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幸運販売代行店4

 二人が言い争っている間に、再びチリンとドアのベルが鳴った。アティカが慌てて接客に回る。


「い、いらっしゃいませ。おや、二人でご来店ですか?」


 今度は若いカップルだった。二人での来店は珍しい。

 こういう怪しい店に来ることは、通常誰にも知られたくないものだ。そのため、一人で来る客が多い。特にカップルで来店する客は珍しいのだ。


「えっと、こちらに座ってしばらくお待ちください」


 二人を席に座らせると、アティカはすぐさま事務所に駆け込んだ。


「か、カルチェ、どうしよう。なんかすごくスイーツな二人が来たんだけど」

「知らないでふよ。私はコーヒーを準備するから、さっさと接客しに行くでふ」


 事務所に入ってくるなり突然話しかけてきたアティカを軽くいなし、カルチェは座っていた席から立つと、すぐさまキッチンでお湯を沸かし始めた。


「まあ、恋愛運がないお姉ちゃんには、カップルがべたべたしているのを見ると寒気とか吐き気とか、あと陣痛とか起こすと思うでふがね」


「妹よ、私は妊娠なんぞしてないぞ」


「はいはい、相手がいないことくらい知っているでふ。ほら、お客さん待っているでふよ」


 アティカの突っ込みをスルーし、カルチェはコーヒーを入れる準備を進めた。



 資料を一式持ち、とりあえずいつもの営業スマイルに戻すと、アティカは再びカップルの前に姿を現した。

 客のカップルは、つつきあいながらいちゃいちゃしている。そんなにべたべたして、暑苦しくないのかと感じるほどだ。


「お待たせいたしました。えっと、今日はどういったご用件でしょうか?」


 アティカが席に着くと、カップルはお互いから離れ、きっちりと椅子に座った。


「え、えっとぉ、私達、今、すっごく幸せなんですよぉ」

「だから、僕達の幸せが長く続くように、少し幸せを売って長生きしようと思っているんです」

「やだぁ、少しぐらい減ったって、私達ずっと幸せに決まってるじゃない」


 男性のほうは少しは落ち着いているが、女性のほうはやったらと男性にべたべたしている。こちらの肌がべたべたして、二人の間にハートマークが見えるようだ。


「は、はぁ……。それで、どんな運を買い取りすればよいのでしょうか?」


 女性のほうでは話が通じなさそうなので、男性に話をしてみる。


「そうですね。金運と仕事運は少しはとっておきたいから……恋愛運とか、あとギャンブル運とかあまり使わなさそうな運の買い取りをお願いします」


 男性が言い終わったとき、ちょうどカルチェがコーヒーを三人分持ってやってきた。


「あ、ガムシロップを忘れてきたでふ。えっと、甘いほうがよいでふか?」


 そういいながら、カルチェはひとまずコーヒーを各人の前に出す。


「そうね、私たちみたいに、とっても甘いコーヒーにしてくれるかしら?」


「かしこまりましたでふ。ちょっととってくるでふね」


 フレッシュミルクまでコースターに置くと、カルチェは事務所に引っ込んだ。


(おのれカルチェ、ただでさえスイーツな奴らにラグドゥネーム(※)をばら撒いてどうする)


 などとアティカは思ったが、ひとまず営業スマイルで対応する。


「では、不必要な運を中心に、全体的な運の買い取り、ということでよろしいでしょうか?」


「ええ。あ、でも幸せ全部じゃないわよ。長生きしてもダーリンと一緒じゃなきゃだめなんだからぁ」


 今度は男性ではなく、女性が胸焼けしそうな甘い声で答えた。


「おやおやハニー、うれしいことを言ってくれるねぇ」

「それはそうよ、だって、ダーリンはずっとダーリンなんだから」


 店員のカルチェが見ているというのに、カップルは再びイチャイチャし始めた。ちょうどそのとき、カルチェがガムシロップを大量にかごに入れて持ってきた。


「このくらいで足りるでふかね?」


「あ、はい。ありがとうございます」


 男性はテーブルに置かれたガムシロップを5個手に取り次々にアイスコーヒーに入れていく。コーヒーがあふれてこないかと、思わずグラスに目が行ってしまった。


「え、えっと……では、まずこちらに買い取り希望の運を書いていただいて、お二人の個人識別カードをお預かりいたします」


 アティカが「買い取り希望記載票」と書かれた紙を二人の前に差し出すと、カップルの二人はそれぞれ財布から個人識別カード取りだし、アティカに手渡した。

 途中、アティカはカルチェのほうへ振り返り、「あとは任せた」とばかりに親指を立ててカルチェに突き出し、すぐさま奥の部屋に引っ込んだ。


「……一体どうしたんでふかね」


 カルチェはバタンと閉められたドアを見ながら、ぼそりと呟いた。

 一方、カップルの方を向くと、そんなことはお構いなしといった様子でいちゃいちゃしている。


「ま、まあ、姉のことは気にせずに、ゆっくりしていくでふ。あ、この用紙でふが、買い取り希望の所にチェックを……」


 カルチェが用紙の記入説明をしていると、奥の部屋で妙な笑い声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん、とうとう気でも狂ったのでふかね」


 そんな呟きにも、カップルは気にも留めず、あれこれと用紙にチェックしていく。カルチェは心配になってアティカの様子を見に行くことにした。


「フフフ、フフフ……」


 カルチェが部屋に入ると、アティカが「人の持っている運と寿命がわかる装置」のモニターを見て、怪しい笑い声を発していた。


「お姉ちゃん、いい病院があるんでふが行ってみるでふが?」


 カルチェの毒舌など聞いていなかったのか、その笑い声をとめることなく、アティカはカルチェの方を振り返る。


「フフフ、来ましたわよ恋愛運! 高額物件が!」

「とうとう分けわからない投資家に勧誘されて、土地でも買おうとしているでふか?」

「何をわけわからないこと言ってるのよ。それよりこれ見なさい!」


 アティカはカルチェの言うことに耳を貸さず、強引に手を引っ張ってモニターに顔を近づけさせた。


「い、痛いでふ。そんなことしなくても……あ、これは……」

「こんだけの恋愛運、そんなに無いわよ。他の運はあんたの運と入れ替えて華麗に捌くのよ!」


「人の持っている運と寿命がわかる装置」のモニターにはその人の寿命や持っている運などが数値化、グラフ化されて表示されている。カップルの二人の運については、恋愛運が飛びぬけて高く表示されていた。


「確かにすごい運でふが、私の運の何と入れ替えようとしているでふか? そろそろ祈祷師でも呼んでお払いでもしてもらうでふかね」

「あら、私は正気よ。この商機を逃す手は無いわ。私の美しき買い取り術を見てなさい」


 アティカは両手を広げて正気アピールをするが、目はどこか遠くを見ている。


「どうでもいいでふが、買い取りは適切に行うでふよ。やりすぎると、税務署から監査が入って、追徴課税寿命が課せられるでふからね」


「こんなのにも税金、いや税寿命か、そんなのをかけるなんて、よっぽど財政難……寿命難なのかしらね」


 ピッ、と機械を操作すると、プリンタから買い取り見積書と契約書が印刷された。それを手にすると、アティカは部屋から出て行った。


「まったく、大丈夫でふかね……」


 カルチェはため息を一つつき、事務所へと戻っていった。

※ラグドゥネーム:同量の砂糖の22万倍から30万倍の甘みを感じる物質。現在世界で最も甘い物質と言われている。

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