俺、格ゲーマーになります。
翌日。俺のギルドカード作成と、俺たちのパーティ登録を行うために冒険者ギルドまでやってきた。
昨日の一件があるので、俺はなんとなくギルドを警戒してしまっていたが、ギルドカードの作成は拍子抜けするほどあっさりと終わった。受付嬢も昨日の出来事を蒸し返してくる気配はない。
記憶のない俺は自分の年齢がわからないので、聞かれたらどうしようか悩んでいたが、聞かれることはなかった。
まあ、転生者はみな年齢がわからないはずなので、未成年は登録不可などとすると確認が困難になってしまうのだろう。転生者にしろそうでないにしろ、未成年が登録してあっさり魔物に殺されたりしても自業自得ということになっているようだ。そもそも転生者に未成年がいるのかもわからないが。
ギルドカードができると、俺は冒険者ギルドについて簡単な説明を受けた。これも最低限の説明がなされただけで、そこまで特筆すべきことはなかった。
ギルドに敵対したり犯罪者になればカードの利用を停止されるといった細かな注意事項の他には、冒険者にはG~Aのランクがあり、受けられる依頼は前後の1ランクのみだという説明を受けただけだ。俺はもちろんGランクからで、ティムたちはすでにFランクになっているそうだ。
ちなみに、ギルドカードを紛失した場合は再発行はできず、Gランクで登録し直すことになると受付嬢は言った。恐ろしい話だ。
ただし、Cランクになると血を使った個人登録を行うことになり、これ以降であればお金を払って再発行が可能となる。
まあ、Cランクからは緊急依頼が出た時に強制的に参加させられるらしいので、そのためであって別に親切というわけではないのだろうが。
続いてパーティ登録を行った。パーティは最大5人までの範囲で組む必要があり、依頼をこなすのにそれ以上の人数が必要な場合は「複数パーティによる共同受注」という形で行うことになるらしい。まあ、俺たちは今のところ3人しかいないからあまり関係のない話だ。
「パーティ登録をするなら登録用紙にジョブと名前を記入して頂戴。自分で書けないなら代筆料を頂くわ」
受付嬢がそう言って見せてきた紙には、パーティメンバーの名前やジョブを書くためであろう空欄がいくつかあった。
俺はティムに書いてもらうつもりだったのだが、意外にもティムは自分で書くのではなく、「じゃあ、代筆で」と告げて代筆料を支払った。ティムたちも文字が書けないのか?
「代筆ね。それじゃあ全員の名前とジョブを言いなさい」
「はい。あ、リクのジョブって名前なんだったっけ?」
しまった、と思った。よく考えると、神は俺に具体的なスキル名を教えてくれていなかった。
「いや、実は俺もよくわからない……」
「え、リクも知らない? なんで?」
俺たちがあたふたしていると、受付嬢が嘲笑うように言った。
「何を馬鹿なことを言っているの? 転生者はジョブ名を自分で決めるのよ。知らなかった?」
そんなこと聞いていないのだから知るわけないだろう! 今まで何事もなかったように応対していたが、この受付嬢はなかなか根に持つタイプらしい。まあいい。そういうことなら決めさせてもらう。
「決めた。俺のジョブの名前は、『格ゲーマー』だ!」
本当なら『リンブラ』の名前を使った方が良かったのかもしれない。だが、これだけは譲れない。俺は格ゲーが好きだし、格ゲーマーであることにプライドがある! この世界でそれに意味があるのかは分からないが、俺は格ゲーマーでありたい。
「そんなに大声で手の内を明かさないでくれよ……」
「ああ、確かにそうか……すまない」
「まあいいじゃねえか。正直俺らも格ゲーマー? とか言われてもよくわかんねえしよ。後でどんな能力なのか教えろよな」
言われてみれば迂闊だった。まあナンドの言う通りオリフィスの人々に「格ゲーマー」と言っても分からないだろうが、転生者には分かるだろう。だがティムはそれで一応納得して許してくれた。
「それじゃあ初めから言い直しますね。リーダーがティム、僧侶。残りのメンバーが戦士のナンドと、格ゲーマーのリク」
「格ゲーマーのリク……はい、登録が完了したわよ」
登録が完了したとは言っても、単に向こうで情報を保管しておくだけらしい。転生者特別措置の時のように血判を求められることもなく、手続きは終了した。
それから俺は、気になったことをティムに聞いてみた。
「2人も読み書きができないのか?」
「当たり前だろ?僕らは村から出てきたんだから。王都の人間は読み書きできる人間が多いみたいだけど、普通は読み書きなんかできないさ」
