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もしも運命の人に出会えたら  作者: 柳瀬光輝
12/40

佐東七緒

旅行しておりました!楽しかったです。

                     ☆佐東七緒☆


 許せない。許せない、許せない許せない許せない許せない。

 特にあの女。八城小路環奈。

 躑躅森さんは、私に優しくしてくれた。やっとできた友達だったのに、八城小路がいつも割り込んで来る。

 クラス替えで八城小路まで同じクラスになってしまってからは特に。

 躑躅森さんは私の友達なのに。

 アイツは私から何もかも奪っていく。

 憎い。

 長瀬君の事、私、小学校の時から好きだったのに。

 長瀬君があの女と付き合い始めるなんて。

 友達だと信じていた躑躅森さんが、二人が付き合うのに協力したなんて。

 裏切りだ。これは裏切りだ。

 私はお前らを許さない。


 最初はただの憂さ晴らしだった。

 雑巾の絞り汁を入れて焼いたクッキーを、あいつらに食べさせた。

 それから、ゴキブリの死骸を乾燥させて、すり潰してチョコチップクッキーに入れて食べさせた。

 そして、アレを見つけた。

 同じようにすり潰して、あいつらに食べさせてやった。あの場所で。


 それだけなのに。

 私は悪くないのに。


 ここは、どうしてこんなに暗いんだろう。


                      ☆


 その後、何とか教室に戻ったものの、やはり櫻子と環奈とはまともに目を合わせることもできなかったが、ちょっと気分が悪いだけだ、とごまかした。

 2時限目の休み時間になり、担任の菅原に、櫻子達と共に呼び出された。

「佐東が家出したらしいんだが、お前達の所に行っていないか?」

 全員が首を横に振る。

「いつから帰っていないんですか?」

 櫻子の問い掛けに、担任も首を傾げる。

「いや、あそこの親もなぁ……放任と言うか、育児放棄と言うか。連休中に居なくなったような気がする、だと。俺はこれからあの親引っ張って警察行って捜索願出してくるから、お前らも佐東が転がり込みそうなとこ知ってたら、ちょっと聞いてみてくれないか?」

 職員室から引き揚げ、みんなから1歩下がった距離をついて行く。

 やはり黒い霧を纏っているのは櫻子と環奈だけ。緑と愛はなんともない。


 そのまま、具合が悪いから、と早退し、家でゴロゴロしていると、貴史から連絡があった。

 櫻子と環奈、それからよく知らない男子生徒、長瀬翔太と田仲悠馬を連れて、知り合いのお寺に行くから、お前も来い、と。

 少し迷ったが、割と近所にそのお寺はあった。

 既に4人のお祓いは始まっていて、黒い霧も随分と薄くなっている。

 更に2時間ほど掛けてお祓いは終わったが、黒い霧は完全には無くならない。

「原因を突き止めなければなりません」

 住職の言葉に、4人は顔を見合わせる。

「やっぱ……あれかにゃぁ」「ですわよね」「うん……」「俺はそんなの信じねえ」

 共通した心当たりはあるようだ。

「話してくれないかな? 何があったの?」

 和人が諭すように問いかける。

「ばかばかしい。櫻子がどうしてもって言うから付き合いでここまで来たけど、俺、シューキョーとかレイカンショーホーとか大嫌いだから。帰るわ」

 櫻子が引き留めたが、田仲は怒って帰ってしまった。

「ごめんにゃ、ユーマは幼馴染なんだけど、お母さんが宗教にハマっちゃって色々あったにゃ」

 田仲をかばった後、何があったかを語り始める。

「連休前、佐東さんが面白いところを見つけた、って言ってきて……」

 5人は、最近潰れた病院の建物に、窓を割って入り込んだそうだ。

 建物内を探索し、そこで女の幽霊のようなものを見て、逃げてきた、と。

 たが、ただそれだけだ。

 何かを持って帰ったり、窓は別として、何かを壊したりはしていない。

 それだけでこんな状態になるとは思えない。

 その病院に、何かあるのだろうか。

「行ってみよう」

 貴史が立ち上がったが、住職がそれを止める。

「君たち、それは不法侵入だからね。やめなさい」

 素直に「わかりました」と返事をしたが、やめるわけがない。


 一度家に帰り、着替えて懐中電灯を持って出かける。

 外は既に薄暗い。

 櫻子達に案内されたその廃病院、古森医院は、学校から10分ほど歩いた場所にあった。

 最近潰れたばかりだからなのか、繁華街とは逆方向だからか、窓が1枚割られているだけで、他に荒らされた形跡は無い。

 全員軍手をして窓から侵入し、1階の部屋を見て回ったが、特に何も無い。

 階段に差し掛かったところで、地階から冷たい空気が吹き上がって来ているように感じた。

 不思議に思い、1歩下りて見ると、全身に鳥肌が立つ。

 ヤバい。

 ヤバいヤバい!頭皮痛い痛い!

