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清楚で天然の母が昔はギャルだった件~おしどり夫婦の馴れ初め物語  作者: アサギリナオト
転 二人の修羅場
6/11

 トキヤは自動販売機が設置された休憩所に単車を停車させ、二人分の缶コーヒーを購入した。



「ほれ」



「……ありがとう」



 ミツキはトキヤから缶コーヒーを受け取り、彼と一緒にベンチに腰を下ろした。


 トキヤが缶の蓋を開け、ミツキも同じように蓋を開く。



「ここ、中学んときにつるんでた奴らと、よく来てたんだ」



 ミツキがトキヤの話に耳を傾ける。



「結構、良い場所だろ?」



「うん。川の景色が、すごく綺麗」



 ついさっきまで言い争っていた二人だが、今は中々に良い雰囲気だった。


 そしてトキヤは、以前から思っていた素朴な疑問をミツキに投げ掛けた。



「夏川。お前、何で俺のこと好きになったんだ?」



「え?」



「だって、お前に好かれるようなこと……。俺、何もしてねえだろ?」



 トキヤは過去に助けた少女が、ミツキだと気付いていなかった。


 それも、そのはず……。


 ミツキはトキヤに振り向いてもらうために今までの自分を捨て去り、見た目を大きく変えたのだ。


 そして今こそ、あのときの礼をちゃんと言うべきだと彼女は思った。



「私、中学のとき……。繁華街で男の人たちに囲まれて危ない目に遭ったの……。でも、そのときトキヤ君が私を助けてくれたんだよ」



 ミツキの言葉を聞いて、トキヤはハッとした表情を浮かべた。


 彼が今まで女の子を助けた回数は、たったの一回きりである。


 そして、そのときの女の子が、とてもスタイルの良い美少女だったことも彼は覚えていた。



「お前、あのときの……」



 ミツキは、にっこりと笑顔を浮かべ、彼に頭を下げた。



「お久しぶりです、トキヤ君。あのときは本当にありがとうございました。私、あの日からトキヤ君のことをずっと見てました」



「……」



 頭を下げる彼女を見て、トキヤは全てに納得した。


 ミツキが今まで見せてきた数々の言動……。


 彼女との因縁は、そのときから既に始まっていたのだ。



「そうか……。色々、納得だわ……。お前、最初から俺のことを知っている風だったもんな」



「……」



「っていうか、それだけでわざわざ同じ高校まで付いて来たのか? やっぱ、お前バカだわ」



「む~……。こういうときは一途って言ってほしいな」



 ミツキは頬を膨らませて、そっぽを向いた。


 トキヤは、そんな彼女が今は素直に可愛いと思う。


 するとミツキがトキヤの機嫌を窺いながら、恐る恐る訊ねた。



「ねえ、トキヤ君。もう一度、聞いても良い?」



「ん?」



「トキヤ君……。何で、ヤンキー止めちゃったの?」



 ミツキは今まで、そのことがずっと気になっていた。


 彼女は昔のトキヤを一度見ている。


 しかし何度、聞いても、その度に返答を断られていたのだ。



「あんまし、良い思い出じゃねえんだけど……」



 トキヤは渋い表情を浮かべていたが、今のミツキになら話して良いと彼は思った。


「中学ん頃の〝俺たち〟は、すげえ勢いがあった。悪ぃ奴らや気に入らねえ奴を片っ端から、ぶっ潰して回ってたんだ」



「……」



「父さんには危ないから何度も止めろって言われてた。でも、そんときの俺は全く聞く耳を持たなかった。やり返されても返り討ちにすりゃあ何の問題ねえって、そんときは本気で信じてたんだ」



 連戦連勝。


 無敗でケンカに勝ち続けたトキヤは、族のメンバーも含め、文字通りの有頂天になっていた。


 だが、ある事件を切っ掛けに、彼は自分の過ちに気付かされる。



「潰した奴らの中に、かなりタチの悪ぃ奴がいてさ。そいつが妹を狙ってきやがった」



「っ――⁉」



「幸い、妹は父さんが渡してた防犯ブザーのおかげで助かった。けど服のあちこちが破けて……、怪我まで負わされて……。正直、かなりビビったと思う。まさか小学生の妹に目ぇ付けてくるなんて思わなかったんだ」



 今は元気に中学に通っているが、当時のヒナコにとってはトラウマものの事件だった。


 幸い、事件が起きた日に犯人は捕まり、ヒナコはその日の内に立ち直ることが出来た。


 家族にとっては、それだけが唯一の救いだ。



「父さんには、これでもか……っていうくらい初めて本気でブン殴られたよ。俺は、そのとき反抗する気すら起きなかった。そしたら妹が『お兄ちゃんをイジメないで!』 って言って、俺の頭をなでなでしてきやがった。さすがの俺も心が痛んだよ」



「……」



「俺は初めて妹の前で泣いて、親に土下座して謝った。父さんは、まだ怒ってたけど……。これからの態度次第だって言ってくれた。だから俺は族を抜けたんだ。俺が狙われるなら、ともかく……。俺のせいで他の奴らが傷付けられることだけは、どうしても我慢できなかった」



 トキヤは話をしている間、ずっと暗い顔をしていた。


 しかしミツキは、そんな彼を慈しむような目で見つめている。



「お前、人が真剣に話してんのに……。何ニヤけてんだよ?」



 トキヤが少しだけ腹を立てる。



「その……、妹さんのことは気の毒だったと思うけど……。やっぱり良いな~って思っちゃって」



「ああ?」



「トキヤ君。すごく優しい……。誰かのために自分の生き方を変えるなんて、普通できることじゃないよ」



 ミツキが、そう言ってトキヤに笑い掛けた。


 トキヤは頬を赤く染め、舌打ちして残りのコーヒーを一気に飲み干した。


 後ろ暗い過去を暴露したつもりでいた自分が恥ずかしく思う。


 トキヤが飲み終えた缶コーヒーを離れたゴミ箱の中にスローインさせ、ミツキが「おお~」と拍手を送った。


 彼女も真似して空き缶を放り投げるが、全然届かない。


 ミツキが悔しげに空き缶を拾いに走った、そのとき――――


 遠方から凄みのあるエンジン音が荒々しく響いてきた。



「っ――⁉」



(この音……)



