調査 2
「またね〜」
俺たちはキョウシャさんとエイミーに別れを告げ、再び調査に戻ることにした。
「警吏に話を聞くんだったよな」
「うん。またギルドの方まで戻らなきゃだね」
この世界ではどこにでも警察組織があるわけではない。都市の中心部には警察に近い組織があるが、田舎の方では何かあれば直接為政者に訴え出るのが当たり前という地域もあるらしい。
そのため、警吏に話が聞きたいならギルドがあるような中心部まで戻る必要がある。俺たちは来た道を戻る事にした。
「今日は警吏さんに話を聞いたら終わりかなぁ」
「そうだな。時間的にそうなりそうだ」
「明日も頑張ろうね」
「おいおい、気が早いな」
その前にまずは警吏から上手く情報を聞き出さないとな。
*
「ごめんください」
俺たちは警吏のいる詰所までやってきた。日本で言えば交番のようなところだ。
「こんばんは~。あの、私たち誘拐事件について調べてて……」
律子が要件を伝えると、警吏は困った顔をした。
「ああ、例の依頼の……。どういうご用件でしょうか」
「具体的にどこで誘拐が起きたのかとか、誰が誘拐されたのかとかそういう情報が欲しいんです」
「申し訳ありませんがそれはお伝えできません」
ダメか……。参ったな。
「なんでダメなんですか?」
「それは、えーと、規則なんですよ」
「規則ですか?」
明らかに目が泳いでいる。面倒だから教えたくない、とかならしつこく聞けば聞き出せるかもしれない。
「はい、規則です」
「あの、それってどんな規則なんですか? 言えなかったら大丈夫ですけど」
律子も援護してくれた。規則とやらが実在しないならボロを出すかもしれない。
「その、捜査情報は一般の方には開示できませんので」
警吏は胸元に挿した万年筆のようなものを忙しなくいじりながら答えた。確かに納得できる理由だが、なぜそこまで動揺しているのだろうか。
「そんなバナナ……」
部屋に寒い空気が流れた。こういうギャグでも律子のジョブは発動するのか……。律子は気にした風もなく続けた。
「陸くん、帰る? 無理に聞いたら警吏さんが可哀想だよ」
「ああ、そうだな。出直すか。でもその前に……」
「その前に?」
「警吏さん。無理に変なことを聞いてすみませんでした。別件なんですが、家族が財布を落としたそうでね」
「財布ですか?」
誘拐事件から話を変えてみると、警吏は露骨に安心した様子だ。目が泳いだり胸元をいじったりもしていない。やはりな。
「ええ。母が財布を落としたそうで。場所は――」
俺は適当に近所の店の名前を出し、そのあたりで落としたらしいと説明した。そのあと、適当に手続きを済ませ、俺たちは詰所を出た。
「財布ってどんな財布? 私も探そうか?」
「え? あんなの嘘に決まってるだろ」
「ええ〜! 警吏さんに嘘ついちゃったの!? どうして?」
「俺にも色々考えがあるんだよ。今日は遅いしまた明日な」
「う、うん……」
律子は悲しそうな顔をしている。根が真面目なんだな。心苦しくなるが、この嘘は必要な嘘だ。
*
翌日。俺たちは再び集まった。
「陸くんおはよう! 今日も頑張ろうね!」
「おはよう。今日もよろしくな」
「うん。今日はどこから行くの? 嘘ついちゃった警吏さんのことは大丈夫?」
やっぱり気にしていたか。せっかく手伝ってくれている律子に俺の独断で嫌な思いをさせるわけにはいかない。安心させないとな。
「ああ、ちゃんと『見つかりました、お騒がせしました』って謝りに行くから安心してくれ。でもその前に調べなきゃいけないことがある」
「調べなきゃいけないこと?」
「そうだ。昨日、警吏の人に『捜査情報は明かせない』って言われただろ? そこから分かることがある」
「何も教えてもらえなかったのに?」
何も教えてもらえなかった。そんなことはない。
「ちゃんと教えてもらっただろ。『情報は教えられないが、捜査はしてる』ってことを」
「わ、確かに! 陸くんてば凄いね!」
……まあ、確認するまでもなく、捜査してないわけがないんだけどな。律子を煙に巻くのはなんだか申し訳ないが仕方ない。
