドンドンと叩いている。


 腹を立てたトキヤが「ガラッ!」と席を立ち、クラスメイトたちの動きがピタリと止んだ。


 トキヤは再び席に着き、こんなやり取りが卒業まで続くのかと頭を抱えた。






 ――――――――――――――――






 それから約一ヶ月の間、トキヤはミツキとのデートとバイトを交互に繰り返す日々を送った。


 月末に派遣バイトで溜めたお金が一気に振り込まれ、トキヤはミツキと一緒に約束の指輪を買いに出掛けた。



「ねえ、トキヤ君はどんな指輪が良い?」



「あん……? お前のためのプレゼントなんだから、お前が決めろよ」



「ダ~メ。ペアリングは一緒に選ばなきゃ意味がないの」



 二人は何件かの店を回ってみるが、どれも決め手に欠けるものばかりだった。


 行く当てを失くした二人はチカたちに電話し、どこかに良い店はないかと訊ねた。



《繁華街の裏手に露店があるよ》



 二人はタマから新たな情報を入手する。


 繁華街は二人が初めて出会った思い出の場所でもある。


 誕生日プレゼントも兼ねた記念品を思い出の場所で選ぶのも悪くないと、二人は思った。



「タマちゃん。ありがとう」



 ミツキがタマたちに礼を言って通話を切り、二人は繁華街を目指した。


 繁華街の裏手は、知る人ぞ知る穴場スポットとなっており、カップルらしき男女ペアが、ちらほらといた。



「トキヤ君。これなんか、どう?」



 ミツキが露店の一つで金と銀のペアリングを一組ずつ発見した。


 二人は、この二種類のペアリングを購入し、ミツキの提案で色違いのペアリングを、お互いに一つずつ交換した。


 ここで露店商が粋な計らいを見せる。


 露店商が交換したペアリングにアレンジを加え、首から下げるネックレス型のアクセサリーに変身させた。


 これなら二つを同時に持ち歩き、失くす心配もない。


 そして、そこには〝二つで一つ〟の意味も込められていたのだ。


 二人は、このアレンジに大絶賛し、露店商に礼を言った。


 値段も予算内にキッチリ収まり、良い買い物が出来たと二人は喜んだ。



「ありがとう、トキヤ君。一生、大事にするね」



 ミツキが満面の笑みを浮かべ、トキヤは素直に可愛いらしいと思った。


 その後、二人は当初の予定を変更し、お祝いの続きを明日以降に伸ばした。


 プレゼント選びに没頭したため、時間的に余裕がなくなってしまったのだ。


 トキヤはミツキを彼女の家まで送り届け、ケーキの代わりに今度はスイーツ巡りに出掛けようと彼女と約束した。


 ミツキが家の中に入り、別れを済ませたあとで彼はハッとする。


 彼は重大なことを忘れていたのだ。



「……」



(お財布、大丈夫かな……?)



