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清楚で天然の母が昔はギャルだった件~おしどり夫婦の馴れ初め物語  作者: アサギリナオト
承 二人の距離感
4/11

 やがて三人は保健室に到着し、トキヤが真っ先に入り口の扉を開いた。


 保健室の女性教諭――『秋山エイコ』がカーテンの隙間から顔を除かせ、三人の前にやって来た。



「どうしたの? 揃いも揃って一時間目からサボり?」



「……先生。夏川の様子は?」



 トキヤの質問にエイコが答える。



「ああ……。夏川さんなら気持ち良さそうに眠ってるわよ。昨日は色々あり過ぎて一睡も出来なかったんですって」



「「「……」」」



 四人が無言で顔を見合わせる。


 トキヤがミツキのベッドに向かおうとすると、すぐに他の三人が止めに入った。



「寺澤。お前がいると話がややこしくなる。しばらく外に出てろ」



「え?」



「先生。夏川と少し話をさせてください」



 チカの言葉を聞いて、エイコが渋い表情を浮かべた。



「それって本当に今、必要なこと?」



「はい。正直このままだと、かなりヤバいです」



 彼女たちの反応から事態を重く見たエイコは、ある条件を生徒たちに突き付けた。



「……わかったわ。その代わり、話し合いには私も立ち会わせてもらいます。後で担任の先生にも説明しなきゃだしね」



 三人はエイコが出した条件に即座に同意する。


 するとエイコを含む、女子生徒たちの視線がトキヤに向けられ、彼は速やかに保健室から退出した。


 エイコが、ミツキが寝ているベッドまで三人を案内し、一人ずつカーテンの奥に入って行った。


 ベッドでは、ミツキが能天気な寝顔で、すやすやと眠っている。


 するとタマが制服のポケットから携帯を取り出し、彼女の寝顔を写真に収めようとした。



「あたっ……!」



 タマの頭にサキのチョップが落とされ、タマが頬を膨らませる。



「夏川さん」



 エイコがミツキに声を掛けると、彼女は、ゆっくりと寝返りを打った。



「ぐへへ、トキヤく~ん……。子供は、まだ早いよ~……」



「「「……」」」



(((なんつー夢を見てるんだ、この女は……⁉)))



 タマが「もう少し見ていよう」という意見を口にするが、さすがにそれどころではないと周囲にツッコまれた。



「おい、夏川。起きろって」



「ミツキちゃ~ん。起きて~」



 サキとタマがミツキの体を何度も揺さぶり、ミツキは、ようやく目を覚ました。



「ふぇ……? 何でチカちゃんたちがいるの?」



「えいっ!」



 タマが寝ぼけ眼のミツキに頭突きをかまし、ミツキは額を両手で押さえた。



「うぅ~……。痛いよ、タマちゃん……」



「寝ぼけてる場合じゃないよ、ミツキちゃん。寺澤が大変なことになってんだ」



「えっ――⁉ トキヤ君に何かあったの⁉」



 ミツキは瞬時に意識を覚醒させ、上体を起こした。



「夏川。お前が昨日、送ったメールのことだ」



 サキが、深夜の時間帯にミツキが送信したメールを彼女に見せた。



「あっ、みんなごめんね。夜中に、いきなりこんなメール送り付けちゃって。昨日、トキヤ君と良い感じになれたから、ついテンション上がっちゃって……」



 ミツキは、それが原因で昨日は一睡も出来ず、体調が優れなかったことをチカたちに説明した。


 するとチカが何かを察した様子でミツキに訊ねた。



「夏川。一つ聞くけど……。このメール誰に送った?」



「え?」



「良いから、さっさと答える。このメールは誰宛に送ったの?」



 チカがミツキを問い質した。



「チカちゃん、サキちゃん、タマちゃんの三人だけど――って、あっ⁉」



 その瞬間、ミツキは自分の犯した重大なミスに気付いた。



「どうしよう……。私、アドレス帳に載ってる人、全員に送信しちゃった。家族はショートの方しか使ってないから大丈夫だけど……。昨日のメッセージ、クラスの男子にも送っちゃったよ~」



