第九話
ギルドの玄関口は広く開放的な空間になっていた。
いくつもの支柱が床から高い天井に伸びており、その柱を囲むようにして掲示板が置かれ、それぞれに賞金首やクエストの依頼など冒険者に直接関係する物もあればメトシュラでのイベントや注意事項、店の広告などが貼られている。
サロンのように椅子や足の短いテーブルも置かれており、多くの冒険者が掲示板を確認したりなど冒険者同士で情報交換や雑談を行って賑わっていた。
クロウはそんな彼らの横を通り、奥の壁際に設置してあるずらりと並んだ窓口の一つへ移動してネイの護衛依頼の完了手続きを取る。
「こちらが報酬になります。お確かめ下さい」
窓口の向こうから貨幣の入った袋を渡される。
本来ならこのようにギルドから直接報酬を渡される事はない。ギルドが指定した討伐対象モンスターやギルドからの依頼でもない限り、クエスト報酬などのやり取りは依頼者と冒険者の間で行われる。ギルドはあくまで仲介を行う組織なのだ。
そもそも、エノク冒険者協会が掲げる理念はエノクの糸の攻略だ。仲介組織としての面はおまけに過ぎない。
この場合、クロウに報酬を渡すのはネイだ。だが、この世間知らずの箱入り娘がそんな金を持っていた様子はなく、ギルドから直接報酬を与えられた。おそらくはコザックが手を回したのだろう。
トーイ夫妻に恩があると言ってはいたが、間違いなく職権乱用である。
もっともそれが問題となったところでクロウに被害は無い。ありがたく報酬を頂戴する事にする。
「…………あれ?」
一応、というか手続き上の建前として金額を確認すると、妙に報酬金が多かった。依頼完了証明書と付随する領収書には袋に入っている金額がそのまま書かれていた。
「どうしましたか? 何か不備でもありましたでしょうか?」
「いえ、見間違いでした。そんじゃ、貰っていきます」
おそらくはコザックからの餞別だとクロウは勝手に解釈した。散々人に行けと言っていたのだからこの程度はして貰わなけらばと更に都合良く考えている。あながち間違ってはいなかったが。
エノクの糸に昇る為の支度金やネイの装備など入用になる為、クロウはそれをありがたいので素直に貰って――
「………………」
不意にネイと行動を共にするのを予測されていた可能性が浮上した。
「甘やかし過ぎだろ」
「なにが?」
「何でもない。えーっと、すいません、ギルドカードの更新と新規登録二件お願いします」
報酬金を懐に収め、クロウは受付の職員に自分のギルドカードの更新とネイ、セエレの登録を頼む。
職員は――暫くお待ち下さい、と言うと必要な種類の準備を始める。
「まずご説明させて頂きます。ギルドカードは大きく二種類に分けられます。メトシュラで発行されます冒険者ギルドカードとその他の地方のカードですね」
新規登録者向けの説明が開始されるが、クロウとセエレは既に知っている事だった。しかしネイは完全に初心者なのでそのまま口を挟まない。
「冒険者としての活動ならどちらを持っていようと問題ありません。ただし、こちらで発行させて頂きますギルドカードにはジョブシステムが搭載されます」
「ジョブシステム?」
聞き入るネイは初めて聞く単語に首を傾げる。
「はい。ギルドカードが一種の魔具となっているのです。例えば、戦士のジョブになりますと肉体面を中心に加護を得られるだけでなく、近接戦闘に優位な技術を使用できるようになります。術師のジョブですとその逆に魔法中心が得意となります。ギルドカードを所持したまま経験を積まれますと、更に加護が強くなり、より強力な能力を使用できるようになります」
「私、槍が使えるんだけど、術師のジョブになったらどうなるの?」
「問題ありません。ジョブシステムによって得られる恩恵は本人の素質とはまた別になります。見えない武器と防具を手にしていると考えればよろしいかと。詳しい事はこちらをご確認下さい」
