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もしも運命の人に出会えたら  作者: 柳瀬光輝
14/40

アイツ

昼寝したら夜になってた!

 結果から言うと、惨憺たるものだった。

 佐東の霊も見つけられず、他に何の収穫も無く、廃病院の窓から漏れる懐中電灯の灯りを見た近所の住人に通報され、補導され、保護者を呼ばれた。

 慎二には連絡がつかなかったため、貴史の父親が身元引受人になってくれた。

 警察では「友人が死んだ場所で手を合わせたかった」と、和人が涙を見せながら適当な事を言うと、ちょっと叱っただけで開放してくれたが、貴史の父はそうはいかなかった。

 和人と和人の両親が帰った後、貴史と一緒に料亭の個室に連れて行かれて、正座させられ、長々と説教された。

 住居侵入罪がどうのとか、懲役3年以下とか罰金10万円以下とか。

 そのうちおいしそうな料理が運ばれて来たが、説教されながらだと味もわからない。

 永遠に続くのでは無いかと思っていた説教だったが、そのうち貴史の父のろれつが回らなくなってきて、突然昔話を語り始め、最終的にいびきをかいて眠ってしまった。

 貴史の父は確かにビールを飲んでいたが、まだグラス半分しか空いていない。

「……うちのオヤジ、飲めないんだよ。まあ、今回はそんだけ心配かけたって事だな。ちょっとやり方考えないとダメだな」

 父親の尻ポケットから財布を取り出し支払いを済ませ、「後はなんとかするから」と、店の出口まで琴子を見送ってくれる。

「明日、カズと一緒にまた考えてみるか。送って行けなくて、ごめんな」

 貴史が軽く手を上げたので、琴子も手を振る。

「おじさんに、お礼言っといてね。身元引受人の件とか。あと、ごちそうさま、って伝えて」

「おう」

 どちらからともなく、笑みがこぼれる。

 これからどうすればいいのか、琴子には何も思いつかない。だが、とりあえず頭を使う事は二人に任せておこう。あの二人が居れば、きっと画期的なアイデアも出てくるだろう。

 その方針に従い、調査して必ず『何か』を見つけて、解決する。それだけだ。


 予定、というものは、こうもうまく行かないものなのか。それとも琴子の考えが甘すぎたのか。

 いや、そもそも、予定と言う程の予定は立てていない。ほぼ何も考えていなかっただけだ。

 考える事は二人に任せてしまおう、それだけしか考えていなかった。

 翌日、長瀬が登校して来なかった。

 休み時間毎に環奈が電話を掛けている。


 櫻子から報告があった。

 昨夜、佐東の家に行った、と。

 学校関係者はお断りと言われていたが、個人的に、友人として線香をあげに行った、と。

 佐東は、遺書をポケットに入れていたそうだ。

 それ以前にも、昔から何度かリストカットを繰り返していたらしい。

 佐東のスマホの通話履歴には、櫻子との通話しか無く、メールやラインのやりとりも、櫻子とだけだった。

 佐東の親は、娘の遺品からそれを見て櫻子の事を知っていたようで、快く、とまでは行かないにしても、櫻子を家に上げてくれたそうだ。

 佐東は――――既に骨になっていた。

 警察から遺体を返されてすぐに、家にも寄らずに、腐敗が進んでいたので、コネを使って3つ離れた県まで行って、すぐに火葬した、と、佐東の親は自慢げに話していた、と。

 その話を聞いて、初めて琴子は、佐東のために涙を流した。


 長瀬への電話は、昼休みにやっと通じたようだ。

 環奈は、電話を切った後で何も言わずに、鞄も置いたままでどこかへ行ってしまった。

 今度は櫻子が環奈に電話を掛け、それが通じたのが放課後。

 隣町の病院に長瀬が入院していて、環奈はそこに向かったらしい。

 わかったのはそれだけで、後は環奈が取り乱してしまい、話がまったくわからなかったようだ。

 何か『あの事』と関係があるかもしれない。

 貴史がそう判断したので、櫻子と一緒に病院へ向かった。

 緑達も心配して一緒に来ようとしたが、この類の事にあまり関わらないほうがいいだろうという事で、和人が変態っぷりを発揮して遠回しに断った。


 環奈は、病室の外に一人で立ちすくみ、泣いていた。

「環奈ちゃん!」

 櫻子が走り寄り、環奈を抱きしめた。

「長瀬は無事なのか?」

 貴史の問いに、環奈は泣きながら首を横に振る。

「わか、わからない、んですの。あたくしが、病室にはい、入ろうと、したら、翔太君が、怯えて、泣き叫んで、ま、窓からにげ、逃げようと、して、おばさまが押さえて、看護師さんが、鎮静剤を、それ、それで、あたくし……」

