神託の司祭
展開上の事情により、パーティの上限人数が6人という設定を5人に変更することになりました。
それに伴い、前話でチラ見せされていた「見知らぬ女性」はすみませんがいなかったことに。ごめん、ミリアム……(という名前になる予定でした)。
あと、今更なんですがこの作品転生より転移の方が近くない?と思ったのでジャンル設定を変えました。
その後、俺たちはお互いの今の実力や戦術などについて情報交換しつつティムたちの故郷に向かい、一晩泊めてもらった。
そして翌朝。
「よし、ワイバーン退治に行くとすっか!」
「ああ。それはいいんだが、どこに探しに行けばいいんだ?」
気合いを入れている様子のナンドだが、まずは目的地を決めないとダメだな。
「普通に考えたら山じゃない? 村の近くにあるんでしょ?」
「リツコさんの言う通り、普通は山に住んでるね」
ワイバーンの生態は伝説によって微妙に違いがあるが、この世界では主に山に住んでいることが多い。
「じゃあとりあえず山行ってみよっか!」
軽いノリで律子が言うが、ティムは難色を示した。
「うーん、それが何とも言えないんだよね。ワイバーンが山に住んでいるのは平時のことだ。この近辺に姿を現したところを目撃されている以上、どこに出てもおかしくないといえばおかしくない。僕らがワイバーンを探している間に、村を襲われるというのが最悪のパターンかな」
この世界のワイバーンが厄介なのはそこだ。普段は山脈に住んでいるはずのワイバーンだが、時折人里に姿を現すことがある。
なぜ前触れもなくワイバーンがすみかを離れて人を襲うのかは定かではない。
その後もしばらく話し合った結果、まずはワイバーンが目撃された箇所を中心に調べてみて、見つからなければ山に行くか検討するという方針でまとまった。
*
村付近で調査を始めてしばらく経ってからのこと。
「伏せろ!!」
「えっ? うわっ」
ティムが突然俺を押し倒す。次の瞬間、
びゅうぅん!!
赤い塊が駆け抜けた。
「ぐぅぅ………!」
「ティム!!」
俺をかばって足をやられている。だが、ティムはすぐに立ち上がり指示を出した。
「僕に構うな! 敵は1体、パターンAで行くよ!」
その言葉を受けて、俺たちは打ち合わせていた通りに陣形を組んだ。
ナンドを先頭に、その少し後ろに俺、そしてさらに後ろを残りのメンバーが固め、後方支援を行うという陣形だ。
対するワイバーンは、高く飛び上がると、こちらを睨みつけた。
「おい、また突進が来るぜ!」
ショウタが警告を発する。後方支援組を直接狙われると厄介だな。俺がそう考えていると、ナンドが声を上げた。
「任せろ! ヴオオオオオオオオ!!!!」
激しい咆哮! それは音の弾丸となってワイバーンを襲った。それを受けたワイバーンは、若干身体の角度を変えた。後方支援組からナンドに狙いが変わっている。この咆哮には敵を引き付ける効果があるのだ。
「おら、来い!」
「ギャオオオオン!」
ナンドはなおも挑発しつつ、大盾を構えて突進を受け止めにかかった。
「うおおおおお!」
ずざざざざ! あまりの勢いにナンドは後ろに押し出され、足元の草がめくれあがっていく。
「ヒールバレット」
辛うじて耐えているナンドに対して、後ろから緑色の魔力が飛んできた。ティムの新しい回復魔法だ。それが効いたのか、ナンドは何とかワイバーンの突進を耐えきった。
「パラライザー」
突進を耐えられて隙を晒したワイバーンに、俺の新たな必殺技が命中する。パラライザーは俺が新たに使えるようになったキャラの一人であるゼムスの必殺技で、短い間だが相手を痺れさせる効果がある。
「今だ!」
ワイバーンの翼が痺れて大きな隙を晒したのを確認して、ティムが号令をする。
「ねこがねころんだ!」
まず律子がワイバーンの体温を下げて動きを鈍らせる。そこに、ショウタとモモカのコンビが襲いかかる。
「行くぞ、モモカ!」
「………………」
2人は短剣を手に、息を合わせてワイバーンに襲いかかる。首を落としにかかったが、ワイバーンは身をよじって致命傷は避けた。
「ちっ!」
「グ、ギャオアアアア!!」
それでも深手を負ったワイバーンは、大きく尾を振って反撃した。トゲのついた尾がショウタとモモカを薙ぎ払うように迫る!
