01話.[いないと思うよ]
所謂、普通の学生生活というものを送っていた。
とはいえ、あくまで僕基準のものであるから差があるかもしれない。
まず教室での過ごし方は黙って放課後まで待つというだけ。
教室から出るのはトイレに行くときか移動教室などやむを得ないときだけ。
何故か普通を心がけているのに友達がいないから仕方がないのだ。
「黒田くんも日直でしょ」
「あ、ごめん、なにをやればいい?」
「これ、職員室に持って行って」
頷いて受け取ったら結構重くて少し驚いた。
いま渡してきた女の子は「まじ最悪」とか言って戻っていった。
そう、それどころか何故か嫌われているというのが現状だ。
「失礼します」
この職員室の静かな感じが嫌いな人は多いと聞くけど、僕はそうでもない。
「根岸先生、これお願いします」
「おう、ありがとな」
「失礼します」
職員室を出たらすぐに教室に戻って席に座る。
本当に偶然なことだけど、狙ったかのように廊下側最後列で落ち着く。
ふっ、隅がお似合いってことかと笑っていたら横の子が「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「どうしたの?」
「い、いえ……」
これはもしかしなくてもいまの笑いに反応したのでは?
笑うことすら駄目なのか、他の子はぎゃはぎゃはといまも尚、笑っているというのに。
形だけの謝罪をして適当に時間をつぶす。
何故か行く先行く先で嫌われるからもう慣れた。
それでもこんな感じになれば自嘲もしたくなるものだ。
周りを変えるような力は持っていないから仕方がない。
諦めたくなくても諦めるしかないのだ、弱者だからそれ以外にない。
そこで努力をできる人間というやつが立派なのだろう。
でも、僕にはそれができなかった、だってすればするほど嫌われるのだから。
「授業始めるぞー」
授業が始まって静かになる。
きちんと板書をしつつ、プリントの端に落書き開始。
人気者とまではいかなくても普通の学校生活を過ごし、気になる異性と仲を深めて付き合うようなそんな感じのストーリーを展開させる。
僕だって人並みの感情はあるのだ、ただ難しい現実を前に諦めているだけで。
嫌われていいなんて現実逃避をしているだけだ、本当ならたったひとりからでもいいから好かれたい。
ま、幸い家族仲はいいからいいんだけど。
授業が終わってからも手はずっと動いていた。
そうしたらあっという間に休み時間が終わって、次の授業になって。
その授業に合わせた教科書やプリントなどを出して、また物語を作っていく。
勉強はなにも問題はない、板書していれば十分テストでは点を取れる。
耳が無駄にいいから、なにかをしていてもきちんと聞こえるのだ。
騒音も聞こえるからあんまり嬉しくない面もあるんだけど。
「黒田」
「え?」
「席貸して」
「他の子の席を借りたらいいと思うよ」
チンケなプライドを優先した。
教室からは逃げない、お弁当だってここで食べる。
いくら隣の子が嫌そうな顔をしたって自分の席なんだから譲る必要はない。
いま話しかけてきた子は文句を言ったりせずに前の子から席を借りていた。
こうなっても別に目のやり場に困るということはない。
異性が視界に入ってくることなんて生きていればいくらでもあるからだ。
それにこのクラス、男女比が1対1だから完全に入れないなんて不可能。
「え、昨日の映画全部見たの?」
「う、うん、お姉ちゃんがつけてて気になってね」
隣の席の子は気にしているな。
だけどごめんよ、逃げるわけにはいかないのだ。
あそこであっさりと譲っていたら自分を裏切ることになっていた。
自分の人生なのに自分らしく生きられなくてどうするんだって話だろう。
お母さんが作ってくれたお弁当を食べ終え、トイレに行くことにする。
「わっ!?」
「あ、悪い」
……水で遊んでいたらしくびしょ濡れになった。
おしっこをしている状態だったら洗い落とせるからいいけど、いまはまだ来たタイミングだから意味がない。
「気をつけてね」
「悪かった」
「大丈夫だから」
あ、学ランって撥水性がいいんだな。
髪や顔はびしょ濡れだからあんまり意味ないんだけども。
とりあえず出し、手を洗ってから教室に戻る。
残念ながらハンカチでどうにかなる感じではない。
だから少なくとも教科書などが濡れないように前髪や顔は拭いておいた。
床は授業が終わったら拭くとしよう。
「おい誰だよ黒田を苛めた奴は」
ん? なんか急に始まった。
同性からも好かれていないからこれはパフォーマンスというか、演技という感じか。
「可哀相に……こんなにびしょ濡れになって」
