烏魔三郎
律子にエイミーの相手を頼み、俺たちは会話を再開した。
「どこから話したものか」
「そもそもこの事件の犯人は誰なんです? まずはそこからでしょう」
「この事件の犯人は、『烏魔三郎』じゃ」
「烏魔三郎……? 誰ですか、それ」
なんじゃそりゃ。見たことも聞いたこともない。そもそも人間なのかそれは?
「烏魔三郎は王宮の地下深くに封印されていた化け物だ」
「ば、化け物?」
「そうだ。人型で、身体に大きなカラスの羽根が生えておる」
だから「烏魔」なのか。今にしてみれば、街カラスに餌をあげないでという貼り紙がしてあったり、日雇いで清掃員が募集されていたりしたのはそいつが大量に羽根を残していったからなのかもしれないな。
「何があってそんな化け物の封印が解かれたんですか?」
「……先王が暗愚でな。無駄に贅の限りを尽くし、民からの支持も得られず、金が底をついたのよ。そこで愚かにも奴は封印に手を出した」
「話が見えてきませんね。烏魔三郎の封印を解いたらお金になるんですか?」
「もちろん、金になどならんよ。奴は噂に踊らされたのだ」
噂?
「王宮の地下に財宝がある、みたいな噂ですか?」
「そうだ。元々、王宮の地下に烏魔三郎を封印したことは決して漏らしてはならぬ秘密だったのだが、それが長い年月をかけて『王宮の地下には財宝が隠されている』という与太話となって漏れ出したのよ。奴はそれを真に受けた」
馬鹿げた話だ。より正確な情報を知っているはずの王宮にいる人間が尾ヒレのついた噂に騙されるとはな。
「本当は烏魔三郎が封印されていると知っていたはずでは?」
「無論、ワシは真実を伝えたよ。だが、奴は聞く耳を持たなかった。『財宝を独り占めするつもりか』などと世迷言を宣ってな」
「なるほど。それは先王の話でしたよね? その時に封印を解かれた烏魔三郎が今になって暴れているのは何故ですか?」
つい最近に王位を譲ったという話も聞かないし、そもそも今の国王はそれなりにご高齢だ。先王、つまり先代の王の話だから、恐らく数十年前だろう。
「先王が勝手に封印を解くのはもはや明らかだったからな。ワシらは予め手を打ち、再度封印をしたのよ。しかし一度解かれた封印は完全に元通りにはならず、いつか自然に解けてしまうようだったのだ」
ワシら? やけに内部事情に詳しいとは思っていたが、まさか。
「キョウシャさん、もしかして王宮に勤めていたんですか?」
「ガッハッハ、その通りだ。再封印の際、混乱を恐れたワシは先王の暴挙を伏せて人員を揃えた。だから、全ての事情を知っているのは側近であったワシだけであった。封印の真実を知った先王はワシに情報を漏らされないようにするため、ワシをこんな田舎まで追放したのだ」
「そんなことが……」
そういうことだったのか。そういえば、律子と「金持ちがこんな田舎に豪邸を建てるなんて変だ」みたいな話をしたこともあったな。
「なに、昔のことだ。大人しく追放されてやる代償としてかなりの金をふんだくってやったからな。王宮は元々財政難に陥っておったから、一括ではなく定期的に金を送らせる約束をしてな。王が代替わりした今でも金を取っておるのだよ。ガッハッハッハッハ!」
キョウシャさんはおかしそうに笑った。確かに、数十年前、つまりエイミーが生まれていないほど昔から悠々自適の隠居生活を送れたと思えば悪くなかったのかもしれないな。
「今回の依頼は烏魔三郎からお孫さんを守るために? でも、それなら最初から本当のことを言ってくれれば……」
「まあ、結果的にはそうであったな。だが王宮から口止め料を貰った以上直接言うことはできるだけ避けたかった。まあ、いよいよとなればエイミーのためにも約束など反故にしたがな。それに、ワシとしてもこの話を大っぴらにしたくはない」
まあ、そりゃそうか。「誘拐事件」として依頼を出している今も既にグレーゾーンだろう。恐らくは、この件で向こうも混乱しているからなんとかなっているだけだ。
キョウシャさんの理想としては、冒険者がこの件を独自に調べて、王宮がらみのこととは関係なく烏魔三郎について探り当て、退治なり封印なりをしてくれることだったのだろう。
封印されるほどの化け物をどうにかしろというのは無茶かもしれないが、仮に倒せなくとも烏魔三郎の存在が他者の手で明るみになるだけで意味がある。