 ミツキは顔を真っ赤にして布団の中に潜り込んだ。


 しかしチカは「これで全部が繋がった」と確信を持つことが出来た。



「夏川。もしかして寺澤ともショートの方で、やり取りしてたんじゃない?」



「……」



 ミツキは布団の中で現実逃避している。



「コラッ! 隠れてないで出てこい!」



 サキが無理やり布団を引き剥がし、チカが再度ミツキに同じ質問を投げ掛けた。



「うぅ~……。そもそもトキヤ君は携帯持ってないよ~。何かお父さんが、すっごい厳しい人らしくて」



「……」



(だから寺澤は今日になるまで何も知らなかったのか……)



 チカは事の全てを理解し、その場で深い溜め息を吐いた。


 そして現在、学校内で起きている事件について、ミツキに説明した。



「夏川。このメールのせいで、アンタは寺澤に襲われたことになってる」



「え――⁉」



「寺澤は今〝針の筵〟状態だ。アンタに行為を強要したクズ野郎ってな」



 するとミツキが否定の言葉を口にした。



「ち、違うよ……! 確かに押し倒されたときは少しビックリしたけど……。本当は私も、そのつもりだったっていうか……」



 トキヤの行動に罪はなかったと、ミツキは主張する。



「とにかく、それまで手とか繋いだりして、すっごいラブラブだったんだから!」



 ミツキの訴えは最後まで続いた。


 そしてチカたちは、トキヤの説明に嘘がなかったことを理解する。



「でも噂は、もう学校中に広まってる。クラスの連中は、ともかく……」



「夏川を狙ってる男子は、ここぞとばかりに寺澤を潰しにくるだろうな」



 無論、暴力的な意味ではない。しかし陰湿な嫌がらせは必ず訪れる。



「どうしよう……。私のせいでトキヤ君が……」



 ミツキが青ざめた表情で体を震わせた。



「私、トキヤ君に嫌われちゃう……。やっとトキヤ君と仲良くなれたのに……」



 タマが落ち込んでいるミツキを「よしよし」と慰める。


 どうにか二人の仲を取り持ってやりたいと彼女たちは思うが、事態はそこまで単純ではない。


 すると今まで聞き役に徹していたエイコが突然、口を開いた。



「ねえ、夏川さん。貴方は、その――――寺澤君が好きなのよね?」



「え?」



「彼とお付き合いして、これからもずっと一緒にいたいって――貴方は本当に、そう思ってる?」



 質問の意図は不明だが、ミツキは真剣な面持ちで頷いた。



「なら話は簡単よ。このまま二人が本当に付き合っちゃえば良いじゃない」



 エイコが笑みを浮かべ、ごく自然な回答を口にした。



「聞けば、その寺崎君も満更じゃなさそうだし……。このまま結婚に向かって突き進めば、万事解決よ」



 この養護教諭も中々のアホだった。


 とても大人のアドバイスとは思えない。


 ただ彼女が言っていることは、あながち間違いでもない。


 二人の関係性や先を望む姿勢を周囲に知らしめることが出来れば、事態は一転する。


 問題は如何なる手段を以て、それを生徒たちに伝えるべきか……。


 するとエイコが率直な意見を口にした。



「夏川さん。今回の事件は、貴方の失敗が招いた結果と言わざるを得ない。貴方が率先して事態の収拾に努めるべきだと思うわ」



「「「……」」」



 事態の収拾――――それは即ち、トキヤへの告白だ。


 そもそも行為を迫られる覚悟でトキヤの家に上がり込んだのは、ミツキの方である。


 事件の発端となった彼女が事態を解決するのが当然の筋だ。


 しかし、そのやり方ではタマが納得しなかった。



「そんなのダメ~っ! 絶対あり得な~い!」



「何だよ、タマ。何が不満なんだよ?」



「だってミツキちゃんは、これまで寺澤のために、いっぱい頑張ってきたんだよ⁉ 確かに誘ったのはミツキちゃん〝かも〟だけど……。誘いに乗った男の方にも責任はあるっ!」



