リンゴの木は―ー
「実はユナ――さっきの娘がお腹空いているみたいで」
「そうなの? そういうことなら私も協力するね」
カタリナ様に対し、俺は事情を説明し、協力をあおいだ。するとカタリナ様は快く承諾してくれた。
というわけで、カタリナ様にも協力してもらい、ユナの食べ物を探すこととなった。
とにかくまずは二人で一旦ユナのもとに戻る。放置したままは色々とまずいと思ってのことだ。
二人で相談した結果。ユナを置いていくのは心苦しいが、背負っていくのは大変だからと言うことで、【防護結界】という魔法で守ってもらった。これでひとまず危険はないらしい。
カタリナ様が、任せて! 食べ物の気配はわかるよ! と意気揚々と案内を買ってでたので、申し出を受け入れることにし、俺はカタリナ様の後についていく。
そうして、森を進んでいると、
「はわわぁ……」
先行していたカタリナ様が、急に立ち止まり、驚愕の声を漏らす。俺は、ぼーっと周りの風景を眺めながらカタリナ様の後に付いていたので、やや反応が遅れた。それでも、突然の急停止に対処しようと、足を止めようとした。だがしかし、足元の木の葉のじゅうたんでツルッと滑ってしまった。
――こつん。
「イッ!!」
痛みに呻き、頭を押さえる。
前をいくカタリナ様が、急にブレーキをかけたので、俺はカタリナ様が背中に背負う錫杖に、追突してしまった。ひんやりとした錫杖に頭をぶつけ、ちょっとクラっとした。お星様だか、トゲトゲの何かが、一瞬瞳に写ったような気がする……。
「くぅぅぅ……」
唸りながら、俺はかぶりを振った。少量だが涙も出ている。
「急に立ち止まらないでくれよ……」
と、カタリナ様に向けて抗議する。しかし、反応はない。カタリナ様に俺の言葉は届いていないようだった。
「ちょっと……カタリナ様……?」
肩をポンポンとしながら呼び掛けるも、反応がない。俺は、無視され続けていることにしびれを切らした。少し説教せねばいかんな、今は立場的に、カタリナ様が、上下関係の上だけど、下克上して俺が上になってもいいんだぜ。躾の時間だ。涌き出てくるリビドー。創作意欲の高まり。そして、
――俺の妄想が始まりを告げた。
白昼の日本の路上。人通りの多い中、犬のように四つん這いになり、首輪に繋がれるカタリナ様のお姿がよぎる。リールを掴む俺が飼い主だ。そのカタリナ様は、俺の命令はなんでも聞く純情なペット……。――うっ! 刺激が強すぎるぞ! 俺の妄想!! うぇへへ……。おっといけない涎が……。
リビドーがダイナミックに反映されまくったエッチな妄想は続く――
場面は寝室に移る。カタリナ様は四つん這いのまま俺にまたがり、カタリナ様と俺、双方の服に手をかける。俺は、なぜかミーシャの体である。賢一の方がよかったが、こっちもなかなかにいける。もう一度言おう、俺はミーシャの身体である。だから――
「ご主人様ぁ……私我慢できない……」
百合の花が咲き誇った――。
うぉぉぉお! めちゃくそ興奮した。
長くなるので、名残惜しいが妄想を中断する。続きは夜に取っておこう……。
横道に逸れた。逸れまくった。
俺は、落ち着くように邪な考えを吹っ飛ばし、カタリナ様のお顔を覗きこんだ。そしたら、カタリナ様はそのブルーの瞳をある一点に釘付けにしていた。一体、なんだぁ……?――俺もカタリナ様の視線の先を見る。
そこにあったのは――、
不気味な実だ。悪い意味で青々としている。形はまさしくリンゴだけれど、とても毒々しい見た目であった。それはポイズン色の葉っぱ、紫がかった幹を持つ木に実っていた。木の幹にはおどろおどろしい模様があった。それを見た俺は、一目で、木が呪われている可能性に思い至った。――だって、そうじゃん? あんな不気味な模様、明らかに呪いの紋様っぽいじゃないか。
つまり、俺たちの視線の先に、青くて丸い――リンゴのような――果物の実った木が生えていたということだ。まさしく、毒リンゴっぽい。
「すっごくマズそう……」
「だね……」
カタリナ様の言う通りである。見ただけで食欲が失せるくらいに、マズそうだ。
正直かわいそうではあるが、ユナにはあのマズそうな実で我慢してもらおう。ユナは今にも死にそうだった、事は一刻の猶予を争う。
念のため、あの実は食べれるのか? と、カタリナ様に聞いてみることに。
「カタリナ様、あの実何だかわかる?」
「ちょっとわかんないね」
「食用かな?」
「ちょっとわかんないね」
「じゃあ観賞用かな?」
「ちょっとわかんないね」
「もしかしてこの木って魔物なんじゃ?」
「ちょっとわかんないね」
問いに対する答えがさっきから一緒だ。このままじゃあ無限ループに陥るまである。らちが明かないので切り口を変えてみることにした。
「青いよね。緑じゃなくてまさに青って感じの。青さで」
「だね。青い実なんて自然界に存在するの?」
あれ? 逆にカタリナ様に質問されてしまったよ……。
「私に聞かれても困る」
ほんと困る。異世界の植生についてなんて知らんがな……。
「そっか、ごめん」
「自然界は自然界でも、地球でなく異世界の自然界なら存在するんじゃない?」
異世界ならば、別に真の意味で青いリンゴがあっても不思議ではなかろう。
「そうかも。ここは異世界だし、わりとなんでもありなのかな」
あれ? てか、なんで俺が教える側になってるんだよ。 カタリナ様ってもしかして、この世界のことあんまり知らないんじゃね……?
