プロローグ4 女神様とお話
気付くと、俺の意識は深い深い微睡みの中にあった。なんとなく目覚めなくてはならない気がするが、もう少し眠っていたい……。
「(うーん。どうしよ)」
女神は困っていた。
対話の用意はとうに終わったのに、客である、『しがない君』改め賢一君が、なかなか起きない。
暇潰しに水晶で彼の過去を覗き見たりもしたんだけど、それももう見終わちゃったし。
ぐっすりと安らかに眠る賢一君の寝顔には、私を睡眠へと誘う強い力があった。このままだとつられて私まで眠くなってしまう。
「まったくぅ……賢一君ったら、ねぼすけなんだから。しょうがないなぁ……、――【覚醒】――エイッ☆」
私は、目が覚める魔法をかけた。魔法の力がしがない君を目覚めさせてくれるはず。たぶん。
深い眠りに入っていた俺の夢に何かが侵食してきた。それはとっても刺激が強く、俺をピリピリと覚醒へと導く――
次の瞬間、頭のなかが弾けた!
「うぐぁ!! ハァハァ……」
あまりの惨劇に飛び起きた。
そうして、目が覚めると――
目の前に女神のような美しい少女がいた。
銀髪ツインテール、おまけに碧眼の美少女である。視線を顔からずらし、服装を見やると、白い羽衣を着ていて、メチャクチャ可愛らしい雰囲気を帯びていた。
見た目的には二十歳である俺より若いように見える。高校生いや中学生くらいか。――ティーンエイジャーってやつ?
俺はそんな美少女を見て、……思う。
……なんだこれ? ……幻覚か? というか、この娘、なんだか見覚えが……あるような……。
俺は、記憶を辿るが、直前までのことは、ぼんやりとしか、思い出せない……。
俺と、こんなべっぴんさんに、接点なんて無いはずだ。てか、銀髪ってなんだよ……。銀髪って……。
「こんにちは、け……いえ、しがない君、お元気ですか?」
女性らしく高い声――とても可愛いらしい美声だ。
というよりか、この声。なんだか、めちゃくちゃ聞き覚えのあるような気がするが……気のせいか?
「しがない君?」
「しがない君がそう名乗ったんですよ?」
名乗った? 記憶にないが……、お酒を飲んでいた気がする。もしかすると、この娘にも酔っていた状態のときに、会ったのかもしれない。
本名を名乗って良いのか躊躇した俺は、現状維持でいいやってことにする。
「そっか、ならそれでいいや、愛称ってことで」
「うん。しがない君はしがない君って感じだよね」
「あはは……、そう……、だね……」
この娘、悪意ではなく純粋にそう思って言っているようだけれど、――悪口にしか聞こえない!!
どうせ俺は、つまらない人間ですよーだ。
「で、しがない君、お元気ですか?」
「元気ではないです……。
――というより、すみません、お聞きしたいことが……その、ここが何処なのかわかりますか?」
地は何処までも綺麗な雲海。うん、地が雲海って、矛盾している。
周りはというと、見渡す限り何処までも青い。
ここは……雲海より上の青空の世界?――そこで意識が途切れる前のことをちょびっと思い出す。
たしか俺は雷に打たれたよな……?(記憶がはっきりしないけど……)。――となると、ここは死後の世界? 夢の世界?
「ここは神々の世界――神界です」
少女は俺の問いにそう答えた。
シンカイ? 漢字で書くなら、神の世界で神界か?――というと、俺はあれか、仏になったのか?
「頭の中が、疑問で埋め尽くされているご様子ですね」
「はい、何がなんだか……わかりません」
「簡潔に説明しますと、あなたは私に選ばれたのです。
――あまりにも哀れなので慈悲をかける対象に」
「はい?」
言っている意味がわからなかった。
簡潔すぎるのか、この少女の説明が下手くそな素人のせいなのか、はたまた俺の理解力が乏しいせいなのか、一ミリも伝わってこない。
「私は女神様です。しがない君の望み叶えます」
自信満々にそう言う自称女神様、茶目っ気たっぷりにウィンクまでしている。そのウインクが俺のハートをバッキューン!! した。
ズッキューン!! と来た俺メロメロ。――やっべ、この娘すっげかわいい。
俺は内心の下心を包み隠し、冷静に応対する。
「……はぁ、はぁ……女神様、ですか」
女神様を自称するなんて痛々しい娘だなぁ……。そういう年頃なのか……?