「責任って……。そもそもメールを間違えて送り付けたのは夏川の方――」



「やだ~っ! 寺澤ばっか楽して、ずる~いっ! 告白は寺澤の方から、するべきだ~っ!」



 タマは子供みたく駄々をこねる。



「コラッ、タマ! こんなときに我儘、言わない!」



「うぅ~……」



 それでもタマは納得できない様子だ。


 ミツキとの関係については、トキヤも既に腹をくくっている。


 チカとサキも、本心ではミツキの頑張りに応える形でトキヤに漢を見せてもらいたいのだ。


 しかし今回の場合、ミツキが好意を寄せていた事実を示さなければ、事態は解決しない。


 下手を打てば、より悪い印象を周囲に与えることになる。


 すると、そのとき――――トキヤが出入り口のドアを開けて保健室の中に入って来た。


 キチンとメイクをしていないミツキは、事件のことで気まずいこともあり、トキヤから慌てて顔を背けた。



「てめえ、しばらく入って来んなっつっただろうが」



 サキがトキヤを叱り付ける。



「……悪い。授業を抜け出した奴らが保健室の周りに集まって来やがった。それと――」



「「「……?」」」



「玉置の声が全部、丸聞こえだったんだよ!」



 タマが「あっ……」と自分の口を押さえた。



「他の奴らがいる前で、告白だの責任だの勝手なことばかり抜かしやがって。恥ずかしくて死ぬかと思ったぜ……」



 いくらトキヤが腹を据えたとはいえ、この羞恥プレイはさすがにキツい。


 直接、責められた方が、まだマシだ。


 すると一限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。



「あ……、授業終わった」



「ヤベぇな……。噂に釣られた連中が、わんさか集まってくっぞ」



 早く対策を立てなければ、トキヤが他の生徒たちの餌食にされてしまう。


 全てはミツキの気持ち次第だが、この状況下での告白は酷というものだ。



「どうすんの? このまま教室に戻っても、結局は針の筵になっちゃうよ?」



「先生。何とかならねえか――――って、先生?」



 エイコは、いつの間にか保健室の固定電話で誰かと連絡を取り合っていた。


 そしてサキが気付いたときには、彼女は既に受話器を戻したあとだった



「悪いけど、私はこれ以上、力になれない。あとは自分たちで何とかなさい」


 

「そ――――ちょっと待ってくれよ、先生!」



 エイコがサキたちを保健室の外に追い出そうとする。



「良いから、早く教室に戻りなさい。これ以上のサボりは許さないわよ」



 トキヤたちは大勢の生徒たちの前に放り出され、周囲から鋭い視線を浴びせられた。



「夏川さん。貴方も、よ」



「え?」



「ほらっ、これ持って……。早く教室に行きなさい」



 エイコがミツキのカバンを彼女に押し付け、ミツキは保健室の出入り口まで連れて行かれた。


 そして保健室から出ようとしたとき、エイコが彼女に最後のアドバイスを送った。



「夏川さん」



「……?」



「女は度胸よ!」



 エイコが右手の拳で自分の胸をドンと叩いた。


 ミツキは考える間もなく保健室から追い出され、心に不安を抱えたまま〝戦場〟に赴いた。



「おい、寺澤! 何とか言えよ!」



 保健室の外はエラい騒ぎとなっていた。



「お前のせいで夏川さんが、どれだけ傷付いたと思ってんだ⁉」



 ギャルグループは罵詈雑言の嵐に動揺していたが、トキヤは割と堂々としていた。


 先ほどとは違い、彼は罵声が飛び交う戦場には慣れている。



「コラぁーっ⁉ 静かにしないか、お前らっ⁉」



 やがて生徒たちの前に生活指導の『木嶋サトシ』が現れ、彼らを一瞬で黙らせた。


 サトシは、いわゆる体育会系の男性教諭で、生徒たちから、かなりウザがられている。



「寺澤。話がある。今すぐ職員室に来なさい」



 呼び出される理由はトキヤにもわかっていた。


 今、学校中で噂されているミツキとの件についてだ。


 トキヤは「はい」と返事を返し、サトシと一緒に職員室に向かって歩き出した。



「あ……、トキヤ君!」



 ミツキがトキヤの手を握り、彼の足止めを行った。


 すると彼は、ミツキに向かって謝罪の言葉を口にした。



「夏川。いきなり押し倒して悪かったな……。お前が、あまりに可愛すぎて我慢できなくなっちまった」



「っ――⁉」



「話の続きは、また今度で良いか? 木嶋先生、キレるとマジおっかないから……」



 彼の隣で、サトシがふんと鼻を鳴らした。


 トキヤはミツキの側から離れ、再び職員室に向かって歩き出した。



「……」



(ダメ……。待って……)



