闇
総合SNSサイト、もきゅもきゅのブログページで検索を掛ける。
性別、住んでいる地域、年齢で絞り込み、思い付く限りの佐東の名前で連想されるキーワードを打ち込んだ。
七緒、ななお、ナナオ、なな、はち、きゅう、佐東、さとう、佐藤、砂糖、シュガー……。
比較的簡単に見つける事ができた。櫻子から色々情報を教えてもらうまでも無かったようだ。
これに間違いないだろう。
最後の書き込みは5月4日。それ以降の書き込みは無い。
但し、その日のブログはもきゅ友限定公開。内容を見る事はできない。
時々もきゅ友限定公開のブログがあったが、もきゅ友登録されている人は一人も居ない。
一般公開されている部分。ありふれた、ごく平凡な女子高生の日常を綴ったブログ。
書かれている内容は、琴子の記憶とも一致した。
琴子が編入して来た時の事も書かれている。
だが――――。
『なんと、この時期に転入生☆彡 しかも、シュガーの地元ではちょ~有名な占い師の姪っ子なんだって! シュガーも占ってもらっちゃおうかな★ その子、人の名前覚えるのが苦手だからって、みんなにニックネームを付けだしたの。シュガーのこと、ドリルだって! 毎朝一生懸命ヘアアイロンで縦巻きにしてるのに、ドリルって! ショック~!』
『シュガー、彼氏ができました~! 親友のチェリーが取り持ってくれたの。感謝! シュガーはね、彼のこと、実は小学校の頃からLoveだったのだ! 彼もシュガーの事、初めて会った時から気になってたんだって。チェリーに大感謝だよ~。みんなにちょっとだけ紹介しちゃうね! マイダーリン、ペガサスです!』
目元と体(多分制服だからだろう)にモザイクを掛けた、だが、知り合いが見れば一目で長瀬だとわかる、盗撮したような写真がUPされている。
しかしこのネーミングセンス。中二くさい。意外と貴史と気が合うかもしれない。
そして、――――佐東は、環奈に憧れていたのだろうか。環奈になりすますほどに。
まさかこれが環奈のブログだという事は無いだろう。日常的に書いてある事があまりにも庶民すぎる。
一般公開されている部分には特に手掛かりはなさそうだった。
限定公開のブログをなんとか読むことはできないだろうか。
もきゅもきゅではIDが公開されている。
櫻子から送ってもらった情報、メアドや誕生日や、色々組み合わせてみるが、パスワードがわからない。
色々試していると、玄関のチャイムが鳴った。
スマホを操作しながら玄関を開けると、青あざと絆創膏だらけの貴史と和人が立っていた。
「お前……ちゃんと確認してから開けろと何度も……」
「琴子さん、八城小路さんが――――亡くなった、って。搬送先の病院で」
和人が端正な顔を悲しみに歪めている。
「あぁ、そう。ねえ、そんな事より、佐東さんのブログ見つけたんだけど、パスワードがわからなくて、限定公開のブログ読めないんだよね。パスワード探すの手伝ってくれない?」
顔を上げると、その場の空気が凍り付いていた。
「こ……とこ、さん? あの、ね、八城小路さんがね、助からなかったって。病院で、死んじゃったって」
「うん、それはさっき聞いた。で、パスワードなんだけど」
「琴子さん!!」
和人の大声に驚き、和人を見てから、貴史に視線を移した。
二人とも困惑したような顔をしている。
「お前、大丈夫か?」
自分は何か変な事を言ったのだろうか。
二人の顔を交互に見つめながら、ハリウッド系にふさわしく手の平を上にして首を傾げる。
「琴子さんは、八城小路さんとまだそんなに仲良く無かったのかな。でもさ、友達が亡くなったっていうのに『そんな事より』は無いんじゃないかな」
何かおかしかったのだろうか。
「私の言い方が気に障ったなら謝る。ごめん。でもさ、どうせみんないつか必ず死ぬんだよ? 死んじゃった人に対して私がどう思おうと、それで生き返るわけじゃないでしょ? そんな事より、今生きている人を助ける方法を考える事が重要じゃないのかな?」
和人は貴史と目を合わせ、軽く頷いた。
「確かに、合理的だと思うよ。パスワードは僕達で調べておくから、ちょっと休んだ方がいいんじゃないかな? 食事も作るからさ、それまでちょっと横になってなよ」
「別に眠くないんだけど」
「いいからいいから、ほら。なんだったら添い寝してあげるよ。子守歌でも歌おうか?」
「いや、いらねーし。てか、何なの? 一体。ちょっと、タカ、何とか言ってやってよ」
貴史に助けを求めたが、貴史まで「いいから行け」と、二人がかりで無理矢理部屋に押し込まれた。
「なんだってのよ、もう」
ベッドに横になり、ゴロゴロしているうちにいつの間にか本当に眠ってしまったようだ。
ノックの音と、おいしそうな香りで目が覚める。