「警察機能は国が管理してるものだ。だからこの件は国が調べてるとも言える。しかも、連続誘拐事件じゃ次に誰が消えてもおかしくないだろ。ってことは――」
「――ってことは?」
「捜査情報は明かしてなくても、何らかの貼り紙はされててもおかしくないってことだ。例えば、『夜中に出歩くのはやめましょう』とか書いてあるなら夜中に誘拐されてる可能性が高い」
紙はそれなりに高いが、入手困難というわけではない。ナイジャンの場合、ウィンドルフほど積極的に転生者を国に取り入れていないせいか、どこにでもあるというほどの浸透はしていないが、羊皮紙でよければ十分手に入る。
それに、偉い人なら植物紙も簡単に手に入るはず。要するに、国が紙を使ってそういった貼り紙をしていてもなんらおかしくないということだ。
「そっか。偉い人だって国民にユーカイされて欲しくないもんね。今日は街を回ってそういうのを探すんだね!」
「後はついでに街の人から噂を聞きたいな」
「聞き込みだね! ふっふっふ、刑事は足で稼ぐのだ」
*
しかし、律子の意気込みの割に情報はイマイチ集まらなかった。
「あの、すみません。俺たちは冒険者なんですが――」
「また冒険者かい。どうせ誘拐事件のことだろ? 話せることはないよ」
どうやら俺たちの他にも聞き込みをしている冒険者はいるらしい。まああれだけの人数が受注していればそうもなるか。
「すみません」
「間に合ってるよ!」
こんな具合で、取り付く島もない人ばかりだ。
「間に合ってるって何! 私たちは押し売りじゃないのに!」
「いや、そういう問題じゃないだろ……」
とはいえ厳しい状況なのは確かだ。時々話を聞いてくれる人もいるが、結果は芳しくなかった。
「連続誘拐事件? ごめんなさいね。あたしもよく知らないのよ。むしろ、ここ最近そうやって聞いてくる人がいるから『そんなことが起きてるなんて怖いわねぇ』って思ってるくらい」
どうも、誘拐事件のことは思ったより知られていないようだ。貼り紙の方も空振りだった。そもそも貼り紙の類はほとんどなかったのだ。
「紙は手に入るのに、どうして?」
「……いや、よく考えたら当たり前かもしれない。紙はあっても識字率の問題があるだろ」
「あ……」
考えてみれば当たり前だ。まあ、少なくとも多少読めるという程度の人が増えないと冒険者ギルドが成り立たないため、ウィンドルフ同様多少は普及しているらしく、ちょっとした仕事の募集なんかは貼ってあるが、それくらいだ。
「清掃員募集 日雇い 詳細はこちらに」
「犬 探しています 白 小型」
「カラス エサ あげないで」
こんな程度だ。というか、オリフィスにわざわざカラスにエサをやる余裕がある人なんかいるのか? まあ、貼り紙があるということはいるのだろうが……。
そんなわけで、誘拐事件に関する情報は得られなかった。むしろ貼り紙があるだけマシな方なのだろうな。都市の中心部だから多少こういうものがあるだけで、街外れや田舎の方に行けば貼り紙など一切ないはずだ。
それでも諦めずに聞き込みをしていくと、知人や家族がいなくなったという人の話を聞くことができた。
「ジェーンが……俺のジェーンがいなくなっちまったんだ。連続誘拐事件? これは連続誘拐事件なのか? 失踪事件じゃなく?」
「はい、そういう内容でギルドに依頼が出てるみたいです」
「そうなのか……。頼むよ! 俺のジェーンを見つけてくれよ!」
他にも何人かに話を聞けたが、どの人もそもそも「誘拐事件が起きている」という認識を持っていないらしい。知り合いやら恋人やらが「いなくなった」「失踪した」という認識だ。誘拐された瞬間を目撃した人が一切いないのも気になった。
「おかしいな……」
「おかしい?」
「ああ。あの人にもう一度話を聞かなきゃな」
この事件、見えてきたぞ。いや、何が起こっているのかは分からないが……怪しい奴は明らかだ。
ということで、今回はミステリ風のエピソードでした。陸はここまでの時点で怪しい、少なくとも何かを知っている人がいると考えたようです。一体誰が、どういう理由で怪しいでしょうか? 考えて頂けると嬉しいです。




