ホーンラビット狩り
「で、お前の能力はどんな能力なんだ?『格ゲーマー』とか言ってたけどよ」
ホーンラビットを狩りに森に行くまでの道すがら、俺は自分の能力について説明することになった。
「俺は、俺の世界にあった『リンブラ』って格ゲーのキャラと同じ能力が使えるんだが……格ゲーとかゲームって言っても通じないんだよな?」
格ゲーマーという言葉が通じないのだから、コンピューターゲームという概念自体通じないに違いない。いくら現代知識が流入していても、機械関係はそう簡単に導入できないだろう。事実、飯屋でもレジやドリンクバーは無かった。
「ゲームと言えばチェスだとかオセロのことじゃないのか?」
「僕もそう思うけど……格ゲーっていうのは聞いたことがない」
やはり、ナンドもティムも知らないようだ。
「俺たち転生者の世界には、対戦相手がいなくても1人でゲームができるような道具があったんだよ」
本来格ゲーは相手がいてこそなので、俺としてもこういう説明の仕方はしたくなかったが、機械という概念自体伝わるか怪しいのだから仕方ない。
「よくわかんねーな。道具が対戦相手になってくれるならそれはすげえけど、それがなんで魔物と戦う能力になるのかわかんねえ」
俺の説明の仕方のせいで、ナンドはコンピュータゲームをチェスやオセロが1人で遊べるものだと思ってしまったらしい。
「えっと……どう話せばわかりやすいかな。まあ、俺の世界にあった物語の人物の能力が使えるって言った方がわかりやすいか?」
「どういうことなんだ?ゲームが1人で遊べるんじゃ?」
説明の仕方を変えてみたが、ティムも余計に混乱した様子だ。
「んー、まあ、そうだな……。悪い、1人でゲームができるとかは一旦忘れてくれ。俺は、俺の世界にいたいろんな偉人の能力を引き出せるんだ。まだ能力が未熟なのかボリオンという人しか使えないけどな」
格ゲーキャラを偉人と表現するのはもちろんおかしいが、この方がキャラクターがどうとかいうよりも、色んな能力を使い分けるイメージは説明しやすいだろうと思った。
「さっきから言ってることが毎回違わねーか?俺たちはもう仲間なんだ、隠し事はナシだぜ」
「いや、物語の人物、そして偉人なんだろう?リクは、リクの世界に伝説として伝わっている人の能力が使えるんじゃないか?」
説明がめちゃくちゃになってしまい、ナンドには嘘をついていると思われてしまった。ここはティムの解釈に乗っておくか。
「まあそんなところだ。上手く説明できなくてすまん」
「お、おう……? よくわかんねーけど、それならそのボリオンって奴の能力を話してくれよな」
「そうだね。遠距離攻撃ができるかどうかが知りたい。ホーンラビットはすぐに逃げるから、遠距離攻撃があるとすごく楽になるはずだ」
なるほど。僧侶・戦士という構成で遠距離攻撃は難しいだろうから、今回の狩りでは俺が中心になりそうだな。
「それなら俺に任せてくれ。ボリオンにはボルケーノショットがある。燃え盛る岩を飛ばして攻撃する飛び道具だ」
「すげえな!ボリオンって奴は魔術師なのか?料理人みてえな服着てるけどよ」
「そういうわけじゃない。ボリオンは近接攻撃がメインのキャラだ。だけどボルケーノショットも連発すれば結構強いとは思う」
『リンブラ』において、ボルケーノショットは可もなく不可もなくと言った感じの性能だった。それでも牽制技として便利だったくらいだから、連射できるようになったこの世界ではかなり強いはずだ。
あとは、ティムたちの攻撃手段についても聞いておくべきか。
「そういえば、ティムたちの武器はなんなんだ?」
「僕はゴブリンから奪った棍棒、ナンドは剣だね」
「ゴブリンから?」
確か、俺がゴブリンを倒した時は、死体と一緒にいつのまにか棍棒は消えていたはずだ。
