対決
さあ、反撃開始だ。
「丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸丸――丸焦げにしてやるぜ!」
まず、目一杯ボルケーノショットを放つ。大量のボルケーノショットが濁流のように相手の男へ襲い掛かる。
「畜生、いくらでも撃てんのか? めちゃくちゃじゃねえか……!」
しかも俺は敢えてボルケーノショットの速度を下げていた。遅い弾を大量に展開した方が長い間近くに残り、相手の動きを制限できるからだ。
飛び道具を連射するのは当たり前に見えるかもしれないが、実はこの動き自体『リンブラ』のボリオンでは決して出来なかったことだ。ただ連射速度が速いというだけの話ではない。格ゲーにおいて、飛び道具を一定のペースで連射するというのは自殺行為だからだ。
もちろん飛び道具を中心にする戦い方自体は存在するが、とにかく最速で次のコマンドを入れ続けることはしない。なぜならば、本来飛び道具を撃つ時には隙が生まれるからである。
「くっ、ならこれでどうだ!」
相手が耐えかねて、こちらに向けて飛びかかってくる。5~6メートルほどは跳んでいるだろうか。人間離れしたジャンプ力だ。ボルケーノショットは地を這う軌道ということもあり、確かにこれではボルケーノショットは届かない。
『リンブラ』であればこれはまずい状況だ。飛び道具を撃つ瞬間にジャンプを合わせられ、懐に潜りこまれてしまうとジャンプ攻撃から一気にコンボを決められてしまうのだ。もちろんこの男にコンボの概念はないだろうが、隙を突かれて強烈な攻撃を食らえば危険だろう。
だがしかし――
「――無駄だ! このボリオン様にひれ伏せ!」
さっきまでボルケーノショットを休みなく撃ち続けていたはずの俺が、急に体勢を変え、強烈なサマーソルトを放つ。
「ぐおあっ!? てめえ、さっきまで手を突き出してたはずなのになんで急にそんな動きができる!?」
「さあな」
それを説明するには、まず前提として説明しておかなければならないことがある。
ボルケーノショットを連射出来るというのは、実は格ゲー的に考えれば相当おかしな現象だ。飛び道具を撃てるペースというのは厳格に決まっており、例え何かのツールを使って超高速でコマンドを打ちまくれたからといって、それだけ早いペースで飛び道具が撃てるわけではない。
なぜならば飛び道具を一つ撃つ動作にかかる時間――少し詳しい人なら全体フレームと言った方が分かりやすいだろう――は予め決められており、その間はどんなにコマンドを打とうが次の飛び道具は撃てないからだ。
なら、ボルケーノショットがめちゃくちゃに連射できるというのはどういうことか。それは、技を撃った後に必ず生じる隙、格ゲーでは硬直とか後隙とか呼ばれるものが全く無いということだ。
これがどれだけおかしいことなのかは言うまでもない。レベルが上がらないからと言って俺が強くなることを諦めなかったのは、この優位性があまりにも大きいからだった。
俺がさっきボリオンサマーで男の飛び込みを防げたのもこのためだ。本来なら俺はボルケーノショットを撃つため無防備だったところに攻撃を叩き込まれていた。
とにかく、俺の会心のボリオンサマーが命中したことで男は吹き飛ばされた。その隙に俺は再び距離をとり、ボルケーノショットを連射する。
「またそれか。ふざけやがって……」
楽しくて仕方がない。この戦法は格ゲーであって格ゲーではないのだ。後隙がないというもはや格ゲーとは呼べないほどの強みを下敷きにしながらも、やっていることは格ゲーの基本。
なぜならば、ボリオンサマーは本来このように相手のジャンプを狩るためにある、いわゆる対空技だからだ。下投げサマーの方が特殊な使い方と言っていい。
もちろん『リンブラ』では飛び道具にきちんと後隙があるから、相手と「飛び道具を撃つか、撃たないか」「ジャンプをするか、しないか」の読み合い、すなわち駆け引きをすることになる。ボルケーノショットを警戒してジャンプしたところをサマーで狩るのはむしろボリオンの基本と言われるくらいだ。
だから、今俺がやっていることはあくまで『リンブラ』の延長線上にある。だが、後隙を無視して相手のジャンプを見てから後出しジャンケンのごとくサマーで叩き落とすのは当然『リンブラ』らしい戦いでもなんでもない。
読み合いを必要としないこの理不尽戦法では、対人戦のような楽しさはない。だがおかしなハメ技でCPUをボコボコにするような、背徳感混じりの快感がそこにはあった。
しかし、誤算もあった。この世界は『リンブラ』のような2D格闘ゲームではなく、そこには奥行きがある。よって男は左右にボルケーノショットを避けることができていたのだ。
「いつまでも喰らうと思うなよ!」
「ふん、それがどうした?」
だが俺は動じなかった。このまま暫くは膠着状態が続くかもしれないが、先にガス欠するのは俺ではなく左右に必死で避けている相手の方だろう。
「ちっ、持久戦狙いかよ……。ならこれでどうだ!」
そう言うと相手は、ボルケーノショットの波を無視して突っ込んできた。それどころか燃え盛るそれを足場にして突っ切ってくる。
「威力不足か……!」
俺は歯噛みした。恐れていたことが起きてしまったと言える。レベルを上げられない以上、攻撃が通用しない相手にはどうしようもないのだ。