カタリナ様の返答に疑念がわいたので、一応聞いてみることに。
「そういえば、カタリナ様はこの世界のことを、どこまで知っているの?」
「まったく」
ふざけてんのか、こら!?
「まったく!? じゃあなんで私を連れてきたの!?」
俺はカタリナ様に掴みかかった。
「まあまあ、未知との遭遇も大事だよ?」
窘めるようにカタリナ様はそう言うものの……
「大事は大事でも大事になりそうな予感しかしない!」
俺は先々の不安を憂い、吼えた。
「――ん?」
そこでカタリナ様は何かに気付いたように実を見詰める。てか、俺の訴えをスルーすんなし。
「あの実、よーく見ると、うすーく模様が描かれてるね」
カタリナ様が指を指してそう言うので、俺も青い果実を凝視する。たしかに模様があった。模様は渦を巻いていた。
「ほんとだ」
「禍々しいオーラを感じるよね」
禍々しいオーラ? ……そんなの出てる?
「俺は感じないなー」
「じゃあ私の感覚が鋭敏で、ミーシャちゃんの感覚は錆び付いているんだよ。にぶちんめ☆」
「は?」
ざけてんのか、何いってるんだこいつ。って顔で俺は、カタリナ様を素で見下す。
「今なんかすごく見下された感じした!」
そりゃあ、見下したもの。
「カタリナ様、とりあえず、あのリンゴの木の実を食べてみて!」
俺は食いたくないから、カタリナ様に押し付けることにした。
我ながら酷いと思う。
「えぇー、嫌だよ……不味そうだし」
露骨に嫌そうな顔をし、拒絶するカタリナ様に向けて、俺は魔法の言葉を発す。
「俺たち友達だよね?」
俺がそう言うと、ジーンと来たのかカタリナ様はめちゃくそ嬉しそうな顔になる。
「もちろんだよ!――食べるね! 【天翔】」
そう言って、めちゃくちゃ上機嫌でカタリナ様は飛び上がった。ふわりと上がったので俺の位置からだと、パンツが丸見えであった。また紐履いてるよ。エッチだなぁ。
そしてカタリナ様は、木の枝から直接リンゴをむしりとり、かじった。
「うぐっ!!」
カタリナ様の表情が苦し気になり、顔色がみるみる内に真っ青になった。空中でバタバタともがき、やがて事切れたかのように、そのまま真っ逆さまに降ってきた。なんらかの力が働いているのか落ちる速度はゆっくりだった。
「カタリナ様!!」
錫杖も降ってきたので交わした後、カタリナ様を俺は全力で受け止めた。お姫様抱っこのようになった。カタリナ様はぴくりとも動かない。
「死んじゃダメだ!!」
俺が原因なんだけど、死なれるのは嫌だった。マジだよ。
すると、カタリナ様真っ青な表情のまま、おめめを開く、
「だ……大丈夫だよ……呪いの方は呪い耐性が作用したから……。マズさで死にかけただけ……。このリンゴの木は呪われているね……」
そしてそのまま、お首ガックン。息は止まってないんだけど、気絶しちゃったみたい。
カタリナ様曰く、どうやら、このリンゴの木は呪われているようだ……。