「ああ、殺す前に奪えば手に入るんだぜ。質は悪くて買い取りに出せるようなもんじゃねえけど、金が無くて武器代は俺の分しかなかったんだよ」
ナンドが教えてくれた。確かに武器の値段は決して安くないだろうが、そこまで切り詰めるほど困窮していたのか……。俺に飯を奢ってくれたのもなけなしの金だったんだろうな。仕方なかったとはいえ、悪いことをした。
*
「お、着いたよ」
しばらくして、俺たちは森にたどり着いた。早速ホーンラビットを探そうとナンドが飛び出していくが、ティムがそれを止める。
「ナンド、待ってくれ。リク、ボルケーノショットって技を試し撃ちしてみてくれないか?万が一森が火事になりでもしたら大変だ」
「あ、言われてみればそうだな」
それは盲点だった。危うく大惨事だったな。
俺は燃え広がりやすそうな木ではなく、土の上にまばらに生えた草に向かってボルケーノショットを放った。これくらいなら火が燃え移っても踏み消せるはずだ。
「丸焦げにしてやるぜ!」
「いや、燃やすなって!?」
「恐ろしいな……」
2人から冷静なツッコミを受けてしまった。勝手に台詞を叫んでしまうのを言い忘れてたな。
それはともかく、俺の放ったボルケーノショットは狙った通りの場所に着弾し、そのままコロコロと転がって近くの草むらへと行ったが、不自然なまでに周囲に何の影響も与えなかった。火が燃え移ることはおろか、草むらが揺れることすらない。
「え、今本当に撃った? ちょっともう一度あそこの草むらに撃ってくれないか?」
そうティムに言われてもう一度撃ってみるが、やはり結果は変わらなかった。
「そうか、格ゲーじゃどんな攻撃をしても背景が影響を受けることはないからか!」
俺は納得した。実を言うと、背景を破壊できる格ゲーもそれなりに存在はしている。だが、『リンブラ』にそういうシステムはなかった。
俺とは対照的に、2人は呆然としている。確かに、明らかに不自然な挙動ではあった。格ゲーというか、ゲームでありがちな仕様というものを知らなければ理解することはできないだろう。
「っていうか、毎回叫ぶのをやめて欲しいぜ……」
「すまん、よくわからないがそういうものらしい。勝手に声が出る」
何はともあれ、森の中での使用自体に問題はなかったので俺たちはホーンラビット狩りを始めた。
数分も歩いていると、ナンドがホーンラビットに気づいて俺たちに合図してくれた。ホーンラビットというだけあり、頭に立派な角をつけている。ゴブリンと被ってるな、と思った。
ティムがこちらに視線を向けて、何やらアイコンタクトを送ってきた。多分、俺が狩るように指示している。ボルケーノショットをホーンラビット相手にも試せ、ということだろう。
「丸焦げにしてやるぜ!」
「キュー!?」
俺が声を上げてボルケーノショットを放つと、声に驚いたホーンラビットは一目散に逃げ出した。
しかし、俺も馬鹿ではない。能力を使うために声を上げなければならないと分かっているのだから、これは予想された事態だ。だから俺は、ホーンラビットが逃げる方向を予想し、その先を目掛けてボルケーノショットを放っていたのだ。
その上、俺の放った弾は今まで試し撃ちした時のものよりかなり速いスピードで飛んでいた。
これはボルケーノショットのコマンドを変えたからだ。
ボルケーノショットを撃つために入力する波動コマンドは、以前説明した通り236+P、すなわち↓↘→+パンチだ。
今までも今回も、俺が入力したのはこの通りのコマンドではある。だが、格闘ゲームにおけるパンチボタンは一つではない。弱中強の3種類がある。