「はい、女神様です」
即答する女神様。
「そうですか……」
「そうです」
まあ、ここが死んだ後の世界だと仮定するなら、何でもありなのだろう。
ここが神界だというのも、彼女が女神様だというのもいまいち信じ難い――だけど逆に、先程から女神様っぽいなとも思っていた。彼女の容姿や雰囲気が「私は女神様です」って自己主張しまくっているのだ。――が……、ひとまず受け入れはしよう。
「まあ、信じていただけてませんよね」
俺は答えなかった。嘘をいう事もできないし、真実をいうことも気が引けたからだ。
「それならそれでいいので、ひとまず私の話を聞いてください」
この女神様はどうやら俺に話があるようだ。
流れによると、(女神様の言を信じるのなら)この女神様が俺をわざわざ神界へ呼び出したのだと推測できる。
あれ、呼び出した? どうやって? 俺が来たのは偶然、雷に打たれたからで……んっ? なんか違和感があるぞ……。
考えてもわからないから俺は、疑問のまま先送りにする。
とりあえず、用はなんなのか――、慈悲とは何か――、気になった俺は、話を訊いてみたくなった。
正直信用できないし、胡散臭いとは思っている。
だけど、話を訊くくらいならばいいだろう。――俺は了承を示す。
「――――はい」
「捧げる慈悲についてですね。――あなたを錬金術師の幼い女の子に転生させて、前の世界、地球ですね。それとは別のファンタジックな異世界にしがない君をお送りします」
幾つかの疑問が湧く、俺は幾つかの疑問の中で一番気になったことを訊くことにした。
「なぜ、幼い女の子に?」
「錬金術師には男の子よりも女の子の方が適性があるので、そう決定しました」
「俺の意見を聞かないで勝手に決定しないでください!――はひとまず置いといて、なぜ、幼いの部分は確定してるんですか?」
「『あちらの世界ではっちゃっけても幼ければある程度許されるかな』と思い、『そうだ、幼い子供にしよう!』と確定しました!」
「そんなノリと勢いで俺のこれからを決めないでくださいませんかね!!――というよりか、幼ければなんでも許されるってほど世界は甘くないですよ?」
「――ちなみに見た目は幼い少女ですが不老で、二十歳です」
「……ほう」
ゴクリ。二十歳ってことは合法ロリ……、ゲフンゲフン。
というか突っ込みどころが多々あるな……。
「俺がはっちゃっける前提なんですか?」
「はい、しがない君ははっちゃけそうな匂いがぷんぷんします」
女神様の中では、俺がはっちゃっける前提なのか……心外だ……。
「さ……、さようですか」
やや女神様の勢いに押され気味な俺は、思わず芝居がかった口調で話してしまう。
「さようです」
女神様に満面の笑みで返事された。
「えーっと、拒否権は?」
正直、胡散臭いので全力で拒みたい。
「最期まで聞いてください。――後悔なきように」
「お、おう……」
少女の有無を言わせぬ鋭い言葉に、俺は黙った。
「あなたは『自由』を求めている。――違いますか?」
「相違ありません、俺は自由を求めています。ですが。話が読めない、女神様には、私をファンタジックな異世界とやらに送り出すメリットはあるんですか?」
「人が総じて打算で動いているとは思わぬことです――私は女神様ですが」
そこで女神様は区切る。
「打算でないのなら、自己満足ですか?」
「まあ、そのようなものです。――満足するのは、結果的には、しがない君となりますが」
「なにゆえに? 俺が満足すると、女神様はお思いになるのです?」
「あちらの世界でこれからあなたが得ることになる経験は、必ずしがない君の役に立ちます。その経験によりしがない君はきっと大成するでしょう。それはしがない君のこれからの生涯の道標となるものだから」
「少々お待ちください。俺は死んではいないのですか? 俺が少女になる。というからてっきり死んだのかと」
「いいえ、お亡くなりになってはおりません。――生死の狭間をさまよってはいらっしゃいますが……」
女神様のその言い方に俺は疑いを持つ。――女神様が俺を生死の狭間な状態にした張本人なのではないかと。
記憶も先程よりもはっきりしてきた。たしかこんな声の少女が『これが女神様の雷撃だーー!!』とかなんとか言ってたような……。
「……女神様のせいでですか?」
鎌かけのつもりだった。つもりだったが、女神様は――
「…………」
沈黙していた、とても罪悪感を感じている顔をしていた。
「なぜ、女神様は黙っているのです?」
「……」
「女神様?」
「……」
もう一回呼び掛けようかとすると――とあるワードが俺の頭にふっと湧いてきた。
俺は合言葉感覚でキーワードを発す。
「パンツ」
「なんで覚えているんですか!? 私の雷撃をまともに食らったはずなのに!!――あっ……」
女神様の言葉で思い出した。女神様の蛮行の数々を。
『しがない君へ送るプラズマ砲――今なら『昇天』がもれなく付いてくる!』
『私これ振る。しがない君は昇天。――OK?』
フラッシュバックするふざけたセンテンス。
――ブチッ。
俺の堪忍袋の緒が切れた。
怒りに我を忘れた俺は女神様に掴みかかる――
「ふざっけるなよ!! 何が慈悲だ!! そういうわりには俺のことを何一つ考えちゃいない――」
「……」
俺に襟首を掴まれて泣きそうな顔をする女神様。
「おい、黙ってないでなんとか言え!」
それに構わず俺は怒鳴り付けた。怒鳴り付けて、――その女神様の眼から滴が零れた。
「う……、ぅ……、ひくっ……」
涙……? 俺はこの娘を……泣かせてしまった……、のか……?――俺は正気を取り戻す。
「……失礼。取り乱しました」
俺は、「泣いて許されるかと思うなよ!! こちとらお前に殺されかけたんだぞ!!」と第二ラウンドを繰り広げようと疼く自分自身を押さえ付けた。
押さえたつもりだったが、声はいまだ怒気を孕んでいる。――だって、思い出したし、この女神様がドス黒い雲に乗って『奴に神罰を! 【神罰下し・雷】!!』とか叫んでたの。
「…………その点につきましては、誠に申し訳ありませんでした。――ですが、私にはこちらへとあなたを引き寄せる方法が思いつかなかったのです。後遺症は一切残さないように、出力を調整しましたし、治療も……――」
俺の先程の罵倒がトラウマになったらしくこちらに怯えた目(かなり潤んでいる)を向けながら話す女神様の声はとても震えていた。歯に加え身体もガタガタガタガタと震えている。
「うっ……うっ……」
女神様が崩れ落ちた。女神様の股下にじょばーっと黄金の水溜まりが出来上がる――、どうやら失禁してしまったらしい。いくら俺とはいえ流石に飲みたいとかは思わな……いわけないだろうが!(逆ギレ)
なんだよこのシチュエーション、めちゃくそ興奮するじゃんか!!
