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ある種の解決編

「さて。律子、警吏の人に会いに行こう」

「警吏さんに? ああ、財布のこと謝らなきゃいけないもんね」

「……ああ。そうだな」


 俺たちは詰所までやってきた。そこには前に訪れた時と同じ人がいた。


「どうも。母の財布、見つかりましたかね?」


 俺が平静を装って聞くと、警吏は申し訳なさそうに答えた。


「いえ、残念ながらまだ見つかっておりません。なんとかあの店の付近だけは調べてみたのですが……」

「そうですか。……捜査情報、教えてくれるんですね?」


 俺は言外に、それならば誘拐事件のことも教えられるだろうと告げる。


「……あなたのご家族が当事者ですからお伝えしたまでです。あなたに全く関係ない捜査情報はお伝えできませんよ」


 警吏はそう、()()()返した。それを聞いた律子が俺に非難がましい視線を向ける。


「陸くん、捜査情報が聞きたいのは分かるけど無理言っちゃダメだよ。警吏さんの言ってることはおかしくないよ」

「そうだ。何もおかしくない。だからおかしい」

「はい?」


 警吏は露骨に面倒くさそうな顔をした。申し訳ないがもう少し付き合ってもらおう。


「あなたは俺の屁理屈に対して、当たり前のことを当たり前に主張しただけです。だから態度も堂々としていた。それなのに――」

「あっ!」


 俺の発言の途中で、律子が何かに気づいたような声を上げた。


「確かに、昨日の警吏さんは今日みたいに堂々としてませんでした。なんだか落ち着かない様子でしたよ」

「そうだろ? 目は泳いでいたし、しきりに胸元をいじくっていた」

「あなたたちは何が言いたいんです!?」


 これはほとんど言いがかりに近いが、だからこそ敢えて強気に攻める。


「簡単なことです。あなたはこの誘拐事件について、隠し事がありますね」

「隠し事……それって、この人がハンニンってこと?」

「律子、それは違う。多分この人が何かしてるわけじゃない」

「えっ?」


 警吏は面食らった表情をした。結局何の話だと聞きたいのが半分、自分が責められているわけではないと知って安心したのが半分といったところだろうか。


「はっきり言います。あなたがたは捜査情報を隠しているわけじゃない。国からこの事件のことをなるべく広めないように、と通達されているのでは?」

「何の証拠があってそんなことを? 仮にそうだとして、私の立場上それにはいそうですよと言えないのがお分かりになりませんか?」

「証拠ならありますよ」


 なければ、何も悪くない警吏の時間を奪ってまでこんなことは言わない。まあ状況証拠に過ぎないが。


「俺たちはあの後街で聞き込みをしたり、貼り紙を調べたりしました。そうしたら、不自然なほど情報が知れ渡っていなかったんですよ、この事件はね。むしろ俺たち冒険者の聞き込みで事件を知ったような人ばかりでした」


 しかし、警吏はなおも食い下がってきた。


「それは必要もないのにわざわざ情報を広めていないだけですよ。聞かれればそういう事件が起きていることくらいはお伝えします。お2人にも『そんな事件は起きていない』とは言わなかったでしょう?」

「確かに……。陸くん、情報を隠してるってほどじゃないかもよ?」


 律子は信じてしまったようだが、その反論は穴だらけだ。


「いいえ。必要な人にも情報は行きわたっていませんよ。律子、言っただろ? そもそも次に誰が消えてもおかしくないような事件だから、注意喚起くらいしてもおかしくないって。それに、間違いなく『当事者』と言える人間にも情報が行っていないようだ」

「当事者? さらわれた人ですか?」

「違いますよ。財布を無くした母だけでなく、俺も捜査情報を聞ける程度には『当事者』であるのと同じ。そう言えばわかるでしょう?」


 そう俺が言うと、律子はハッとした顔になった。昨日の警吏が落ち着かない様子だったという話の時もそうだが、リアクションが良い人がいるとやりやすいな。まあ、よく考えたら「当事者」よりは「関係者」の方が近かった気もするが。


「あ、さらわれた人の友達や恋人……!」

「そういうこと。俺たちはそういった人達にも話を聞きました。彼らは当事者で、恐らく警吏のあなたがたに相談したにもかかわらず、この件が連続誘拐事件だと知らなかった。知っている人もいるでしょうが、恐らくそれも冒険者からの話で知っただけでしょう」

「……」


 黙り込んでしまった警吏に、申し訳ないと思いつつも追い討ちをかける。


「蛇足気味ですが、まだ根拠はありますよ。このあたりは『少しなら読める』人を含めれば比較的識字率が高い。なら、この件に関する貼り紙の一つもあって良さそうだが、特になかった」