しかし、困ったな。犯人がわかったのはいいが、状況は最悪だ。その烏魔三郎がどこにいるのかも分からないし、分かったとしてそんな化け物に勝てるのか。
「烏魔三郎がどこにいるのか、心当たりはありませんか?」
「あればこんな回りくどい真似はしとらんわ」
ま、そりゃそうか……。どうしたものか。キョウシャさんから得た情報だけで烏魔三郎の位置を突き止めるのは無理だろうな。
「とりあえず律子を呼んできていいですか? お孫さんに聞かれたくなかったのは王宮を強請っていることでしょう?」
「うむ」
まあ、身勝手にキョウシャさんを追放したのは王宮側なのだから強請っていると言えるかは微妙なところだが、少なくとも本人はそう思っているからこそエイミーを遠ざけているのだろう。
*
「……というわけなんだ。キョウシャさんは先王の側近だったからこのことを知っていたらしい」
「びっくりした。まさか人間の仕業じゃなかったなんて……」
俺は、戻ってきた律子に事情を話した。エイミーが急に来るかもしれないから、キョウシャさんが王宮から金を受け取っているくだりは言わずに誤魔化したが。
「とにかく、この事件のハンニンは烏魔三郎っていう化け物、っていうか妖怪? みたいなもので、その居場所がわからないってことだよね?」
「そうだ。正直手がかりがない」
俺たちが首を捻っていると、キョウシャさんが口を開いた。
「なんだ。ワシを追求した自慢の推理力で見つけ出せんのか?」
一瞬、言いたくないことを言わせた挙句烏魔三郎の場所が突き止められない俺に皮肉を言っているのかと思ったが、言ってからカラカラと笑っているあたり、単なる冗談なのだろう。
「あはは、勘弁してくださいよ……。捜査情報でもあるならまだしも」
「捜査情報かぁ……。あっ! キョウシャさんは昔の王様の側近だったんでしょ? その時のツテか何かで警吏さんに圧力をかけて捜査情報、言わせちゃえば?」
さらっととんでもないことを言うな……。まあ、キョウシャさんが追放されたくだりを端折ったせいでそういう発想が出たのだろう。
「ごめん律子、さっきの話は端折ってたんだが、キョウシャさんが辞めた時ちょっとゴタゴタがあったらしいからそれは難しいかもしれない」
「いや、不可能ではない。言われてみればなぜそうしなかったのか不思議なくらいだわい」
「え? 行けるんです?」
追放されたというからにはとっくに力はないのかと思っていたが。
「何を言っておる。仮にも王の側近であったのだぞ。簡単に人脈は枯れんわ。今も王宮と繋がりがあるのだしな」
「そういうものですか。それならお願いします。じゃあ、一旦解散して結果待ちだな……」
「そうだね。陸くん、このあとお昼ご飯食べ行こ?」
「え? 俺とか? まあ、いいけど」
律子とご飯か。まあ今回の調査では相棒みたいな感じだったからな。早めの打ち上げくらいの感じだろう。とはいえ、ご飯に誘ってもらえるということは前世――という言い方で正しいかわからないが――の俺は律子とは仲が良かったんだろうか。
「ガッハッハ。仲がいいのは良いことじゃ。ワシにもそんな頃があった。どうだ。うちで食べていかないか?」
それはありがたい提案だな。お金持ちの家のご飯ってどんな感じなんだろうな。
「え、いいんですか! 私すっごく楽しみ! ごちそうになります!」
「ありがとうございます」
「そうだ。あれを出してくるとしよう。ウィンドルフの方から取り寄せてきた珍味があるのだ」
「へぇ〜! 面白そう!」
珍味か。想像もつかないな。めちゃくちゃ不味かったらどうしよう。
しばらく待って、キョウシャさんが出してきたその「珍味」を見て驚いた。
「な、納豆……」
「懐かしい〜。納豆なんてもう食べられないと思ってた」
ウィンドルフから取り寄せたんだったな。つまり転生者が作った納豆の試作品か何かを取り寄せてきたということか。律子は久しぶりの納豆に大喜びのようだ。
しかし記憶がある律子とは違って、納豆という食べ物の知識しか残っておらず思い出が抜け落ちている俺からすれば「わざわざ金持ちの家で朝飯みたいな昼飯を食うのか」という感じだ。
だからといってキョウシャさんの好意を無駄にするわけにもいかない。ここは大人しくごちそうになるしかないか。