ちなみに先程の子達がいるわけではない、ただ濡れている=と考えてみたいだ。
「じゃあお前がタオルでも貸してやればいいんじゃね?」
「残念ながら俺のタオルは朝練で使って清潔ではないからな」
「なら誰か女の子が貸してやればいいんじゃね?」
「えーやだよー」
「そうそう」
異性のタオルなんて使えるわけないでしょ。
童貞だし、異性といられることなんてほとんどないからね。
普通に喋ることすら本当は難しい、何度も言うけど人並みの男なのだ僕も。
反対多数によりこの茶番は終わりになった、ついでに言えばお昼休みも終わりになった。
流石に遊びすぎたから午後の授業は集中して受けることにして。
今日も特になにもないまま1日を終えられたことになる。
生意気な態度さえ見せなければ荷物を隠されたりすることはない。
言葉でぶつけられるぐらいならなんてことはない、自由に言ってくれればいい。
「ふぁぁ……っくしゅんっ」
あくびとくしゃみが同時にきた。
こういうところだけは無駄に効率的で笑えてくる。
「亮」
そんなに格好いい名前の子が近くにいるのかと考えながら歩いていたら頭にチョップされた。
「無視するなよ」
「はは、ごめん」
そう、名前だけは何故か格好いい感じに仕上がっているのだ。
ちなみに話しかけてきたのは兄である健一、普通逆だよね……。
「部活とか入らないのか?」
「うん、集団競技は無理だよ」
寧ろ和気あいあいとみんなと一緒にやっていたら自分が1番驚く自信がある。
歳が離れている兄にはなにも言っていないから分からないのも無理はない。
どれぐらい離れているかと言うと、ほぼ10歳ぐらい離れていた。
僕の周りにいる子との接点がない以上、気づかれることはないから気が楽だけど。
「そういえば今日は早いね」
「言ったろ、今日は休みだから遊んでくるって」
「へえ、遊ぶような友達がいるんだ」
「そりゃいるさ、小中高からずっと一緒にいてくれる存在がいるからな」
すっげえ……恐らく優秀な感じが全て兄に吸われてしまったんだろうな。
僕に残ったのは残りかすみたいな微妙なものだけ、ま、五体満足で生まれただけ十分か。
「にしても、寒くなったよな」
「うん、そうだね」
雪こそ降らないけど11月というのはどんな場所でも寒いのではないだろうか。
学校は人がいる関係か基本的に暖かいから気にならなかった。
……僕に対する態度は全然暖かくないけどねっ、はぁ……。
「そういえば彼女さんとはどうなの?」
「まだ続いているぞ、中学時代からずっといられているな」
「結婚とかは?」
「……実はそろそろって話をしているんだよな」
へえ、結婚とか非現実的すぎてやばいな。
結婚したらまず間違いなく兄は出ていくだろうから寂しくなるな。
「そうしたら心配になる弟をひとり家に残して出ていくことになるからな、不安だよ」
「僕は大丈夫だよ、友達100人とは言えないけど10人ぐらいはいるから」
「それならいいけどな、学校のことをなにも話さないから不安になるんだ」
「嫉妬しちゃうかと思って」
「はは、するかよ」
おかしいな、10の1の部分すらないんだけど。
僕だって進んで嫌われたいわけじゃないんだよ。
でも、当然のようにこうなるから仕方がないって諦めるしかないんだよ。
幸い、風邪を引くようなことにはならなかった。
体育も移動教室もないから今日は教室に引きこもっていられる。
「黒田、席貸して」
が、それを絶対に許さない子が今日もやって来た。
「左隣じゃ駄目なの? ここ、隙間風で冷えるよ?」
「そっちの子と黒田の席だったら黒田の席の方が座りやすいから」
「僕にメリットは?」
答えられないと思っていた。
「女である私が座ってあげること」
なのにその子は堂々とそう答えて笑った。
怖い、それがメリットになると素で考えるこの子が怖い。
流石に拒絶すればどうなるのか分からなかったから大人しく譲ることにした。
最悪だ、これじゃまるでそれにメリットを感じて出てきたみたいじゃないか。
いま頃あのクラスでは女子に座られたくて逃げた奴となっていることだろう。
や、実際は興味すら抱かれていないから進んで僕のことを口にする人間はいないけど。
「こんな寂しいところで食べているのか?」
「あ、根岸先生、そういうことなりますね」
先生は寒がりなのか服を結構着込んでいる。
先生こそ暖房が効いている職員室にいればいいと思う。
「なあ、上手くやれているか?」
「大丈夫ですよ、2年のいまでも皆勤ですからっ」
熱が出ても絶対に来てやるっ。
皆勤を逃すということも自分を裏切ることと同じだ。
なーに、授業を受ける権利は学費を払っている限りあるのだから。
マスクでもつけていれば文句を言われる謂れはない!