まあボルケーノショットは飛び道具である以上さほど威力は高くないので、一度はボルケーノショットを嫌がっていた以上はより威力の高い近接攻撃なら通用するはずだ。事実ボリオンサマーを食らわせた時はかなり堪えた様子だった。
だが相手の狙いも接近戦に持ち込むことだったようだ。ボルケーノショットを乗り越えた相手は、ナイフで襲い掛かってきた。俺はたまらずキャラをラルフに変更する。ボルケーノショットが通用しないならボリオンを使うメリットは大きくはない。
いや、ボリオンの近接技も威力はそれなりにあるのだが、ボルケーノショットを無視されるならサマーも使いづらいし、ダブルスレッジハンマーなど大ぶりすぎて当たる気もしないからだ。それなら剣を持ち近接戦を得意とするラルフの方がいい。
本来ボリオンはバランス型のキャラクターなのだが、ボルケーノショットが連射できることと、近接戦闘がしたいなら近接特化のラルフの方が適しているということが理由で実質的には飛び道具型のキャラと化していた。
ラルフは飛び道具を持たないキャラだが、一度近距離戦に持ち込めばその剣のリーチで制圧できるキャラだ。つまり、正確に言うとラルフは中距離、すなわち密着はしていないが近くではあるくらいの距離での戦いに強いキャラだと言える。
まして相手の得物はナイフ。俺はナイフに詳しくはないが、ナイフなだけあって流石に刃渡りはそこまで大きくない。ラルフが持っているのは幅広で長さもあるブロードソードなので、こちらが有利どころか武器同士を合わせれば相手は一合も耐えきれないレベルだ。
状況が変われば適したキャラに変えて優位を保てる。これもこの能力の強みだろう。
俺はゲームでは強パンチボタンで出る攻撃を選択、大きく剣を振りかぶって攻めた。ブロードソードは刃で斬るというよりは体重を乗せて叩き斬る武器だし、相手の得物でこの攻撃を受けることはできない。
「それで勝ったつもりかよ?」
しかし男は俺の攻撃を余裕をもって回避し、勝ち誇った笑みを浮かべた。さらに相手の身体に影のようなものがさしたかと思うと、足元からどろりと人の形をなしていった。
「分身!?」
「はじめからこうしとけばよかったぜ。覚悟しな!」
生み出されたそれは、まるで漫画から飛び出してきたかのような、「メイド」のイメージそのままの存在だった。
白黒のメイド服に身を包み、表情というなどというものは最初から存在しなかったのではないかと思えるような人間味のない顔をしている。
そんな風にどこまでもメイドらしい風貌をしておきながら、その銀髪だけがメイドのイメージやこの戦いという場にそぐわない縦ロールになっていて、不自然極まりない。
「…………」
青白い肌に生気のない目をしたそれは、驚くほどの速度で俺の後ろに回り込む。挟み撃ちにあった、と気付けたのは後ろから斬りつけられてからだった。
「ぐっ!?」
「ヒャハハハハハハ。これがモモカの力だ。まだ俺のジョブを見てなかった癖に勝ち誇りやがって」
モモカ? その口ぶりだとやはりジョブの力で呼び出した存在なのだろうが、ジョブ名というよりはメイドの名前だろうな。こいつの名前もまだ知らないのにメイドの名前を先に教えられてしまった。
だが、今はそんなことはどうでもいい。今重要なのは、挟み撃ちは俺にとって最も厄介な戦術だということだ。
俺が攻撃を防ぐ上で重要なのがガードだ。格ゲーにおけるガードは、後ろから攻撃されれば機能しない。
『リンブラ』を始めとした格ゲーでは、基本的にはキャラは常に相手の方を自動で向くようになっているので、後ろから攻撃されることは普通ない。
だが上手くジャンプでこちらを飛び越えながら攻撃されると――これを「めくり攻撃」とか「相手をめくる」と言う――ガードが失敗する。正確にはガードを入力するべき方向が反対になってしまうのだが。
この世界の場合、俺はスティックを反対に入力する代わりに身体を反対に振り向いてガードしなければならない。だが前後から同時に攻撃されれば物理的にガードができなくなってしまう。
「ぐぅぅ……」
俺は背中の痛みに耐えながら、なんとか体勢を整えようとした。2Dの世界で挟み撃ちにされたならまだしも、ここは『リンブラ』ではない。なんとか2人を正面に見られるように逃れようとする。
「させるかよ!」
「…………」
しかし、モモカというメイドと男は普段からこの連携に慣れているようで、上手く俺を挟んだ状態を維持してくる。
「ぐっ!」
「!」
やがて、俺は背中の痛みで隙を作ってしまった。そこにモモカが迫る!
かきん。俺はかろうじて振り向いてガードをした。しかし……
「終わりだ」
当然反対側から男も迫ってきて、俺は床に引き倒され、取り押さえられてしまった。万事休すか。
「俺をどうするつもりだ?」
しかし、男から帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「俺はお前を捕まえにきただけだ。いや、ある約束をしてくれるなら別にここで解放してもいい。背中だって応急処置くらいはしてやるよ」
「約束?」
実際に差し向けられたのはおそらくこの男1人とはいえ、噂になるほど大掛かりに俺を捕まえにきておいて目的が約束をさせるだけ? どういうことだ。
「ああ。お前には『魔王を倒さない』と約束してもらう」