 ここで別れたら、もう二度と会えない……。


 ミツキは何故か、そんな予感がした。



《女は度胸よ!》



 ミツキの脳裏にエイコの言葉が蘇る。



「……」



(今、言わなければ一生後悔する……)



 そしてミツキは、全てを投げ打つ覚悟で腹の奥から叫んだ。



「トキヤ君‼」



「……」



 トキヤは名前を呼ばれても、振り返るどころか立ち止まることすらしなかった。



「昨日は、ごめんなさい! 私が無理言って家にお邪魔したのに! 妹さんが部屋に来て、私すごいビックリしちゃって……!」



 ミツキは一連の出来事を、周りの生徒たちにも聞こえるよう、たどたどしく説明した。



「私、トキヤ君に興味持ってもらえて、すごく嬉しかった! だから、その……。私――――」



 大勢の生徒が集まる中、ミツキは必死にトキヤの無実を訴えた。


 あとは彼に対する告白を残すのみだ。


 しかし彼女には、そこまでが限界だった。


 ミツキは、ものすごい息苦しさに襲われ、声が出なくなってしまった。


 勢いを失った彼女は体が縮こまり、ついには大勢の人前で泣き出してしまった。



「夏川……。お前……」



「ミツキちゃん……」



 サキとタマがミツキに寄り添い、泣き崩れる彼女を懸命に慰めた。



「「「……」」」



 一体、誰が悪い……?


 その場に居合わせた誰もが、そう思った。


 押し倒したトキヤが悪いのか……。


 押し掛けたミツキが悪いのか……。


 それとも間違った解釈で噂を広めた第三者か……。


 事の始まりはミツキの誤送信だが、ここまで彼女を追い詰めたのは大勢の生徒たちだ。


 サトシや生徒たちが呆然とする中、トキヤが静かに口を開いた。



「先生。指導は明日にしてもらって良いですか?」



「……」



「お願いします」



 サトシは眉をひそめ、考えを巡らせる素振りを見せた。


 しかし彼の答えは最初から既に決まっていた。



「……わかった。本当なら担任の先生も交えて話し合いたいところだが、今日は二人で、じっくり話し合え」



「ありがとうございます」



「その代わり、明日も必ず学校に来い。それが条件だ」



 トキヤはサトシに頭を下げ、ミツキの側に歩み寄った。



「夏川。お前は悪くない。悪い偶然が少し重なっただけだ。誰も怒ったりしねえよ」



「……」



「とりあえず場所を変えようか。さすがに人目が多すぎる」



 トキヤがミツキに向かって右手を差し出し、彼女は涙を流しながら彼の指先に手を絡ませた。


 二人を止める者や責める者は誰もいない。


 ミツキは自らの意思でトキヤに付いて行こうとしている。


 それは疑いようのない事実だ。


 二人は手を繋いだまま教室に向かい、ギャルグループの三人が二人の周囲をしっかりガードした。


 見た目に反して良き生徒たちである。



「なあ、榎本」



「ん?」



「俺ら早退すっから。あとのこと頼めるか?」



「……りょーかい。その代わり、昨日までのこと全部話すよ?」



「ああ。……夏川も、それで良いか?」



 ミツキがコクリと頷き、二人は自分たちのクラスの前で立ち止まった。


 チカたちが教室に入り、サキがトキヤのカバンを持って再び外に出て来た。



「ん」



「悪いな、鈴原」



 トキヤはサキから受け取ったカバンを肩に掛け、ミツキと一緒に学校を早退した。

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