お前は敵じゃない
イサギ達が儀式の間と呼ばれる部屋に入り、2時間が経過した。
待っていたワッシュは、開かれた扉の方を見る。
イサギ達がゆっくり歩いて部屋に入ってきた。
「イサギ」
「おう。……やっぱ難しいな。
ミロの刀も、能面も」
イサギは静かにため息をつきながら言った。
結果として、イサギ達の方は失敗に終わった。
ミロ・バオールの持つ刀は、刀匠が異常なほどの執念を込めて造られたものだ。
執念と共に込められた魔力が能力を発現し、強い怨念を取り込み続けている。
怨念の塊は刀から離れることは出来ず、ゴルメロの術師へ危害を加えそうになったため、イサギが無理矢理怨念を封じ込めたあと術式は中止された。
そして、イサギの持つ『鬼の能面』は……
『も……申し訳ございません、イサギ様。
恐ろしい……見ただけでわかってしまった。私達でも手に負えません。
一体何をしたらこんなおぞましいものが出来上がるのですか? 』
『この面には、悪霊や生霊そのものが何千何万と封印されてる。
少しでも面の中の状態を和らげられればと思ったが……厄介なものを持ち込んですまなかったな。』
「その能面はそんなに強力なのか……? 見た感じそんな雰囲気はねぇけど……」
イサギの持つ能面を縞がまじまじと見る。
「俺が持ってる間はおとなしくなってるだけだ。
2千年程生きてきたがこれより強力な呪具を見た事がない。大体百年ぐらい前に俺が回収して破壊・封印方法を探してるが、なかなか見つからない」
イサギが困ったように言いながら、面を懐にしまった。
「……天照ではどうにかできないのか?」
ワッシュの質問に、イサギは首を横に振る。
「魂を直接取り扱うもんでな、出来ない事はないだろうが相当な準備が要る。
期間もかかるし人員も割く……俺が上手く扱えてるのなら、そこには頼れないんだ。
万が一の事態が起こった時に世界最強の人間が出動できません、じゃ話にならねぇからな」
「そうか……」
ワッシュは納得した様子で、ゆっくり立ち上がる。
扉の奥から、術師が2人出て来る。
「縞様、お連れの皆様……準備が整っております。
こちらへどうぞ」
「……それではワッシュ殿。カーナ殿の背中に手を当てて下さい」
言われる通りに、術式の円陣の中心に立つカーナの背中に手を当てるワッシュ。
そして周りで術を執り行う術者達、10名。
それらを離れた所から見やる縞達、イサギ達。
「では、術式を行います」
「……始めてくれ」
カーナの身体に緊張が走った。
「大丈夫だ、カーナ」
ワッシュが声をかける。
「ワッシュさん……」
「なんとかなる。
今も、この後も」
術式が、始まった。
円陣に魔力がこもり、カーナの身体に霊力がまとわりつく。
10分後だった。
「この封印術……かなり特殊だ」
術者達は、手間取っていた。
封印術から受ける干渉。
魂を傷つけないよう繊細なコントロール。
彼らは必死にこなすが、自分達に手に負えるものではないことを理解し始めた。
「あと1分が限界だ……っ
それを過ぎれば、この封印に私達まで持っていかれる!」
「……」
(私に魂を移す能力は無く、魂を操作したこともあまりない。
強すぎる力でカーナ自身が死ぬかも知れない。
もし失敗しそうになったら……術式を中止するしかないだろう……)
(……考えなければならない。
出来なかった時のことを――)
「お前ら踏ん張れよ」
円陣の魔力が、倍に膨らんだ。
10人の術者が取り囲むその外側に、イサギが居た。
「イサギ殿!」
「封印術はなんとか俺が解いてやる。魂の放出に備えろ!」
ワッシュは驚き声を上げる。
「イサギ……!!」
「言っただろ、お前の行動を俺は肯定する。……手助けだってする。
それが俺達"六道賢者"なんだ」
イサギは器用に霊力をカーナに送り込み、操作する。
(イサギ……いや。
六道賢者……お前達は……)
(本当に……私の敵なのか……?)
それから20分、魔力を消費し続けながらも術師達とイサギの尽力が結果を成す。
「あ……」
カーナが、自分の中から他の魂が抜けていったのをハッキリと感じ取った。
「……上手く行ったようだな。どうだ、ワッシュ」
「ああ……ちゃんと、私の中へ3人共いる」
ワッシュが、驚きながらも安堵したような表情を見せた。
イサギも、ホッとしたような表情でその場に一旦座り込んだ。
術師達も汗だくで疲弊した様子だったが、すぐにイサギの方へ向き直り――
「イサギ様! この度は助太刀頂き――」
「あーいい! そういうのはいい!
本来そっちでやるものなのを勝手に手伝っちまったからな。
……ひとまず、上手く行って良かった」
イサギは皆へ笑いかけた。
ワッシュも、ゆっくりと息を吐いた。
カーナの目には、涙が漏れていた。
(生きてる……?)
(僕は……生きてる……のか……?)
(死ななくて……いい……?)
「ワッシュさん……僕……」
「……そうだ。
お前は生きている」
「これからも、生きればいい。
逃れられぬ運命は――終わりだ」
カーナがとめどない涙を流しながら、嗚咽した。
その場に居る者皆が、カーナを囲んでいた。
[イサギ]
六道賢者のうちの一人、畜生道を司る。
"日本"と呼ばれる国の出身。
呪具を処理するために旅をしている。