「ああ、それと学力では黒田は心配ないんだけどな、ただ……」
「それはすみません、昔からこうなのでどうすればいいのか分からないんですよ」
「困ったら言ってくれ、俺はあのクラスの担任だからな」
「ありがとうございます。でも職員室に戻った方がいいですよ、今日は一段と寒いですからね」
「はは、そうだな、廊下は冷えてしょうがないよ」
って、お前が言うなって話だよなあこれ。
物理的な寒さと精神的な寒さがここにある。
しかもここにいるということは自分を裏切ったというわけだから本当にどうしようもない。
「ん? 黒田こんなところでなにやってんだ?」
「あ、席を取られちゃって」
「はははっ、あいつには誰も敵わねえからなあ」
そ、そうだったのか、全くと言っていいほどあの子がどういう子なのか分かってないけど。
「って、寒ぃ……よくこんなところで食えるな」
「君はどうして出てきたの?」
「君とか笑えんな! いや、俺の席も女子に占領されているんだよな……」
「おぅ……それは悲しいね」
「だからって隣に立っているわけにもいかないからな、トイレとかって言い訳して出てきた」
異性に嫌われれば同性にも嫌われることになる。
異性が被害者面しておけばモテたい同性が勝手に守ろうとしてくれるから。
だから異性は強い、そういう面で勝てる人間は少ないのではないだろうか。
「そうだ、ここよりマシなところに連れて行ってやるよ」
「そんなところあるの? じゃあ、行かせてもらおうかな」
数分後、何故だか僕らは図書室にいた。
なんでここがマシなところ? さっきの場所より寂しいでしょと言おうとしたら奥から綺麗な女の人が来てそういうことかと内で呟く。
「俺の姉ちゃんだ、美人だろ?」
「そうだね」
そのお姉さんは冷ややかな目で弟を見ていたわけだけど。
というか、姉のことを美人と自慢する子を初めて見た。
もしかしてシスコンというやつだろうか、不仲よりはいいか。
「戻ってください」
「え、なんでだよ、せっかく人気のない図書室を利用してやろうとしているんだぜ?」
「あなたはただ私に会いたいだけではないですか」
「そうだけどさっ」
認めるんかい! 本当にお姉さんなの? あ、近所のお姉さんとか?
「黒田、仲良くしてもいいけど好きになったら許さないからな!」
「じゃあどうして連れてきたの……」
「え、廊下よりいいだろ? 暖かいし、なにより美人な姉ちゃんが見られる!」
「図書室をなんだと思っているんですか……」
自分が言うのもなんだけどやべー奴だ、関わらない方がいい。
もしなにかがあって、いや絶対にそんなことはないけどお姉さんとなにかがあったとして、それがばれたら怒られるどころで終わることはないだろうな。
行方不明から数日後に遺体で発見されるまでがワンセット、よくもまあ……ここまで本人に大胆にぶつけられるものだ。
「あの、本当にこの子のお姉さんなんですか?」
「はい……その子のお姉さんです」
「それはその……苦労しそうですね」
「はい、結構大変です」
「なんだと! 自由に言いやがってこの野郎!」
関係ない関係ない、うん、僕には関係ないから先輩にお辞儀をしてから戻ることにした。
そうでなくても敗北して傷ついている心に余計にダメージを与えないでほしい。
「待てよっ」
「少なくとも教室とかではシスコンっぷりを出さない方がいいよ」
「なんでだ? 姉ちゃんは美人だろ?」
「それはそうだけど」
それとこれとは違うでしょうよ。
でも、本人次第だから好きにやらせておくことにしたよ……。
僕は少し期待していた。
席を貸したことから始まる恋愛物語があるのではないかと。
「ほらっ、座っていいよっ」
「ありがと」
待て、それで結局僕のメリットは?