 そう。


 ミツキは、とんでもなく大食いだったのだ。






 ―――――――――――――――― 






 ミツキは学校の教室で例のアクセサリーをサキたちに見せていた。



「へぇ~……。良いじゃん、これ」



「ふふ~ん。この世で二つとない私の宝物だよ~」



「良いのが見つかって良かったね、ミツキちゃん」



 ミツキに露店を紹介して良かったと、タマは喜んだ。


 すると、チカが携帯をイジりながら席を立ち、次の授業の準備を進めていたトキヤに話し掛けた。



「寺澤」



「……?」



「一応、念押ししとく。ここまで夏川に期待を持たせたんだ。前みたいに半端なマネしたら、今度こそブッ殺すかんね」



 口調は穏やかだが、彼女は至って真剣だ。


 故に、トキヤも重く受け止める。



「コレ……、私のケー番とメアドね。夏川のことでわかんないことがあったら連絡して」



 そう言ってチカは、自分の連絡先を書いた紙をトキヤに渡した。



「……榎本。お前、やっぱ良いヤツだな」



「は?」



「お前も男子にモテんの今なら納得だわ」



「っ――⁉」



 次の瞬間、チカがトキヤに向かって突然、蹴りを食らわせた。



「あだっ!」



 彼女が実際に蹴ったのはトキヤが座っていた椅子だが、彼は反射的に声を上げてしまう。


 こういう意外と照れ隠しなギャップ萌えの要素も、彼女がモテる要因の一つだ。



「あ~っ‼」



 チカが自分の席に戻り、彼女と入れ替わる形でミツキがトキヤに迫った。



「トキヤ君、浮気は絶対ダメ~っ! あと私以外の女子と仲良くするのも禁止~っ!」



「いや……。今のをどう見たら、そうなるんだよ?」



「だってチカちゃんの顔、真っか――⁉」



 チカが凄まじい速度で再び席を立ち、ミツキの口を塞いだ。


 そしてトキヤの顔をギロッと睨み付ける。



「何……? 次は当てるよ?」



 トキヤはキレた彼女が怖いことを知っていたため、慌てて目を逸らした。


 クラスメイトたちも彼と同じく見て見ぬフリをする。


 やがて授業開始のチャイムが鳴り、ミツキとチカは自分の席に戻った。


 そして、その日……。


 チカは〝絶対に怒らせてはいけない女子〟ランキングの王座に輝いた。






 ――――――――――――






 ある日の放課後。


 ミツキはチカたちと遊びに出掛けることをトキヤに伝え、四人で駅前の商店街に向かった。


 久々に四人揃った女子会を記念してカラオケ大会が開催される。


 その間、トキヤは自宅に戻り、暇つぶしに単車の整備をしていた。


 途中、ミツキから写真付きメールが送信され、四人が楽しむ姿に彼は微笑んだ。


 数時間後。


 カラオケ大会を楽しんだ四人は、余韻を残したまま帰路についていた。


 大会の優勝者は意外にもタマであり、彼女が某アイドルグループの歌で最高得点を叩き出したのだ。



「か~っ! まさかタマに逆転勝ちされちまうとは……」



「タマちゃん。すごい上手だったよ」



 終盤で逆転されたサキが大いに悔しがり、ミツキがタマの歌唱力を褒め称えた。



「推しメンの曲でウチに勝とうなんて百年早いっ!」



 タマが自慢げに胸を張り上げた。



「人間、誰しも取り柄があるもんだね」



 チカに皮肉を言われたタマが「む~……」と頬を膨らませる。


 チカとサキは思った。


 ミツキとタマは、やはりどこか似ていると……。



「じゃあ明日また学校で」



「ミツキちゃん。ばいば~い」



 帰り道が反対方向だったミツキは、途中でチカたちと別れ、三人が角を曲がるまで手を振り続けた。


 一人になった彼女は、ポケットから携帯を取り出し、トキヤの連絡先を表示させて通話ボタンを押した。


 何度目かコールでトキヤが電話に出る。


 すると次の瞬間――――


 ミツキの目の前に黒いワゴン車が急停車し、彼女は後部座席から現れた男たちに口を塞がれ、同時にナイフを突き付けられた。



「っ――⁉」



 彼女は「抵抗したら殺す」と男たちに脅され、大人しく車に乗るよう指示された。


 ミツキが涙を流し、男たちに車内に引きずり込まれそうになった、そのとき――――



「何やってんだ、てめえら⁉」



 たまたま引き返して来たチカたちが現場に現れ、ミツキを助け出そうと男たちに飛び掛かった。


 しかし男の一人がミツキの体にナイフを押し付け、彼女を盾にされたチカたちは制止を余儀なくされた。



「なあ、コイツらどうする?」



「サツにチクられでもしたら面倒だ。そいつらも連れてくぞ」



「へっ……。楽しみが増えたな」



 男の一人が下品な笑みを浮かべる。


 周囲に人影はなく、誰の助けも期待できない。


 チカたちは男たちに言われるがまま、車に乗り込むしかなかった。



《ミツキ‼ おい、ミツキ‼》



 トキヤは通話状態のまま放置されたミツキの携帯から、現場の音声を聞いていた。


 しかし現場で何が起きたのか、彼には、ほとんどわからなかった。



「……」



 最初に一瞬だけ、ミツキが何かに驚くような悲鳴を上げたのを彼は聞き逃さなかった。


 ミツキが心配になったトキヤは、仕方なく通話を切り、続いてチカの連絡先に電話を掛ける。


 しかし何回コールしても彼女は電話に出ない。



「……」



(おかしい……)



 チカは携帯を肌身離さず持ち歩き、暇さえあればメールを打ち続けている。


 そんな彼女が電話に対して何の反応も示さぬなど、トキヤには考えられなかった。



(まさか……)



 そのとき、トキヤの脳裏にアツシの言葉が思い浮かんだ。



《トキヤ。前に繁華街でシメた連中のこと覚えてっか? そいつらがお前のタマ狙ってるらしい》



 トキヤは最悪の事態を想定し、唯一暗記していた彼の携帯に電話を掛けた。  


 すると三度目のコールで相手の携帯が通話に応じた。



《……はい》



「もしもし! 桐原先輩っすか⁉ 俺です! トキヤです!」



 トキヤは電話に出た相手がアツシかどうかも確認せず、勢いのままに名乗った。



《おう、トキヤか。っていうか、お前……。やっと携帯買ったのか?》



 トキヤは知らない番号からの電話に応じてくれたアツシに心から感謝した。



「先輩。緊急事態なんです。いきなりで悪いんすけど、話し聞いてもらえますか?」



《ん……。どした?》



「俺と先輩が休憩所で会ったこと、誰かに話しました?」



 トキヤは中学の頃と比べ、外見がかなり変化している。


 繁華街の連中がトキヤの正体を突き止めるには、その変化を知る人間から情報を得る以外にないのだ。



《いや、俺は話してない。他の奴らは、どうか知らんが……》



 あのとき休憩所に現れたのはアツシだけではない。


 彼の友人から人づてに情報が伝わり、繁華街でミツキと一緒にいるところを見られた可能性が高いと、トキヤは考えた。



《何かあったのか?》



「……先輩。俺の女と、その連れが繁華街の連中に拉致らちられたかもしれません」



《っ――⁉》



 連中はトキヤを直接狙わず、ミツキを標的に選んだ。


 その方がリスクも少なく、トキヤに精神的な大ダメージが与えられる。


 何より発育の良いミツキの体は、連中にとって一番のご褒美だ。



「先輩は奴らの溜まり場に心当たりないっすか?」



 トキヤの質問に対し、アツシが低い声で訊ねた。



《……拉致らちられたのは、この前の女か?》



「はい。百パーじゃないっすけど、かなりヤバい気がします」



《だったら街外れの廃工場だ。連中が拉致らちった女を輪姦まわす場所は毎回そこだ》



 携帯を握るトキヤの手に力がこもる。


 その場所は彼にも心当たりがあった。


 廃工場を利用する不良グループは多く、連中以外の遊び場にもなっている噂をトキヤは耳にしていた。



「先輩。恩に着ます」



 トキヤはアツシに礼を言って電話を切り、すぐさま家を飛び出した。


 単車のエンジンを始動させ、街外れの廃工場に向かって彼は出発した。



「……」



(ミツキ……)

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