再会
本筋に戻ります。
律子がいなくなってから3日目。昨日までは喧嘩したから俺を避けているだけだろうと思っていたが、流石にここまで来るとおかしい。室内グラウンドを3日も開けたことは今までなかったはずだ。
となれば、結論は一つしかない。律子は、烏魔三郎にさらわれたのだ。
俺のせいだ。いや、喧嘩したからさらわれたというのはおかしいかもしれない。でも俺にはそう思わずにはいられなかった。俺が助けなければいけない。どうすればいい? まだ律子は無事なのか?
そう思ったら居ても立っても居られなくなって、俺はキョウシャさんの屋敷を訪ねた。屋敷に入ると、キョウシャさんがじろりとこちらを見た。
「君、リツコちゃんはどうした? ちゃんと謝れたのか?」
「律子は……律子は、いなくなりました。俺は……どうすれば……」
「バカモン! なぜ3日も経ってから来た? その間にも貴重なリミットは着々と過ぎておったのだぞ!」
リミット? まさか。
「もしかして、律子はまだ無事なんですか!?」
「わからん。わからんが、可能性はある。烏魔三郎はさらった獲物をしばらく生かしてコレクションするという言い伝えがあるのだ」
「本当ですか!?」
「あくまで言い伝えだがな」
まだ無事なら、絶対に助け出してみせる。この命に代えても。
「君が来ないうちに捜査資料を取り寄せておいた。それによれば、烏魔三郎は2週間程度のスパンで人をさらっておるようだ。1ヶ月空いている時もあるが、おそらくそれは事件が発覚しとらんだけだろう」
「ということは」
「うむ。あと10日ほどは猶予がある」
それなら間に合う。その言い伝えとやらに賭けるしかない。あとは場所だ。
「それで、今まで事件の起きた場所は!?」
「落ち着け。すでに事件の起きた場所が書き込まれた地図を用意してあるわ」
用意がいいな。俺が姿を現さなかった3日間に用意してくれたらしい。
「ここなら………この3箇所が怪しいですね」
事件の起きた場所の周辺にある身を隠せそうな場所は、洞窟が2つに、森が1つだな。この3箇所を全部潰すとなると時間がかかるな……。まずい。
「いや、それならこの滝壺の洞窟が怪しい。ほか2箇所の可能性は低いだろうな」
「なんでですか?」
「他の洞窟と森は魔物がさほど強くない。だから冒険者の出入りがそこそこあるのだ。そこに烏魔三郎が身を隠しているようなら、目撃情報が出ていてもおかしくない。少なくとも誰かが被害に遭うはずだ」
なるほど……。最近ナイジャンに来た俺のようなよそ者とは違うキョウシャさんの視点に救われた。
「分かりました。それじゃあ俺は滝壺の洞窟に――」
行きます、と言おうとしたところで、俺は尻餅をついてしまった。キョウシャさんから恐ろしいオーラのようなものが発せられたからだ。
「ふざけるな。君では烏魔三郎の元へ辿り着くことすらできずに死ぬ」
「でも!」
俺がやらなければならないのだ。
「でもではない! もうあの子の言葉を忘れたのか? 君が無駄死にしてあの子が喜ぶと思うか?」
「……」
何も言い返せなかった。こんな時に何もできない自分に嫌気がさした。
「ワシにも君の気持ちはわかる。1週間だ」
「?」
「1週間で、なんとか烏魔三郎に対抗しうるパーティを集めてみせる。それに賭けるしかない」
確かに戦力を整えれば勝てる可能性もあるだろう。そうだ。突如として俺にひらめきが走った。
「キョウシャさん。俺を鍛えてください。俺はそのパーティと協力して烏魔三郎を倒したい」
真っ直ぐ目を見て言った。
「ふむ。……さっきまでとは違って落ち着いているな。いい目だ。何か勝算があるのだな?」
「勝算なんかありませんが……。俺は転生者です。なんとかしてみせます」
現実問題、今の「格ゲーマー」と「格闘家」を組み合わせたスタイルで烏魔三郎を倒すのは無理がある。たった1週間で劇的に格闘家のレベルを上げるのは不可能だ。
しかし、「格ゲーマー」には、ひいては転生者のユニークジョブには無限の可能性がある。俺はあの日にそれを律子に教えられた。
「なるほど。君のジョブを教えてくれ」
「はい」
俺は自分のジョブについて全てを教えた。俺の説明が終わると、キョウシャさんは真剣な顔をして言った。
「ひとつだけ確認しておきたいことがある。僧侶か魔術師の魔法を一度見せてくれないか?」
「あー、魔術師は一度も使ったことがないので僧侶を使いますね。何か怪我とかしてます?」
今の俺は僧侶では基本的な治癒魔法しか使えない。熟練の僧侶なら疲労回復の魔法などが使えるという話も聞くが。
「問題ない」
そういうとキョウシャさんは突如として棚から果物ナイフを取り出し、自分の指先を軽く切った。
「うわっ!」
「何を狼狽えておる。早く治したまえ」
「は、はい……」
キョウシャさんの目はギラギラしていた。きっと現役の頃はこの眼力で数多くの魔物を屠ってきたに違いない。俺は気圧されながらもなんとか治癒を成功させた。すると、キョウシャさんはニヤリと笑う。
