転生、そして初めての戦い
7/2 第1話と第2話の統合を行いました。
突然だが、俺は今草原のど真ん中に立ち尽くす羽目になっている。こうなったのは、神を名乗る存在に転生させられたからだ。
「これから一体どうすりゃいいんだ」
神はほとんど説明もなく俺をだだっ広い草原に放り出したのだ。
辛うじて聞き出せたのは、俺にはとあるジョブが与えられたが最初から全ての力を引き出せるわけではないこと、オリフィスという名前の異世界で魔王を倒さなければならないことくらいだ。魔王の場所すら知らされていない。というか正直なところ、魔王が何なのかもよく分からない。
ちなみに俺に与えられたジョブは、俺がやりこんでいた格闘ゲーム『Ring of Brawl』、通称『リンブラ』のキャラクターの能力を使えるというものらしい。
しかし、正直なところそのジョブを試すどころではない。理由は単純で、あたり一面見渡す限り草むらが広がっていて、このままいけば転生早々行き倒れが目に見えているからだ。
大きな街の近く、いや小さな村の近くでもいいから人の近くに飛ばしてくれれば良かったのだが、例の神にはその程度の配慮すらないらしい。
俺はひとまず、自分の状態を確認することにした。まず、今俺が着ているのは、コックコートと呼ばれるいわゆるコックさんの服であるようだ。
自然あふれる草原で真っ白なコックコートを着ているというのもおかしな話だが、俺には心当たりがあった。『リンブラ』の主人公であるボリオンはコックという設定なのだ。つまり、俺はボリオンの技を使える能力を得たということか?
「だけど現状、ボリオンの能力を得たとか以前の問題だ。俺は一文なしなのか?」
その他に持っているものはないかとコックコートをまさぐってみたが、特に何もないようだった。つまり俺は、一文なしどころかコックコート以外に荷物の一つも持たず、誰もいない草原に放り出されたらしい。
さらに悪いことには、今の俺には記憶がない。いや、知識は失われていないのだが、思い出が失われていると言うべきか。家族のことや友達のことが全く思い出せず、自分の名前すら下の名前が「陸」であることしか思い出せない。
「勘弁してくれ……」
記憶はともかく、すぐにでも人を見つけなければ餓死まっしぐらだ。俺はあてもなく歩き始めた。幸い、草むらと言っても丈の低い草むらだったので、なんとか歩くことができている。
そうしてしばらく歩いていると、遠くに人影のようなものが見えた。
「おーい!」
餓死まで見える状況に心細さを覚えていた俺は、藁にも縋る気持ちで声を上げた。
人影までにはかなりの距離があったが、俺の声が辛うじて聞こえたのか、人影がこちらに向かってくるのが見えた。
俺は救われたような気持ちになった。人に会えれば餓死は免れるだろう。しかし、人影が近づいてくると、そんな俺の思いは希望的観測に過ぎなかったのだと思い知らされることになった。あれは人間ではない。そう直感した。
まず、やたらと背が低い。子どもくらいの背丈くらいしかないようだ。その癖して、いっちょ前に皮鎧のようなものを身につけており、棍棒まで手にしている。
極めつけに、肌が緑色をしており、額には角が生えているのだ。オリフィスには肌が緑で子どもくらいの背丈しかなく、しかも角が生えた人間が住んでいると仮定するよりは、こいつは人間ではなくゴブリンなのだと考えたほうが自然だろう。
「ギギィ!ギャア!」
「うわっ!」
俺が様子を伺っていると、ゴブリンは醜悪そのものな声を出して威嚇してきた。たかがゴブリン。そう考えてみても、怖くて仕方がない。
向こうは仮にも武装しており、こっちは戦闘どころか食後の運動にも向かないようなコックコートだ。まして、この世界におけるゴブリンが弱いなどという保証はどこにもない。俺の身体はたちまちすくみ上がってしまった。
「ギィ!」
俺が何もできずにいると、ゴブリンは棍棒を振り上げて襲い掛かってきた。
俺が咄嗟にできたのは、利き腕である左腕を出して顔を守ることだけだった。
かきん!
俺は棍棒で殴られる衝撃を予感したが、予想したような衝撃や痛みは来ず、不自然なまでに小気味いい音だけが鳴り響いた。明らかに棍棒で殴られた音ではない。
「そうか、ガードか!」
一人納得する。今のは『リンブラ』で敵の攻撃をガードした時の音だ。本来、棍棒で殴られれば腕で防いだ程度では間違いなく怪我をするだろう。だが『リンブラ』に限らず、格闘ゲームにおいては、ガードが成功すれば一切のダメージを受けることはない。
例外は相手の必殺技をガードした時だけだ。必殺技をガードすれば、そのダメージは軽減されはするものの、完全には防ぐことはできない。つまり、今の攻撃は必殺技ではないらしい。というより、こいつは棍棒以外の攻撃手段を持っているように見えないから、ガードしていれば安心だと考えてもいいだろう。
とにかく、棍棒攻撃にガードが通用するならば、まず相手の攻撃をガードして、それから反撃をすればいい。ゴブリンの方もたった一回攻撃を防がれた程度で闘志を失ってはいないようだ。
「ギャッ!」
ゴブリンがやたらと大振りに振るう棍棒を、俺は落ち着いてガードする。かきん、と再びガード音が鳴った。ゴブリンは両手で思い切り棍棒を振り下ろしたので、勢い余ってたたらを踏み、無防備に頭を差し出した。
俺は、その無防備な頭に、両手を合わせハンマーのようにして振り下ろした。ボリオンの得意技の一つ、ダブルスレッジハンマーが咄嗟に出たのだ。
「ギャアアアアア……」
その一撃で、あっけなく決着はついた。上から手を振り下ろしたにもかかわらず、ゴブリンはなぜか山なりに吹っ飛んでいき、そして初めから何もなかったかのように消え去ってしまったのだ。
その代わりと言わんばかりに、ゴブリンの額に生えていたはずの角、そして鉄のようなものでできた硬貨がその場に残された。
「なんじゃこりゃ?」
俺は混乱していた。いくらボリオンの得意技とはいえ、ダブルスレッジハンマーはプロレス技だ。咄嗟に出るのは変な感じがしたし、何よりもおかしいのは消え去ったゴブリンだ。ましてゴブリンが硬貨を落とすというのはどういうことだろうか?
まあ、人から持ち物を奪ったなら持っていてもおかしくないが、どちらかというとゴブリンの死体が消えた後に突然現れたという感じだった。
もっと言えば、死体は消えたのに角だけが残るのもおかしい。討伐証明部位という奴なのかもしれないが、そういうのは自分で剝ぎ取るものであって、こんな風に残るものではないだろう。
しかし、そんなことを気にしている余裕は今の俺にはなかった。未だに人と会えていない俺は、餓死の危機を脱していない。それどころか、ゴブリンと戦ったせいでお腹がすいてきた気がする。ゴブリンの角と硬貨を拾った俺は、再び歩き始めた。
この小説はフィクションであり、実在の人物や団体、ゲームとは関係ありません。