異世界に着いた、幼女に変身した
目が覚めると――、俺は自然の真っ只中にいた。
そう。自然だ。心が潤うような美しい眺めが視界一杯に広がっていた。
周囲には草木が生い茂っている。空は澄み渡る青さ――まさしくスカイブルー。そんな大空には真っ白な雲が流れている。真っ白くてもくもくとした雲を見ているとわたあめが連想された。甘くて美味しそうなわたあめだ、……食べたい。青い空と真っ白な雲はちょうどよい塩梅で頭上にだだっ広く、広がっていた。
耳をすませなくても、耳に届くのは――せせらぎの音。とても心地のよい調べだ。
ちょっと視線を巡らすと音源を発見、俺のすぐ傍に川が流れていた。
そんな光景を眺め考える。
ここは……森か?――いや、森だろうな。森ってことで。
というか、本当にここは異世界なのか?
あの女神様は、俺をちゃんと異世界に送ってくれたのか?
実はここはただの地球なんじゃ……。
そもそも異世界と地球の明確な違いってなんだ……?
不安が過るが、確かめる術を知らないし、おそらく大丈夫だろうと、何の根拠もなしに、思うことにする。
異世界ならばそのうち魔物とか出てくるだろう。出てほしくはないが……、そういうので、俺はこの世界は異世界だと確信できるから、何でもいいから根拠をくれって感じだ。
……あの女神様、天然っぽいしなぁ。俺を雷で昇天とかさぁ、もっと器用なやり方あるんじゃないの……? ………………無いのかなあ……?
そんなことを考えながら、景色を存分に心行くまで眺めた俺は、自分の手がちっちゃいことに気づく、おまけに腕もほっそくて、華奢だ。それに視線も低い、どうやら背も低くなっているようだ。
おまけになんか股下がスースーする――自分の服を見る為、視線を下げる。――と思ったらスカート履いているのか。
そりゃ女の子だし当然なんだけど……中身は俺、つまり男なんだよな……。
スカートは風にはためきひらひらと揺れていた。
一応、胸を触ってみると、見事なまでに、ぺったんこでした。
――よし、とりあえず川に行ってみるか。
せせらぎの音を頼りにちょっと歩くと、川に辿り着く。川の水は綺麗だった。太陽の光を反射して輝いている。
これ、そのまま飲めるんじゃないかな? と思ってしまう程に川は透き通っていた。
すっごい透明度だ。覗いてみると、底まで見えた。川の、中に、石がある……。大小さまざまな、色々な形の石がごろごろあった。
川を覗きこむ――、俺は水面に反射する自分の姿を見た。――女の子が写っていた。かわいいフードを被っていて、その中には――、ぱっちりとした目を見開く顔があった。
ほとんど白に近い薄い桃色の髪、程よく長い睫毛、桃色の瞳、ちっちゃくて薄い唇――妖精かのような印象を覚える容姿をした幼気な女の子だ。わりとかわいい顔をしている。
これが……俺?
どんな仕草をしても毒(――中身が俺)を除いてみれば、可愛かった。
いや、でもまあ地球の俺も歌舞伎で女形が出来ると友人らに評価されるほどの美男だったし!! いや、それだと、中性的越えて、女性的ってことになっちゃうんだけどさ……。
そんな下らないことを考えながら俺が、幼い女の子(自分)の顔に見とれていると、
『あなたの名前は?』
水面に文字が現れた。文字が水の上に直接映し出されたのだ。その文字は水の流れに呼応するかのように、揺らめいている。
「――わっ、な――に!?」
焦って、後ろに向かってバランスを崩し尻餅をついた。一瞬言葉に詰まった、発語に違和感があったのだ。『うわっ、なんだ!?』と言おうとしたら『わっ、なに!?』に変わったかのような不思議な感覚があった。だがそれについて考えるのは、今は後回しだ。
急に脅かすなよ。また女神様がじきじきに俺を殺りに来たのかと思っちまったじゃないか、あれトラウマなんだよ。
……にしても、これはなんだ? これも女神様が仕組んだのか?
