K.O.
「さて」
今の状況を改めて確認する。俺の頭上の体力ゲージは、俺があと一発も攻撃を喰らえないことを示していた。
烏魔側の体力ゲージは存在していなかった。流石に、ゲームと違って相手の体力までは見えないか。
そして、キャラクター表示は俺がこの空間に来た時のまま、ラルフになっている。
「キ、キヒヒ! 立ち上がったカラなんダ! 動けるカラなんダ! さっきと何も変わらナい」
「変わるさ!」
俺は一気にダッシュで距離を詰めにかかった。そしてブロードソードを手にしていない方の手で殴りかかる。弱パンチ攻撃だ。
「遅イと言っていル!」
さっきのキョウシャさんの貫手と同じようにひらりとかわそうとするが……。
「ム、ムムム、なゼかわせなイ!?」
ここは2D格闘ゲームの世界。横移動などできるはずもない。俺のパンチはそのままヒットする。続けて立ち中キックの膝蹴り攻撃、しゃがみ大キックの足払いまで繋げた。
この攻撃には相手を浮かばせる性質がある。3m近くあるのが嘘のように烏魔は打ち上げられた。さらに俺はブロードソードを大きく振り上げるエリアル攻撃をコンボさせる。
「ギイイィ!?」
エリアル攻撃は一部の格闘ゲームに搭載されているシステムで、相手を打ち上げつつジャンプして追撃することができる。足払いの後よりもさらに大きく打ち上げられた烏魔を追いかけるように、俺は空高くジャンプし、ジャンプキックで追撃していく。
「終わりだ!」
そして『リンブラ』におけるエリアルコンボの締めにはそれ専用の強力な技が設定されている。ラルフのそれは、ブロードソードを振り下ろし相手を地面に叩きつける技だ。
「ウ、ウゴッ! ガアアアアア!」
叩きつけられた烏魔は、怒りを露わにし、持っていた槍で俺を貫こうとするが……。
「分かってんだよ! ファングアッパー!!」
ファングアッパー。昇竜コマンドで出るこの技は、大きくジャンプしながら、上に向かって剣で斬り上げるように攻撃する技だ。
そして、この技には無敵という効果があり、ほんの一瞬だけだがあらゆる攻撃を受け付けなくなる。つまり、そのタイミングに敵の攻撃がかち合えば、本来相打ちになるところを一方的に攻撃を当てられるのだ。
そのチャンスはアッパーの出がかりのほんの3フレームしかない。このゲームにおける1フレームは60分の1秒だから、3フレームはわずか20分の1秒に過ぎない、ほんの刹那のことだ。
だがしかし、俺は最初からこの刹那を掴み取るつもりでいた。
烏魔とまともにやり合って勝てないのは明らかだ。ならば、烏魔が状況を理解する前にコンボを叩き込み、そして烏魔が安易に繰り出した反撃に対して、ファングアッパーの無敵を合わせる。これが俺の作戦、最後の賭けだった。
「グ、ガーッ!」
そして、俺は賭けに勝った。ファングアッパーは本来敵を斬り上げながらジャンプする技だが、俺の身体は浮かび上がることはなかった。まるで照明が落ちるかのように空間が暗転し、次の瞬間には俺はブロードソードをまるで刀を収めるがごとく引いた。
「真・抜刀居合斬り」
これは、ここに来て初めて存在を認識できるようになった超必殺技だ。
そして、超必殺技にはあらゆる技をキャンセルしてコンボにすることができる性質がある。
要するに、ファングアッパーからコンボで出すことも可能ということだ。
そのまま俺は、刀を抜く様な動作と同時に烏魔を追い抜くように居合を放った。
「お前は、自分が斬られたことにすら気づけない……」
それから、ややあって……。
「キサマ、今、何をシ……ぐふっ」
突然、烏魔が血を噴き出して倒れる。
《K.O.》
部屋に響くシステム音声が、俺の勝利を告げた。
*
気がつくと、俺は元の洞窟へと戻っていた。
「そうだ! 律子は?」
俺が律子を探すと、律子のそばにはティムとショコラさんがいた。
「ショコラさん!? どうしてここに!?」
「それはこっちの台詞だよ! どうしてあたしを呼ばなかったんだ! とにかく、早くこっちに来て手伝いな」
見ると、二人がかりで律子の治療を行っていたようだ。ティムは足の治療をしており、ショコラさんは……何をしているんだ、これは? 見る限り、律子の身体に魔力を循環させている様に見える。
「あんた、一応僧侶になれただろ? 足の治療を手伝ってやりな」
「は、はい。やってみます」
その後、俺たちは治療を続けた。律子はかなり危険な状況で、低体温症を起こし意識を失っていたが、やがて意識を取り戻した。
「陸くん?」
「気がついたか。良かった。本当に」
正直、死んでしまうかと思ったが、そうならなくてほっとした。
後で聞いた話なのだが、律子が倒れたことでジョブによる冷気も消えたことと、俺があの能力を発現させ例の空間に行った直後にショコラさんが飛び込んできて治療を始めたことで奇跡的に一命を取り留めたようだった。
俺とティムのレベルでは足は完治とまで行かなかったが、なんとか肩を貸せば歩ける程度にまで回復したため、その後は無事に帰ることができた。
その帰り道でのこと。
「ショコラさん、あの治療はどういう技術なんです?」
「あれは治療ってわけじゃあないんだけどね。そもそも、この世界では身体能力が上がるだろ?」
「まあ、そうですね」
レベルが上がれば身体が軽くなったような感覚がするし、例えばショウタが俺を襲った時は実際に6メートル近くジャンプしていたような記憶はある。
「要するに、どんな人間も無意識のうちに魔力を利用してるんだよ。戦士や格闘家は魔力を使って身体を強化しているのさ。だからああやって魔力を使えば、衰弱した人間の体力を回復させるくらいのことはできる。もちろん、怪我は僧侶じゃないあたしには治せないがね」
つまり、魔力を意識的に活用できているのがキョウシャさんやショコラさんで、それ以外の人も無意識に使ってはいるということだろう。
「そんなことよりもね、なぜあたしを呼ばなかった?」
「え、いやワイバーン狩りに呼ばれているかと思って……」
「そういう問題じゃないだろ! あたしたちは同じ帰還倶楽部のメンバーだろう! それに……」
「それに?」
ショコラさんは、何か言いづらそうに続けた。
「あんた、言わない方が無茶する気がしてきたから言うけどね……。あんたはあたしの息子だよ」
「はあ? どういう意味です?」
*
その後、俺は自分がショコラさんの息子だということを聞かされた。息子というのは義理とかそういうことではなく、文字通りの意味だ。
思えば、不自然な点はいくらでもあった。ショコラさんは俺を仲間に引き入れたいのか引き入れたくないのかよくわからなかったし、帰還倶楽部とやらには俺、ショコラさん、律子以外のメンバーがいない。
結局のところ、息子の俺を危険に巻き込みたくなくて適当なことを言っていたらしい。本当なのは地球に帰りたい理由だけだった。
グラウンド100周というのも俺を諦めさせるための口実で、意図せずして俺が粘ったのでつい合格にしたと言っていた。
それに、烏魔について捜査している時に俺がついた「母が財布を落とした」という嘘に律子が騙されていたのも今思えば変だった。律子は、俺がショコラさんの話をしていると思ったのだろう。
割と本当にどうでもいい設定なのでここに書いておくんですが、ラルフは『リンブラ』内でジャパニーズ・サムライに憧れているという設定があります(だからブロードソードで居合斬りしてる)。




