失踪
その後俺たちは、キョウシャさんから出された納豆ごはんを食べながら今後の話し合いをした。
「捜査情報が出れば烏魔三郎の位置を突き止めてくれるのであろう?」
「いやいや、そんな簡単に言わないでくださいよ! わかるとは限りませんよ」
「え〜? 陸くんなら一発でしょ?」
やれやれ。その俺への厚い信頼は一体なんなんだ。
「まあ、考えてることならありますよ。今まで被害に遭った人たちがいなくなった大体の位置を元に、烏魔三郎が大体どこにいるのか割り出してやればいい」
「大体なの?」
「ああ、大体でいい。烏魔三郎はそれなりに被害を出しているのに未だ目撃されていないだろう? つまり、普段はどこかに身を隠しているのはほぼ間違いない。だから大体の位置さえわかれば、その周辺で隠れられそうな場所を当たれば見つかるはずだ」
もっと言うなら、このあたりは都市の中心部というだけあって比較的治安が良く、身を隠せそうな廃墟などは存在しない。それは職にありつけない人に冒険者になるという道が残されているおかげもある。だから烏魔三郎はおそらくここらの洞窟か何かに隠れていることだろう。
「そっか〜。やっぱり陸くんは陸くんだね」
「……?」
「……なんでもない」
おかしな言い方だな。いや、さっきから俺が探偵気取りであれこれ発言しているからそういう人なのだと納得しているのかもしれない。
「しかし、そろそろ律子と事件を調べるのも終わりか……。ありがとうな、律子。色々助かったよ」
最初は「面白そう」などと言ってついてくるから何かと思ったが、ふとした時の律子の発言には何度も助けられた。律子がいなければここまで来られなかっただろう。
俺が深くお礼を言うと、律子は酷く驚いた顔をした。
「どうして!? 烏魔三郎をやっつけるんじゃないの?」
なぜそこで驚く?
「え、そんなにおかしいか? 烏魔三郎とは俺一人で戦うよ。いくらなんでも王宮が手を焼いて仕方なく封印されてたような化け物との戦いにまで巻き込めないだろ?」
「何言ってるの! なおさら陸くんだけじゃ危ないじゃない!」
ああ、俺のことを心配してくれているのか。俺は覚えていないが、様子を見る限り元々俺とは仲が良かったみたいだしな。
キョウシャさんも律子に続いて心配してくれた。
「うむ、烏魔三郎は一人や二人で勝てる相手ではない。烏魔三郎の居場所が分かれば、そこで一部依頼達成として3分の1、つまり小金貨1枚を出しても良いぞ」
一部依頼達成は文字通り依頼の一部のみを達成した時に行えるシステムで、よくあるのは納品系の依頼で半分納品すると一部依頼達成となるパターンだ。大型モンスター1体の討伐など、一部依頼達成ができない依頼もある。また、常設依頼では一部依頼達成はできない。
一部依頼達成だけでも違約金を回避できるため冒険者としては非常に便利だが、その代わり成果物半分に対して報酬は3分の1など損をする形になることが多い。最初から一部依頼達成ありきで受注することを防ぐためだ。
とはいえこの場合は「烏魔三郎の位置を突き止める」という一部依頼達成条件が「烏魔三郎を倒す」という依頼達成条件と難易度が違いすぎるため、報酬が3分の1でも破格なくらいだ。これは純粋にキョウシャさんの優しさだろう。
そもそも、「被害が出た近くの洞窟にいそう」などという予想は割と普通の発想であり、別にすごい推理などではない。キョウシャさんだってそれくらいのことは考えたはずだ。
だから本来ならこの依頼は烏魔三郎を倒さなければあまり意味はないし、秘密を無理に聞き出したからにはできる限り頑張りたい気持ちが強い。
とはいえ、無理そうなら一部依頼達成で小金貨1枚ももらえるというのはやはり魅力的だ。普段の生活で見るのはせいぜい小銀貨くらいまで。冒険者以外の職業の月収レベルでようやく大銀貨数枚なのだから、大銀貨の10倍の価値がある小金貨はとんでもない大金だと言える。
「それはありがたいですね。じゃあ、一度挑んでみてダメそうなら逃げて一部依頼達成させてもらいます。俺には強くなって恩返ししなきゃならない人がいる。強い相手との戦いなら望むところだ」
「陸くん、本気? 何人も人がさらわれて帰ってきてないんだよ? 逃げられなかったらどうするの? どうしても行くなら絶対に私も行くから」
妙に食い下がってくるな。やめろと言うならまだしも、なんでついてきたがる?