今までの俺は、弱パンチを最後に入力してボルケーノショットを撃っていた。だが今回は強パンチを使った。ボルケーノショットは、弱パンチよりも中パンチ、中パンチよりも強パンチで放つ方が弾速が上がるのだ。
かくしてホーンラビットは、ボルケーノショットを食らって敢えなく燃え尽きることとなった。
するとティムが手慣れた様子で飛び出していき、ホーンラビットの死体が消えた後に出た肉が土に落ちる前に手早く袋に入れていた。
ゴブリンと違って、お金を落としたりはしないようだ。
「早速肉か!幸先がいいね!」
「そうじゃない時もあるのか?」
俺は、肉が出たと喜ぶティムに尋ねた。それにしても、肉がそのまま落ちるのか。ゴブリンの角が落ちるより不思議だな。
「ああ。ホーンラビットのドロップは肉か毛皮だけど、常設依頼で求められるのは肉の方だ。毛皮もギルドで買い取って貰えるけど大した金額にならない」
「要するに肉が出るかは運次第ってことか?」
「そうだぜ。薬草摘みよりはマシだが、ホーンラビット狩りも結構きつい。ゴブリン狩りが一番楽なんだが、デカい群れにあったら危ねえってティムの奴が嫌がるからなぁ」
なるほど。ホブゴブリンみたいな上位種や、デカい群れに出会っても最低限逃げられるくらいになって、ゴブリン狩りができるようにならないとキツいな。
とはいえ、ボルケーノショットがあればホーンラビットは楽に狩れるだろう……そんな俺の楽観的な考えは、すぐに覆されることになった。
まず、ホーンラビットを見つけること自体が容易ではない。
ホーンラビットは用心深い生き物で、そう簡単に姿を現さないのだ。
そういえば、地球のうさぎも耳と鼻が良く、危機察知能力に長けると耳にしたことがある。
俺自身はほとんどホーンラビットを見つけることができず、ホーンラビット狩りの経験があるらしいティムやナンドでも1匹見つけるだけで結構な時間がかかる。1時間以上見つからないことも一度だけあった。
たとえ見つけても、必ず狩れるとは限らない。俺のボルケーノショットだけではなく、ナンドたちも時々不意打ちでホーンラビットを狩ってくれたが、やはり逃げられてしまう時もある。
俺もボルケーノショットを連射してみるなど工夫はしたが、やはり声を出してしまうのが痛かった。
そして、せっかく倒しても運が悪ければ肉ではなく毛皮がドロップする。
ホーンラビットが落とす肉と毛皮の割合は同じくらいらしいが、運悪く4連続で毛皮が出た時は流石に腹が立った。
それから、地味に邪魔なのが鹿や狐などの野生動物だ。これらは魔物ではないため、倒してもドロップという概念がない。かと言って死骸を丸ごと担いでいってさばいてもらうわけにはいかないので、俺のボルケーノショットやナンドの剣で脅かして追い払うしかない。だがそうすればホーンラビットも音を聞いて逃げてしまう。
それでもなんとか日が暮れる頃には10個の肉塊を集め、俺たちは帰途に着いた。5個で依頼1回達成になるので、10個あれば2回達成できる計算になる。
だが、たかがホーンラビット狩りにここまで苦戦するとは思わなかった。
「意外と上手くいかないもんだな……」
冒険者の現実に俺が落ち込んでいると、ナンドが俺の肩を叩いて明るく言った。
「何言ってんだよ。お前のおかげで大成功じゃねーか!1日で依頼を2回達成なんて初めてのことだぜ?」
「ああ。やっぱり転生者ってのはすごいね。あれでもあの技が主力ってわけじゃないなんてね」
ティムも褒めてくれた。どうやらこれでも上手く行った方らしい。
少しずつ、できることからやっていくしかないな。俺は決意を新たにした。
コマンド表記について、以前は環境依存文字である矢印を使わずに書いていたのですが、試しに矢印にルビで漢字表記をつける形にしてみました。不都合のある方がいればご一報ください。