幸運販売代行店6
今日の夕食について二人で言い争いをしていると、再びチリンとドアのベルが鳴った。
「あの、えっと、どなたかいらっしゃいますか?」
同時に、男性の声が聞こえてくる。アティカは慌てて事務所のドアを開け、接客に向かった。
「あ、いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
やってきた客は、きっちりとした紺色のスーツを着た男性で、恐らくサラリーマンだろう。少々顔が不安げで視点が定まっていないようにも見える。年齢は四十代後半といったところか。
様子を見に来たカルチェは、「いらっしゃいでふ、すぐコーヒーを持ってくるでふ」といいながらそのまま事務所に戻った。
男性は席に着くと、辺りをきょろきょろし始めた。やはり、こういう店は珍しいのだろうか。
「えっと、当店は初めてでしょうか?」
アティカも対面の席に着くと、名刺を差し出して男性に尋ねた。声をかけられ、男性もアティカの方を向く。
「あ、はい。えっと、その……ですね、私には妻も子供がいますが、それで本当に幸せなのかわからなくて。それで、幸せになりたいのですが、どのような幸せを求めればよいのかわからないのでご相談を……」
ふむ、とうなずくと、アティカはテーブルのメモ帳にさらさらとメモを取った。
「購入のご相談ですね。ではまずどのような運があるか確認いたしますので、個人識別カードをお願いします」
そういうと、男性はもそもそと財布を探り、個人識別カードを取り出した。
「では、確認後、こちらで適当なものの見積もりいたしますので、その間、こちらをご覧になっていてください」
アティカは近くの本棚から、例のごとく、「幸運カタログ」という名の怪しい雑誌を男性の前に差し出すと、奥の部屋に向かった。
「さてと、彼はどんな幸運を持ってるのかしら」
アティカは例の「人の持っている運と寿命が分かる装置」に個人識別カードを通した。
アティカはひそかに、客の持っている幸運や寿命を見るのを楽しみにしている。中にはものすごく長い寿命を持っている人や、面白い幸運を持っている人もいるため、見るたびに「おおっ!」とか「ああっ!」とか声に出してしまう。
たまにカルチェに「この運ほしいわね」などというが、「勝手に持っていくのは契約違反でふ」と制止させられる。
機械のディスプレイに文字が表示される。名前、年齢、職業、そして寿命や現在持っている運。アティカはにやにやしながら、その数字を嘗めるように眺める。
「……」
だが、表示された結果を見て、アティカは黙り込んでしまった。
「……まさか、こんなものを持っている人がいるなんてね」
静かに電源を落とすと、ため息を一つついて天を見上げた。
「さて、彼にどう説明しようかしら」
部屋から出てきたアティカは、下に俯いたままゆっくり客の男性のほうに向かっていく。いつもの営業スマイルは見られない。
ちょうどカルチェがコーヒーを差し出した頃に、アティカはゆっくり木製の椅子を引く。カルチェはアティカが普通じゃない様子だったことに気がついたが、客が前にいたため、「それではごゆっくりどうぞでふ」と、事務所に戻っていった。
「どうだったでしょう? 私に足りない幸せというのは」
アティカが席に着いたのを確認して、客の男性は声をかけた。
「残念ですが」
そういいながら、何とかアティカはいつもの営業スマイルを作ろうとする。が、客の男性からは、どこかぎこちない笑顔に見えた。
「お客様に販売できる幸せがございません」
アティカの答えを聞き、客の男性はあっけに取られてしまった。
「ど、どういうことですか?」
客の男性は机に体を乗り出し、アティカに迫る。
「お客様は奥さんとお子さんとの生活に必要な十分すぎるほどの幸せをお持ちです。これ以上の幸せというものは当店にはございません」
「そ、そんなバカな」
「ではお聞きしますが、奥さんとお子さんと一緒に暮らしていて、今まで不幸だと思ったことはありますか?」
真剣な表情になるアティカに気圧されるように、客の男性は椅子に座った。
「それは……」
「幸せかどうかはわからない、とおっしゃいましたが、不幸だと思ったことは無いはずです。もしかしたら、毎日の忙しさで幸せを感じ取れていないだけだと思います。なので、これからも同じ生活を続けていれば、最後には幸せな人生だったと気づくのではないでしょうか」
そう言うと、アティカは預かっていた個人識別カードを客の男性に返した。
「そうですか……確かに、私は仕事に必死で、家族や自分自身の幸せをしっかりとは考えていなかったかもしれませんね」
客の男性は個人識別カードを財布にしまい、席を立った。
「わかりました。いつも通りの生活を続けてみます。アティカさん、でしたか。今日はありがとうございました」
少し納得がいっていないような、しかし何か吹っ切れたような顔をして、男性は店から去っていった。
しかし、アティカは男性客を見送ることも無く、座ったまましばらく動けなかった。