「俺にはガードがある。どうとでもなるさ。でも律子はそうじゃないだろ」
「ガードがあるからっていうけど、そのジョブで一度限界を感じたんじゃないの? 慢心しちゃダメだよ」
カチンと来た。
「何だその言い方。お前に何がわかるんだよ。なんでそんなことまで決められなきゃいけないんだ。お前は俺のなんなんだ――ふぐっ」
気がつくと頬に鋭い痛みが走っていた。
「陸くんはもう、違う人なんだ。私はやっぱり一人なんだ」
律子はそうポツリとこぼすと、走り去っていった。
「あっ、おい!」
一体なんなんだ。確かについにムキになってしまったのは悪かったが、俺は単に危険な戦いに律子を連れ出したくなかっただけだ。
「キョウシャさん、なんかすみません。あいつ、せっかくごちそうになったのにこんな食べかけのまま残していって……」
「バカモン!! そんなことはどうでもいい! さっさとあの子を追いかけんか!」
なぜかキョウシャさんまで激怒する。まあ、確かに酷い言い方をしたのは謝っておきたいな。俺は後を追って街へ出た。
しかし、律子は知らぬ間に遠くへ行ってしまったらしく、見つけることができなかった。キョウシャさんの屋敷の中も見てみたが、やはり律子はいなかった。
俺が諦めて元の部屋に戻ると、キョウシャさんは再び声を荒げた。
「あの子はどうした!? 見つからなかったのか!?」
「ええ。屋敷の中も見ましたが見つかりませんでした」
「……次に会ったら絶対に謝っておくのだぞ」
「え、はい……」
それはそのつもりだが、なぜキョウシャさんがそこまで怒るのだろうか。
「なんだ、その不満げな顔は。一応確認するが、君たちはどんな関係なのだ?」
「それがよくわからないんですよね。事情があって、俺は記憶がないんですが律子は俺のことを知ってるんです。わざわざ昼に誘ってくれたくらいだから元々仲は良かったんじゃないかなと思ってますけど」
俺が大まかに事情を説明すると、キョウシャさんは深くため息をついた。俺は呆れられているのか?
「そういうことか……。リツコちゃんと言ったか、あの子は相当君に入れ込んでおるぞ。いくら記憶がないと言っても鈍感すぎる。というか付き合っておったのではないか?」
「え、付き合っていた? そんなバカな」
「あの依頼を出したワシが言うのもなんだが、ちょっと仲がいい程度で、こんな怪しげな依頼にずっとついてくるわけがなかろう」
「あ……」
そりゃそうだ。本当に付き合っていたのかは知らないが、少なくともちょっとした友達レベルではないだろう。そんな人が俺を本気で心配してくれたのに、俺は最低のことをしてしまった。
そもそも冷静になっていれば律子の言うことは正論だ。あれだけ有利な状況を作っておいてショウタにボロ負けした俺が、王宮レベルで封印が精一杯の化け物に勝てるとは思えない。
仮に律子を連れて行っても結局はみすみす死にに行くようなものなのに、律子は自分も行くと言い張った。命を張ってまで俺を守ろうとしたのだ。
明日会ったら、謝ろう。そう思った。
それなのに、明日になっても、明後日になっても、明々後日になっても、律子は姿を見せなかった。忽然と消え失せてしまったのだ。