そんなことを考えていると――、俺の正面にウィンドウが現れる。ウィンドウには枠があり、そこは入力欄になっていた。
『あなたの名前は?』と枠の上部に書いてある。
どうやらここに名前を入力しろということらしい。
ご丁寧なことに手元にはキーボードまで映し出されている。凄くオーバーテクノロジーな感じだ。これおそらく世界観とマッチしてないだろ。まあ世界観を知るほどまだ冒険してないんだけど……。だけど、こういうの好きだ。俺だけの特別感があっていいな。女神様め、粋な演出をしやがる。
俺は改めてキーボードと向き合う。これを使って入力しろということか? とりあえず『あ』と入力してみることにする。動作チェックだ。ローマ字入力に設定し、俺が『あ』のキーすなわちAを押すと『あ』が入力された。バックスペースでそれを消し、改めて名前を考えることにする。
うーん、名前か……。
俺は目を瞑り暫しの間考えを巡らせる。地球での俺の名前は『賢一』だったし、賢そうな名前がいいな……エーデルワイス?……うーん、かわいくないなぁ……。
――そこで電撃的に俺の脳裏にとある名前が思い浮かんだ。俺は直感を信じることにする。
決めた! と目を見開き――よし、『ミーシャ』にしよう。と両手を打ち合わせる。
男女で通用するしね。
TS系女子? の俺の名前にちょうどいいだろう。
キーボードを打ち、(因みに俺はタッチタイピングの達人だ)、『ミーシャ』と入力する俺。
ウィンドウが移り変わり、メッセージが表示される。
『確認します。「ミーシャ」でよろしいですか?』
「よろしいです」
『承諾しました。では、今日からあなたは「ミーシャ」です』
メッセージはそこでストップした。ウィンドウと、キーボードがどこかへ消える。
今日から俺はミーシャということで、言われた通り異世界の幼い少女となった俺は、ミーシャと名乗ることにしよう。
どうせ、そのうち男に戻れるのだし、女体での暮らしを楽しもうじゃないか。
というか、言論になんかフィルターがかかった気がするんだよなぁ……さっき。確かめるために俺は問題発言をしてみる。
「うん――」
『こ』が言えなかった。言おうとすると、お口が動かなくなり、脳内にホイッスルの音が響いたのだ。
『女の子に相応しくない発言はダメ! ダメだよ!!』
あの女神様の声が脳内に直接届いた。――姿は見えないが、レッドカード片手にホイッスルを吹き、バッテンマークを腕をクロスされて作ってる様が容易に思い浮かぶ。――……どうやらそういうことらしい。俺はどっちにせよ女の子らしくなってしまうということだ。心もじわりじわりと女の子にむしばまれていくのだろう。でもいつかこの『夢』覚めて、男に戻るんだよね……? 大丈夫かな。
そんな心配をしていると――
ん? なんか出たぞ?
名前を入力したウィンドウが消えて、入れ替わるかのように、俺の眼前に新たなウィンドウが出てきた。メニューと記されている。どうやらこれは〈メニューウィンドウ〉らしい。〈メニューウィンドウ〉には様々なアイコンが並んでいた。
透過率高めとはいえ、視界にずっとあるのは色々不便だ……。邪魔すぎる。これは、消すことはできないのか? と色々弄ってみる。ああでもないこうでもないとしている内に、〈メニューウィンドウ〉を出したり消したりという操作は意識で出来るということがわかった。
憂いがなくなったので、もう一度アイコンを眺めることにした。
〈キャラ情報〉という項目があることに気づいた。とりあえず確認することにする。
キャラ? 「名前を決めてください」といい、さっきからなんかゲームみたいだな。
それで、どうやって見るんだ。と、手をこまねいていると、再びメッセージが表示された先程と同じように音声付きで、
『ヒント。閲覧したい場合はタッチしてください』
言われるがまま、画面にタッチする。
『開示します。なおこのスクリーンはあなた以外には見えないのでご安心を』
「はいはい」
有難いメッセージを頂いた俺の眼前に、露になるミーシャの全て――
【ステータス】
ミーシャ(女)
職業:錬金術師 ランク:I
Lv:1
能力:錬金釜召喚、錬金術の心得、魔法の心得、言語理解、不老、女神様の加護、システムサポート
呪い:言論の不自由
→もっと詳しく見る
眼前に表示されたステータスをまじまじと眺める。
……ふむ、これがこっちの俺――ミーシャのステータスか。
ゲームはそれなりにはやっていたので、大体わかる。
武術の心得ってのがないから基本魔法をぶっぱなす感じか?
