夢の内容を語る
人狼の村を救った俺たちは、
「私たちの村を救ってくださりありがとうございます!」
ってな感じで普通に歓迎された。オークの遺骸は飯となるらしい。
と、そこで。
「私はパパとママとお話ししてくる」
ユナは親と――俺たちとの冒険の件について――話をつけてくるらしく、別行動となった。
宿へと案内され、たんまり飯を食わされ(オーク肉も食わされた、そんなマズくなかった)、そして念願の風呂である。
「えー、ミーシャちゃんと一緒に入るの?」
「いーじゃん女の子同士だし」
「よくないよ、だって、キミ、中身男でしょ」
「俺たち、友達じゃん」
カタリナ様が、くらっとした。
「だけど……。あっ、閃いた、魔法でモザイクかければいっか、【謎の光】」
どこからか光が発生して、カタリナ様の局部を完全に覆い隠した。畜生! しかも、光は他の宿泊客たちのところにも発生した。……なんてことだ。
「じゃあ寝よっか」
「そうだね。もう夜も更けたし」
というわけで、風呂から出た俺たちは、寝ることにした。
今は、女の子同士なのでカタリナ様と相部屋、役得だ。
二人っきりだったが、普通にぐっすりと眠った。心臓マッサージの件の反省もあり、特に何もしていない。
――そして、夢を見た。
(――夢の中の時間軸はオークを倒した後から始まった)
ユナを助け、人狼の村を救ったお礼として、宴会が開かれることとなった。俺は今後のことを考え、事前準備として、『エーデルワイス』と名乗った。
「英雄様、どうぞお座りください!」
村長に促され、俺たちは、テーブルに座った。
そこには、赤々しく真ん丸の実。――ちょっと青いのも混じっているが、ご愛嬌だ――トマトがあった。
大皿の上に、トマトがどっさりと山盛りに積まれていたのである。しかも、緑色のヘタがついたままであった。
まさにトマト祭りである。艶々していて見るからに美味しそうだった。
「トマトはこのままかじるのが乙なんだぜ」
村人が言う。
カタリナ様とユナはそれに従って、かぶりついている。
ユナは、狼の血を内に秘めているからか、食べ方も野性味溢れていて、顔をベタベタに汚していた。
「確かに、かじるとなかなかに美味しいね。自然の恵みに感謝!」
そんなことを言いながら、ちびちびとトマトを食べ始める、カタリナ様は女神の面目を汚すことはしなかった。小さく口を開け小鳥がついばむかのようにちょびちょびと食べている。
「うーん」
そんな中、俺は一人、トマトに手をつけることはせず、腕を組んで唸っていた。村人発信のトマトは生でかじると美味しいという意見に異を唱えようとしていたのである。トマトは生のままでかじると美味しいというのは、確かに確かである。なのだが――、
「塩がないじゃない!」
そう、塩がどこにも見当たらないのだ。というか、マヨネーズもないし、調味料自体が乏しかった。
とはいえ、最近の日本では減塩が流行りであり、あっちでの俺もそれに乗じて減塩していた。――のだが、トマトには塩をかけたかった。
「塩?」
村人はきょとんとする。もしかして、知らないのか?
「塩だと。知ってるかい?」
他の村人に聞き始めた。
「知らないねえ……」
「俺も知らん」
その問い掛けに、村人たちはそう答えた。
俺は確認する。
「塩を知らないの?」
「ああ、なんだそれは?」
「調味料の一種。味はしょっぱいけれど、トマトとかにかけるといいアクセントになるんだよ。ここには無いの?」
「そんなものがあるのか!」
「聞いたことも見たこともないね」
しょぼーん……。トマトをこのままかじるしかないのか、まあいっか美味しそうだし。
「……そう。ごめん。お食事の邪魔をして」
俺は、トマトを手に取った。何かを手に取ったときの癖で、ぐるりと裏表を見る。――真っ赤だ。
手で触って確認したが、別に泥にまみれていたり汚れていたりはしなかった。安心して食すことができそうだ。
「……ふむ」
一思いにかじる。
かぷり。
即座に汁が溢れてきた。おっとっと……。
じゅわっとした汁を吸い取るように口に含み、味わう。
……酸っぱい。口に酸味が広がっていく。あんまり甘くはないな……。うーん、実は、品質があんまり良くなかったりするのかな。そう、やけに酸っぱいのだ。品質とか種類もあるかもしれないが、俺はあんまり美味しく味わうことができなかった。
どうやら、それに関しては、村人たちはこのトマトしか知らないから、特に疑問に持たなかったらしく、真に美味しいトマトを知っている俺だからこそ気付けたということらしい。
トマトをかじりながら考える。
