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スカーレット嬢がキルケニー侯爵子息と一緒にこちらに向かってくる。


「ロイド様?」

「やぁ、スカーレット嬢」

「珍しいですね、学園まで来られるなんて。どうかされたのですか?……あぁ、クロエにご用でしたのね!」

「いや、今日は「アレクシス殿下!ロイド様!お久しぶりです」


ロイドの言葉を遮り、キルケニー侯爵家子息が話しかけてきた。

上位貴族の言葉を遮るとは…。ちゃんと教育を受けてきたのかな?この子。

ロイドの目つきが険しい。

さすがに学園の正門前で騒ぎを起こすわけにはいかないため、俺は手を上げロイドを制する。ロイドもそれに応じ、いつもの笑顔に戻る。


「久方ぶりです。先日のキルケニー家でのパーティー以来ですね」

「ロイド様に覚えていただけたなんて…光栄です!」

「それより帰り際に往来で引き止めてしまって申し訳ない。いい大人が駄目ですね…」


うわ〜、相変わらず外面すげぇ…。

イケメンの(うれ)い顔とは、こうも相手に罪悪感を与えるものなのか…。

性別関係ないな…。

クロエもドン引きしている。


「そんなことありません!では、またお会いできる日を楽しみしています!」


赤い顔をしてキルケニー侯爵子息が去ろうとする。

だが、去り際にとんでもない事を言い出した。


「スカーレット!先程も言った通り、デビュタントの日の俺のエスコートは期待するなよ。だからといってドレスや装飾品のおねだりも無しだ!俺は忙しいんだ。田舎貴族は田舎貴族らしく、弁えた格好をしてこいよ!じゃあな!!」


「……は?」

ロイドの地を這うような不機嫌な声が聞こえる。

一音なのに怖い…。

それにしても俺も理解できない発言だったな。

大丈夫か?

ロイド、冷静になれ!

告る前に詰め寄るなよ!!


「スカーレット嬢、どういうことか説明してもらおうか?」


バックにブリザードを吹かせながら、一段低い声でにこやかに問い詰めてる〜!!

笑顔なのがまたコエ〜〜!!

隣を見るとクロエも青い顔をしている。

嫉妬心全開のロイドなんて見たことが無かったんだろうな…。

そんなロイドの雰囲気を察していないスカーレット嬢が口を開く。


「ええ。実のところ私にもサッパリわからないんです」

「……えっ??」


ロイドから気の抜けた声が出た。

俺もビックリだよ。どういう事?

……。

もしや、エストワールと同じ状態なのかな?

ヒロインに唆されて、自分の婚約者をスカーレット嬢だと思い込んでいるとか?

俺が説明しようとすると、ロイドが勇気を出していた。


「スカーレット嬢、詳しい事情を聞きたいので場所を移しませんか?ここですと、人目もありますし」

「そうですね。お供致しますわ」


デートに誘えてるじゃん!

グッジョブ!ロイド!!

俺が感動に打ち震えていると、


「お兄様、私も行きますわ!レティの事が心配ですもの!」


と、クロエが邪魔しようとする。

ダメダメ!ここは二人にさせてあげないと!!

俺はクロエにとって最も効果的なエサで釣る事にした。


「クロエ。珍しい宝石が手に入ったんだ。愛する君に一番に見せたいんだけど…」

「珍しい宝石ですって…。殿下、何故それを早く言ってくれないんですか!!お兄様!レティの事は任せましたわよ!殿下、早く参りましょう!」


そう言って、俺の乗ってきた馬車に向かっていった。

ロイドもスカーレット嬢も、嵐のように去るクロエに目を丸くしている。そしてロイドが申し訳無さそうに謝罪した。


「アレクシス殿下…、クロエがすみません。家に帰ったらよく言い聞かせます」

「いや、気にしてないから大丈夫。私はクロエのでこういう所も愛してるから」


そう言って、二人を送り出す。

俺の事より頑張ってこい、ロイド。

骨は拾ってやるからな!!


そうして、クロエの待つ馬車に向かった。


――――王宮


クロエを部屋で待たせ、俺はヨハンから受け取った宝石を宝物庫に取りに行く。本当はジュエリーに加工してから渡したかったがしょうがない。これもロイドのためだ。


影からの報告で、クロエがこの宝石を必死に探していることは分かっていた。俺も力になりたいなぁと思っていたところ、王族領で原石が産出した。量も少なく、加工するにも大変そうな大きさだったため、腕の良い職人をヨハンに探してもらい託したのだ。

結果は思った以上だった。

さすがは幻の宝石。

その輝きは人を魅了するのに十分だった。

職人が色めき立つ筈だよ。


宝石の正体は『レッドベリル』。

緑柱石(りょくちゅうせき)から派生する宝石の中でも、一番希少価値が高いものだ。

同じ石から加工される宝石で有名なのはエメラルドだが、この宝石は真紅の色をしている。そのため、レッドエメラルドとか()()()()()()()()()()()と呼ばれている。

エメラルド色の瞳を持つロイドと、真紅の瞳を持ち、その名前がスカーレットであるあの二人にはぴったりの贈り物だよね。

クロエ、優しい!!


俺はクロエの喜ぶ顔を思い浮かべながら部屋に向かった。


「クロエ、お待た…」


高揚した気持ちが一気に下がる…。

そこには、額装された緑柱石のカケラを持つクロエがいた。

クロエは今にも死にそうなくらい、ひどく思い詰めた顔をしている。

その様子に、クロエが過去を思い出したのではないかと思い至った。

あんな顔をして…。

クロエにとっては辛い過去だったのでないかと思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになる。


「見つかってしまったか…」

「アレクシス殿下!これは!?」

「その石は昔、一目惚れした子を私の言葉足らずのせいで泣かせてしまったことへの戒めとして持っている。もう二度と言葉を違えないように、とね」


俺はクロエを傷つけてしまった過去を思い出し、後悔をにじませた。


「あの時の子は…殿下だったのですね」

「そうだよクロエ。…その、今更だけどごめん。君を石なんかに例えてしまって…。忘れてしまうくらい嫌な思いをしただろう?」


こんな会話をして、今もクロエを深く傷つけているのではないかと思うと心苦しい…。

クロエに顔向けできない。

だがクロエは、はっきりした口調で話しだした。


「公爵令嬢の私を石なんかと一緒にしないで!私はそこらへんに黙って転がっているような存在じゃない!…でしたでしょうか?私もその後、殿下を殴ってしまったので…こちらこそ大変申し訳ありませんでした」


そう言って綺麗なお辞儀をしたクロエから、先程までの悲壮感が無くなっている。

思い出したくない事は無理に思い出させたくなかったが、クロエの中で何かが吹っ切れたようだった。

覚悟を決めたような顔つきに、全てを思い出した事がクロエにとって悪い事ではなかったと感じさせた。


「クロエ!全部思い出したの!!……なかなかいいパンチだったよね」


俺はそう言って微笑った。


クロエが全てを思い出してくれて、俺の中のアレクシスが歓喜する。全身が温かいモノに包まれ、欠けていたピースが埋まったようだった。


ヤバい…、泣くかもしれない。

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