プロローグ そんな装備で大丈夫か?
「お客様ならこちらのAラインのワンピースがお似合いですよぉ」
僕は何故、女性向けのアパレルショップに来ているのか。
僕は何故、ワンピースを体に合わせているのか。
鏡の中の僕と目が合う。虚ろな目をしていた。
鏡の左側からはにょきっと白い腕が伸び、黒の可愛らしいワンピースを僕に押し当てている。
「これからの季節にも合わせ易いですしぃ」
決して女装癖がある訳でも無いし、ましてや転生して性転換した訳でもない。
ここは現代で、僕は僕だ。
「きゃあ、これ可愛いね~これくださいっ」
購入者である僕の意思なんてものは無いかのような振る舞い。
そこまでされて何故、財布を開いているのか。
やっぱり止めよう。今ならまだ間に合う。
そんな小さな勇気は鈴の鳴るような声にかき消された。
「すぐ着るのでタグは切っちゃってくださぁい」
可愛い顔で、可愛い声で、恐ろしいことを言う子だ。
「今すぐ着る必要は無いんじゃない?」
僕の問いに桐生さんは振り向き、ニコっと微笑んだ。
満面の笑みを前に、何故こんなにも恐怖を感じるんだろう。
今までこの笑顔でどんな無理難題を押し通してたのだろう。
実は僕自身も、彼女の事をよく知らない。
多分、皆が思ってるほど悪い人では無いと思ってるだけで。
丁寧に服を包んでいる店員さんへ、彼女は重ねて声を掛ける。
「着て行くんで試着室借りますね~」
やっぱり悪い人かもしれない。