 大型二輪に跨った大柄な男性が休憩所に現れ、彼のツーリング仲間らしき男女グループが少し遅れてやって来た。


 トキヤは大柄な男性の前まで移動し、素早く〝休め〟の姿勢を取った。



「ご無沙汰しております、桐原先輩!」



 彼はキレッキレの動きで腰を折り曲げ、憧れの先輩である『桐原アツシ』に挨拶した。



「何、この子? アツシ君の後輩?」



 連れの女性がアツシに訊ね、彼は困惑した。


 目の前の少年に全く見覚えがない。


 しかし休憩所の隅に置いてある単車を発見し、アツシはハッとした表情を浮かべた。



「お前、トキヤか……?」



「はい! 今は族を抜けてパンピーやらせてもらってます!」



 トキヤは自慢することでもないことを自慢げに話し、アツシは笑みを浮かべた。



「そうか久しぶりだな。お前が族を抜けたって噂はマジだったのか。俺は、いつかお前とテッペン懸けてやり合う気でいたんだが――――」



 アツシの目付きが一瞬鋭くなり、トキヤは反射的に身構えた。



「妹さんの話は聞いた……。お前も色々大変だったみたいだな……」



「……うす」



 トキヤは族を抜ける際、事の経緯を族の仲間に伝えていた。


 その情報がアツシの耳にも入ったのだ。



「ところで……。あそこにいるのは、てめえの〝コレ〟か? 随分と良い女、連れてんじゃねえか」



 アツシが小指を立てながら、トキヤにそう言った。


 トキヤは「恐縮です」と言って頭を下げる。



「なあ、トキヤ。俺とタイマン張って、俺が勝ったらあの女を寄こせっつったらどうする?」



 その瞬間、トキヤの全身から冷や汗が噴き出した。


 アツシに他人の女を寝取る趣味はない。


 しかし彼は昔から根っからのケンカ好きだった。


 相手に本気を出させるため、互いに大事なものを賭けて勝負する。


 そして、そのやり方は今も変わっていない。


 するとミツキが「お断りします!」と言って、アツシの前に立ちはだかった。



「私はトキヤ君、一筋なので! その他、大勢の方は一切受け付けません!」



 彼女の声が周囲に木霊する。


 トキヤはミツキの後頭部を押さえ付け、一緒に頭を下げた。



「すいません、桐原先輩! ……おい、夏川! お前、この人を誰だと思ってんだ⁉」



「誰って言われても……。今日、初めて会ったんだから知るわけないよ」



「この人は俺が元いたチームの初代総長だ! 俺は、この人に憧れて族になったんだ!」



「え……」



 その瞬間、ミツキの表情や態度が一変した。



「そうなの?」



「そうだよ!」



 しかしトキヤが求めた〝それ〟とは内容が大きく違っていた。



「ただの反抗期かと思ってた……」



「なっ――⁉」



 トキヤは唖然とした表情で口をポカンと開いた。


 するとミツキの一言が切っ掛けで、その場に笑いが起き始めた。



「はっはっはっ! 面白えこと言う女だな!」



 トキヤの立場からすれば、全く笑えない一言だ。


 しかし、それで正解だったと彼は思い知らされる。



「そうかそうか……。この俺が――――その他、大勢の一人ってか?」



 アツシがギロッとミツキを睨み付け、彼女はトキヤの腕にしがみ付いた。



「……」



(今の――――殺気?)



 アツシに睨まれた瞬間、ミツキの背筋に凄まじい戦慄が走った。


 反射的にトキヤの腕に飛び付いたミツキだが、今はヘビに睨まれたカエルみたく足がすくんで動けない。



「……で、さっきの答えは?」



 アツシがトキヤに視線を移し、トキヤは腹の奥に力を込めた。


 返答次第では容赦なく拳が飛んで来る。


 今も昔も、半端な覚悟ではアツシに意見することすら許されない。


 トキヤはミツキの手をギュッと握り締め、自らを奮い立たせた。



「今の俺は、ただのパンピーっす。大事な女を賭けてまで先輩とやり合う気はありません」



「……」



「けど、もし先輩がその気なら――――俺は、どんな手ぇ使ってでも〝ミツキ〟を守りますよ」



 トキヤは、いざとなったら警察に駆け込む覚悟でアツシに言った。


 元暴走族らしからぬ選択だが、彼はミツキのためならばと自分に言い聞かせた。



「トキヤ君……」



 ミツキは名前で呼ばれたことに嬉しさを覚えると同時に、彼の手が微かに震えていることに気付いた。


 トキヤはアツシの腕っぷしを何度も目の当たりにしている。


 力の差を自覚している彼が恐れを感じぬはずなかった。


 それでも彼が強がりを見せる理由は、ミツキが隣にいたからだ。


 それは当然、見栄を張るためではない。


 体を張ってミツキを守るためだ。


 それに気付いた彼女は、トキヤの〝未来の嫁〟として相応しくあらんと背筋をピンと伸ばした。


 そして涙目を浮かべながら、トキヤと一緒にガンを飛ばす。



「お前ら良い度胸だな?」



 そう言ってアツシが大型二輪のエンジンを切り、地上に降り立った。

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