「うむ。君は実に運がいい。ワシはおそらく、君を育てるのに最も適した人間だろうな」
「どういうことですか?」
言っている意味がよくわからない。
「ワシは現役時代、魔力を使った拳で敵を葬っていく戦い方で名を馳せたのだ」
「魔力を使った拳? 魔力は魔法を使うためのものじゃ?」
魔力を持つのは基本ジョブで言えば僧侶と魔術師で、戦士と格闘家は魔力を持たないというのが定説だ。もっとも、ショコラさんから聞いた話では魔力はどこにでもあるそうだが。
「普通はそうだな。だがワシは元々魔術師として戦う傍ら、魔力切れでも戦えるように近接戦闘での戦いも磨いてきたのだ。その結果、その両方を活かせるクラスアップができるようになった。魔力を魔法ではなく近接戦闘に生かすスタイルに進化していったのだ。まあ、そんなことはどうでもいい」
魔力と近接戦闘の共存。そういう意味では、キョウシャさんのスタイルは俺と近いと言えなくもない。
「つまり、俺は魔力と近接戦闘のジョブを併せ持っているから同じことができるかもしれないということですか?」
「うむ。人に教えるのは初めてだから成功する保証は無いが、やってみる価値はある。そうは思わんか?」
「ええ。お願いします」
たった1週間で何ができるかはわからないが、できる限りのことをするしかない。
それから1週間、俺は地獄のような修行に取り組むことになった。基礎からやっている時間はないので、その日のうちにキョウシャさんとの実戦形式の練習が始まった。
「そんなことでは死ぬぞ! ワシを殺す気で来い!」
俺が甘えた攻撃を放てば檄が飛び、同時に強烈な反撃が返ってきた。
「闇雲に魔力を使うな! 力の隙を突くのだ! どんな生き物にも必ず隙がある。何かをする時はなおさらだ。攻める時も守る時も必ずどこかに隙を作ってしまうのだ」
そう言うキョウシャさんには隙などないように見えたが、それでも必死で食らいついていった。
「君はいつも一定の攻撃しかできていない! 基本を忠実に守りつつも、必ず毎回違う攻撃をするのだ!」
それは確かに俺の大きな課題だった。「格ゲーマー」という能力は、『リンブラ』というモデルがあるが故に、意識しないと常に単調な攻撃になってしまう。
そんな風に貴重な1週間は過ぎていった。寝る前には、ショコラさんがやったという魔力を枯渇させる修行まで行い、少しでも魔力を感じられるように努力をした。この修行方法をショコラさんから聞いた時は、自分では決してやるものかと思ったものだが、今の俺にやる以外の選択肢などなかった。
*
1週間後。努力の甲斐あって、完璧に魔力は感じられないながら多少は意識して魔力を使えるようになった。
「まあ、及第点といったところか。烏魔三郎に通用するかは極めて怪しいが、少なくとも辿り着くまでに他の魔物に殺されることはないだろう。たったの1週間でよく頑張ったな」
「キョウシャさん……」
この1週間で初めて褒められた気がする。俺が感慨深く思っていると、誰かの足音が近づいてきた。
「誰ですか?」
「ああ、呼んでおいたパーティだ。すまないが、ワシの力でも1パーティしか呼ぶことができなかったのだ。このワイバーン騒ぎでな……。来てくれたのはウィンドルフからわざわざ来てくれた1パーティだけだ」
「ワイバーン騒ぎ?」
誘拐騒ぎ以外に何が起きていたのだろうか。
「ああ、君は修行に必死で知らなかったか。泊まり込みであったしな。数日前からこの国にワイバーンが現れてな。他の冒険者たちはそれにかかりきり……というか、緊急依頼でCランク以上は全て出張っているのだ」
「そんな……」
なんでこんな時に。そう思わずにはいられなかったが、とにかく1パーティは来てくれたというのなら、その戦力で頑張るしかない。時間が経つほど律子の命は危なくなるのだから。
その時、がちゃりと音がして、そのパーティは姿を現した。その先頭にいたリーダーを見て、俺は言葉を失った。
「久しぶりだね。リク」
その男は、黒髪黒目で、少し背が低かった。そして、この世界では比較的珍しい眼鏡をかけていた。
「ティ、ティム……! ティムが来てくれたのか!」
「ああ。僕たちも最初はわざわざこっちまで来る気はなかったんだけどね。『リクという少年が無謀にも一人で死地へ向かおうとしている。どうか助けてはくれまいか』って、そこのキョウシャさんが必死で頼んできたんだよ」
キョウシャさん……俺のためにそこまでしてくれたのか。
「む。君たちは知己であったか。道理でリクくんの名前を出したらすぐに応じてくれたわけだ」
「ええ。彼には昔お世話になりまして。あの、他のパーティメンバーを紹介しますね」
そう言って、メンバー紹介が始まった。その中には、俺がかつてティムと共に3人でパーティを組んでいたナンドの姿もあった。
中途半端ですがここで一旦切ります。