恋なんか始まるわけないでしょ、これはあくまで席を貸しているだけなんだから。
わざわざ利用している理由も友達が横にいるからでしかない。
なにやっているんだよ……本能がもう負けを認めているからなのか?
「待って」
「きたあ!」
「ん? なにが来たの?」
「あ、それでどうしたの?」
「これあげる」
渡してくれたのは紙パックのジュース。
別に拒むようなクソな性格をしているわけではないからありがたく受け取った。
「なんで急に?」
「席を貸してもらっているから」
「ありがとう」
やっぱり無駄じゃないんだっ、恐らくあの子と今度は関わりが増えていってやがては恋仲になんて展開になるはずだ! だったら席ぐらい譲ろう、欲望のためにいまは我慢をするんだ。
「あ、初めて飲んだけど美味しいな」
いちご牛乳か、これからは買うのも悪くないかもしれない。
今日も今日とて美味しい母作のお弁当を食べながら満足をしていた。
「黒田ー」
「げっ……」
「おいおい、そんな反応すんなよ。今日も行くだろ? 行くよな?」
「行かないよ、明らかに迷惑そうな顔をしていたし」
「それは多分黒田が逃げたからだろうな」
分かってないのか、それとも実の姉に恋をしていて恋は盲目というやつをいま見せてくれているということだろうか、それともあほ……だったりして。
実の姉を美人だろって紹介する弟はあんまりいないと思うんだ。
妹だったら美人なお姉ちゃんでいいでしょと言っていてもなんらおかしくないけど、うん、弟は流石にね。
大抵はそう思っていても濁すと思う、イケメンだよな美人だよなと言われたらそうか? と返すまでがワンセット。
それでも彼の場合はそれを吹き飛ばすぐらいの勢いで周りが困惑、と。
「あんなに美人な人は見たことねえ」
「確かに綺麗だった」
「おい、狙うなよ? 姉ちゃんは俺のなんだから」
恐らくこの先何度拒まれても諦めずに向き合うのだろう。
僕にはできないことを彼なら容易にすることができるというわけ。
……相手が姉でなければもっといいんだけど、それに度が過ぎるとストーカー扱いだし。
「仕方がない、黒田を監視していないと秘密裏に会いそうだからな」
「会わないよ」
「それは会いたくなるような魅力がないってことか?」
なにかを言ったら負け、つまり詰み。
僕はこれから起こるであろう恋愛物語に集中したいんだからとスルーを選択。
妄想だけどもしかしたらなにかが起こるかもしれない。
「あ~、付き合いてえ……」
「そこまでなの?」
「当たり前だ……でも、俺らは血の繋がった姉弟だからな」
取られたくないならそうするしかないか。
軟禁、監禁とかしたら仲良くするどころではないから。
だからってあの常識のありそうな人が受け入れるとは思えない。
あと、本気で好きだとは言えないと思う、いまだからこそぶつけられているだけ。
そういうものなんだ、恐らく引っかかってなんで……ってなるはず。
恋愛経験は1度もなくてもそういうのはドラマとか漫画とかでよく見てきたのだ。
あとはあれだね、最終的にお姉さんの負担にしかならないということが分かって自分から諦めるかという感じ。
憶測だけど、彼はこれを選択しそうだった。
「黒田は好きな人間がいないのか?」
「いないかな」
「いた方がいいぞ、毎日が楽しくなる」
「でも、上手くいかないことで辛くならない?」
「まあ……そうだな、それは黒田の言う通りだ」
それならプリントに妄想物語でも描いていた方がいいな。
って、僕の場合はそうするしかないってだけなんだけど。