 泣き崩れてしまい、それ以上は話せそうに無い。

 和人が病室をノックすると、長瀬の母親らしき人が顔を出した。

「あぁ、翔太の同級生の子達ね。ごめんなさいね。今はお薬で眠っているけど、精神的に不安定だから会わせてあげられないのよ」

「長瀬君は大丈夫なんですか?」

 こちらの問いに、薄く微笑みを浮かべ、頷いてから静かにドアを閉めた。

 長瀬に何が起きたのか、どんな状態なのか、まったくわからない。

 しばらく何もできずにその場に居たが、諦めて帰ろうと病院を出ようとしたところで、担任の菅原がバタバタと駆け込んできた。

「おう、お前らも来てたのか。長瀬はどうだった?」

 こちらが聞きたいくらいだと、現状を話すと、頼もしい言葉が返ってくる。

「わかった。お前らも心配だろう。俺が聞いてくるから待ってろ。医者からも詳しい状態聞いてきてやる」


 待合室で立ったままで環奈を慰めながら1時間ほど待っていると、やっと菅原が戻ってきた。

「場所を変えよう。そこに喫茶店があったな。お前ら、金持ってるか? 先生は貧乏だから奢ってやれないぞ」

 頼もしいが、甲斐性は無いようだ。

 チラリと琴子の財布のひもを握っている財務大臣、和人に目をやると、和人は軽く笑って頷いた。

 店に入り、注文をして、飲み物が来てから菅原は話し始めた。

「長瀬の怪我は大したことないそうだ。本来は入院するような怪我でも無いんだ。ただ、ちょっとな。いや、落ち着いたらすぐに退院できるさ。そう心配するな」

「そんなんじゃ何もわかんないにゃ」「怪我?」「どういう事ですか?」

 一斉にツッコミが入る。

 そもそも、なぜ長瀬が入院しているのか。そんな基本的な事から、何もわかっていないのだから当然だ。

「まあ、落ち着け。静かにしろ。他の客に迷惑だろ」

 キョロキョロと周りを見回している菅原に、環奈が泣きながら問い詰める。

「教えてください。何もわからないんですの。あた、あたくしの、な、何がいけなかったのでしょう?」

 客はあまり多くは無かったが、向こうの席のカップルがこちらを見ながらひそひそと何かを話している。

「わかった、わかったから、泣き止んでくれ」

 観念したように菅原が話し始めた内容は、琴子達には少なからずショックを与えた。


 昨夜、夜中に一人で、何かをブツブツ呟きながら街を徘徊している長瀬を、警察が保護した。

 見るからに未成年だった、というのもあったが、最初は薬物の使用を疑われていたそうだ。

 話しかけた警官に、長瀬は助けを求めてきた。

 見ると、指先から血を流している。

 ――――手の爪が、全部剥がされていたそうだ。

 病院に連れて行ったところ、若い女性の看護師を見て錯乱し、暴れ始めたので、鎮静剤を打って、入院となった。

 警察は長瀬が何か暴力事件に巻き込まれた可能性もあると見ていたが、警察からの連絡で長瀬の部屋を確認した母親が、長瀬の机の上に、血にまみれたペンチと、剥がされた爪を確認している。

 訪問者も無く、妙な物音も声も聞いていない。自ら爪を剥いだらしい、と。

 薬物検査の結果はシロ。

 だが、若い女性を見ると怯え、逃げようとして暴れる。

 母親相手でも、男性を相手にしても、ただ「アイツが来る」とか、「助けて」としか言わない。

 この後、精神科に移される予定だ、と。

「大丈夫だ。すぐに落ち着くさ。そしたらすぐに退院できる」

 全員の肩をバシバシ叩いて、五百円玉をテーブルに置き、担任は出て行った。

 櫻子も、環奈を家まで送ると言い、その場で別れた。


 帰り道、一駅分の道を歩きながら、話し合う。

「あいつ、って、誰の事だ?」

「僕は、佐東さんじゃないかと思う。佐東さんの霊は、長瀬君に憑いてるんじゃないのかな?」

「そうか? 佐東の事ならはっきり『佐東が来る』って言わねえか?」

「ねえ、爪、って……、佐東さんも確か、爪を剥いでたって言ってたよね?」

「……あぁ、爪、だな」

 和人が突然口元を押さえ、脇にあった川まで走り、吐いた。

 佐東の死んでいたあの現場を、思い出してしまったのだろう。

 街灯に照らされて、茶色い魚が、ぬめぬめとした体を翻し、ぱしゃん、と跳ねた。

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