俺の内心の興奮をよそに女神様は潤んだ目をこちらに向けたまま固まり、
「――うぇーん!! ……うぅ、ひっくひっく……しがない君が……こわいよぉ……」
号泣した。決壊したダムかのようにめっちゃ泣く女神様。
やっべ、この娘、メンタル弱いのか、お豆腐だったのか……。
「どうどうどう、よーしよーしよし、泣かないで、女神様ー」
俺は全力で女神様をあやす。――お兄さんがお触りしますよ、ごめんね。と、頭を撫でまくる。
ついでに落ち着かせるようにギューと抱き締めて、クンカクンカする。
「う……うん、もう大丈夫……ごめんね、あんなやり方して、ほんと、ごめんね……」
そう言う女神様。この娘は俺のために行動したのにその俺に泣かされるという理不尽を味わったのだ。そう思うと殺されかけたことも許せる気がしてきた。
よし、もう許そう。
女神様のお漏らしシーンっていう貴重なもの見れたし。
「…………ふぅ」
女神様を宥めている内に冷静になった俺は、女神様がそこまで言うような経験とやらがとても気になった。
俺はあちらの世界で、一体どのような経験を得ることになるのだろう。そしてそれを糧にすることはできるのだろうか。
女神様に、(またトラウマを蒸し返さないためにも)、俺は極力優しい声で話し掛ける。
「女神様がそこまでいうのなら……、女神様の言う通りに異世界とやらに行ってみましょう。――しかし、俺には余分な時間がありません」
「生死の狭間をさまようしがない君は、夢を見ているかのような状態です。
途轍もなく長い『夢』を見る。――と思ってください。
あなたは凝縮された『夢』の中で、異世界に行きます。還った時には――、あら不思議。
しがない君は病院のベッドです。時間としては数日でしょう」
失禁した上に泣きわめくというダブルで痴態を晒したのによく喋りおる。
伊達に女神様はやっていないということだろうか。この立ち直り力は称賛に値する。
「な、なるほど……」
そういう話なら考える余地はあるかもしれない。異世界とやらへ、解き放たれ『自由』に羽ばたいてみるのも一興ではないかと思えたのだ。――だけど俺にはまだ不安があった。
いやいや、相手は俺を殺害しかけた女神様だぞ。言う通りにしていいのか? 信用に値するのか? でもこの娘のさっきの涙は演技などではなく、本物だったぞ。
いや……、でも……、女神様ならいくらでもはったりを……。
いや、この娘一見賢そうに見えるけど、めっちゃアホなんじゃ……何とか外面を整えているだけで、なんかそんな気がしてきたぞ……――思考が堂々巡りを迎えた。
「しがない君はとても疑り深い性格のようですね。私とこうして話していても、なお信用に値しないとお思いですか?」
「いいえ、話している感じでは信用してもいいかと思っていますよ、本当ですよ?」
「ならば私に『夢』を委ねてください。約束します、――悪いようにはしません」
俺は熟考しようとする、だけどやめた。もういいや、考えるのが面倒くさくなった、人――女神様らしいけれど。を疑うのも疲れた。
というか、本物の女神様ならば俺が異世界に行って、偽物ならば夢から醒めるだけなんじゃないか?――纏めてみると以外と単純だ。
ええい、こうなりゃ自棄だ!! 毒を食らわば皿まで! 異世界行ってみたいし!(好奇心)
「……わかった。女神様に託します!」
「――託されます。では、早速異世界にお送りします。ですが、心配なさらずに、錬金術師としての能力がきっとあなたを助けてくれます。なので、安心して異世界を楽しんで来てください、またね、しがない君。これからはタメでいいよ」
女神様がにっこりと微笑む、手も振ってくれた。
さらに、これからはタメ口でいいとの許可までくれた。そっちのが気楽でいいし、助かる。
にしても、しがない君が完全にあだ名になってしまっている……と思いつつ、俺も微笑み手を振り返すと――、俺の意識は、再び途絶えた、プッツリと。