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清楚で天然の母が昔はギャルだった件~おしどり夫婦の馴れ初め物語  作者: アサギリナオト
転 二人の修羅場
7/11

 トキヤはミツキを庇いながら、じりじりと後ろに下がった。


 するとアツシは、二人とは別の方向に歩き出し、懐から革財布を取り出した。


 小銭を自動販売機に投入し、目当てのドリンクを購入する。



「トキヤ。前に繁華街でシメた連中のこと覚えてっか?」



「「……?」」



 ミツキは突然の質問に首を傾げ、トキヤは警戒心を強めたままアツシの言葉に耳を傾けた。



「そいつらが、てめえのタマ狙ってるらしい」



「「っ――⁉」」



 トキヤが繁華街でケンカしたのは一度や二度ではない。


 しかし個人的な恨みを買うケンカとなると、彼は一つしか思い浮かばなかった。



「知っての通り、奴らはゲスの集まりだ。どんな汚ねえ手、使ってくっかわかんねえぞ」



 アツシは自販機で購入したコーンスープを上下に振りながら、大型二輪の方へと戻って行った。


 缶の蓋を開けて熱々の中身を一気に飲み干し、それをゴミ箱に向かって放り投げた。



「…………トキヤ」



「はい」



「情報代として、それ捨てといてくれ」



「「……」」



 アツシは大型二輪のエンジンを始動させ、ツーリング仲間を引き連れて休憩所から走り去って行った。


 トキヤが彼に向かって頭を下げ、サイドミラー越しにトキヤの姿を確認した彼が後ろ向きに手を振った。



「何だか……。良い人か悪い人か、よくわかんない人だったね」



 修羅場を乗り切ったことに安心感を抱いたミツキが、独り言のように呟いた。



「……」



(良い人……か)