「……先ほども言いましたが、私は立場上その指摘に頷くことはできません。しかし、そうですね、流石だと言わせていただきます」


 よし。事実上の肯定が得られた。これで国がこのことを隠したがっていることは確定情報としていいな。


「今日はありがとうございました。仕事の邪魔をしてしまってすみません。あと、今思い出したのですが財布は家で見つかったそうです」

「あの、ごめんなさい……」


 俺たちは警吏に謝って詰所を後にした。この件で忙しいだろうに、財布の件で嘘をついたりしつこく押しかけたりして悪かったと思っている。


「あっ! 忘れてた!」


 詰所を出るなり律子が声を上げた。


「どうした?」

「どうしたもこうしたもないよ陸くん。結局捜査情報、聞けなかったじゃない!」

「そりゃそうだろ? 俺は『国がこのことを隠したがってる』というのがはっきりすればそれで良かったんだ。キョウシャさんのところに行くぞ」


 *


「む、君たちか。どうだね、進展はあったか?」


 俺たちはキョウシャさんのいる部屋にやってきた。エイミーは昨日同様、隣の部屋にいるようで姿が見えない。


「進展はありましたよ。……初めからあなたに話を聞くべきだったということが分かったんです」


 それを聞くと、キョウシャさんは明らかに険しい顔になった。


「陸くん、もしかして……」

「ああ。俺はキョウシャさん、あなたを疑っている」

「どういうことかね。なぜワシを疑う?」


 やれやれ、まだとぼけるつもりか。


「知らないとは言わせませんよ。国はこの事件を伏せたがっているようなんです。……おかしいですね。それならばなぜ、あなたがこの事件を知っている?」


 俺は問い詰めるように言ったが、キョウシャさんは動じなかった。むしろかえって余裕を取り戻したかのようだ。


「ガッハッハ。別に事件を知っているのはワシだけではないぞ?」

「そうでしょうね。実際、色んな人から話を聞けましたよ」

「そうであろう? 君はその全員を疑う気かね」

「いいえ。怪しいのはあなただけです。街の人々はあなたの出した依頼、もしくはそれを目にした冒険者からしか情報を得ていない。あなたが情報元なんですよ、全て」


 そこまで言うと、キョウシャさんの表情が再び険しさを取り戻した。


「いや……君の言うことはもっともだが、そうではない。ワシはただ、家族や友人、それに恋人がさらわれた者から話を聞いただけなのだ」

()()()()()。それがもうおかしいんですよ。律子、この事件ってそもそも()事件だ?」

「何事件? 誘拐事件じゃないの?」

「律子、それはキョウシャさんがそういう名前で依頼を出しただけだ。突然、複数の人が姿を消した。さらわれるところを見た人はいない。……もう一度聞くけど、これは何事件だ?」


 普通、こういう事件のことを「誘拐事件」とは言わない。


「し、失踪事件……」

「その通り。これは、普通に考えたら連続誘拐事件じゃなく連続失踪事件だ。キョウシャさん、あなたはどうして『連続誘拐事件』の解決という依頼を出したんです?」

「……理由などない。確かに言われてみれば連続失踪事件の方が近いやもしれぬが、ワシのかわいい孫がかどわかされるのではないかと不安になり、つい『誘拐』という言葉が出てしまったのよ。すまなかった」


 ぐっ。苦しい言い訳だが、完全には否定しきれないな。


「陸くん。私にはキョウシャさんがエイミーちゃんを思う気持ちが嘘なんて思えないよ。それに、もしキョウシャさんが犯人なら、わざわざこんな依頼を出す必要ないんじゃない?」


 確かにそれもそうだ。この依頼は成功して初めて報酬が出るから、キョウシャさんが犯人の場合ばれなければ支払わなくていいとはいえ、ギルドが騒ぎになるような依頼だ。しかも国が隠している事件を暴露するような内容でもある。


 それらを踏まえれば、この依頼を出すためにギルドに賄賂を握らせていてもおかしくない。仮に怪しまれないためだとしてもやりすぎだ。


「確かに律子の言う通りだ。キョウシャさん、疑ってすみませんでした。あなたはこの事件の犯人ではない。しかし、この事件の犯人に心当たりがあり、それを何らかの理由で隠している。……違いますか?」


 これなら全てに説明がつく。キョウシャさんはこの事件の犯人を言えない理由がある一方で、本当はエイミーを守るためにその犯人を捕まえたいのだ。だから依頼を出したのだろう。


「やれやれ。リクくんとリツコちゃんだったか? 全てを話そう。どちらかは孫と何かで遊んでいてくれないか?」

「……お孫さんに聞かれたくない話なんですね?」

「そうだ。隠していてすまなかった」


 なるほど。今エイミーは隣の部屋にいるはずだが、おじいちゃんっ子のようだから寂しがっていきなり入ってくる可能性もあるだろうな。


「……それなら、私がエイミーちゃんと遊んでるよ」

「律子、いいのか?」

「うん。今回は陸くんが頑張ったんだしね。テレビに出てくる探偵みたいだった。それに――」

「――それに?」

「話聞いてるよりもエイミーちゃんと遊んでる方が楽しそうだし」

「……まあ、そういうことなら頼んだよ。よろしく」


 そっちが本音か、とは思ったが、俺は直接キョウシャさんから話を聞きたかったのでもちろん助かる。それに、今回ずっと協力してくれた律子に文句を言うのも違うだろう。ここは律子に頼むことにした。

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