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アビリティ・バイヤー2

「はぁ……今日やっと一人目かぁ……」


 事務所に戻ると、アティカは一人用のソファにどかっと腰を落とす。


「お疲れ様でふ。久々に一見さんだったでふね」

「最近常連ばっかりだったから、久々に説明疲れたわ。カルチェ、コーヒーお願い」

「はぁ……コーヒーくらい自分で淹れるでふよ」


 そう言うと、ややぽっちゃりとした女性、カルチェは事務室の隣にある給湯室に向かった。挽きたて豆の香りが、事務室まで漂ってくる。


「それにしても、最近売り上げが悪いと思うんだけど、今のところどうなの?」


 コーヒーを飲みながら、アティカはカルチェに尋ねる。木の机で事務処理をしていたカルチェは、台帳のようなものを取り出し、確認を始めた。


「えっと……今週に入っての収支が……マイナス12年でふか……まずいでふね」

「え、まいなす? いま『まいなす』って言ったかしら?」

「そりゃ、買い取りばかりやってたらそうなるでふよ。お姉ちゃんは老人が大好きみたいでふからねぇ」

「仕方ないでしょ、まさか能力の買い取り希望の高齢者があんなに来るなんて思って無かったし」


 いらない能力と好きな能力を入れ替える。それだけ聞くと、多くの人が必要な能力を求めてやってくるように思えるだろう。

 しかし、いざこの「能力の売買」の商売を始めてみると、思いのほか高齢者がたくさんやってきた。何故かというと、「自分の能力や経験を売って、長生きしたい」という人が多いためだ。

 老い先短い人は、いくら能力や経験を持っていても、使う場面が無いために意味が無いと考える人が多い。そのため、自分の能力や経験が他の人に役立てるならばと、能力や経験を売りに来る人が多いのだ。


「仕事始める時はよかったんでふがね。在庫が余り始めているでふよ」

「おかしい……こんなはずでは……」

「営業が足りないんでふかねぇ。お姉ちゃんがもっとしっかりしていれば……」


 カルチェがそう言いかけた時、店の入口の方からベルの音がした。誰かがやってきたようだ。


「あら、今日二人目のお客さんね。ちょっと行ってくるわ」


 そう言うと、アティカはすぐに事務所から出ていった。



 次に来たのは、五十代とみられる男性だ。ほっそりとした体形に、チェックの薄い長そでの上着が男性を若く見せる。


「いらっしゃいませ……あ、シュプロイアーさん、お久しぶりです、最近どうですか?」

「やあ、アティカちゃん、今回もばっちりだったよ。ここのお陰だ」

「そうですか、よかったです。あ、すぐコーヒー入れますね」


 アティカは客の男性、シュプロイアーをテーブルに案内すると、すぐに事務所にいるカルチェに声を掛けた。彼は小説家で、よくこの店に来ている。デビューした頃はそんなに売れているわけではなかったが、この店を知ってからというもの、一気に才能が開花したという。

 しかし、「文才」を手に入れたわけではなかった。アティカも最初はそういった能力を求めていたのだと思ったが、才能自体は自分のものを信じたい、とのことだ。

 カルチェがコーヒーをテーブルの上に置くと、シュプロイアーは一緒に付いてきた角砂糖三つをすべて入れた。彼曰く、「小説家は頭を使うから糖分が必要」とのことだ。


「今回は、どんな経験が必要でしょうか?」


 シュプロイアーが出されたコーヒーを飲んでいると、アティカがテーブルにパンフレットを広げた。今回は「おすすめの経験一覧」というものだ。


「今回は恋愛物を書こうと思っているんだけど、いかんせん高校時代の恋愛経験が少なくて、行き詰っているところだよ。それに、時代がひと昔前の設定だから、昔の人の恋愛がどんなものかを知りたいんだ」

「へえ、シュプロイアーさん、結構かっこいいから、モテたんだと思ってましたけど」

「はは、現実はそう甘くないものさ」


 アティカはパンフレットのページをめくり、いくつかの「恋愛経験」のプロフィールが書かれているページを開いた。どんな人が、どの時代にどのような恋愛経験をしたのか、ということがある程度書かれている。


「そうだね……じゃあ、この恋愛経験にしよう。あ、細かい条件付けたいから、これとこれと……この十点をオプションで。前交換した仕事の経験はもう必要なくなったから、それと交換で」

「分かりました、えっと……交換手数料が200日ですがよいですか?」

「問題ないよ。契約書を」


 男性客がそう言うと、アティカは個人識別カードを受け取り、機械に向かった。契約書を印刷すると、個人識別カードと共に男性客に手渡す。


「それにしても……大丈夫ですか? こんなに何度も経験を入れ替えていたら、そのうちすぐに寿命が……」

「ははは、問題ないよ。人間はいつ死ぬか分からないものさ。少しくらい寿命が減ったくらい、どうってことはない。それよりも、好きなことを好きなだけ出来る方が幸せだからね。人生、太く短く生きるものさ……あれ、アティカちゃん、契約書一枚足りないんじゃない? 右上『2/4』ってなってるけど、三枚しかないよ?」

「え、ちょっとお待ちください……あ、すみません、話しながら印刷してたら一枚取り損ねていたみたいです」

「しっかりしてよね。こっちは寿命がかかってるんだから」


 シュプロイアーはそう言いながらも、残りの契約書を受け取りサインをする。アティカが必要な書類をシュプロイアーに渡すと、シュプロイアーは座り込んで受け取った「経験」をかみしめる。


「……なるほど、これならいい話が作れそうだ。どうもありがとう、次作もヒット間違いなしだ」

「それは良かったです。では、お気をつけて」


 シュプロイアーが席から立つと、アティカは頭を下げて店から出ていく姿を見送った。

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