佐藤ショコラという人間
テストを乗り越えた俺は、ショコラさんに他のメンバーのことについて聞いてみることにした。
無事に帰還倶楽部のメンバーになったことだし、そこは把握しておきたい。今のところ、冷蔵庫を管理しているリツコという人がいることくらいしか知らないのだ。
「俺の他にはどんなメンバーが? 一回会ってみたいんですが」
「急に敬語になったねぇ……。全員に会うってのは難しいよ。正直あたしらは同好会というか、互助会というか、そういう集まりでね。ガチガチの組織ってわけじゃないんだ。だからいつも会ってるのはリツコくらいだね」
「え、そうなんですか?」
確かに、決まった拠点はないとは言っていたが、あれだけ厳しいテストを課すのだからもっと本格的な組織だと思っていた。
俺がそのことを聞いてみると、ショコラさんは気まずそうに言った。
「ああ、別に誰にでもああいうことをしてる訳じゃないんだ。ただ、あんたの能力は帰還倶楽部にとって貴重だから、なんとしてでも地球に帰る気があるか確かめたかったんだよ」
「帰還倶楽部にとって貴重?」
含みのある言い方だな。
「言ってなかったね。あたしらには、普通のジョブを持ってる奴はいないんだよ」
「普通のジョブ? 自分で言うのもなんだけど、俺のジョブはだいぶ変だと思いますが」
ゲーム由来のジョブは他にも誰かいるかもしれないが、コロコロと服装ごとキャラが変わったり、レベルが上がらなかったりするのはだいぶ変だろう。
「言い方が悪かったね。帰還倶楽部のメンバーにはみんなあたし同様地球の記憶があるんだが、地球の記憶がある転生者には、王道のジョブというか、普通に使って強いジョブ持ちってのがいないんだ」
しかし、それこそおかしい。
「どういうことですか? 例えばショコラさんは火柱を出したり、あのメイドを無力化したりしてたと思うんですけど」
ぱっと見でどういうジョブなのかはよくわからなかったが、特にモモカの時は魔力の流れを乱すだとか言っていて、なんだか凄そうだった。あれは王道のジョブじゃないのか?
「ああ、あれはあたしのユニークジョブじゃないんだ。そもそもあたしにはユニークジョブが与えられなくてね」
「な……」
俺は絶句した。そんなことがありえるのか。
「神からはジョブについての説明は受けなかったから、転生者がユニークジョブを持ってるってことを知った時には驚いたね。なんで自分にはユニークジョブがないのかって思ったよ」
「それはそうでしょうね……。じゃあ、ショコラさんはどうやって戦ってるんです?」
「あれは単に魔術師として戦ってるだけさ」
魔術師か。なんだかんだで俺はあまり魔術師を目にしていないが、魔術師は攻撃魔術の専門家とでも言うべきジョブだ。しかし、ショコラさんが魔術師だとすると不自然なところがある。
火柱を出せるのはおかしくないが、魔力の流れを乱すというのは魔術師にできる技術ではないはずだ。
「魔術師はあくまで体内の魔力を練って戦うジョブじゃなかったですか?」
「普通はね。ただ、あたしはそれじゃ力が足りなかった。クラスアップができなかったからね」
「クラスアップができない? ユニークジョブをもらえなかったのにですか?」
それはおかしい。神殿に行った時聞いた話では、確かに転生者はクラスアップができないが、それは「転生者はクラスアップできない」というよりも、「ユニークジョブがあるから転生できない」という話だったはずだ。
「そうだよ。実際、転生者以外でユニークジョブを持つごく一部の人間もクラスアップできないのは確かだね。だけど、ユニークジョブを持たないはずのあたしはクラスアップができなかった」
「それで、どうして魔力の流れを乱せるように?」
その話の流れでは、できることが減りこそすれ増えはしないはずだ。
「そりゃ練習したからに決まってるだろう。クラスアップのできないあたしじゃ、普通の魔術師と同じように戦っても強くなれないし、魔王を倒せるはずもない。だから、『魔力を乱す』というよりは、『体外の魔力に干渉したり、利用したりする』技術を身につけたんだ」
「体外の魔力? 魔力は体内にあるものじゃないんですか?」
少なくとも魔術師や僧侶にとってはそういうもののはずだ。Fランクとして依頼をこなしていた時にティムもそう言っていた。
「一般的にはそう言われてるね。でもそうじゃない。魔力は空気みたいにどこにでもあるものなんだよ」
「どうやってそれを知ったんですか?」
そんな簡単に知れることなら既に知れ渡っていると思うのだが。
「あたしだって最初はそんなこと考えもしなかったがね。どうにか強くなれないかと思って自分の魔力で色々と実験しているうちに、だんだん魔力を感じられるようになったんだよ。魔力を使い切る実験をしてた時だったかな」