格闘も出来なくはないはずだ。筋力が足らずとも俺のスポーツ経験で多少は補えるだろうし。だけど、素直に魔法の方を鍛えた方がいいっぽいなー。あっ、ちなみに錬金術関連と魔法の使い方は、なんか刻み込まれてたからいつでも使えるよ。
言論の不自由ってのはつまりまあ、さっきの女神様とのやり取りから鑑みるに、NGワードってのがあるらしい、まあ、あの女神様がそこまでNGワードを設定とは思えないし、ガバガバでしょ、どうせ、というかガバガバであってほしい。あってもなくても変わんない程度ならそこまで女の子っぽくならずに済むし。でも下手すると、ちょっと女口調化する。くらいは仕込まれている可能性がないとはいえない、警戒しよう。
でだ、言語理解ってのは、あれかな――この世界の言語を、地球人な俺が理解できる言語に置き換えて翻訳してくれるのかな?
システムサポートは、この異世界でゲームみたいな感じで、こういうウィンドウ操作が出来るってことかな。
俺はシステム? に問い掛けてみる。問い掛けに答えてくれるかはわからないけれど、スカったらスカったでいい、物は試しというやつだ。
「錬金術師って結局なんなんだ?」
『ヒント。詳しく知りたい場合はタッチを』
返事をくれるとは思っても見なかった。
言われた通りにタッチしてみる。
すると――詳しい解説が出てきた。
『解説。錬金術師とは? 万物を創造せし可能性を秘めた職業。錬金釜を使って錬金を行うのが主流。
出来ること1。アイテムとアイテムを組み合わせて、新たなるアイテムの創作。
出来ること2。アイテムからアイテムを差し引いて、アイテムの分離』
システムと同一の声で解説される、というか同一人物なのか? 人じゃなくて機械か、なんかだけど。まあそれは今はいっか。
にしても、これはなかなか楽しそうな職業だ。
錬金術師の隣にあるランクとはなんだろうと、次はランクをタッチしてみる。解説が出てきたので目を通した。
『解説。ランクとは? その職業での階級。その職業での活動を頑張ると、いつかランクが上がるかも? ランクが上がると出来ることが増えるよ』
なるほどな、錬金術師を極めていくという楽しみ方もあるのか。
まずは、技能の欄にあった錬金釜召喚をするとしよう。
錬金釜がないと始まらない職業みたいだし。
で、錬金釜召喚ってどうやるんだ?
やり方がわからないので、システムに問い掛ける。
「どうやって召喚するんだ?」
『ヒント。適当に念じてください』
「出でよ! 錬金釜!!――ハッ!」
言われた通りに適当に唱えた。右手を前に付きだしてポーズを決めて、パワーを送った。
『声とポーズは要りませんよ?』
と、システムとは違う声。――女神様の声だ。
システムからのメッセージの側に急に新たなウィンドウが現れた。
そこにはあの女神様が映る。
なんか笑ってるぞ、女神様?
他のウィンドウと混同するので、以降は〈女神ウィンドウ〉と呼ぼう。
「ぷぷ、今のは、はずかしーよ」
口に手を当て嘲笑する女神様。
「笑わないでねー。神罰下し様」
「やめてぇ! 私の格好いい異名に変なのあてないで!! というか、それ忘れて……うぅう……」
……神罰下しは、女神様の異名でもあったのか。
あれ奥義的な何かなの? 俺なんかに使っていい技だったの?
「かっこいいってどこがなの?」
「かっこいいもん……おしっこ漏らしじゃないもん……漏らしてないもん」
女神様の顔は真っ赤だった。
「漏らしたよね?」
「しがない君が漏らさせたんだもん」
〈女神ウィンドウ〉に写る女神様はまだぶつくさいっている。それを尻目に、先ほど念じたポイントを見ると――煙と小規模な雷が合唱していた。
やがて煙が晴れ、釜が現れる。
錬金釜召喚で魔力を結構持ってかれて、若干ダウナーになった俺は、現れた釜にテンションを上げる。
本当に現れた。雑な詠唱だったのに。
こうして――俺は、錬金釜を手にいれた!
テンションアゲアゲ、ランラン気分な俺は、イエーイ! とピースを決める。――女神様はまだおしっこを連呼していた。女神様なのに下品だなぁ。
おっ、なんか解説が出たぞ。
『解説。錬金釜とは? 錬金術師の道具にして生命線。一度目の召喚の時には魔力をごっそり持っていかれるので要注意だぞ☆』
どうやら、今のは一度目の召喚だったから魔力をごっそり持っていかれたとのことだ。いや言うのがおせーよ!