愕然とした。俺は、誰もが当たり前に読み書きができる日本からやってきたから、この世界の人間ではない自分以外は読み書きができて当然だと思い込んでいた。
だが、言われてみれば、地球ですら当たり前に読み書きができる国ばかりではないのだ。ここウィンドルフでも、読み書きのできない人が多くても何の不思議もない。
しかし、この国では冒険者ギルドの依頼ボードやレストランのメニューのような、それなりの識字率があることが前提のシステムも採用されている。だから、恐らくはこの20年間、転生者たちが少しずつ識字率を上げているところなのだろうな。
あと、ティムが僧侶、ナンドが戦士なんだな。ティムは僧侶と言う割に聖職者には見えない。出自から考えてもその可能性はない。ということはRPG的な意味での僧侶、すなわち治癒術師だろう。
治癒術師を「僧侶」と呼ぶのならば、バモンが口にしていた「魔術師」はおそらく治癒以外の魔法を使えるジョブなのだろう。
「よし。パーティ登録も終わったし、依頼に行こうか」
依頼か。ティムにそう言われてギルド内を見回してみると、両側の壁にコルクボードのようなものがあった。
「依頼書を剝がしてカウンターまで持っていったりするのか?」
「Eランク以上の冒険者はね。僕らFランク以下の冒険者に受けられる依頼は常設依頼だけだよ」
「どういうことだ?」
常設依頼という言葉の意味自体はなんとなくわかる。おそらくだが、薬草を何本摘んで来いとか、モンスターの肉をこれだけ持って来いとか、そういう依頼が常に掲示されていて、一定数持ち込むたびに達成になるという形式の依頼だろう。
「Fランク以下は駆け出しだから信用されてないんだよ。常設依頼は常に出ていて、一度に何人でも受けられるものだから、受注という概念自体がない。よって、依頼失敗もないんだ。僕らに受けられるのはそういう依頼だけだ。よく言えば依頼失敗で違約金を払うリスクがないとも言えるけどね」
「俺はまだGランクだけど、FランクのティムたちならEランクの依頼も受けられるんじゃないか?」
「無理だよ。一個上のランク向けの依頼が受けられるのは、そのランクの冒険者と組んで受注することを想定しているからだ。僕らだけで受けようとしても断られるだろうね」
なるほど。信用されていないというのはあまりいい気分はしないが、言われてみれば当然のことか。
「そういうことか。じゃあ、どの依頼をやるんだ?」
「まずは薬草摘みからだな。リクにはまずこの辺の土地勘をつかんでほしいんだ。いきなり戦闘系の依頼は危険だと思う」
どうやらティムは新パーティでいきなり魔物と戦うような危険を冒したくないらしい。しかし、それを聞いてナンドは不満の声を上げた。
「おいおい、それじゃリクの実力がわかんねえじゃねえか? ホーンラビット狩りでもゴブリン狩りでも良いから魔物を狩ろうぜ?」
「ナンドは薬草摘みが嫌いなだけだろ?」
「当たり前だろ。一日中かがんで草摘み続けて、それでも薬草より雑草を抜く本数の方が多いんだぜ? 薬草代の他に草むしり代をもらいてえくらいだ」
どうやら俺の実力を見たいというのは建前で、ナンドは薬草摘みがしたくないらしい。話を聞く限り、薬草摘みはだいぶきつそうだ。ここはナンドに乗っておいた方がいいかもしれない。
「確か昨日、転生してからほとんど戦ったことがないと言った覚えがあるけど、ゴブリンとは戦ったことがある。一撃だったぞ。危ないことはないんじゃないか?」
「ゴブリンとはいえ一撃か! やるな!」
ナンドが驚いてくれた。ティムも諦めたように言った。
「そうか……それならホーンラビット狩りから始めよう。ゴブリン狩りは例えリクが強くてもどうなるか分からない。確かにただのゴブリンが1体なら僕ら2人でも簡単に勝てるくらい弱い。でも、ゴブリンの群れやホブゴブリンに出会わない保障はないんだ。駆け出しの冒険者が死ぬ一番の原因がゴブリン狩りの失敗らしいよ」
なるほどな。あの時の俺がゴブリン1体にしか出会わなかったのは幸運だったらしい。ナンドもティム同様そのことは知っているのかと思ったがそうではなかったようで、目を丸くして尋ねた。
「ティム、お前どこでそんなこと聞いてきたんだ?」
「転生者狙いでギルドに張ってた時だよ。ついでに周りの会話に聞き耳を立てて情報収集してたんだ」
薬草摘みから始めようと言い出した時も思ったが、ティムは夢を追って村から出てきた割にかなり慎重派だな。だが、転生したばかりで右も左も分からない俺にとってはそれくらい用心深いリーダーの方が安心できる。
こうしてホーンラビット狩りをすることで話がまとまった俺たちは、近くの森へ向かうことになった。