「魔力を使い切る!?」
それは無茶だ。戦士のような元々魔力を持たないジョブならともかく、魔力を持つジョブの人が魔力を減らしすぎると酷い倦怠感に襲われる。それでも無理に魔力を使えば、吐き気や頭痛などより酷いことになるそうだ。
僧侶であるティムが無理に魔力を使うほどのピンチにならないように俺たちは注意していたので、実際にそうなるところを見たことはなかったが。
「確かに、魔力を使い切ると頭がガンガンするし吐き気も酷いことになるね。それでも頭じゃなく身体に感覚を集中させると、少しずつ身体に魔力が戻ってくる感覚がわかるんだよ。何かの役に立つかと思って続けてたんだが、体外の魔力を感じられるようになったのは半年経ったころだったかねぇ」
狂っている。そんな自傷行為に等しい真似を、「何かの役に立つかと思って」という程度で半年も続けたのか。
「どうして、そこまで……」
「地球に帰りたいから。それ以外にないだろ? それ以上聞いても40過ぎた婆さんの自分語りを聞くことになるだけさ。別に話したくないことがあるわけじゃないがね」
これ以上立ち入ったことは聞かない方がいいだろうか。しかし話したくないわけではないのならば、どうして地球に帰りたいのか聞いておきたい。今後、一緒に戦うことになるのだから。
「いや、話したくないわけじゃないなら聞かせてください」
「やれやれ、別に面白い話じゃないよ? まああたしはあんたに地球に帰りたい理由を聞いたし、あたしも話すのがスジって奴か」
そこから、ショコラさんの思い出話が始まった。
「あたしってさ、変な名前だろ? だから、学生の頃はよくからかわれたんだ。佐藤ショコラだからガトーショコラとか変なあだ名つけられたりしてね」
そこまで話すと、ショコラさんは遠い目をして言った。
「だから、あたしは自分の名前が大嫌いだった。数少ない普通に接してくれる友達にも、苗字で呼ぶように頼んでたんだ」
酷い話だ。確かに変わった名前だが、人の名前をからかうことほど最低の行いはない。ショコラさんが自分の名前を嫌いになってしまうのも無理はないだろう。
「そんな時、友達がおしゃれを始めてね。見違えるように可愛くなった友達を見て、あたしもあんな風になりたいって思った。それで、最初に始めたのが髪を真っ赤に染めることだったんだよ。先生には相当怒られたけどねぇ」
それで今も髪の毛を赤く染めているのか。
「ま、髪のことはどうでもいいんだ。とにかく、あたしもおしゃれを始めてね。ファッション雑誌を買い漁ったりしたな。そうしたら周りの目も変わって、あたしをからかう奴なんていなくなったんだ」
すごいな。おしゃれでそこまで変わるのか。
「そんなことがあって、『おしゃれは人生を変えるんだ。あたしも誰かの人生を救いたい』って思って、ファッションデザイナーになった。今じゃあたしの天職だと思ってる。だからあたしは絶対に地球に帰ると決めた。どんなことをしてもね」
そう締めくくったショコラさんの目は、輝いていた。
確かに、クラスアップができず地力で劣らざるを得ないショコラさんがどうしても強くなりたいのであれば、自分の魔力ではなく他のところにある魔力を活用するというのは合理的ではあっただろう。
少なくとも、ユニークジョブもクラスアップもなくても強くなれるということをショコラさんは示してくれた。なら、俺にもやりようはあるはずだ。
「ショコラさん。ユニークジョブを持ってる俺は、普通のジョブにはなれないですか?」
「いいや、そんなことはないよ。転生者は初期ジョブの中から好きなジョブを選んでジョブチェンジすることができる」
そんなことが可能だったのか。変なところで恵まれているな。
ちなみに初期ジョブというのは戦士・格闘家・魔術師・僧侶の4種類だが、クラスアップによって無数に枝分かれしていく。同じ初期ジョブでも個人の資質によってクラスアップの選択肢は全く異なったものになるのだ。
「そんなことができるんですか。前に神殿に行った時は説明されませんでしたが」
「まあそんなことをする奴はなかなかいないからね。聞かないとジョブチェンジの存在は教えてくれないだろうね。あたしと同じことをする気かい?」
「いや、まだわかりません。色々試してみようかと」
ショコラさんは、誰も試したことのないことをやって新しい技術を探し出した。なら、ユニークジョブ持ちの転生者が初期ジョブにジョブチェンジしたら何かが起こるかもしれない。
こういう結論に至ったのは、色々自分の可能性を探ってみたいというからでもあるし、単にショコラさんと同じ修行はできることならしたくないからだ。
俺も地球に帰りたい思いはあるが、流石にショコラさんほどの気持ちは抱けない。そこが俺とショコラさんにある、人生の厚みの違いって奴なのかもしれない。




