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幸運販売代行店3

 しばらくして、再びチリンとドアのベルが鳴った。やってきたのは、やせ細った男性だ。よれよれになったスーツに、汗でびっしょりの白いシャツが目立つ。


「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」


 いつも通り、アティカは営業スマイルで客の男性を机に案内して座らせる。同時に、冷たいおしぼりを男性に渡した。


 男性は力なく椅子に座ると、おしぼりで汗を拭きとる。そして、一つため息をついて持っていたビジネスバッグを机に置いた。そのとき、奥からタイミングよくカルチェがコーヒーを一つ持ってきた。


「あ、ちょうどお客さんが来てたふね。お姉ちゃんの分も入れてくるでふ」


 持って来たコーヒーを男性の前に置くと、カルチェは再び事務所に戻った。


「今日はどうされましたか?」


 アティカが尋ねると、男性は出されたコーヒーを一口すすり、元気無く口を開いた。


「最近収入がさっぱりなのですよ。このままだと生活をしていけなくなるので、金運をちょっと分けていただけないかと」

「なるほど、金運ですね。少々お待ちください」


 そう言ってアティカは部屋の本棚に向かう。男性に背を向けた瞬間、思わずアティカの顔がにやけた。


(フフフ、待ってましたよ、究極の売れ残り商品、金運! 今こそ華麗に捌いて差し上げるわ!)


 実際のところ、金運は人生を逃げ切るだけの大金を得た人が、残りの寿命を延ばすために売りに来ることが多い。従って、在庫が過多になり気味だったのだ。

 本棚から一冊のカタログを手に取り、アティカは「どうぞ」と男性に手渡した。


「こちらのカタログから、好きな金運プランをお選びください」


 その本には「幸運カタログ」という、いかにも怪しいタイトルが書かれている。


「一口に金運といいましても、宝くじなどの一攫千金を狙えるものから、少しずつお金が入ってくるものまでさまざまございます」


 アティカがカタログの「金運」と書かれたところを開くと、金運に関するさまざまな商品の一覧が掲載されていた。それを一つずつ指差しながら、男性に丁寧に説明した。


「お値段ですが、一攫千金型の金運は3年3ヶ月、小額で長い期間安定した収入を得られる金運が8年4ヶ月、就職すれば社長になって永続的に大金が手に入る金運が12年2ヶ月でございます。あ、こちらは仕事運とセットになっていますが、いかがなさいますか?」


「そうだなぁ……」


 男性はカタログを見ながら考える。


「じゃあ、安定した収入が得られるやつにしよう」


 そういうと、男性はカタログから「小さな幸せを今日から! 月収増加型金運」と書かれた商品を指差した。


「では、一緒に仕事運もいかがですか? すぐに就職できるものだと5年7ヶ月からご準備できますが……」


「いえ、一応仕事はありますので」


 アティカは後ろを振り向いてチッっと舌打ちをしながら、


「で、では個人識別カードを預からせてもらいます。その間に、こちらの契約書に必要事項をお願いしますね」


 と、男性に個人識別カードの提示を求めた。


 アティカが機械のある作業室に入ると、入れ違いにカルチェが右奥の部屋からやってきた。そして、持って来たアイスコーヒーとシロップを、男性客の座っているテーブルの向かい側に置いた。


「あんまり姉の言うことを真に受けてはダメでふよ。自分の人生なのでふから、自分でよく考えて、本当に必要な運を購入しないと、間違った人生を歩むことになるでふ」


「は、はぁ」


「それでは、あまりゆっくりもしていられないでしょうでふが、ごゆっくりとどうぞでふ」


 そう言うと、カルチェは事務所に戻っていった。



 しばらくすると、アティカが一枚の紙とファイルを持って、部屋から出てきた。


「お待たせしました。こちら月収増加型定額金運コースの契約書です。内容に目を通していただき、よろしければこちらに必要事項を記入の上、サインまたは印鑑をお願いします」


 アティカが客の男性に持っていた契約書を渡す。男性はその契約書を熟読すると、置いてあったボールペンで必要事項の記入をし、サインをした。


「はい、確かに。ではこちらが控えになります。以降は自殺さえしなければ月収が少しずつ増えていきますので」


「あの、質問なのですが」


「何でしょうか?」


 男性は契約書の控えをビジネスバッグにしまいながら、アティカに聞いた。


「月収が上がるというのは、一体どのくらいなのでしょうか?」


 アティカは「そうですね」と言いながら右手をあごに当てる。


「それはご自身のがんばりにも関係してきます。特に努力せずにそのまま仕事を続けるだけでも、おそらく昇給はあるでしょう。しかし、運だけに頼らずに努力していれば、より高いレベルの収入が得られるようになると思いますよ」


「ありがとうございます。今までがんばってきたつもりでしたが、少しは自信がつきました」


 入店したときと同じく、男性は不安そうな顔をしている。しかし、入店時よりも悲壮な感じは漂ってこない。


「大丈夫ですよ。運がないと、いくら努力をしてもそれが認められないことも多々ありますが、これからは運が上がってくるのです。その努力に比例して、きっと見返りがありますよ」


「わかりました。もう少し仕事をがんばって見ます」


 そういうと、男性は一礼し、店を後にした。



「フフフ、見よ、私の経営テクニックを!」


 事務所に戻っていの一番、ドヤ顔を見せながらアティカはカルチェに売り上げ報告と、契約書兼売上報告書の処理依頼をした。


「なんだ、金運だけでないでふか。就職運までは売れなかったのでふね」


「何を言うか、あんたが邪魔したせいでしょ」


「お姉ちゃんこそ、何を言うでふか。私が来たのはお姉ちゃんが個人識別カードを持って部屋に行った後でふよ。つまり、仕事運が売れなかったのは、お姉ちゃんの腕のせいということでふ」


「ぐぅ、妹よ、そこまで言うか」


 人によっては就職してしまった後は仕事運が必要なくなる。努力型の人間が多いせいか、金運と同じく売り手が多い。よってこちらも少々在庫過剰な商品である。


 金運が無い人間は仕事運もない場合が多いため、金運とセットにして販売するのが常套手段とされている。今回のように金運だけを求める人間はあまりいないのだ。せいぜいいたとして、今よりリッチな生活をしたいがために大金を手にしたいと思う人間くらいである。


「まあ、私の腕のせいにしても、今月3件目の販売契約! これでわが社もフランチャイズへ!」


「買い取りが多すぎてあと赤字が39年残ってまふがね。そもそもこんな店がいくつもあったら、フランチャイズじゃなくて()()()チャイズでふ」


「誰がうまいことを言えといったか」


 アティカの言うことなど耳にも入っていない、という様子で、カルチェは契約書をファイルに綴じ、コーヒーを一口飲んだ。

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