幸運販売代行店2
接客を終えたアティカは、客間の右側の部屋、事務所に向かった。書棚にはカタログや資料がきれいに並んでいる。これは、カルチェがこまめに整理しているからである。事務所の奥では、木製のテーブルに置かれたノートパソコンを見ながら、カルチェが作業をしている。
「今日も順調ね。で、今月の売上は?」
アティカがカルチェに尋ねるが、カルチェはなにやらため息をついている。
「……マイナス47年6ヶ月でふ」
「あら、最初の『まいなす』っていうのは余計じゃなくて?」
「この真っ赤な文字が見えないでふか? 大赤字でふよ、大赤字! 大体お姉ちゃんは買い取りばかりでぜんぜん販売できてないのがいけないのでふ」
カルチェはパソコンのデータを開き、赤くなっている数字をピシピシと指で叩きながら言った。
「いや、それは客任せだからであってね」
「言い訳はいいでふよ。先月の売上は12年1ヶ月でぎりぎりだったでふ。お姉ちゃんには、もっと営業努力というものが必要なのでふ」
次にカルチェは、先月の営業報告書をぴらぴらアティカに見せながら説教を始める。買い取りの回数に比べて、販売の数が明らかに少ない。
「そうそう、先月いたずらでやってきたガキどもから手数料取り忘れたでふね。ひとまずお姉ちゃんの寿命から差し引きしておいたでふ」
「あぁぁぁ! 私の寿命がぁぁぁ!」
「もし今月赤字だったら、お姉ちゃんの寿命で穴埋めをしてもらうでふからね」
「妹よ、私を殺す気か?」
深刻そうな顔を見せるアティカに対して、カルチェは当然、と言わんばかりに鼻息を荒くする。そして机においてあった台帳をふと手に取り、赤字で記載されている部分を指差す。
「そうならないために、必死に営業するんでふね。買い取りで必要な寿命は、私たちの寿命から出されてるんでふから。幸運を買い取りすぎて寿命赤字になると、経営破綻で私たちは死んでしまうでふよ?」
「ま、まあ、今のところ赤字じゃないんだし……」
両手を広げ、大丈夫だから、とアティカはカルチェをなだめようとするが、楽観的な姉の態度に、カルチェはため息をついた。
「はぁ、そういう甘い考えがあるから、手数料を取り忘れるんでふよ。これをつけ始めたのは何のためか、分かっているでふか?」
「分かってるわよ。最初は自分の寿命とか幸せとかを知ろうとするためだけに来る客が多かったからね。だから、とりあえず来た人からは五十日の寿命をもらうことにしたのよね」
のんきに話す姉の様子を見て、カルチェは本当に分かっているのか? と内心不安に感じた。そして、手に持った手数料台帳をアティカに見せ付ける。
「そうでふよ。大体、手数料取るのはこの手数料帳に書くだけじゃないでふか。あだ名でもいいのに、こんなことで忘れるなんて、経営者失格でふ」
「うぅ……」
カルチェの一言に、アティカはがっくりと肩を落とした。
「経営の甘さというのは一般社会ですら命取りなんでふ。ましてや、私たちの商品は扱っているものが扱っているものなのでふ。だからお姉ちゃんにもその厳しさを味わってもらわないといけないでふ」
「死んだら味わうも何も無いのだが?」
「だから恋愛運がなくなるのでふ」
「い、いや、あれはすぐ買い取りができると思ったからであって、商品があるのに売れないとはいえないでしょ?」
「そこでふよ」
そう言うと、カルチェは台帳の最初のページをめくった。
「この店の資本寿命は私とお姉ちゃんの残り寿命、合わせて130年でふ。でもって、最初に持っていた商品は、私とお姉ちゃんの一つずつしかない幸運でふよ。まだ商品も買い取り段階なのに、この前恋愛運を3年6ヶ月という破格な寿命で売ってしまったじゃないでふか」
「いやだから、すぐに買い取りがあると思って」
「まあ、私はお姉ちゃんみたいに馬鹿ではないでふから、自分の幸運をあっさり売り渡すことはしないでふけどね」
そういうと、カルチェは台帳を机に戻し、パソコンの入力作業に戻った。
「うぬぅ、私の妹ともあろうやつが、姉に歯向かうとは」
「自分の人生が左右されることでふよ? そうやすやすと手放すことはできないでふ」
経営方針や幸運の値段設定で、アティカとカルチェはいつもケンカしている。それは仲がよい事を示しているのか、あるいは仲が悪いからなのだろうか。しかし、こんな状態でも、長いこと続いているから不思議である。