渡される冊子。中身は冒険者として登録する上での注意事項、そしてジョブシステムについて書かれている。
エノクの糸を昇る冒険者とその他の地域で活動する冒険者としての違いがこのジョブシステムであった。
ジョブシステムによって得られる加護は身体能力や魔力を上昇させ、成長と共に技術や魔術を身に付けるようになる。これのおかげでメトシュラで活動する冒険者の能力は高い。そうでもしないとエノクの糸を昇れないという事でもあるのだが。
「では、まずは通常のギルドカードの発行からさせて頂きます。こちらの用紙の必要事項に記入を」
渡される二枚の契約書類。文字は書けるか、というクロウの問いにネイは頷いて一人で記入し始め、セエレはテーブルに立って書類を見た後にクロウを見上げる。
「まあ、そのサイズになって日が浅いからな…………」
「名前はセエレ、誕生日は製造日でいいわね。日付は――」
「知ってるから一々言わなくていいっての。えっと、種族は妖精っと」
「それと元ラドゥエリも付け加えておいて」
「…………おい」
クロウはペンを持つ手の動きを止めてテーブル向かいのギルド職員を見る。間違いなく聞かれており、セエレが元々ラドゥエリだと知られた。
だが、内心焦ったクロウの心中に反して職員は安心させるように笑みを返した。
「私自身が対応するのは初めてですが、ラドゥエリから解脱された方が冒険者となるのはよくある事です。ユリアス帝国からも解脱された方に関して干渉しないという約束をギルドと結んでおります。勿論、その後に何かしら帝国と衝突があった場合はギルドの管理外となりますが、これはどの冒険者の方にも言える事ですね」
「ああ、そうなんすか」
安堵すると同時にある疑問が浮上した。
「そういえばお前、帝国のはどうするんだ?」
「帝国の?」
一人集中して記入していたネイが顔を上げる。初めて契約書などと言った書類を相手にしているせいかまだ半分程度も書けていなかった。字はクロウよりも綺麗ではあったが。
「ジョブシステムは冒険者ギルドだけの特権じゃない。エノクの糸に繋がるゲート持ちの国、つまり六大国や過去にゲートを支配していた国も持ってる」
「他の国には技術の流出とかはなかったの?」
「単純に技術力もあるが、一番の問題は数だな。ジョブシステムはマジックアイテムを素材に作っているらしい。エノクから安定してマジックアイテムを回収して数を揃えるのが難しいんだろ」
一見すると店売りのように見える武具や道具がダンジョンに転がっていることがある。大半が見た目通りの道具ではあるが、中には不可思議な力を宿したアイテムがある。例えば持っているだけであらゆる害悪から持ち主を守る聖剣、強大な力を与える代わりに不幸を招き寄せる魔剣などだ。
それらを総じてマジックアイテム或いは魔具と呼ぶ。ジョブシステムはそのマジックアイテムを材料に作られる概念兵装だ。
特にエノクの糸は階層数に比例してマジックアイテムを手に入れる事ができる。七つしかないエノクの糸のゲートを巡って度々争いが起き、手に入れた国が大国に成れるのはジョブシステムの材料となる魔具を自軍にどれだけ安定して供給できるかにかかっているからだ。
ジョブシステムによって強靭な軍隊を作った六大国はその他の国には及ばない軍事力を手に入れ、魔具を解析する事で高い技術力まで得ている。
「タグなら…………帝国のジョブシステムなら療養地行く時点で返却しているわよ。それに、複数のジョブを所持していてもどれか一つしか適用されないわ」
「ふうん…………待て。という事はあの時は素の能力だったのか?」
「そうよ」
簡素な答えにクロウは口を噤み、聞かなかった事にして書類の記入を再開する。
ラドゥエリというのはつくづく規格外な生き物であった。
それから書類を書き上げて二人分の書類を受付に渡した。
職員は内容に不備がないか確認した後に奥へと引っ込み、暫くすると二枚のカードを持って戻ってきた。