 トキヤが知る限り、アツシは確かに良い人間だ。


 しかし人が良いだけの人間に族の頭は務まらない。


 そして、トキヤは気付いていた。


 もし一瞬でも気を抜いていたら、間違いなくアツシに殴り飛ばされていたと……。


 そしてアツシと一緒にいたツーリング仲間は、共に修羅場を潜り抜けた彼の同期である。


 彼に、その気がなくとも、他の連中がミツキを欲しがる可能性もあった。


 ミツキは、その能天気さ故に気付いていなかったが、本当に危険な修羅場だったのだ。



「ねえ、トキヤ君」



 するとミツキが先ほどとは打って変わった態度で体をもじもじさせた。



「今日まで色々あったけど……。その……」



「……?」



「私たち……、そういうことで良いんだよね⁉」



 彼女は勇気を振り絞り、最後までそう言い切った。


 その瞬間、トキヤはハッとした表情を浮かべ、自分の言動が彼女に対する告白も同然だったことに気付いた。


 ミツキは期待の眼差しを彼に向け、返答を待ち構えている。


 トキヤは一瞬、さっきはそうする他なかったと、うやむやにすることも考えた。


 しかしアツシとの修羅場を乗り越えたことで、彼女に対する独占欲が彼の中に芽生えていた。



「夏川……。俺……」



「夏川……ね」



 トキヤが苗字で呼ぶと、ミツキは「さっきは下で呼んでくれたのに……」と言って、地面の石ころを蹴り飛ばした。


  無意識だったとはいえ、トキヤは今更ながら恥ずかしく思う。


 トキヤは躊躇ためらいを覚えつつ、彼女の名前を下で呼んだ。



「ミ……ツキ……」



「……」



 ミツキは内心とても嬉しく思っている。


 しかし彼女は拗ねたフリを続け、トキヤの次なる言葉に期待した。



「その……、何ていうか……。俺の……、彼女に……」



 トキヤは緊張のあまり、それ以上の言葉を口に出せなかった。



「ふ~ん……」



 ミツキは素っ気ない態度でトキヤの周囲をウロウロと歩き回った。



「トキヤ君は私のこと好き?」



 そう言って彼女は、トキヤの顔を横から覗き込んだ。


 彼女は自分が言い出しっぺであることをすっかり忘れている。



「す……」



「す……?」



 ミツキがトキヤの口元に耳を近付ける。


 するとトキヤが突然「わぁ~‼」と喚き出した。



「ああ、もう――――知るか、ボケ!」



 トキヤが足早に単車の方へと歩いて行き、ミツキは慌ててアツシが放り投げた空き缶をゴミ箱に入れ、トキヤの背中を追い掛けた。


 トキヤが単車のエンジンを始動させ、速やかに出発の準備を整える。



「ちょっと、トキヤ君。ズルいよ、そんなの」



「るっせぇ! いつまでも調子乗ってんじゃねえ!」



 ミツキの家は、ここからかなり遠方の場所に位置している。


 そのためトキヤが帰ると言い出せば、ミツキも必然的に帰るしかなくなるのだ。



「む~……」



 ヘルメットを被ったミツキは、膨れっ面でトキヤの後ろに跨った。


 トキヤは自分の腰に腕が回されたことを確認し、単車を出発させた。


 それから、しばらくして――――


 二人の乗る単車が赤信号に差し掛かり、トキヤは停止線の手前でブレーキを踏んだ。


 信号待ちの間に二人が短い会話を繰り広げる。



「ミツキ」



「……?」



「明日も、また――――弁当を頼むわ。出来れば〝だし巻き〟が食べたい」



「っ――⁉」



 だし巻き卵はミツキが毎日のように、おかずに入れている。


 わざわざ口に出して言うことでもない。


 肝心なのは、今まではミツキが勝手にお弁当を彼に持って行っていたということだ。


 しかし今は、トキヤの方からミツキにお弁当を作ってきてほしいと頼んでいる。


 直接的な言葉ではないにせよ、これが彼なりの愛情表現だと、ミツキは気付いた。



「はい……。喜んで……」



 ミツキがトキヤの体にギュッとしがみ付き、トキヤが彼女の手に自分の手を重ね合わせた。



「ん~っ!」



 ミツキは嬉しさのあまり、何かを踏ん張るような奇声を発した。


 やがて信号が青に変わり、トキヤは〝ミツキ〟の自宅に向かって単車を発進させた。


 そして、その日を境に、二人は正式に男女の間柄となった。






 ◇◆◇◆◇






「すごい……。何かドラマみたい……」



 リサは両親の馴れ初めに感動を覚えた。



「それで、それで! そのあと、どうなったの⁉」



 今は、すっかりとのめり込んでしまっている。



「そのあとチカちゃんたちにもキッチリ報告して、クラスのみんなの誤解も、ちゃんと解けたわよ。お父さんと一緒にお爺ちゃんを説得して、お揃いの携帯電話まで許してもらっちゃった」



 お爺ちゃんとは、トキヤの父――――『寺澤トキハル』のことを指している。


 トキハルは非常に厳格な人物であり、孫世代が誕生するまでミツキも頭が上がらなかった。


 そしてミツキが「そこまでは良かったんだけどね~」と、またも意味深な発言をする。



「何……? また何かあったの?」



「私ね。繁華街で絡んできた男の人たちに誘拐されちゃったのよ」



「え――⁉」



 ミツキは「あのときは本当に危なかった~」と言って続きを語り始めた。






 ◇◆◇◆◇






 事件の翌日。


 トキヤとミツキは昼休みに職員室に呼び出され、部屋の隅でサトシから説教を食らい、風紀を乱した罰として反省文を書かされた。


 サトシは先日の件に関して、二人に同情的ではあった。


 しかし生活指導という立場のもと、自身の職務を遂行せざるを得なかった。



「「失礼しました」」



 二人が職員室から退出し、それと入れ替わる形でエイコが姿を現した。



「木嶋先生。昨日は、ありがとうございました。おかげで寺澤君たちは最低限の罰則だけで済みました」



 エイコが昨日、保健室から連絡した相手は生活指導のサトシだった。


 彼は学生時代、同級生だったエイコに公開告白を行った経緯があり、彼なら良心的な判断を下してくれると彼女は思ったのだ。



「私は自分の職務を全うしたまで。礼を言われる筋ではありません」



 サトシは隣の給湯室に移動し、お湯を沸かし始めた。


 この学校の給湯室は、職員室と校長室の間に挟まるような形で設計されており、奥の扉から全ての部屋を行き来することが可能だ。



「……にしても、今どきの若人にしては見上げた根性です。夏川のあの行動がなければ、最悪、寺澤は自宅謹慎だけでは済まなかった」



 昨晩、サトシはミツキの自宅に連絡し、彼女に事情聴取を行った。


 そして二人の交際が昨日の時点で始まったことを知り、朝イチで教員たちに根回しを行ったのだ。


 あれだけの騒ぎを起こして二人が反省文だけで済んだのは、そういうことである。



「私は〝あのとき〟――――木嶋先生の想いに応える勇気がありませんでした。私も木嶋先生のことを想っていたのに……。私って本当にバカです」



 ミツキが生徒たちの前で根性を見せたのに対し、エイコは大勢の人前から逃げ出した。


 彼女は自分と同じ後悔をミツキに味わってほしくなかったのだ。



「……今更ですな。しかし、その反省が今に生かされているなら、それで良かったのではありませんか?」



 サトシは急須にお茶っ葉を入れ、そこにお湯を注ぎ込んだ。



「先生は相変わらずですね……。貴方に奥さまがいらっしゃらなければ――――いえ、今のは忘れてください」



 サトシには既に妻も子供もいる。


 何を言い訳しても意味がない。



「秋山先生。私は今の人生に後悔などありません。今の妻と巡り合わなければ、私は息子と会うこともなかった。先生にも良縁があらんことを心よりお祈りします」



 そう言ってサトシは、出来立ての緑茶をエイコに渡し、今度は自分の分を作り始めた。



「木嶋先生」



「はい」



「私、先日――――年下の彼氏に逃げられちゃいました……」



「――――うわっちゃ⁉」



 サトシは手元が狂い、器に注いだお茶を自分の手にこぼしてしまった。


 彼は、すぐさま水道の水で手を冷やす。



「もしかして私――――男運ないんですかね?」



「……」



 サトシは、わざと聞こえないフリをする。


 何を返しても、彼は不正解にしかならない気がした。



「それでは木嶋先生。私は保健室に戻ります。どうぞ奥さまとお幸せに」



 エイコは手付かずのお茶と皮肉をその場に残し、職員室から去って行った。


 サトシが手に負った火傷について、彼女は一切触れなかった。


 保険医なのに……。


 因みに、サトシが彼女にたてたお茶には茶柱が立っており、吉兆に対する祝いの言葉に気付いてもらえなかった彼は、少しだけ気分を凹ませた。

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