 髪の毛まで逆立っているようで、頭皮がヒリヒリと痛んだ。足が動かない。金縛りにかかったように身体が動かない。

 怖い。

 琴子が戸惑っていると、貴史が先に階段を下り始めた。

 和人に肩を叩かれ、やっと体が動くようになる。

 多分、この下に何かある。

 外からの灯りが一切差し込まない暗闇の中、懐中電灯の灯りだけを頼りに、足元を照らして1歩1歩階段を下りた。

 手前の部屋の大きな観音開きの扉を、貴史が開ける。


 扉を開けた途端、ムワッと腐敗臭が漂った。

 ほんのりと甘くさえ感じるが、目に染みる程の刺激臭。

 鼻と口を押さえてその場で立ち止まり、部屋の中を照らす。

 一瞬、何を見たのか自分でも理解できなかった。

 懐中電灯の灯りを受けてぬらぬらと光る赤黒い染み。

 その先には雨ヶ丘高校の制服を着たマネキンが横たわっていた。

「な……に?」

 一歩踏み込もうとした琴子を、貴史が押し止める。

 ぶわん、と音を立てて、マネキンの頭部から黒い影が動く。

 無数のハエが部屋の中を飛び回る。

 影が取り払われて露になったのは、濁った、見開かれた目。

 貴史が慌ててドアを閉めた。

 吐き気を堪えきれなくなり、廊下の隅に吐く。

 全員が、廊下に手をつき、吐いている。

 ひとしきり吐いた後で、確認のためまたドアを開けようとしたが、やはり貴史に止められる。

「俺が、確認してくる。カズ、長瀬、お前らはどうする?」

 和人は頷き、持っていたバッグからタオルを数枚取り出し、頭と顔に巻いた。

 タオルを受け取った貴史も、同じように頭と顔にタオルを巻きつける。

「僕は……ごめん、無理だ」

 タオルの受け取りを拒否した長瀬と、それから琴子と櫻子、環奈にも、和人は1枚ずつタオルを渡す。

「イザという時にさ、怪我したりしても縛るのに使えるし、あると便利だから、いっぱい持ってきたんだ。これで口押さえておくといいよ」


 ドアを開けると、また腐敗臭が強くなる。

 数分して、二人が部屋から出てきた。

 ぶーん、と、蝿の飛ぶ音が聞こえた。

 ぶーん、ぶーん、と何匹もの蝿の飛ぶ音が。

 暗闇に、蝿の羽音だけが響き渡る。

「通報、しなきゃ」

 和人が全員を促し、ゆっくりと外に出た。

「佐東さん……だった?」

 琴子の問いに、和人が頷く。

「どうして……」

 そう聞いたのは、櫻子だろう。

 環奈は長瀬に抱きかかえられる様にして、歩くのもやっと、という状態だ。

「自殺、だと思う。手首にためらい傷があった。最終的に、喉を突いて死んだみたいだ。喉に刺さったままのカッターナイフ、まだ両手で握ってた。……でも、あれは何なんだろうな」

 説明をしながら貴史が眉を顰める。

「何かプラスチックのかけらみたいなものが口からはみ出してた。多分、爪。手の爪が、全部剥がされてた。ペンチも置いてあった」

「まさか、触ったの? その……遺体に……」

 こんな状況で、自分達が殺人犯と思われないか不安になり、貴史に詰め寄った。

「いや、血だまりを踏まない位置まで近づいて観察しただけだ。とりあえず匿名で通報しよう」

 貴史が顎で指したところには、今ではほとんど見かける事がない電話ボックスがあった。

 それでも、もし何か事件性があったとしたら、私達の靴跡や、髪の毛が、……このまま通報しないでいれば、佐東さんの遺体が見つかるのは何日後の事だろう? 黙っていれば、私達とは無関係な事にならないだろうか? 風化して、私達が病院に不法侵入した形跡も消えて……と考えてから、自分が恥ずかしくなる。

 貴史が警察に通報し、全員無言のまま、駅へと向かった。

 挨拶も無いままに、櫻子と環奈と長瀬は改札へと消えていく。

 その後姿を、やはり無言で見つめていると、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 駅ビルをくるくると照らす赤い光が、ドップラー効果で、通り過ぎた途端にぐにゃりと曲がったようなサイレンの音が、不安を掻き立てた。


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