「こちらがお二人のギルドカードになります。再発行には手数料がかかりますの紛失しないよう気を付けて下さい」
そうして手渡される冒険者の証であるギルドカード。
ネイはギルドカードである金属製のプレートを両手で持ち上げてやや感嘆の声を小さく上げて眺める。
ギルドカードの表面には名前と生年月日、冒険者ランクが刻まれ、背景にはエノク冒険者協会のシンボルマークがあった。
冒険者ランクは冒険者としての力量を示す指標だ。当然、個人やパーティーによって得意不得意があるので一概には言えないが、目安にはなる。名声とも言えるランクが上がればより身入りの良い報酬が出る依頼を受ける事が出来るようになり、何より信用が違うので依頼主との交渉でも優位に働く。
エノク冒険者協会のシンボルマークは翼と少女のシルエットだ。泥臭い冒険者には似合わないデザインかもしれないが、エノクの糸に昇ろうとする者の多くは危険を冒してまで富と名声を得たい者か未知に対しての興味が尽きない夢と浪漫に溢れたある意味の馬鹿だ。
自由の翼と幸運の少女のシンボルはある意味間違ってはいないだろう。
そんなシンボルマークを眺めるネイの一方で、セエレはギルドカードを両手で抱えていた。
「………………」
妖精族の体格は小さい。成人した男の片手程度の大きさしかないのだ。
元ラドゥエリであったセエレは他の種族の血も混ざっているせいか通常の妖精族よりは大きいが、それでもギルドカードを抱えなければ持っていられない。
流石にギルド職員もどうしたらいいか戸惑う。
「…………俺が預かっておくか?」
「お願いするわ。解脱したのはいいけれど、不便な体になってしまったものね」
「でも可愛いよ」
本心なのか慰めなのか分からないネイの言葉にセエレはただ――ありがとう、とだけ答えてクロウにギルドカードを渡す。
「さて、次はジョブを手に入れるだけだな」
「ギルドカードにあるんじゃないの?」
「別なんだよ。ギルドではギルドカードに付随させるけど、実際は触媒になれればなんでもいいんだ。帝国の兵士だとタグだったな」
「正確には本人そのものにジョブシステムを与える訳だからカードやタグは分かりやすく表記させる為程度でしかないわ」
「その通りです。エノク冒険者協会ではジョブシステムを得る為に試験を受けて貰います。それをクリアしてからジョブシステムを付与させて頂いております」
ギルド職員は説明しながらまた新たな書類を三枚用意する。
「十日の間でエノクの糸第十層目を攻略。これがジョブシステム付与の条件となっております。ご理解いただけたならお手数ですが、こちらにサインを」
何事も無条件という事ではないのだろう。クロウが自分とセエレの分に記入し、ネイは自分で書く。
「はい、受領いたしました。今から二百四十時間までに十層をクリアすればジョブシステムの契約が出来るようになりますので頑張って下さい。それと、エノクの糸を昇る際は必ずカードを所持して下さい。ゲートへの通行書というのもありますが、ゲートの登録や移動はカードが無くても大丈夫ですけど私どもにそれを確認できないので、ギルドカードにどの階層まで行ったか記録されます」
「ああ、分かってる。それじゃあ、あんがとさん」
手続きを終えると、クロウは受付から離れた。
三人はギルドを出ると、クロウが手に入れていた無料パンフレットの地図を頼りに宿を探し始める。冒険者都市であるメトシュラには宿泊施設が当然充実している為、見つけるのはそう難しい事ではなかった。
一般的と言うのもおかしな話だが、冒険者向きのよくある宿泊施設は宿だけでなく酒場も一つになった施設だ。
この手のは冒険者には定番と言え、衣食住の内二つを確保出来る上に他の冒険者と情報交換が行える。これより更にグレードの上がった宿になると酒場だけではなくカジノなどのアミューズメント施設まである。
多数ある宿の中でクロウが探しているのは女性冒険者がいる所だ。