スマホで時間を確認すると、1時間半ほど眠っていたようだ。
ドアを開けると、爽やかな笑顔を浮かべた裸エプロンの和人が立っていた。
「ぎゃ~~~っ!」
叫んで、思わずドアを閉める。
「ごめんごめん、ちゃんとパンツ穿いてるから大丈夫だよ。ちょっと場を和ませようとしただけだから」
和まない。これっぽっちも。
ドアを開けながら聞く。
「大体さぁ、そんな、なんつーの? 新妻みたいなフリフリのエプロン、どうしたわけ?」
「ああ、これ? もちろん三神さんのを借りたんだよ。晩御飯できてるから、一緒に食べよう」
真っ白なフリフリエプロンの胸元にハートマークがあり、その中にLoveと書いてある。まったく、慎二の趣味を疑う。
和人が後ろを向いた。
「ぎゃ~~~~~~っ!!」
絶叫して、ドアを閉める。
「ななななななななんで、なんでそんなレースのTバック穿いてるわけ?」
「あはは、ごめん、ジョークジョーク。これも三神さんの借りちゃった。ちょっと場を和ませようと思って」
……和まないって。
数分後、またドアがノックされる。
「もう着替えたから大丈夫。ほら、早くしないとおかず冷めちゃうから」
そう思うならあんな恰好しなきゃいいのに、と思いながら、そっとドアを開け和人の姿を確認すると、ちゃんと制服姿に戻っていた。
「ほら、早く早く」
和人に急かされダイニングに向かうと、そこにはネコミミメイド姿の貴史が先に座っていたが、その格好については触れないでおいた。
和人と貴史がコソコソと話し始める。
「……だから起こしに行くのはタカのほうがいいって言ったのに」
「バカ、そんなこっぱずかしい事できるかよ」
「そう? この状況のほうが恥ずかしくない? 着替えるタイミングすら与えてもらえない感じだよ? タカひとりがバカみたいだよ?」
「……そう、だな。うん。俺もそう思う」
たまらず笑ってしまう。
「だから、あんた達、何がしたいわけ?」
琴子が笑うと、二人とも安心したような笑顔を浮かべる。
「なんでもねえよ」
貴史が笑いながらぶっきらぼうに応えた。
笑いをこらえながら食卓につく。
「じゃあ、早くご飯食べちゃおう。わぁ~、ロールキャベツ! こんなの作れるんだ、すごいね、カズ」
「いや、別に、そんなに大変な料理じゃないよ?」
「……おい、俺、もう着替えてきてもいいか?」
「ほんとに? じゃあ今度作り方教えてくれない? 私、カレーしか作れないから」
「うん、いいよ。琴子さんでも、すぐ作れると思うよ」
「……なあ、俺、もう着替えてきていいよな?」
「じゃあ、いっただきま~~す!」
「いただきま~す!」
「ほら、タカも、冷めないうちに食べなよ」
貴史は眉間に皺を寄せたが、それでもなんだか楽しそうだ。
『場を和ます』とはこういう事なのか。
食事をしながら期待せずに質問する。
「で、佐東さんのパスワードは……わかんないよね」
「大丈夫、わかったよ。身バレしちゃうと一発だよね、ネット慣れしてない人は。ただ、その話は食事が終わってからね」
早く知りたかった。絶対にあそこに何か書かれているはずなのだ。
急いでご飯を食べる。
「うわ、おい! ロールキャベツは飲み物じゃねえぞ!」
「ちょ、み、水、ほら、琴子さん、水!」
二人がバタバタと慌てふためいているうちに、琴子は一人で食事を終えた。
イライラしながらテーブルを指でトントンと叩きながら、二人が食事を終えるのを待つ。
二人は気まずそうに、ロールキャベツをご飯の上に乗せて席を立った。
テーブルを叩く手は止めずに、首だけで後姿を追う。
二人はキッチンに立ったまま、ロールキャベツ丼を食べ始める。
「おい、どうすんだよ、全然空気和んでねえじゃねえか」
「そんな事言われても……じゃあタカ、なんとかしてよ」
「やだよ、おっかねえ」
「僕だって」
怯えさせてしまったらしい。
しばらくしてから、和人がビクビクしながら戻ってきた。
貴史はキッチンで立ったまま、用も無いのにあちこちをわざとらしく見まわしている。意気地無し。
「えっと、その、ね、見る前に、琴子さん、ゴキブリとか平気?」
「見た事ないからわかんないけど、でっかい油虫みたいなもんでしょ? 多分平気」
「え? あ、そっか、北海道ってゴキブリいないんだっけ。いいね。天国だね」
最近では札幌や函館等の都会には出るらしいが、琴子の田舎では見た事が無かった。
その代わり、ワラジムシやカマドウマが出るのだけれど……。
「パスワードは『7oー310-1192』ナナオ、サトウ、最後の4桁は電話番号の下4桁だね。こんな簡単じゃあパスワードの意味無いよね。そもそも……」
和人が何かうんちくを語っていたが、無視してスマホを操作する。
限定公開のブログには、佐東に何が起きたのか、佐東が何をしたのか、その全てが記載されていた。