「 小説を書く」という魅力
僕は才能というものが嫌いだ。
いくら努力しても、その努力とは果てしなく遠い所まですぐ行ってしまうからだ。
僕はセンスというものが嫌いだ。
それは大体人の得意不得意を通り越して、その先へとグングン登ってしまうからだ。
そして僕はそれを踏まえて、天才というものが嫌いだ。
…いや、別にその存在そのものを嫌っているのではない、寧ろ尊敬してるし憧れてる。なら何故かと言われると…要は嫉妬から芽生える嫌悪だ。
例えるならそう、スマホ等のソーシャルゲームで凄いくらいにガチャ運のいい人は憧れるし羨ましくなる。そして、嫉妬からその人の事を好きじゃなくなる。
「こいつばかり運がいい」
と。そんな感じです。
僕の人生の始まりは恐らく、生まれた時ではなく小学二年生の時からだろう。
夏休みの宿題の一つである「感想文」を書くために借りた1冊の本を手に取った瞬間からだ。
何となく手に取ったそれは、漫画や絵本、小学生用の小説ではなく「伝記」と呼ばれるものだった。
タイトルは偉人の名前を表記してあるのだが、小二の頃の自分は誰が誰だか分からないが「トーマス」という名前から、勝手に「きかんしゃトーマス」を連想してページを開くと、知らない外国のおじさんが出てきた時は本当にびっくりした。
難しい漢字が沢山出てきたが、しっかり小学生用にふりがなをふってあったため、親に意味を聞きながら何とか読めた。
その時に抱いた感情こそ
「天才ってすげぇ」
というものであった…ような気がする。別に当時は疚しいことなど何も考えてないはずだ、うん。
…今でこそお金という欲が出てきているが。
それに憧れ、だからと言って頭がいいわけでは無かった俺は、天才よりも書き手になりたいと思った。天才という物に、憧れを抱かせた側に回りたいと思った。
実際に見てもいないのに想像が掻き立てられ、気づかないうちに鳥肌を立たせるような素晴らしい書き手に。
映像もなく、文だけで楽しませれると言う素晴らしさに当時は惹かれた。
そこから小説を読む面白さに気づき、色々な本を読み、感想文では賞を毎回貰えるようになった。
しかし悲しいかな。書き手、小説家という物はあまり人気がなく、感想文の賞を貰うにも「凄い」より「暗そう」という言葉の方が耳に入ってくる数が圧倒的に多いのが現実だった。
小学生の頃からの幼なじみだった子はとても絵が上手く、ポスターの賞等も沢山貰っていて小中では「天才」などと言われクラスの人気者だった。
小学生では明るかった性格も、それを羨むようになってからなのか、自分と比べるようになってからなのかは忘れてしまったが人と関わる事を極力避けるようになり、友達といる時間よりも自分だけの時間の方を優先するようになった。
そして中学の頃から小説を書き始め、毎期応募していたのだが一次にすら通らず落選。
出版社側では年齢もあって「お、またこの子か」と認識してもらえる位には覚えてもらえたらしい。
それもあってなのか、高校生になって審査員賞というものに引っかかり、晴れて1冊出版させて頂いたのだが…。
審査員は天才ラノベ作家として名を馳せている、まさにラノベの顔と呼ばれるような人であった。
審査員賞に選んだ理由は
「健気というか、文才はないんだけど努力を感じる。拙いなり好きだという気持ちが伝わる、なんとなくそこが気に入った」
だそうだ。
プロ作家としての人生が今始まるんだ…!と思いきや、その天才作家の提案により「育成作家」として編集部に面倒を見てもらうようになった。
それでも1冊を出さして頂いているプロ、育成作家だからと言ってなんでも面倒を見てもらえる訳ではない。
そんな風に色々と思い返していると…
「ねぇ、聴いてます?」
そんな声が自分の思考を遮る。
その瞬間、今自分が打合せをしているという事実を思い出させた。
「あぁ、えとその。聴いてます」
「そんなキリッとした顔で言わなくても聴いてないのは分かっています、聴いていたのならなんて言ってたのか当ててみてください。」
「今回のプロットは完璧!あらすじも素敵!面白い!そしてキャラの魅力がありすぎる!」
「…ほんとにそう思ってます?」
「ごめんなさい、聞いてませんでした。」
「あのねぇ、ここがファミレスじゃなきゃ怒ってますよ?もう」
現在いる場所はとある有名チェーン店のファミレス。
毎回編集者の方と打合せする時は、馴染みのファミレスか実際に家に来てもらってするのが流れになっている。
相手の編集者の方は神子島 悠といい、26歳ながら高校生の時に何作か出版経験もあるという事で育成担当という形に付いてもらった。
育成とはいいつつ、勿論いい作品ができたら出版させて貰える。
だからこそ頑張っているのだが…
「やっぱりキャラの魅力が壊滅的ですね」
「ぐぅっ」
腰まで真っ直ぐ降りる艶のある黒髪は、冷ややかな目線を送る彼女には似合いすぎていた。
「もっと女の子と会話しましょう 」
「無理です」
「今こうして私と話せてるじゃないですか」
「女…の子?」
「はい解雇〜」
「やめて!冗談ですから!!!」
「冗談ですよ」
ちょっとつり目気味で表情一つ変えない彼女から冗談を言われても、何一つ面白味もないしむしろヒヤヒヤする。冗談と本当の区別が分からない。
「じゃ、またできたら呼んでください。代金は払っておきますので、風見 楪先生。」
「頑張ります…」
片手だけ挙げ、振り向きもせず後ろ背中を見送りため息をつきながら残っていたドリンクを一気に飲み干す。
「風見 楪先生、か…。」
先生と言われる実感を今一度噛み締め、両頬をビンタし気合を入れ直す。
「よし、頑張るか。」
そのつぶやきは小言だからという訳では無く、食器の音やほかのお客の話し声などで掻き消された。
風見 楪。
それは僕のペンネームと言われる、小説家を名乗る上でのもう一つの名前だ。
元々名前を考えるのは苦手だったために、本名の楪 風美から取らせて貰った。
男なのに「美」だったり、変わった苗字ということもあり、名簿等で名前が並べられてある表など見ると結構浮いている。
ファミレスを去ったあと、とぼとぼと歩き10分ほどかけて自分の家に到着する。
「ただいまー」
少しだけ大きめの声で喋るが誰も反応がない、みんな屍のようだ。
すると玄関真っ直ぐ行ったところのリビングのドアから、ひょこっと妹が顔を出す。
「どうだったー?」
「だめだめ」
「でしょーね」
それだけ言うと、すぐ元いた場所に戻る。中二に上がってから何だか素っ気なくなったような気もする、思春期だろうか。
「にしてもちょっとは労えよなー」
そう呟きながら脱いだ靴の踵の向きを揃える。
そして自分の部屋にもどり、編集点やアドバイスを直接書いてもらった自分のプロットと睨み合うのだった。