幸運保険販売員1
自分の「運」と言うものには保障がありません。
もし今現在幸せだったとしても、来年は、来月は、明日は、数時間後は幸せであるかどうかは分かりません。
だからこそ、今の幸せな時間を大切にする必要があります。
今の世の中、人の体や物には保険というものがかけられます。もし大きな怪我をしたり、病気になったり、あるいは死んでしまったとしても、保険をかけていればその分保証がおります。
もし、自分の幸せに保険がかけられるとしたら、あなたならどうしますか?
***
「あなたの幸せ買い取ります」
今日も怪しげな看板が、風にゆられて店の扉の前で客を待つ。
「幸運販売代行店」という名のこの店では、人の幸運を寿命で売り買いできるという、なんとも非常識な店である。
だが、そんな怪しい店で、今異変が起こっている。
「きょ、今日も恋愛運の買取が多かったわね」
営業を担当する、背の高くすらりとした体型の姉、アティカが呟いた。
「今日だけですでに8件でふ。一体何が世の中で起こっているのでふか?」
経理を担当する、高校生平均くらいの身長でややぽっちゃりした妹、カルチェが帳簿をみながらパソコンのキーボードを叩く。
今までは金運、仕事運の在庫・買取が多く、在庫過剰な状態にもなっていた。恋愛運は求める人こそ多いものの、ほぼ常時品切れ状態であった。
ところが、昨日から突然恋愛運の買取が増えたのだ。一応、恋愛運を求める人も若干いるため、寿命売り上げ的には赤字にはなっていない。
「しかし、何でいきなり仕事運が売れるようになったでふかね。ついでにセットで金運も。さてさてニュースではどうなっているのでふか……」
カルチェがパソコンでネットにつなぐと、トップページに今日のニュースが表示された。ニュースのトップは、「結婚の平均年齢上昇、若者は独身傾向」というものだった。
記事によると、昨今独身ブームが起こっているらしい。ニュース記事の他にも、一人暮らしでの生活の仕方や、一人でも自由に過ごすことができる方法など、関連するさまざまなコラムが展開されていた。
「ふむふむ、どうやらこれが原因らしいでふ。独り身でいたいから恋愛なんてしたくない、その代わり一人で暮らせるだけの資金が欲しい、ということみたいでふ」
「な、なんてやつらなの? 私なんかステキな王子様を求めているというのに」
「あぁ、そういえばお姉ちゃんには今恋愛運がなかったのでふね。なんなら過剰在庫気味な恋愛運をもらうでふか? 今なら返せるだけの恋愛運があるでふが……」
「あうぅ、そんな過剰在庫処分みたいに言われると、何だか欲しくなくなるわね……」
自分の恋愛運を手放してしまい、あんなにも恋愛運を欲しがっていたアティカだったが、独身プッシュの記事を読んでいると、だんだん独り身でもよい気がしてきた。
「まあ、商品が入荷してくるのは良いことでふ。一応、売れているみたいでふし。しかし、そろそろ金運と仕事運の在庫がまずいんじゃないでふか?」
「え、そんなにまずいのかしら?」
そういうと、カルチェはパソコンのデータを開いた。
「そうでふね、今まで過剰在庫気味だった金運と仕事運が、結構やばいでふ。この在庫が尽きてしまうとどうなるか、というのはお姉ちゃんも知っているでふよね?」
「そりゃだって、仕事運が無くなったらこの仕事が成り立たなくなっちゃうし、金運が無くなったらお金無くなって何も買えなくなっちゃうじゃない」
寿命のやり取りだけであるため、収入は別に得る必要がある。そのためのギャンブル運や金運、仕事運といったものが無くなると、食べていけなくなるのだ。
「よくわかっているでふね。ということで、気合入れて営業するでふ」
「な……私だけに押し付けるの?」
「それはだって、売り上げはお姉ちゃんの営業努力によるものなのでふよ」
そういうとカルチェは立ち上がり、コーヒーを入れるためにキッチンに向かった。
「まあ、今月の寿命売り上げが既に48年6ヶ月あるから、しばらくは安泰でふ」
二つ分のカップにインスタントコーヒーを入れ、ポットのお湯を注ぐと、コーヒーの香りが辺りに充満してくる。
「だが妹よ、運が尽きた状態でそんなに長生きしてどうするのだ?」
「それはもう、自分の運だけで生きていくのでふ。お姉ちゃんみたいに安売りはしていないでふから」
「な……あんたは自分の運を商品にしていなかったわけ!?」
「少しは商品として出したでふが、売り上げが安定してからは出した分は戻したでふよ」
二人分のコーヒーをテーブルに置くと、カルチェはそのうちの一つを手に取って口をつけた。
「い、いつの間に? 私の分も戻しなさいよ」
「知らないでふよ。コーヒーどうするんでふか? 飲まないなら下げるでふよ?」
「うぅ、かわいくない妹め。とりあえずコーヒーだけはいただいておくわ」
そういうと、アティカは淹れたてのコーヒーを一気飲みしてむせた。夏にホットコーヒーはちょっと……と言いたかったが、コーヒーの香りでその考えはかき消された。