ここには……塩はないのか。ここは山村だし、海由来の物がないのは当然か? 人狼の村が特別閉鎖的なためかもしれない。言うならば、鎖国ならぬ鎖村状態だ。俺たちを受け入れたのは、ユナを助けたことが大きかったのだ。それらは雰囲気で察せるはずのことだった。この村には人狼族しかいないのだから。俺がそんな簡単なことも察せなかったのか。――と自分を恥じていると、
「実を言いますと、今年はトマトがとれすぎてしまって……たくさん食べてくれると助かります」
村人がそんなことを言った。
(トマトが一杯ね……)
それを聞いた俺は、即座に閃いた。
「ならば、アレだ!」
「アレとは?」
村人が急かす。
「こんなに大量にあるし。トマトを調味料にしよう!」
――“トマトを調味料に”、それが俺が一瞬で閃いた。雄大で壮大な発案であった。
俺は誇らしげな気分になる。実際は地球人の知恵なのだが、持ち込んだ人物にも誇る権利がある。もちこんだ人物も偉いのだ。たぶん(適当)。
「トマトを調味料に?」
村人は、俺の案のスケールが大きすぎてついていけてないらしい。目をぱちくりさせている。
「うん、そう。トマトは潰すと、トマトジュースに。一手間を加えると、トマトケチャップという素晴らしい調味料になるんだよ」
トマトケチャップの正確な作成方法は、砂糖や塩などと混ぜ合わせたりするのだけど、長くなるので、それは今は割愛して……簡潔に伝えた。
『トマト……』
『……ケチャップ?』
「トマト……ジュースだと?」
村人たちとユナ、そしてカタリナ様は、そう口に出していた。若干一名ジュースについて気になってる輩がいたが。
「そう。トマトケチャップ。私の世界ではポピュラーでウルトラな調味料なんだよ」
トマトケチャップは米国での消費量も多いと聞く、あまりに真っ赤なため血にも見える、とてつもない調味料だ。折角なので、俺はトマトケチャップを布教することに決めた。
「それは美味しいのか?」
「当然だよ。トマトケチャップは美味しい。――そのことを私は知っているの」
『…………』
村人並びに、ユナとカタリナ様が沈黙する。ユナとカタリナ様は、食べかけのトマトをまじまじと見ていた。
「スゴい!」
「トマトが調味料にだとぉ! 考え付きもしなかったぞ!!」
「野菜でジュース!? とんでもねえ、案だ!」
囃し立てる村人たち。
「ミーシャって天才?」
ユナが尊敬の眼差しを向けてくる。今は、ミーシャじゃなくて、エーデルワイスだよ……?
「ミーシャちゃん、あったまいいー!!」
だから、エーデルワイスだって……、という俺の心の訴えは届かず、カタリナ様が両手を広げ俺を包む。えらいえらいをするかのように、俺のピンク髪をよしよしと撫でてくれた。
カタリナ様のいい匂いに包まれるが、今はそっちに意識が向かなかった。
俺は心の中で、溜め息をつく。女神様の、知識の不足にちょびっと呆れたのである。
ユナはともかくカタリナ様は知っとけよ!? ってなった俺は、カタリナ様に最低限の常識は教え込まなくてはなるまいな……と、密かに決意した。後でみっちり教育だ……。
ひとまずそれは後でのお楽しみに取っておくとして、俺は大事な事なのでもう一度宣言する。
「トマトはケチャップにするとウマイ。潰してジュースにしてもウマイ。これでキミたちは、他の者たちより一つ賢くなったよ」
それは、この世界に新たなる文化が刻まれた瞬間であった。トマトケチャップやトマトジュースの発案者として、エーデルワイスの名が轟くのは確定事項だろう。公で別の名前を使ったのはこのためだ。発明で名が轟くような出来事があった時、ミーシャという名前はちと違うなと思った。それに……名前が二つあるってかっこいいし。
ゆえあって、ミーシャは錬金術師として、エーデルワイスは賢人として、それぞれ使い分ける考えに至ったわけだ。
『私たち、聡明なエーデルワイス様に一生ついていきます!』
この村での俺の支持率は100%となったらしい。トマトケチャップとトマトジュースで掴んだ大勝利だ。おまけにユナとカタリナ様からの好感度も上がったようだし、一石二鳥ってね。
(――ここで俺は目覚める)
「……という夢を見たんだ」
翌朝。俺はベッドに女の子座り、昨日見た夢の内容をカタリナ様と、なんか居たユナの前で語った。二人は床に女の子座りしている
「へぇー」
至極どうでも良さそうに、カタリナ様は聞き流す。
「ごめん。ミーシャ、よくわからなかった……」
俺の伝え方が下手だったのか、ユナにはうまく伝わらなかったっぽい。
「なんかごめんよ」
けれど、この夢、現実にできるかもしれない。まあ、メンドイからしないけど……。にしても、トマトか、この世界でも、どっかにあるのかね。