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幸運販売代行店7

 カルチェがコーヒーを片付けにトレーをもってやってきたが、アティカはまだ椅子に座りこんだままだった。


「あれ、お姉ちゃん、お客さん帰ったのにどうしたでふか?」

「さっきの客に売れる運が、まったく無かったのよ」

「え、それは一体どういうことでふか?」


 カルチェは二つのグラスとフレッシュミルクのゴミをトレーに載せ、テーブルをふきんできれいに拭いていく。


「まず一つ、あの人の寿命はあと3年しかないのよ」

「元気そうだったのにあと3年でふか? そうは見えなかったでふが」


 幸運販売の規則上、寿命が5年未満の人に運の販売をすることは出来ない。売ってしまうと、残りの寿命が極端に短くなってしまうため、当然と言える。


「だったら持っている幸運と入れ替えればよいのではないでふか?」


 買い取りや販売ではなく、「運の入れ替え」というサービスも行っている。客がたくさん持っている運と持っていない運を入れ替えることで、バランスよく幸せを持つことができるシステムだ。もちろん手数料はかかる。


「それが出来ればこんなことは言わないわよ。でも、今回はそれすらもできなかった。それが2つ目の理由。あの人の幸せには互換性がないのよ」

「互換性?」


 カルチェはテーブルを拭き終わると、それをトレーに載せてテーブルに置き、アティカの向かい側の席に座った。


「普通、どんな運でも、別の人に移してもその人はその運を使うことができるのよ。でも、ごくまれに持ち主しか扱えない運って言うものを持っている人がいるのよ」

「それが、あのお客さんだったのでふか?」

「さっきの客が持っている金運、恋愛運、仕事運、そういった運は、すべてあの人にしか扱えない、特殊な運なのよ。しかも、すごく膨大な。もし仮に買い取ることが出来るとすれば、だいたい寿命50年、売るとすれば100年かしら。しかも売ったところであの人以外に扱える人間が存在しない。だから買い取りも運の入れ替えもできないのよ」


 はぁ、とため息をつきながら、アティカは先ほどの画面を思い出した。運の量というのもある程度数値化されて表示されるモニターは、その時は測定不能を示していた。


「きっと、幸せが目の前にあるのに、大きすぎて見えていないのでしょうね。これだけ大きな運を扱える店があったら見てみたいわ」

「一般人から考えると、幸運を買い取る店があるというだけで、そんな店があるなら見てみたいと思うでふが」


 カルチェの突っ込みにも無反応のまま、アティカは続ける。


「たまにいるのよね、自分の幸せに気づかない人が。どうしてかしらね。周りからはうらやましく見えるのに、それが実感できないって、悲しいわね」


 幸せを買い取る職業を始めて、いろんな人の幸せを垣間見てきた。中には自分自身でしか扱えないような、特殊な幸せをもつ人間がいる。

 そんな人間を何人も見てきたが、今回のように全部が全部自分自身でしか扱えない幸せを持つ人間は初めてだった。

 だからアティカは戸惑ったのである。



「……で、別世界にトリップしているところ悪いでふが、さっきのお客さんからは手数料はもらったのでふか?」

「……あ……」


 既に片付けを終えたカルチェは、事務所から持って来た手数料台帳をアティカの前に投げるように置いた。


「さすがお姉ちゃん、そういう人からは買い取り販売を行わないどころか、手数料まで負担するのでふね。では遠慮なく寿命から差し引いておくでふ」


 そういうと、カルチェは台帳に何かをさらさらと書き始めた。


「あぁぁぁ! 待て、私を殺すな!」

「大丈夫でふ。お姉ちゃんが死んでも私と私の旦那で経営していくでふ」

「おのれ妹め、人の恋愛運返せぇぇぇ!」

「売ったのは自分でふ。そんなこと私は知らないでふ」


 ぱたり、と台帳を閉じ、カルチェは事務所に向かう。


「ならば、さっき買い取った恋愛運を私のものにしてやる」

「ほほう、それは横領及び着服ということで犯罪でふ。経理担当として国に報告するでふ」

「おのれぇ、かわいくない妹めぇぇぇ」


 二人が言い合いをしている中、ドアのベルがチリンと鳴った。しかし、今の状態で気がつく姉妹ではない。


「あのぉ、すみません……」


 客が声をかけるが、それでも二人は気がつかない。


「だから商品の見定めができないお姉ちゃんには買い取りのセンスがないんでふ。やっぱり私が全部やったほうがよかったんでふ」

「何をいう、恋の駆け引きも知らない小娘が!」

「恋愛運はお姉ちゃんよりはあるでふ。まったく、恋愛運を失ったお姉ちゃんに小娘など……」


 カルチェが言いかけたとき、バタンとドアが閉まる音がした。


「……って、あれ? さっきお客さん来てたでふか?」

「え、まさか」


 アティカがドアを開けると、男性が帰っていく姿だった。この辺に他の建物はないため、ここに来た客なのだろう。


「おのれ妹め、またしても邪魔をぉ!」

「自業自得でふ。まあ、なんだかんだ言ってもまたいずれお客さんはやってくるでふ。ところで、今日は焼肉を食べに行くんでふよね」

「今そんな気分じゃないわよ」


 はぁ、とアティカはため息をついてドアを閉めた。涼やかなベルの音がチリンと鳴り響く。

 こんな調子で、今日も姉妹は商売を続けている。


****

「あなたの幸せ買い取ります」


 今日も「幸運販売代行店」は営業中。

 あなたに過剰な幸せはありませんか?

 それで長生きしませんか?

 あるいは足りない幸せはありませんか?

 寿命は短くなりますが、太く短い人生生きませんか?

 もしそういったことがありましたら幸運販売代行店へいつでも来店お待ちしています。

 買い取りの場合は個人識別カード、はんこ、売りたい幸せを、購入の場合は個人識別カード、はんこ、必要な寿命をお持ちになってお越しください。


 あ、ただし以下の方は来店をご遠慮ください。


・20歳未満の未成年の方

・80歳以上の高齢者の方

・残りの寿命が5年未満の方(購入の場合)

・当店で扱えない、何事にも代えがたい幸運をお持ちの方



<幸運販売代行店 おわり>

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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