「ぐああっ!」
「くそ、ヒールバレット!」
ショウタとモモカの両方が吹き飛ばされる。ティムが素早く回復を試みるが、魔力の塊であるモモカは霧散するようにして消えてしまった。
「ちくしょう!」
俺はキャラをゼムスから格闘家に変更した。ゼムスのパラライザーは強力だが、その分連続で効果が出ないようになっているため今は使えない。
ワイバーンは俺が近づいてくるのを確認すると、再び飛び上がった。それを受けてティムが指示を出す。
「突進が来る! ナンドは防御の構え、他のメンバーは様子を見てサポート! 一旦凌いで立て直すよ!」
そこまで言い切ったティムだったが、すぐに慌てた様子で言い直した。
「……ッ! まずい、今のは取り消し! 今すぐワイバーンを狙って! 逃げるよ!」
「え?」
俺が突然の作戦変更に戸惑っていると、その直後、本当にワイバーンは旋回し、そのまま逃げていった。
「逃げただと?」
「とりあえず、ショウタさんは無事?」
心配する律子に、ショウタは笑顔を向けた。無事そうだ。
「っつつ………。一応ヒールバレットもらったからな、とりあえず大丈夫だぜ」
ショウタの傷口を確認すると、どうやら脇腹に傷を負っているようだ。ワイバーンの尾に生えたトゲが刺さったらしく、ヒールバレットでは治りきっていない。
「ヒールバレットは手早く治療できるけど、回復力はそんなに高くないからね。これだと治すのは大変そうだなあ」
「大丈夫だ。俺に任せてくれ」
俺はジョブを僧侶に変更すると、ショウタに近づき、手をかざした。すると、脇腹の傷口がみるみる塞がっていく。ショウタがそれを見て目を剝いた。
「おいおい、基本ジョブ全部使えるとは聞いてたけどよ、こいつはやばくねーか? ホントにただの僧侶かよ」
「まさか僕より回復力が高いなんて………」
「ただの僧侶なのはそうなんだが、単純にレベルが違うんだよ。ティムのレベルは昨日聞いた限り72だったよな? 俺の僧侶のレベルは153だ」
「はぁ!?」
ナンドが素っ頓狂な声を上げた。
「陸くん、すごくがんばってたもんね」
「そういう問題じゃねえだろ! 153っておま、俺たちの倍以上かよ!?」
「まあ、説明しちゃえば簡単な話だ。僧侶のレベル上げは、普通のジョブと違う方法が使えるだろ?」
それを聞いて、ティムがハッとしたように言った。
「それは、ケガを治すことでもレベル上げができる………。まさか!?」
「そのまさかだよ」
ケガを治せばレベルが上がる。それは言い換えれば、ケガさえあれば際限なくレベル上げができるということだ。
「とは言っても、俺も痛い思いをするのはイヤだからな。『The grids』のある性質を利用させてもらった」
「ある性質?」
「『The grids』で作り出された格ゲー空間の中では、痛みや苦痛を感じることがないんだ」
この性質は、烏魔と戦った時に気づいた。あの時の俺は烏魔にやられてボロボロで、体力が1ドットしかなかった。しかし、だからといって痛みで動きが悪くなるようなことは全くなかったのだ。まあ、格ゲーにそういう概念はないからな。
「わざと弱い魔物を相手に『The grids』を使って、ちょっとダメージを受けてはすぐに治す。この繰り返しでいくらでもレベル上げができるんだ」
「やべぇな、そりゃあ………。最強じゃね?」
ショウタが、すっかり治った脇腹をさすりながら言う。
「まあ、それがそうでもないんだけどな。確かにレベルは高いが、俺はクラスアップできない。だから、回復力が高いだけで応用がきかないんだ」
「ふーん。確かに、ティムのヒールバレットは便利だよな」
僧侶による治療は、ヒールバレットのように遠隔で行うことができない。さっきの戦いでティムは、突進攻撃を耐えているナンドをヒールバレットで支援していたが、ああいう芸当は俺には難しいだろう。
「そう言ってもらえるとありがたいけどね。本職の僕がリクより回復できないんじゃ、立場がないよ」
ティムを若干へこませてしまった。しかし、すぐにナンドが肩を叩いて励ます。
「むしろ、そういう戦闘中の咄嗟の支援がお前の『神託の司祭』の強みだろ?」
「まあね!」
俺は、ちょっと元気を取り戻した様子のティムに安心した。それにそもそも、ティムがこの2年でクラスアップした神託の司祭には、恐らく唯一無二の強みがある。
「時々一瞬先の未来が見えるってのも、俺の僧侶じゃ絶対真似できないことだよな。今思えば、ワイバーンの不意打ちから俺を助けてくれたのもそうだろ?」
「うん。何なら、ワイバーンが逃げていくのもそれで気づけたんだ。その前に突進だと勘違いしてたせいで、結局うまくいかなかったけどね」
「いや、あれは俺が悪かったよ。神託の司祭について昨日聞いてたんだから、対応して追撃するべきだった」
ティムは、後方からヒーラーとして戦況を把握し、的確に指揮・支援を行えるという神託の司祭の強みを十分に生かせている。
「とにかく、改めて作戦を練り直そう。あのワイバーンを野放しにするわけにはいかない」
The gridsというネーミングについて、流石に元ネタのまんま過ぎるのでちょっと悩んでいます。




