その後1 【マルクス】
デビュタントでの騒ぎから1週間後。
今日は騒ぎを起こした5人のうち、マルクスの今後を告げる日だ。
マルクスはミカエラ嬢への迷惑行為もあったため、今回はイスタークにも立ち会いをお願いした。
執務室には、俺とロイドとイスタークがいる。
「マルクス、入れ」
ロイドに呼ばれ、マルクスが入室する。
パーティーでの勢いはそこには無く、ただただ意気消沈した男がいた。
「やぁ、マルクス・ピリング教皇子息。いや、今はただのマルクスか…」
彼はピリング教皇に養子契約を破棄されていた。
そのため、ただの平民マルクスとなった。
心配なのは学園の卒業前に養子契約を破棄されたことだが、そこは問題ない。元々『教皇家』は貴族ではないからだ。
彼は、平民が受ける一般入試をパスして入学していたため、学園から即刻追放されることはない。
ただ、謹慎していたから気付かないだろうが、強力な後ろ盾がない状態での学園生活は彼にとって地獄であろう。
しかも教皇への道が閉ざされた今、これから彼は就職先を自分で見つけなければならない。
あんな騒ぎを起こした人物を雇おうとする者は皆無であろうし、伝手もない。
この状態は結構な罰を受けているといえよう。
「マルクス。君は何ができる?」
俺はそう聞いてみた。
「今の僕は何もできません、殿下」
「本当に?」
「あんな事をしてしまい、今や身分はただの平民です。抜け殻のような僕に出来ることなど何一つありません…」
そう言ってまた俯く。
そこには知的な薄紫の瞳を輝かせ、一つに結んだ長い白銀の髪をたなびかせていた昔の姿は無い。
草臥れた男がいるだけだった。
だが俺はもう一度尋ねる。
「マルクス、もう一度聞く。君は何ができるんだ?」
「ですから!!」
ズダンッ!!ヒュッ!
目にも止まらぬ速さでマルクスが引き倒され、喉元に剣を突きつけられている。
…イスタークの手で。
「殿下に二度同じ事を言わせるな。貴様は何が出来る?答えろ!貴様は学園で何も学ばなかったのか?」
イスタークの目は屠る者の目だ。ここで回答を間違えれば命はない。
自分が死の際にいることをマルクスも悟ったようだ。
震えながら答える。
「ぼ、僕は!計算なら得意です!!」
「ほう…」
そう言ってイスタークが剣をどかし、片手でマルクスを立たせる。
「イスターク、どうする?」
「辺境軍の会計係として貰おう。それに聖職を学んでいた身だ。出陣前や戦闘中、戦闘後なんかでも使えるだろう。有事でもそうでなくても神に祈りたいヤツはいるし、精神的フォローが欲しいヤツもいるからな」
「決まりだな。マルクス、お前は卒業後ミレン辺境軍へ行け!!」
「えっ…」
「それが君への罰だ」
「そっ、そんな…。僕はあんな騒ぎを起こしたのに!」
「私は優秀な人材をただ腐らせる事はしたくないんだ。勿体ないからね。だって君、数学は学年トップでしょ?ただ、イスタークの許可が下りるまでは王都には立ち入らない事。約束できる?」
「は、はいっ!誠心誠意、務めさせてもらいます!」
「よろしい」
薄紫の瞳に生気が宿ったようだ。良かった良かった。
だが、辺境軍を甘くみない方がいい…。
あそこは弱肉強食だからな…。
寛大な処置に感動している所悪いけど、俺はそんなに優しい男じゃないよ?
イスタークが呆れたような顔をしている。
コレは俺の思惑に気付いているな…。
「じゃあマルクス、今から鍛錬だ。卒業までの間、みっちりシゴイてやるからな。覚悟しろよ!」
「えっ!会計係なのにですか?」
「ミレン辺境軍を甘く見るな!会計係であっても戦闘に駆り出される事もある!こっちは万年人手不足なんだ!!」
「は、はい!」
「よし!それに自分の身は自分で守ってもらわないといけないからな」
「?」
やっぱり気付いていたか…。
イスタークはミレン家にあってただの脳筋ではない。
知性が備わった脳筋なのだ。
最強戦闘術を持ちながら、参謀のような働きもできるなんて…。敵になったら勝てる気がしない…。
味方で良かった。
しかも本人はロイドに劣らないイケメンときている。
スカーレット嬢と同じブルネットに紅い瞳を持つ、身長190cmの美丈夫だ。
俺の周り、ハイスペすぎませんか?
そんな男が纏めるミレン辺境軍は、長期遠征や野営が当たり前のワイルド&デンジャラス軍団だ。
そんな血気盛んな男たちが、遠征中のフラストレーションを発散させる方法なんて分かりきっているよね。
見た目、綺麗目なマルクスなんていい獲物だろう。
「あぁそれからお前、ミレン家のタウンハウスに居を移せ。ピリング家にいるのは居心地が悪いだろ?」
「えっ?」
「養子でも何でもないヤツに情けはかけてくれないだろう?あの狸親父」
まぁ、でしょうね。
ピリング教皇は権力欲が強いから…。
使えないコマは容赦なく切り捨ててくるだろう。
聖職者なのにね。
「でも、そんなご迷惑を…」
「いいからイスタークに甘えときなよ。すごく面倒見が良いから。きっとマルクスのためになるよ?」
「あ、ありがとうございます…」
そう言って、マルクスは泣き出した。
18の男が泣き出すとか絵面的にどうなの?と思ったが、マルクスだと違和感ないな。
本当に鍛錬頑張って!!
そんな中、一人だけ不機嫌な男がいる…。
ロイドだ。
マルクスがミレン家に居候するという事は、スカーレット嬢と一つ屋根の下という事だ。
兄弟ならまだしも、他人の男が一緒に住む事になるなんて到底我慢できないのだろう。
必死に怒りを外に出さないようにしているが、抑えきれていない…。
しょうがない。助け船を出してやるか。
「イスターク。スカーレット嬢をウィラー公爵家に滞在させられないかな?」
「えっ?レティをですか?」
俺はイスタークに話しかけながら、目線でロイドを見るように伝える。それに気付いたイスタークが「しまった」という顔をする。察してくれたようだ。
「そうだな。公爵夫人になる教育も始めなければならんし、ウィラー公爵家が迷惑でなければ…」
「速やかに父に確認してきます」
そう言ってロイドは風のように執務室を出ていった。
すぐに戻って来るとは思うが放っておこう…。
「では、マルクス。君の今後が決まったね。精進するように」
「はい!ありがとうございました!」
そう言って上げたマルクスの顔は、入室時とは別人だった。
うん、頑張って。責任取れないけど…。
後年、マルクスは辺境軍で良い連れ合いを見つけたようだった。良かった良かった。
イスターク達の容姿を出していなかったので…。
皆さまの想像と違っていたらスミマセン(;^ω^)