『忠告するのを失念していました。マジメンゴ☆』
「システムって中に人がいるんじゃないのか!?」
『解答。AIです』
「ハイテク!!」
すっげえなシステム!
さてと、話を戻そう。凄く親切な解説は、とてもありがたかった。
よし、いい加減に〈→もっと詳しく見る〉に触れて上げるべきだろう。さっきから気になってはいたしな。
〈→もっと詳しく見る〉をタッチした。するとステータスが表示されていた画面に変化が訪れた――
【キャラクター情報】
ミーシャ(女)
種族:――
年齢:20歳
身長:140cm
体重:35kg
B:67
W:55
H:70
設定:天涯孤独の錬金術師。
実は――→もっと見る?
20歳でこの発育不良っぷりはなんだ……!?
これって実質、年齢の半分の幼い少女じゃないのか……? 突っ込みどころは山ほどあったが、〈→もっと見る?〉をクリックした。
『実は――中の人はしがない大学生』
【キャラクター情報(中の人)】
志賀賢一(男)
年齢:20歳
(省略)
設定:二十歳。童貞。
童貞とか余計なことは書かんでいい!――心の中で突っ込むと、女神様がピクリと反応しやがった。
「しがない君って童貞なんですかぁ?」
この時を待ってましたとばかりに煽ってくる女神様に――女神様に払っていたはずの敬意がぶっとんだ。許可されたからタメグチだけど、一応敬意は払っていたんだ。さっきまでは。
「おい、お漏らし女神! ざっけんなよ!!」
「童貞♪ しがない君は童貞♪」
「はぁ……」
女神様は俺を見てニマニマニマニマしてくる。
ああ、くっそムカつく!! 二十歳で未経験で何が悪いんだ!?
むしゃくしゃした俺は、乱暴に〈キャラ情報〉そして〈メニューウィンドウ〉を閉じる。二度と俺の事が書かれたあれは開かないだろう。
女神様め……後で覚えてろよ……。――女神様を睨み、復讐心を燃やす。
これみよがしに煽りやがって……。
とりあえず水を身体一杯に浴びたい気分だ。――気持ち良さそうな水が傍にあるから、そういう気分になった。
「ちょっとさっぱりするから覗かないでね、女神様?」
ていうか、女神様暇なの? ずっと〈女神ウィンドウ〉開きっぱだけど。
「ん? 今は女同士ですよ」
女神様がそう答えた。
「たしかにそうだったね」
俺はもう女神様に見られていようと気にしないことにした。服を丁寧に脱いでいく、水着はないので全裸になった。
そして――この目で見てしまった。この目に焼き付けてしまった。ミーシャのあられもない姿を……。
全裸で川に入る。水は冷たくて――、
「きーもちーーい!!」
ミーシャは叫んだ。それほどまでに――、あまりにも――、――最高だった。
「いいなー」
そう言う女神様に、見せ付けるように泳ぐ。
バシャバシャバシャと水を蹴り、ばた足で泳ぐ、平泳ぎもした。しているうちにこの身体で泳ぐのにも多少は慣れた。ただどうしても勢いが足りない、筋力と肺活量が備わっていない身体にもどかしい思いもした。――まあ女の子の身体だしね、筋力以外で頑張ればいいか。
そうして泳いでいたら、魚と目が合った。
魚を見た俺は、全身を水に浸け、
「ゴボボ!(ごはん!)」
ぐいっと手を伸ばすも、ぬるりと逃げられる。手には確かにお魚さんの感触がした。
ガバッと顔を水中から出し、
「今、触ったのに!」
叫んだ。
とっても悔しい……。
畜生! 今の女の子な俺が大学生の俺だったら魚の一つや二つ!
「今のは、おしかったですね。もう少しだったのに」
女神様がそう言った。
「うん、もう少しだったんだ」
俺は女神様にそう答えた。
「魚めぇぇ、覚えてろぉぉお! 後で絶対に捕まえてやる! 絶対だぞ! 絶対だからな!! お前の姿焼きを俺に食わせろ!」
逃した魚を思い浮かべ、ファイティングポーズしながら熱意に燃える。
……それにしても、これ(全裸)は……なんという解放感。……やばい。このままだと裸族になりそう。