一人――いや、自分とセエレだけならそこそこに安い宿で十分なのだが、今はネイがいる。彼女が悪い訳ではないのだが、ネイは世間知らずと言っていい。顔の表情筋はあまり仕事をしていないが、物怖じする性格ではないようだし頭も悪くないのですぐに順応するだろう。
それでも出来る限り財布と相談しつつ安全な場所を見つけたかった。
結果、男女混合のパーティーらしい集まりが複数ある宿を見つける事が出来た。外から酒場となっている一階の窓を通して中を見れば掃除が行き届いており清潔で、談笑している冒険者達も自然体で特に悪い雰囲気も感じられない。
宿の名は『翠海の渡り鳥』。
「ここにするか。よくある名前なのが良い」
「よくあるの?」
「色とか動物の名前変えたらな。この手の店は大量にあるから名前も似たり寄ったりだ。下手に凝ってないのに好感が持てる」
「ちなみに地方ならともかく大都市で自分の名前を入れてる場合は大手か根拠の無い自信家。有名人の名前を入れてる場合もあるけど、それは観光名所でよく見られるわね」
「へえ、そうなんだ」
いい加減な知識を子供に教える大人の図が宿の前で起きていたが、残念ながらそれを指摘する人間はいなかった。
クロウ達は宿の中に入り、奥のカウンターに移動する。
カウンターの中では一人の老婆が食器を洗っていた。時刻は既に昼を過ぎており、客も捌けて昼食で使用した食器をゆっくりと洗っているのだろう。
顔には皺が多く真っ白な髪の老婆であったが、背筋は真っ直ぐに伸びており、見た目に反して老いを感じさせない。老婆はクロウ達が入って来ると釣り上がったキツめな目を向けて食器を下ろす。
「二人なんだが、部屋は空いてるか?」
「三人だよ?」
わざとセエレを数から抜かして言ったクロウと分かっててポケットの中でじっとしていたセエレ、そして老婆の視線がネイに集まる。
一拍空いた後でクロウは顔を上げて老婆に向き直ると真面目な顔をして口を開く。
「可愛いだろ? 人形のお友達の事なんだ」
「別に取り繕わなくともその小さな客人の分まで金は取らないよ。それで部屋だがね、シングル二つとダブルの一つ、どっちにする?」
「シングル二つ」
「甲斐性なしだね」
「何言ってんだババア」
思わず暴言を吐いてしまったが、老婆は気にした様子は無く更に言葉を続ける。
「ウチに泊まる男共ときたらこれだよ。売春宿じゃないからがっつかれても困るけど、この無欲っぷりは植物か何かかと思っちまうね」
「それは違うってバーバラさん! やっぱ仲間相手に食指は動かないって言うか?」
「そうだよ、こいつら怖いんだよ! 他の優しい女の子にはバリバリ興味あるっつーの!」
「こいつらじゃ興――」
食堂にいた男冒険者の発言の直後、彼らは仲間の女冒険者から一斉に蹴り飛ばされた。
「客と一緒になってコントするサービスでもあるのかこの店?」
「これが平常さ。馬鹿だろう? あんたは連れにそんな格好させてるから見込みあると思ったんだけどねえ、その様子だと馬鹿のお仲間だね」
「俺がさせてるんじゃねえ! これにちゃんと理由があるんだよ」
一連のやり取りの意味が分からず首を傾げたままのネイの横で、クロウは選ぶ店を間違えたかと後悔し始めていた。
「いいから。ほら、とっとと部屋の鍵くれよ」
「ほら、部屋は二階だよ。ちなみに食事はサービスに含まれてないから、ここで食いたきゃ降りて注文しな」
項垂れたまま催促するように差し出した手の上に部屋番号が書かれた木片が置かれる。木札には細い鎖で鍵が繋がれてあった。
「ちなみに防音は完全じゃないから、人に聞かれたくなければ自分達で何とかおし」
「たまげたババアだな」
それ以上突っ込む気力も無く、メトシュラに来るまでの旅路以上に精神的疲労を抱えたクロウは上階へと続く階段を上るのだった。
ジョブシステムってのはアレです。RPGによくあるステータスアップ系とスキル追加の効果があるアクセサリーのような物です。




