躍進 2
その後の俺は、勤務中のバモンを訪ねて、そこそこの値段がする酒を差し入れつつ、後日飯屋で会う約束を取り付けた。ちなみに、前に話した時は自分の名前すら話していなかったことに気づいたので、ついでに伝えておいた。
勤務中だというのに酒を差し入れた俺にバモンは呆れ顔だったが、一方でまんざらでもなさそうではあった。バモンが酒を好まなかったらどうしようかと思っていたが、問題なかったようだ。
そして、今日はその約束の日だ。俺たちは、俺が転生初日にティムに奢ってもらった店である「食事処 むしゃむしゃ」にやってきた。
「酒は美味かったぞ、ありがとう。早速だがリク、一体どうしたのだ?」
「この前色々とお世話になったので、そのお礼でもと思いまして。それに、一つお詫びしなければならないこともあるんです」
「そうかしこまるな。それで、お詫びとは何だ?」
とりあえず、転生者特例措置を受けなかったことは伝えておくべきだろう。それからかしこまるなと言われたから、多少敬語を崩すか。
「はい。腹が減ってた俺のために手続きを省略して入れてくれたんですよね? ありがとうございました。それで、『後から特例措置を受ける』ということで入れてもらったはずなんですけど、俺は結局特例措置を受けなかったんです」
俺が事情を説明すると、バモンは特例措置を受けなかったことを咎めるというよりは、純粋にその後の俺を心配したような目をした。
「む、金がなかったのだろう? その後どうしたのだ?」
「他の冒険者に『今日の宿代くらいなら自分が払うから契約は蹴れ。代わりにパーティに入って欲しい』と言われまして」
そう言うと、バモンは実におかしそうに笑った。
「ふっはっは、中々したたかな奴に会ったものだな! その話を受けたのか?」
「ええ。今思うと特例措置はそんなに悪くない話だったとも思うんですが、受付嬢と喧嘩しましてね」
「バンバか! わかるぞ、あいつはいけすかない女だ。ということは今はフリーの冒険者なのか?」
あの受付嬢のことはバモンもあまり好きではないらしい。まあ、受付嬢は受付嬢でバモンに困ったものだとかなんとか言っていた記憶があるので、互いにウマが合わないということなのだろう。
「そうですね、今はその誘ってくれた奴とその仲間の3人でパーティ組んで冒険者やってます」
「そうかそうか。うまくやっていけているか? この短期間ではまだFランクがせいぜいだろう。無理に酒など差し入れなくてもよかったのだぞ」
バモンの優しさを感じた。一度門で会って、色々と面倒をかけられた立場だというのにわざわざ俺の誘いに乗り、こうして心配をしてくれるのだ。
「中々良い調子ですよ。確かにまだFランクですが、あの時見せた技でゴブリンを蹴散らしまくってそれなりに稼げてます」
俺がそう伝えると、バモンは安心したような顔をして言った。
「そうかそうか! ちゃんと生活できているのなら、特例措置など受けなくても良い。元々、特例措置自体には思うところもあったのだ」
「そうなんですか?」
俺としては、バモンは特例措置を勧めている側の人間だと思っていたのだが。
「うむ。確かに、国に仕えるのは名誉あることだし、給金も悪くない。私も国に仕える騎士であるしな。だが、転生者というのは記憶を失い、身寄りもないこの大陸に放り出されるのだろう? 訳もわからぬまま国に骨を埋めることが決定付けられるというのはな……」
なるほど。バモンは待遇以前の問題でこの制度に疑問を持っていたようだ。バモンらしい考えだな。
「だが、ゴブリン狩りを続けるなら決して油断するな。ゴブリン狩りに慣れたものほど、無理をして深くへ行き、そして大きな群れや上位種にやられて命を落とすのだ」
「わかりました。肝に銘じます」
最近の俺は、ティムを慎重すぎると感じることもあった。だが気を引き締め直した方が良さそうだ。
そこで俺は、バモンに何を相談しにきたのか思い出した。
「あ、そうでした。読み書きを覚えたいんですが、何かいい方法はありませんか?」
もしバモンが解決策を知らなければお手上げだ。
「読み書きか。確かにそれは覚えておいた方がいい。依頼書が読めないからな。常設依頼の内容はほぼ一定だから覚えてしまえば問題はないだろうが、Eランクからはそうはいかない。幸い、国も長らく識字率の向上に取り組んでいる。そこそこ安く基本を教えてもらえる教室を教えるから行くといい」
「ありがとうございます!」
「何、礼には及ばん」
そんなものがあったのか。さすがバモンだ。いや、街を見れば看板が出ていたのかもしれないが、文字が読めないとそれすらわからないのだ。
それから食事が終わり、俺はバモンをこんなところまで呼んだ立場なので奢ろうとしたが、「まだまだひよっこなのだから奢られておけ」と逆に奢られてしまった。つくづくいい人だ。
*
その翌日、俺はティムたちに教室に通う相談をした。現状、俺たちは個人でお金を持つのではなくパーティとしてお金を管理しているので、こういう時はパーティ、特にリーダーのティムに相談しなくてはならない。
もっとも、稼ぎが増えて以降は多少メンバーごとに個人的なお金も持つことができているので、バモンに差し入れた酒代はそこから出したが。
「というわけなんだ。個人的な話で悪いが、パーティ資産から少し出してもらえないか? 俺の金だけじゃ足りなさそうだ」
俺がティムにそう切り出すと、ティムは笑って言った。
「何言ってるんだよ。パーティ資産から全額出すよ。今後Eランクになった後のことを見据えたら読み書きはできないと困るとは思ってたんだ。むしろ3人で行こう」
ティムがそういうと、ナンドは寝耳に水と言った顔をした。
「3人で? もしかして俺も行くのか……?」
「当たり前だろ? 今の僕らは、戦いという意味ではリクに敵わない。その上でリクだけ読み書きができるようになったら、戦闘以外でも差がつくじゃないか。これ以上足手まといになりたいのか?」
「ぐぐぐ……」
正直、俺はナンドたちが足手まといだとは思っていない。俺には圧倒的にこの世界の知識が足りないからだ。例えばホーンラビット狩りなど、1人でやっていたのではいつまでもホーンラビットを見つけられずに終わっていただろう。
しかし、ティムの言う通り戦闘力的には俺の方が上だ。それに、期間が経つにつれて俺とナンドたちの知識の差は埋まっていくだろう。そもそもナンドたちも駆け出し冒険者なのだから、そこまで深い知識はないのも事実だ。
この件で協力してくれて、一緒に読み書きを覚えてくれるのはありがたいが、ナンドたちが負い目を感じてしまっているのはどうにかしないといけないかもしれない。
しかし、そう思ったところで何かができるわけでもなく、結局は何もできないまま勉強と常設依頼に明け暮れる日々が続いた。